こんな世界の成れの果て〜転生した天才達はアルティメットスキルを手に入れ世界を手中に収めるようです〜

桃園 蓬黄

第1話 kyousou

織守榛恃おりかみしんじという人間は人間というものの本質をよく理解していた。彼は世界というものをよく知っているとも言い換えられよう。彼はひどく薄汚れ、霞がかった日々を彼は過ごしていた。


暗い世界に光が差し込み、永遠の時間にも感じられた長い長い宵闇に光が刺し始める。東の空は朱色に輝き、星々は少しずつ輝きを奪われるかのように姿を消していく。朝日に溶かされていく。


シャキッ シャキッと霜ばしらが砕ける音が響く。


この整然とした空間の静寂を青年は打ち破った。

青年の名は織守 榛恃おりかみ しんじ、は世界的にも評価の高い、心理、哲学者だ。


(ぐぅぅ、身体中が痛いし、何よりも寒い。それに、ここは何処だ?)


白い息が空気に溶ける。彼は立ち上がりあたりを見回した。目に入る世界は霜に濡れた高山植物、見事なまでの朝焼け、そして大学の食堂で見かけた数人。何にせよ彼には現状を理解できる術はなかった。いや、何もわからないということのみは、わかった。


(頭が痛いな、体も重い。頭も思ってる以上に回らない)


そんなコンディションではあるが、彼はやらなければいけないことをすぐに思いついた。睡眠中は体温が活動中に比べて低く、今睡眠をしている七人は低体温症の危険がある。ましてや長袖とはいえ、榛恃たちが住んでいたイギリスの、西岸海洋性の秋は暖かいため、榛恃たちの服装は薄い。ここは山頂、そして霜柱が立つほど冷え込んでいる大地だ。これらの条件が揃えば低体温症になる条件は揃っていると言える。


彼はあたりに転がる数人を起こす。数刻後、全員が目を覚まし、あたりを見回した。聞いたところ、誰もこの地のことを知らない。誰が言ったかわからないが、とにかく、ここは下山をしようという話が上がった。それに全員が同意すると、そそくさと下山を始めた。無論誰も今の状況を理解できるものはおらず、織守の言うことを素直に聞いてくれたため、無駄な時間を過ごさずに済んだ。震える体を抱きしめていたのは彼だけではない。


彼らは2時間ほど下山を続け、開けた場所で休息を取っていた。


「はぁはぁはぁはぁ、なんとか山場は超えたか?」


最初に声を上げたのは190センチ近い身長を持つ伊勢倫太郎という物理学者だった。低い気温と、慣れない運動により彼らの息は上がっている。息は白いが、彼らの肺腑に届く空気はそれほど冷たくはない。


「いや、まだまだだな。さっきの山は植物から推察するに2000〜2500メートル級の山で、気候は温帯。今は植物を見る限り1000メートルほど、下山でかなりの体力を消耗したのに俺たちには食料がないから、体力をまともに回復できない。それは普通に大きな問題だろ」


織守が倫太郎の呟きに反応する。かなり山を降ったことや、日が出てきたことで既に彼らの体は寒さから解放されていた。


「そもそもだけどここは何処なわけ?そして、なんで私たちはここにいるの?」


もっともらしい疑問を呈したのはアリスという女性だ。あぁ、その疑問は自分も知りたい内容だ。


「あぁ、もし違えばすまないけれど、ここにいるメンバーは昨日?でいいのかはわからないが食堂にいただろ?そして俺の記憶はそこでなくなっているが君たちもそうなのだろう?」


織守は周りの反応から自分の仮説の一部が肯定されたことを確認すると言葉を続ける。


「そこで最初に思いついた現状を説明できそうな仮説の一つ目は、タチの悪いサバイバルゲームってものだけど、この仮説には穴が多すぎる。次に思いついたのが拉致だがこのメンバーに共通性はないし、山の上に放置する理由は見当たらない。だからこの仮説もダメだ」


