第58話 回路と歌とお風呂
「ビビアナさん自身気が付いているかもしれませんが、ビビアナさんは他の人に比べて回路が短いんです。短いと表現するものかはわかりませんが、普通とは異なっています」
「……やっぱりそうなのね。と言うか、それがわかるのね」
「ですから、黙っていてほしいわけです」
わたしの言葉を聞いて、ビビアナさんがわかりやすく落ち込む。
回路に異常があるということは、それだけ魔術師としてハンデがあるということなので、当然と言えば当然だけれど。
「具体的には、末端まで回路が通っていない感じですね。
それをどうにかしようと思ったら、1つに単純に循環させる速度を上げることが考えられます」
「それにも限界があるわよ」
「わたしが見る限り、まだまだ全然循環速度を上げることができると思いますけど、それは置いておきましょう。
もう1つ何とかする方法は思いつきますが、出来るかどうかわからないんですよね」
「試しましょう。今すぐに」
ビビアナさんが身を乗り出してくる。
顔が近くなって、とても驚いたけれど、この反応は予想しておくべきだった。
わたしはビビアナさんに落ち着くように言ってから、手を貸してもらうように伝える。
「手って、これでいいのかしら?」
両手の手を差し出されたので、頷いてから手をつなぐ。
こういった肉体的な接触は、この世界にきて以降……いや、生前から多くなかったから、何となく緊張してしまう。
わたしの結界で守られたシエルの手よりも、幾分か荒れている、ハンターらしい手。それでも確かに柔らかさがあるのは、やはり女性を意識させられる。
意識したところで、異性だとは思えないのだけれど。
うむ、これで男性の手を握ったりすると、異性的ドキドキとかあるのだろうか。わからない。
そんなことよりも、ビビアナさんの魔力を感じることを意識しなければ。
魔力を感じて、掌握して……出来た。
自分の魔力を使う時の数億倍くらい難しく感じるけれど、出来なくはない。
「ちょ、ちょっと待って。貴女、私の魔力に何かしてないかしら?」
「していますよ。前段階が上手くいったので、実験をしようと思うのですが、やっても良いでしょうか」
「何をするのかを、教えてくれないかしら? そうでないと判断できないわ」
「そうでしたね。少し気が急いてしまいました」
シエル以外の魔力を掌握することができたので、ちょっとテンションが上がってしまった。
掌握できたといっても、魔術を使うことは出来そうにないけれど。
基本的に、他人の魔力での魔術行使は、無理だと考えてよさそうだ。例外は今のところシエルだけ。
シエルが相手でも、かなり効率が悪いので、実用的ではない。
「ビビアナさんの魔力を掌握して、ほんの少しだけコントロールできるようになりました。
ですから、本来流れるべきところに、無理やり流してみようと思います」
「それで出来るなら、貴女に頼らずとも出来るのではないかしら?」
「やってみますか?」
「……無理ね」
ビビアナさんがすぐに諦める。
普段魔力がどのように回路を通っているのかなんて、意識していないだろうから、やろうと思っても簡単にできるものではないということだ。
『エインは出来るのかしら?』
『やってみないとわかりませんね。
シエルの髪で出来たので、不可能ではないと思いますが、シエルのように新しい回路を開拓するとなると可能性はかなり低くなると思います』
『ビビアナはそうではないと思うのね?』
『おそらく、何かしらの理由で回路がふさがっているのか、使わずにいたせいで使い方がわからないのか、ではないかと。違ったらお手上げです』
「お願いして良いかしら」
ビビアナさんに言われて、意識を戻す。
「その前に確認ですが、上手くいった場合、魔術を使う時の感覚が変わってくる可能性があります。
それでもいいですか?」
「言われてみれば、確かにそうね……でも、構わないわ。
その感覚に慣れれば良いだけだもの。その間は私はパーティから外してもらうわ」
「それでは、やってみますね。
ビビアナさんは、できるだけゆっくり循環させて、あとは魔力の動きをできるだけ感じるようにしてみてください」
了承を得たところで、ビビアナさんの魔力を動かしてみる。
まずはわたしに近い手から。手の平でとどまっている魔力を指の方へと流そうとすると、抵抗があってうまくいかない。
ただ流れようとしているので、何とかできそうだ。もう少し押し込む感じで、と思ったら「痛っ」という声とともに、ビビアナさんがわたしの手を払いのけた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。急に痛みが来たから、驚いただけよ」
回路を無理やりこじ開けると、痛いのか。
『シエルの時はどうでした?』
『暴走を抑えるので精いっぱいだったから、覚えていないのよ』
『そうですね。失念していました』
『それに私は髪だもの。普通の時でも、痛みはないのではないかしら。
そもそも、私は痛みには強いのよ?』
『痛みに強い理由が理由ですけどね』
痛かったとして、シエルなら何事もなく耐えそうだ。
まったくもってうれしい話ではないけれど。
「それなら、もう少し続けてみますけど、痛かったら言ってくださいね」
「だ、大丈夫よ」
及び腰になっているあたり、結構痛かったんだな。だけれど対策は考えてあるので大丈夫……だと思いたい。
