第8話


ダンジョン第十一階層、以前から戦闘訓練のためにダンジョンに潜っていたため十一層からの攻略になる。このダンジョンは一度クリアしたことがある層までなら好きなところに転移できるのだ。しかし、五層ごとに存在するボスについては一人でもそのボスを倒したことがあるものが参加すると現れず、次の階層への階段がある扉も開かない。


ダンジョンの十一から二十層は森のステージ、ちょうど俺たちが召喚された近くの、屋敷の周りのような風景だ。


十五層のボスは龍の亜種、ワイバーンリザードというものらしく、強さでいえば飛龍に毛が生えた程度のものだ。


「確かこの層はゴブリンとホーンラビット、ブラッドウルフが主なポップモンスターなのよね、それにオーガがたまに湧くとか」


「飛龍も湧くんじゃなかった?」


「あれはデマでしょ、報告例も二件しかないのよ。それに討伐報告例は一件のみ、しかも所詮は飛龍、貴方なら倒せるでしょ」


「まぁそりゃな」


織守は過去に飛龍の寝首を掻いた事を思い出した。侍は枕を蹴飛ばし、相手を起こしてから切るという精神を持つらしいが、織守にそんな心構えはない。



二十五層までは一階層あたりのひろさが直径8キロ程度であり、直線距離で歩けても8キロは歩かなければいけない最長距離に次の階層への階段がある。飛行系魔法や、転移魔法はバレないようにならば使えるため、夜はそれで距離を稼ぐつもりだ。そのため昼は殆ど距離を稼げず、物凄くゆっくり進むことになっている。


正直にいって仕舞えば、夜だけで二十五層までを制覇するとしてもかなりの余裕がある。ボス戦も俺にとって敵はいない。


ダンジョンに潜り始めて八時間、俺たちは十五層に到着した。時間は十八時、あたりは薄暗くなり始めている。ダンジョンに空を作る魔法の理論というものは九百年前に執筆されたものだが、エネルギー不足で非現実的であると他の人間から忘れられた論文が、管理者の書庫にあった。その後アリスがそれを生かしてオリジナルスキルを作成したようなので、やはり研究というものはいつか役に立つのだと実感もした。


文明の発展は科学の副産物にすぎず、科学の発展の結果文明は発展するという本質を忘れている人間が多いため、科学者達の研究費を抑えろとかいう人間のことを織守は哀れんでもいたりする。


二十五層までは基本的にフィールドを最短距離で進んで仕舞えば二時間以内には制覇できる。そのためフィールド内で、キャンプを張っている姿はなく転移し放題なのだ。


一回の転移で稼げる距離は大体500メートル、かかる時間は二人の単位を合わせて八秒、ボス戦も瞬殺することを考えれば理論値百二十四秒プラスボス戦の所要時間のみでそれぞれの層を突破できる計算だ。そのため本当に昼はやる気が出なかった。適当にスキルを試したりしながらゆっくり進んだのだ。


そして今、あれから約四分で十五層のボスを倒して十六層を制覇し、十七層に足を踏み入れた。ボスのリポップタイムは五分らしいが、もう二度と戦うことはないので、ボスの死骸を三次元格納庫と呼ばれる倫太郎の発明品にしまって、ダンジョンを走破している。他人を転移させるのは自分を転移させるのよりも2倍ほど時間を必要とするため先頭に使えるレベルまで研鑽を積みたいと思いながらものすごいスピードで、ダンジョンを進んだ。



* * *



朝日が登る、だいたい転移走破を開始してからあれから十時間、フィールド内にあるアイテムなどを完全に無視して走り抜け四十七層にまでたどり着いた。


朝五時、この時間から転移門が開かれ冒険者達がダンジョンにはびこる時間だ。この時間帯はポップしたモンスターが全く狩られていないのでかなりのモンスターの量になる。


このダンジョンは二十五層ごとに大きく難易度が変わる。二十六層からは最短距離で移動しても約四十八キロほどの距離があるフィールドに変化するのだ。また、二十五層のボス黒龍は二十層の地龍に比べて四倍程度には強いし、三十層のボスよりも強い。


