25 ノーチラス(4/5)

「ねえスミレは、誰を一番恨んでる?」

「そりゃあもちろん、私を虐めてた人全員だよ」

「じゃあ、誰か一人に復讐するのなら誰にする?」


 小学校、中学校の頃、孤立していた私に手を差し伸べてくれたクラスメイトが何人かいた。しかし、いつも途中でその手を離される。

 崖から落ちていく人は、最後まで手を差し出していた人を恨むのだ。

 その当時は、いじめの実行犯よりも恨んでいたかもしれない。


 無視。仲間外れ。上履きを隠される、机に落書きをされる、教科書を破かれる、卑猥な画像で辱められる、椅子に画鋲を置かれる、等々。枚挙にいとまがない。

 ——でも、いったい、それは誰にされたんだったっけ。

 確かにされたはずなのに、私は顔も名前も思い出せなかった。

 思い出すのは、勇敢な主人公と、それに負けた敗者たちの名前のみ。


「あ、あれ……、おかしいな、ド忘れしちゃったのかな」

「何もおかしなことじゃないよ。うちも、あの監禁生活の日々が夢か幻だったんじゃないかって思う時がある」

「私は、本当に虐められていたの! 壮絶ないじめを受けて、それで……」


 それで、なんだ?

 私は誰に復讐したいの?


「スミレは自分に対してものすごくコンプレックスがあるんだと思う。スミレが逢子ほうこを毛嫌いしてたのは、逢子の実直さやストイックさが、羨ましかったんだと思う。勝気で、何事にも臆さず体当たりしていくところが、スミレには気に食わなかった」

「違う! 私は確かに、逢子ちゃんが嫌いだよ。でも、それは逢子ちゃんがあんな態度を取るからだよ。あんな態度取られたら誰でも逢子ちゃんのこと嫌いになる。環ちゃんは逢子ちゃんに優遇されてたから、私の気持ちなんてわからないんだよ!」

「先に嫌ってたのはスミレだよ。初めて会ったあの瞬間から、スミレは逢子のことが嫌いだった」

「最初から、逢子ちゃんは私を除け者にしようとしてた! 私から、環ちゃんを奪おうとしてた!!」

「それはスミレの被害妄想だよ」

「どうしてそんなひどいことを言うの!?」

「スミレはいつだって、悲劇のヒロインになりたいと思ってるから」

「はあ!?」


 悲劇のヒロインになりたがってる?

 いくら環ちゃんでも許せなかった。私を馬鹿にしている、私をなじっている。


「うちはどうしてスミレがそう思ってしまうのかわからなかった。両親が転勤族って言ってたから、小さい頃は寂しい思いをしたのかもしれないけど、スミレの話を聞く限り両親とも仲良くしているみたいで、不思議だった。スミレのことを知りたいと思ったのはそれがきっかけだったかもしれない」

「なんで環ちゃんは私が悲劇のヒロインになりたがってると思うの?」

「そうすれば楽だから」

「何が? どうして?」

「さあ、わからないけど、スミレのコンプレックスを考えると、『好きなもの』とか『夢中になるもの』とかがなくて、無個性であると思ってるからじゃないかな。嫌われて、虐められる『個性』があるって思いたかったのかもしれない」


 そんなの個性じゃない。

 確かに、私は無趣味でつまらない自分が嫌だった。だからこそ、海が大好きな環ちゃんに惹かれたのけど。


「そして、次はうちだった。スミレは、『環ちゃんのことが好き』っていう個性に夢中になった」

「!!」

「この監禁ゴッコの発端はそれだよね。目的は、……そうだなぁ、この監禁を追体験させることで、犯人とうちの関係を断ち切りたかった、とかかな」

「ど、どうして」

「でも、残念だけど、こんなことしても断ち切れないよ。断ち切りたくてもできないし、あんな強烈な記憶を消すことはできない。誰であっても、何をしても」


 私は、環ちゃんが好きだ。

 環ちゃんの過去を上書きして、私が一番になりたかった。でも、それは本当の目的じゃない。


「違う、よ。私の本当の目的は、環ちゃんとずっと一緒にいること。逢子ちゃんの時もそうだった、ずっとそうだった。確かに過去を上書きしたかったけど、この監禁の目的は、環ちゃんをもっと理解したかったからだよ」

「理解? できるわけないよ、こんなお遊びじゃ。理解したかったなんてちゃんちゃらおかしい。せめてうちと同じように見知らぬ誰かに半年間監禁されてから言ってよ」

「そうしたかったよ。でもそうはできなかった、意図的に監禁されるなんて無理だったの。だからせめて、私は環ちゃんの経験に寄り添えればと思って、何日も断食したり、裸で過ごしたり、知らないオジサンとセックスしたり、殴られたり。監禁されることはできないから、本もたくさん読んだ。環ちゃんが、『できない経験は本からすればいい』って言葉を信じて。監禁の本当の目的は、せめて環ちゃんと監禁生活を送ることで、心に寄り添いたいって思ったからだよ!」

「自分が何言ってるかわかってる? ロジックが破綻してる。だいだい、うちがいつそんなこと頼んだの? 正直言って迷惑」

「ひどい……。全部全部、結局私の勘違いだったけどさ、こんな献身的な人私以外のどこにもいないよ!? 私は環ちゃんのために、レイプまでされたのに! それなのに、なんでそんなひどいこと言うの!?」

「ほら、そういうところ。『悲劇のヒロイン』になりたがる」

「!!」


 違う、違う、私は悲劇のヒロインになりたいんじゃない。

 環ちゃんの力になりたいだけなのに。

 どうして、うまくいかないんだろう。


「私は、環ちゃんのことが、本当に好きなのに」

「その気持ちだって、スミレが造り出した虚構じゃないの? スミレの一人芝居に、うちを巻き込まないで」


 頭の中で、何かが切れる音がした。


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