織守が敢えてこういった話を持ち出したのは彼らに現実を突きつけるためだ。そうして冷静な判断力を取り戻してもらうことが目的なのだ。彼らは非常に優秀なはずである。


「だから、根本的なことはわからないし、動機も犯人も今は不明だ。けれど今はそれを考えている時ではない。今やるべきことは、生命の危機を脱することだ。優秀な君たちならばわかるだろ?」


まわりのわずかに頷く動作を確認してさらに話し続ける。周りの人間は非常に優秀なようで、俺の言った言葉を整理して理解してくれているようだ。


「気がついていているかもしれないが、俺たちの胃の中には食事が残っている。これがどういうことか、俺たちは熟睡していた。にもかかわらず胃の中に食料がある。これはほんの数十分で、イギリスからここに連れてこられたこと、俺たちがあまり長い時間あの目覚めた場所にはいなかったことだ」


そう、どう考えてもおかしいのだ。人間は消化活動中基本的にはノンレム睡眠に入ることができない。

そのため織守たちを誰1人気づかないままここに連れてくるには睡眠薬を盛ることになるのだが、そこまで即効性が高く、数十分単位で睡眠時間を調整できる睡眠薬は俺の知る限りない。胃の消化活動が止まった可能性もわずかに考えられたが八人全員がそのようなことになることはまずないだろう。医学に詳しくはないので推測なのだが。


そこで背の小さい青年が話しかけてきた。


「つまり、君の推理によれば僕たちは一瞬でここまで運ばれたということになるが……」


「まぁ、そうなるだろうね、方法はわからないが状況証拠的にはそうみなければいけないだろうな」


「転移?」


ジョヴァンニという男と織守の会話に、アリスの横にいる女性が参加した。確か、白葉という名前の医学部に所属している日本人だ。


「それに近いだろうね」


織守の推理を彼らは吟味するように、静かに彼らは思考を巡らせる。それ以上会話が続くことはなかった。独り言がぶつぶつと聞こえる。各々が現状を分析しているのだろう。


1人が立ち上がりまた1人と立ち上がった。当面は人との接触を目標に行動をするということがおそらくなんとなく決まっているのだろう。人間の精神とはそういうものだ。人工物を見るだけで不安から拭われる。彼らは人工物を探し彷徨い始める。



ちょっとした休憩から、更に2時間ほど山道を歩いたところに、それはあった。巨大な屋敷、ここ数ヶ月の間に作られたであろう清潔な様子とは裏腹に、屋敷を囲う塀はこちら側は蔓に覆われていて朽ちている。

しかしその塀も内側はやはり、真新しく外側とは比べ物にならない。ただ、門だけはこちら側も生活そのものであった。人の気配はまるでない。今は真っ昼間だが、これが夜であれば流石に入ることは躊躇われたであろう雰囲気を醸し出している。


「これ、大丈夫なのか?」


一人の青年が誰もが思っているであろうことを口に出す。青年の名前はジョヴァンニ バトラー、論文誌にも取り上げられることが多々ある若き天才と呼ばれているものだが、精神衛生が非常に悪いことは大学内で有名な話だった。


「インターホンもないから人が来ることを想定した作りではないか、門番を置くことが前提なんだろうな。だから中に人はいないと思うぞ」


「同感ね、ここに人はいないと思うわ。いるとしたら静かすぎる」


俺の意見に同意を示したのはアリスだ。


「だが、まぁここに入るか入らないかで考えたら入る一択だろ」


ジョヴァンニの言う通りだ。人は安息を求める。それが満たされていなければ正常な判断など出来はしない。


俺は門を開けた。滑らかに門が開く。かなり大きめではあるが個人で開けられないことはない大きさの門だ。


そして、屋敷に足を踏み入れて驚いた。空気が、温度が違う。この屋敷の敷地内は気温二十五度、湿度45%という人間の最も過ごしやすい気候によく似ている。そう織守は直感した。