まぁ、地獄の業火に焼かれてみるも無残に亡骸になったのだが…… お陰で回収できる部位すらも残らなかった。


そして次に待ち受けるボスは雷龍、これを倒せば試験を受けずに3rdランクが確約されるレベルの敵ではある。


常識外れな速度でダンジョンを攻略しているのだが、それは俺の能力が戦闘に特化したものであることが原因であり、他人に比べて研究や開発といった分野に対する学と時間を全て戦闘に注ぎ込んだ賜物である。

1日に走破した記録は多分一位が俺たちだろう。


その後いつも通り真っ直ぐ探索や採掘などといった行為や休憩すらもとらず、戦闘も避け、夜になるまで歩き続け、夜になったら転移を使い、ダンジョンの五十層、ボス部屋にようやくたどり着いた。


ここさえ変えて仕舞えば冒険者の数が一気に減る。フィールドも最短距離、つまりフィールドの直径は96キロになる。人口密度は急激に下がるし、このレベルになれば短距離の単位を行える者もしばしば現れる。つまり昼だろうがなんだろうが関係なく転移できるようになるのだ。


完全に今更だが、転移に使っているスキルはオリジナルスキル綻である。


ダンジョン五十層のボスルームに踏み入る。ダンジョンに沸くモンスターは完全に精神というものがないことがわかっている。これはダンジョンに生まれたものの宿命ともいうべきか、意思や精神すらもダンジョンに統制され失っているためだ。


雷龍が目を開けこちらのことを視認する。その瞬間、雷がこちらに飛んで来る。その雷は、白く半透明な壁に阻まれ霧散する。白葉のスキル契約の覇王 に統合されている天国魔法 セラフィムガーディアンセだ。


このボス相手には完全に戦闘訓練目的で戦う。そのためアルティメットスキル等を封印こそしないものの、地獄の業火や、マカハドマなどといった最強クラスの魔法で殲滅するようなことはしない。


今回俺が使うのは倫太郎に支給されたハイブリッドソード、魔剣でありながらその能力が隠蔽されている優秀な剣だ。神滅理剣オルネイティアも、もはやアルティメットスキルに等しい力を持つので使わない。


雷龍の先制攻撃を防がかったのをみて俺は雷龍との距離を詰める。空を飛ばれると攻撃手段が、いよいよ地獄魔法のみになるので面倒なので尻尾か、翼を落としたい。


今回の場合は尻尾は正面を向かれているため攻撃できないし、翼も距離的に転移などをしないと届かないため攻撃できない。


距離を詰める間に雷龍は壁を作るように雷を展開し、飛び上がる予備動作をし始めた。体がでかい龍は一瞬で上空に飛び立つようなことはできないし、ボス部屋の天井はせいぜい50メートル、攻撃の手を失うようなことはない。しかし、さっきも言った通り飛ばれると面倒だ。


雷龍地に落ちる。白葉のもう二つ目のアルティメットスキル、終焉契約の能力だ。白葉はアルティメットスキル以外の戦闘参加方法がないのでアルティメットスキルを縛ることができない。


アルティメットスキル、終焉契約の能力は対象の行動を縛るというもの、これで龍は翼より先を動かせない。あまりに強力なこのスキルだが、制約もそれなりに多い。まずアルティメットスキル保持者には効果がない。二つ目は単純な命令を一つずつしか出せない。三つ目は抑制であり命令は出来ないということだ。それでも軍隊の行軍を止めたりもできるので応用の幅はそれなりに多い。そしてこのスキルを使って編み出したアホらしいが、最強のコンボが完全に相手の動きを封殺して無限にテイムを行うというものだ。俺が動きを封殺し切るまで時間を稼がなければいけないが、テイム確率がどんなに低かろうと、相性が悪かろうと必ず成功するのだ。ダンジョンのモンスターはテイムできないがそれでもなおあまりある働きをするだろう。


