最高の親孝行?

最高の親孝行?

「寂しくなるわね……」


段ボールに上京する息子の服を詰めながら、ため息をついた。


私の息子————しのぶは、もう明日にはこの家を出ていく————


離婚してからはシングルマザーとして忍のために尽くしてきた。


自慢の素直な子だ。


そして、またため息をついていたことに気づいた————


ガチャッ


「母さん!」


部屋に駆け込んできたのは、忍だ。


「忍……どうしたの?」


「俺が上京する前に————親孝行しておこうと思って」


「まあ……」


「見てこれ」


そう言って忍が渡してきた紙に目を落とすと————


『名の変更届』


「え……? なにこれ」


「俺、改名することにしたんだ」


「……そ、そうなの……どんな名前?」


次の瞬間息子から発せられた新しい名前に、私は耳を疑った……


「さ、詐欺!?」


自分の名前を「詐欺」にするなんて————


「ははは、違う違う。いや、音は同じだけど字はこうだよ」


テーブルに指で書いた文字は————


さぎ」。


「鷺の羽の色のようにまっさらな心で、東京でも頑張るよ!」


「……」


「じゃ、残りの物も詰めてくるよ」


そう言って忍は部屋を出ていった。


「……親孝行?」


しばらく考えて、思いあたった。


数か月前のニュースで————


『市内で、オレオレ詐欺が多発しております。充分にお気をつけください』


今の私にかかってきた場合————


「オレオレ、さぎだよ」


となる————


詐欺の犯人は避けるにちがいない————


夫もいない一人暮らしの私にとって、それは最高の親孝行かもしれなかった。


でも……


「忍って名前気に入ってたんだけど……」


まあいいか。


いつかそのうち私はボケる、その時には。


きっと「忍」と、呼んでしまうのだろうな……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最高の親孝行? @gozaemon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