屋敷前の庭園は一つ一つが美を映すだけではなく、なんらかの規則性を持った配置である。それも、数学的な美だ。


織守は周りを観察しながら屋敷に足を進める。玄関に手をかけようとした時だった。


目の前が発光し俺たちは目を覆い隠して守った。そして再び目を開けると1人の男が立っていた。


髪はボサボサだが筋肉質で髭が濃い。服は目立ちすぎないように装飾された白のローブを纏っていて、それでほぼ全身を隠している。


「ふむ、これはこれは、あの馬鹿ども。それにしてもかなりの人数が呼び出されたようだな」


知らない言語だがなぜか意味を理解できる。まるで俺たちが四歳児であるようにすんなりと言葉が耳に入ってくる。


「失敬、突然の事で混乱しているであろう、中に入って話をするしようか」


そう言って男は屋敷の中に俺たちを招き入れた。

席に座ると既に紅茶と見たことはないがお茶とともに食べるのであろう食べ物が既に出されていた。お茶請けとしては見たことがない食べ物だ。一体誰が出したのかはわからないところが不気味である。


「そう、警戒しないでくれたまえ。特にこれといって変なものは入ってない」


いや、そこは心配していないと心の中で思うが口にはしない。ここで何か口にすれば相手に不要な情報を与えると本能が叫んでいる。


「さてと、何から話し始めるかは迷うが君たちは恐らく、この世界の住人ではないだろう。この星の名前はビリオンというが君たちの住んでいた星の名ではあるまい」


老人は疑うような目を向けられながら話を続ける。確認だろう。肯定か否定かを確かめている。無論、脳内の警報は鳴り止まない。顔を動かさずに目のみを動かして他のメンバーの顔色を探ってみる。


(他のやつも同じで、警戒しているのか。最初に話しかける奴は蛮勇だよな)


「異世界召喚、この世のどこかのバカどもがとち狂って行ったんじゃろうな。言い忘れておったが、わしはこれでも世界の管理者の一人なんじゃ。そこで異物として紛れ込んできたお主らを召喚陣に割り込んで手元に引き寄せたのじゃが、途中で制御を失ってしまってな。そして、お主らがここに来るように促したのは間違い無くわしだ。意識操作というものだ」


喋らなくて正解だったのだろう。この爺さん頭のネジが外れているか、まともな教育を受けていない気さえする。理論上存在しているパラレルワールドならば、物理法則は成立しているはずだ。しかし、この世界はまるで夢の如く物理法則を無視した事象が起きている。老人の言葉が本当ならばこの世界はパラレルワールドではない。パワレラワールドではない異世界に転移するという事象は科学的な根拠が全くない。


「何をいっているかわからないようじゃな、とりあえず書庫に案内してやる。そこで勝手に知識を得てくれたまえ。その間にある程度のことは教えてやる」


そういって老人は立ち上がり指を鳴らした。すると紅茶などの机の上にあったものが消え去った。


「今のは魔法じゃ。とりあえずついてこい」


そう言われて彼らは無理やり引っ張って行かれた。老人曰く、ここは異世界。魔法や剣が支配する世界。俺たちは勇者召喚により呼び出されたが、そもそも世界のルールでそれは禁止事項であり、自称世界の管理者であるこの老人が術に割り込み、俺たちを拾ったらしい。聞いたことがない言語を理解できるのは召喚時に種族が、脳が、体が作り替えられ、スキルとして様々な言語を植え付けられたからだそうだ。老人の魔法で、アクリル板のようなものが自分の前に現れた時、老人の話に信憑性が現れて、軽くショックを受けた。


頬をつねる。ここはどうやら夢でもゲームでもない世界らしい。


* * *



ここには世界の貴重な蔵書が大量に保管されている。好きに読んで構わない。


老人はそう言い残してここから出て行った。老人の言う通り見たことのない言語で書かれた蔵書が大量にあるが、その全ての文字を読むことができる。これがスキルの恩恵なのだろう。現状自分の身に起きていることが、夢かもしれないと言う淡い希望は打ち砕かれた。だがこういった先の見えない課題の解決は非常に得意だ。事実、問題解決能力に至っては客観的な評価でも世界最高値を叩き出している。俺は一度全員を集めた。


