50 Under the blue(3/3)
小笠原二日目。
パッションフルーツのアイスを食べながら私と環ちゃんは宿近くの高台を目指す。
海底のではなく、空に浮かぶ星空を見るためだ。
「焼き島寿司おいしかったよね! 普通の島寿司も美味しいけど、チーズのっけて炙るとあんなに美味しいとは」
「あれ、今度家でもやりたいね」
「やりたい! バーナーポチっとく!」
島唐辛子の入った島醤油で漬けた白身魚の寿司、それが島寿司。ちなみに東京竹芝港で売ってる「しましま弁当」では、オリーブオイルと花椒で味付けされているけど、それもそれで美味しかったりする。
「ウミガメも美味しかったでしょ?」
ウミガメは淡白で、新鮮だからなのか全く磯臭くなく、非常に美味しかった。
魚と鶏肉の間、という感じだろうか。
まあでも、ウミガメ見て”カワイイ”より”美味しそう”が先に来ることはおそらくない。
「案外、星見えないね。大島レベル? まー小笠原栄えてるからなぁ」
「秋の星は光もちょっと弱い気がするしね。星空は神津島のキャンプ場で見た星空が一番きれいだったかも」
「信号一個しかないもんなあ、あの島」
十一月の小笠原は、夜でも半袖半ズボンでへっちゃらな気候だ。だから全く寒くはないけれど、一歩環ちゃんに近づいた。その距離10センチ。パーソナルスペースに入っているが、環ちゃんは何も気にしていないようだ。
じりじりと近づき、そしてピトリと私の左腕と環ちゃんの右腕をくっつける。
いつもの立ち位置。私が右で、環ちゃんが左。
ただ腕が触れ合っただけなのに心臓がうるさいし、海の中の時のように、周りの音が少し遠くなったような気がした。恥ずかしさは猛スピードでピークに達し、反射的に離れそうになるがなんとか押し留まる。
そのまま腕の角度を変え、環ちゃんの掌に指を這わし、指と指の隙間に私の指を差し入れる。環ちゃんはゆっくりと握り返してくれた。
安堵で、涙が出そうだった。
指と指の間に誰かの指がある。それだけで不思議な心持ちなのに、環ちゃんは私の親指の爪を、環ちゃんの親指の腹で撫でてきた。
環ちゃんの親指に、爪を撫でられる。そしてたまに私の爪のふちで環ちゃんの指を直に感じて、私はそのたびに手がぴくりと動いてしまう。
環ちゃんに触れられたところは、チクチクと小さな針で刺されたような感じがして、むず痒い。
こんなふうに誰かに触られるのは、初めてだ。
今日の目標は環ちゃんとキスをすることだったけど、もうこれで十分。私はよく頑張ったし、世界中の誰よりも頑張った。最も偉い。環ちゃんに習ったとおり、私は自己肯定感を高めに設定した。
とろけるどころか、爆発しそうだ。
私の爪を撫でる親指がピタリと止まる。
「スミレ、ごめんね。うち、セナが幸せになるまで幸せになっちゃいけないって躊躇してた」
絡んでいた指は緩やかにほどかれ、まるで王子様がお姫様の手の甲にキスをする時のように組み替えられた。環ちゃんはの人差し指の上には、私の指が四本掛かかっている。
私の人差し指から小指の爪を親指の腹で辿ると、環ちゃんは再び話を始めた。
「でも、うちが幸せにしたいのは、セナじゃなくてスミレだって、今改めて思い知った。うちは人も殺すし、婚約者はいきなりフるし、自分ばっかり幸せになろうとしてる。そんなうちでも、受け入れてくれる?」
「そんなこと、私にとっては些末なことだよ」
「不安にさせてごめんね。セナのこともあったけど、なんていうか、想像の百倍くらい恥ずかしくて。たぶん、キャラ的にはうちが積極的に行くべきだったのに」
「そ、そんなことないよ! 私も、環ちゃんも女の子なんだから、どちらかといいうグイグイ来てほしいタイプだと思うし、きっと。むしろ目覚めたばかりの環ちゃんに配慮すべきだったのは私」
「恋愛処女のスミレに言われるとはなぁ」
「恋人自体初めてだけど、多分私のほうが思い切りがあると思うよ!」
「確かに」
「あと、環ちゃんのことがメッチャ好き!!!」
私の頭はもう爆発寸前で、さっきから自分が何を言っているのかよくわからない。いつもは頭の中で整理してから言葉を発するのに、心臓から直接口に信号が送られてるみたいだ、環ちゃんがいきなり顔を赤くさせたけど、私は一体なんと言ったのか皆目検討もつかなかった。
環ちゃんの右手はしっかりと私の左手を掴んだまま、環ちゃんの左手は忙しなく髪を耳にかけたり、口元を隠したりしている。
環ちゃんはわりといつも余裕そうで、海に関する事以外は一歩引いたところにいるから、こんなに照れた環ちゃんは初めて見た。
月並みだけど、やっぱりかわいい。
私の知らない環ちゃんをもっと見たい。もっと知りたい。
「私、
「え?」
「今の環ちゃんをもっと知りたいし、もっと色んな顔を見たい。高校生の頃は私もひよってたけど、今は――環ちゃんのこと気持ち良くさせたいよ、七戸くんより!!」
「なっ、何どうでもいいことで張り合ってんの」
「どうでもよくないよ! 大事だよ!! だって身体的問題で圧倒的に私が」
不利、と言いかけたところで、環ちゃんに止められる。
夢にまで見た、キスで。
環ちゃんの顔がめちゃくちゃ近くて、近すぎてよく見えなくて、長い睫毛が私の肌を少し撫でて、触れていない肌からも環ちゃんの体温が伝わって来て、少しだけ太陽の匂いがして、海の匂いがして、柔らかくて、でも一瞬すぎてよくわからなくて――永遠にも感じるはずの一瞬が、過ぎ去っていく。
「セナより気持ちいいよ、くちびる柔らかいし、整ってるし」
「……私とキスしてるのに、七戸くんの名前出さないでよ」
「ええ、スミレが言ってきたのに」
「環ちゃん、慣れてるし。七戸くんがちらつくし、ムカつく」
「慣れてないよ、初めて。あ、二回目か一応。スミレとキスするのは」
「それは詭弁がすぎる!」
そして、私の手の甲にキス。
環ちゃんはいったいどこまで私の王子様になれば気が済むのだ。
「――ッ!?」
「手の甲にキスをするのはスミレが初めて。これで満足? うちは満足なんてできないけど」
なんだかわからないけど、環ちゃんはものすごくスケベで、ドキドキした。
「生娘じゃあるまいし、うちは初めてなんてどうでもいい。恋愛処女のスミレに教えてあげる。大事なのは、”一番最初”じゃなくて"一番最後”」
それならば、と、私は問う。
小笠原の紺碧の青と同じ、紺碧の空の下で。
_ the blue
* * *
ベッドの上で仰向けになり、小さな太陽に向かって糸を引くと、上から色とりどりの紙吹雪と、
暖かい日差しの下で見る桜の花びらと綿雪のような光景を見ながら、ピンク色のトンガリ鼻を作る。
私は今日も、大好きなピンク色のパーティーポッパーを鳴らす。
いつまでも終わらない監禁生活を祝して。
<PART2/2 Fin>
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