改めて手をつないでから、魔力を操作するよりも前に、歌を歌う。聖歌……ではないと思うけれど、それをモチーフにした綺麗な曲。
ビビアナさんは驚いていたようだけれど、構わず魔力を流す。
歌姫で痛みを和らげて、その間にというわけだ。
先ほどと同じように魔力を流すと、ビビアナさんはくすぐったそうにしながらも、痛みはなさそうなので続けて大丈夫だろう。
1曲終わったところで、右手が終わったので、ビビアナさんに確認してもらうことにする。
「右手だけやってみたので、自分で循環させてみてもらっていいですか?」
「わかったわ」
緊張した様子でビビアナさんが、右手をじっと見る。
実はそんなことをせずとも、すでに開通した回路に魔力が循環しているのだけれど。痛みはなさそうで安心した。
ビビアナさんもすぐに気が付いたらしく、「あっ」と声を上げた。
「大丈夫そうですね」
「そうね。いつもよりも、右手に魔力が集まっているのがわかるわ」
「それなら、あとは全身やっておきましょうか。中途半端に終わらせたことで、ビビアナさんに悪影響があるかもしれませんから」
「お願いするわ」
実験もうまくいったということで、ビビアナさんの手を取り歌いだした。
◇
わたしが歌を止めた時、なぜかビビアナさんは息も絶え絶えだった。
「よ……ようやく、終わった……のね……」
「えっと、大丈夫ですか?」
「ごめん、ちょっと……休ませて、ちょうだい」
服が乱れてはいないけれど、全身に汗をかいているようで肌に服が張り付き、ほんのりと赤くなっている様は艶めかしい。
「はぁはぁ……」と目を閉じて、息を整えているのも、情事の後のようでエロティックな印象を受ける。
『どうしたんでしょう?』
『どうかしたのは、エインの方よ。
窓の外を見てほしいわ』
シエルがなんだか楽しそうに答える。
言われたままに窓の外を見ると、すっかり日が暮れてしまっていた。
……うん。なるほど。歌に夢中になりすぎていたらしい。
数時間以上くすぐったさが続けば、当然息も絶え絶えになるはずだ。
『わたし全く反応していませんでしたか?』
『そうね。2・3回声をかけてみたのだけど、反応がなかったわね。
私としては、楽しそうなエインがみられて満足だけれど、踊れなかったのが少し残念』
『日が暮れてからは、どれくらい経ったかわかりますか?』
『少し前に日が暮れたかしら』
こういう時、本当に時計が欲しくなる。
太陽が出ているときであれば、感覚で何時かわかるけれど、日が落ちるとさっぱりだ。
星を見て時間を計る技術は持っていないし、何より地球と夜空が違う。
「もう終わりで、いいのかしら?」
「はい。長時間かかってしまい、すみませんでした」
「それはいいのよ。頼んだのは私の方だもの。それに今なら、いかに自分の回路が短かったのかがわかるわ」
許してもらえたけれど、汗が冷えてきたのか、ビビアナさんが「くしゅん」とくしゃみをする。
このまま、風邪をひかせてしまうのも拙い。
「よかったら、お風呂に入っていきますか?」
「頼めるかしら」
「それでは、沸かしてきますね」
ビビアナさんに断ってから、浴室に行く。
魔道具を使って入れようかなとも思ったけれど、少し時間がかかるので、魔術を使ってサッと入れることにした。
40度くらいのお湯にするというのは、意外と難しい。何せ温度計なんて便利なものはないから。
感覚だけで適温にしないといけないのだ。
それさえできれば、お湯を張るのは1分もかからないのだけれど。
魔力だけは膨大にあるから、こういう時とても助かる。
いや、膨大な魔力のおかげで常に結界を張っていられるので、常に助かっている。
「準備出来ました。わたしは部屋で待っていますね」
「駄目よ」
ビビアナさんに先に入ってもらって、と思っていたのに、なぜか捕まってしまった。
手首を掴まれて、さっきまでいた浴室に連れていかれる。
結界を張っているとはいえ、その上から掴まれるとこうやって連れ去られてしまうんだな、と妙な感慨にふけっている間に、ビビアナさんが服を脱ぎ始めていた。
諦めてわたしも服に手をかける。
元男として「なんで脱いでいるんですか!?」と驚くべきなのかもしれないけれど、女性教育された今のわたしとしては、そんなに騒ぐことでもないかなと思う。
それとも、シエルがまだ12歳だから、わたしもそれに引っ張られているのだろうか。
激しく謎だ、とか考えている間に、ビビアナさんが服をすべて脱ぎ終わっていた。
健康的な手足はスラリと長く、腰は引き締まっていて、形の良い胸はシエルよりも大きい。
なぜだか負けた気になるのは、シエルに悪いだろうか。
いつまでも観察していても仕方がないので、脱いでシエルの身体を見てみるけれど、日に当たっていないかのような肌は透明感がある。
手足は細いけれど、柔らかさも感じられるし、胸も12歳として考えれば普通くらいはあるはずだ。うん、とても少女らしい。
なんて言い出した時点で、碌なことにはならないけれど。こういった話は、基本的に不毛なのだ。
そうしている間に、ビビアナさんは先に浴室に入ってしまっていた。
広くないので、先に体を洗って湯船につかってもらっていた方が助かるので良いのだけれど。
だとしたら、すぐに入っても仕方がないか。ということで、タイミングを計って、浴室に足を踏み入れた。
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