俺は地に落ちた雷龍の、喉を力任せに掻き切る。

ゼロ距離で雷龍が雷を発生させるがそれは白葉に守ってもらう。


再び霧散した雷の、光の粒子にも見えるそれらを横目に見ながら再び雷龍に斬りかかる。


「まぁ、こんなもんかな」


「そうね、これなら素材としても使えそうだし」


「いや、まぁ二十五層の時は悪かったって」


「別にそんなことは気にしてないわよ、そんなに狭量の狭い人間に見えるかしら?」


「いや、冗談さ」


俺はそう言って笑いながら扉を開いた。


白葉の白銀の髪が薄暗いボス部屋の中で煌めいた気がした。



おまけ



アリスは研究設備の開発のための研究を行っていた。研究には機材が必要であるが、それらの機材の仕組みなどを全て覚えている人間などほとんどいない。また、それらの材料のつくり方や、代用品のつくり方すらも熟知している人間はほとんどいない。


「あー、もうやだぁ。全然設備が整わないんだけど」


アリスは弱音を吐きながらも、さまざまな実験結果をメモしていく。研究は一進一退だが、アリスの持つアルティメットスキルでさまざまな実験結果を計算し尽くせたので、実は時間は地球の頃の研究よりかかっていない。


アリスは倫太郎に発注する物質や器具をヴァイオレットにまとめてもらい、ウリュダラ邸で大量の物質や器具を整頓しなければいけないし、いずれはこれらを取り扱う研究設備も整えなければいけない。


「もう無理よ。紅茶にしましょ。ヴァイオレットさんもいかがですか?」


「私ですか?紅茶があるのなら、ぜひご相伴にお預かりいたします」


ヴァイオレットはアリスのお誘いを丁寧に受けた。アリスが使う茶葉はウリュダラが彼女らを気遣って持ってきてくれたものだ。


アリスが自作したティーセットで紅茶を淹れる。紅茶は蒸したりすることで渋みが抜けたりするので、淹れる人によって味は大きく変わる。


「美味しいですね。久しぶりに向こうの味を感じます」


ヴァイオレットがアリスに感想を述べる。ヴァイオレットはフランス人で、フランスとイギリスは紅茶にうるさい国でもあるが、アリスの紅茶はフランス人であるヴァイオレットをうならせた。


「ありがとうございます。最近は紅茶を淹れてなかったので不安でしたが、よかったです」


アリスも、紅茶を啜りながら心を落ち着かせる。啜ると言っても勿論音は立たない。


「それにしても、実験器具、すごい量ですね。私もこの資材に助けられたのですけど」


ヴァイオレットの組み立てたパソコンはアリスと倫太郎が作った材料を汲み上げたものだ。この二人のスキル構成は、物質を生み出したり、変換したり、組み替えたりする事を得意とするものだ。


「まぁ、金属類は私が作ったものじゃないんですけどね。真空管と、色付きのLEDぐらいでしょうか。私がパソコン作りに貢献したことといえば」


「よく、関学の最先端技術を再現できましたよね。私感動したんです」


ヴァイオレットが大袈裟なリアクションを取る。しかし、アリスは化学博士であって工学博士ではないのでこれはそれほど大袈裟でもないのかもしれない。


「一応、有名だったり注目された論文や、メジャーな論文雑誌には目を通していたんです。それで、その記憶を頼りに、試行錯誤した感じですね。でもスキルがなければ完成はもっと時間がかかったと思います」


「流石ですね。私は自分の分野で手一杯でして」


アリスは管理者の中でも倫太郎と双璧を成すほど容量がよく知能指数も高い。また、容姿の面でもアリスは白葉と双璧をなしていて、まさに隙がない。さらに実家は貴族ときた。アリスほどの社会的ステータスを持つ人間はそう多くない。


「そうですか。私たちもいつか、時間ができてやりたい事をやれるようになる事を祈りましょう」


アリスはそう言って静かに目を瞑った。彼女はまた、研究設備を整えるための研究に戻る。

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