「まず、ここにいるメンバーに聞きたい。どうしたい?」


俺は辺りを見回す。皆が狼狽、すぐに答える様子はなかったが、一人の男がようやく口を開いた。


「そもそも何が出来る?帰れるとでも?」


今声を出したのはケイ ジェネシス、四ヶ国の司法試験に合格した国際弁護士だ。


「ケイ ジェネシスであってるだろうか?俺も同じ意見だ。帰れるならあの爺さんが何かしてくれるだろうが、世界の管理者であるあいつが何も言わないってことは帰れないとみていいだろうな」


それに追随するように伊勢 倫太郎が声を上げる。

他は声は出さないが仕草で同調していることがわかる。


「まぁ、俺もそう思う。だが、むざむざ、死ぬのでは面白みがない。だから、初期目標は生活するための能力の確保。それに絞って、次にそれを埋める目標について考えていこうと思うが、なによりも俺たちは魔法についてこれっぽっちもわかっていない。だからまず三ヶ月は魔法について学んでいこうと思う。さっきの老人がここには魔法の全てがあると言った。まぁそれは比喩表現かもしれないけど、ある程度は揃ってると考えていいと思う。あぁ、生きるのを前提としていて聞くのを忘れていたが、死にたい奴はいるか?」


全員が首を横に振る。あまりの出来事に絶望をしているものがあるのではないかと思ったが、心が折れているものはいなそうだ。


「だが、あれだけの量を読み切るにはそこそこな時間はかかる。だからまずは手分け作業だな、幸いなことにあの書庫ではレベル毎に魔法書が限られている。だからまずは基本となりそうな初級編を読み切る。その次は手分けして論文や、解説を読み漁る。そのためにお互いの得手不得手を確認したい」


俺はあたりを見回す。


(あぁ、もう言いたいことはわかっているな)


それを確信すると俺は言葉を紡ぐように、そして切り出すように口を開いた。


「まずは言い出しっぺの俺からだな。名前は織守 榛恃、二十四歳。心理学博士だ。心理学より、哲学の方が好きなんだけど、まぁそんなことはいい。とりあえずよろしく」


自己紹介を始めるにしてはかなり長い前提をおかせてもらって、俺は軽めの自己紹介をしてからケイの方向に合図を送った。


「ケイ ジェネシス、国際弁護士だ。歳は二十六、イギリス生まれ、イギリス育ちだ。よろしく」


彼の言葉を補足するのなら彼は金髪青眼のイケメンだ。そして、法学部での成績もかなり優秀だったはずだ。


「次は僕かな、ジョヴァンニ バトラー化学博士だよ〜。多重人格者ってのは知ってるよね〜?歳は二十二歳、よろしくね〜」


気の抜けそうな声で挨拶をしたのは大学内でもある程度有名だったジョヴァンニ、確か大学には十六歳で合格していた。身長百六十三センチほど、髪の色はフランス人に似ている甘栗色の中にブロンドの髪が見受けられる。


「次は俺だな、伊勢倫太郎だ。物理学博士、東京大学在学中だったが留学生としてオックスフォード大学に来ていた。よろしく」


身長百九十センチに程近い体格を持つ日本人である彼は寡黙なようだ。声が低く喋り慣れていないことが窺えた。


「次は私、静宮 白葉、クォーターで祖父が英国人。医学部卒で研修医でした。アルビノと間違えられることがありますが、これは白変種のようなもので、瞳には色があります。二十一歳」


語尾の前が少し切れ気味な口調で自己紹介をした白葉は、日本人だ。生まれは日本、育ちは英国と言った少女である。容姿は次に紹介されるアリスと双璧をなし、整っている。白人の白変種ということもあり、髪は銀や白色にほど近いが、目の色などは青っぽく、色素が作れないとされるアルビノとの違いが見て取れる。性格面で言えば、大学の評判だと凛とした乙女というものであったが、まだ自体がうまく飲み込めていないのであろう。その凛とした佇まいというものが微塵も感じられない。大学では講義などを一緒に受けたこともなければ、食事もしたことはないので、これらは全て他人からの評価の寄せ集めだ。


「私の番ね、アリス アーレトリア スノーデン。一応化学博士ね、生まれも育ちも英国よ、よろしくね。二十歳よ」


凛とした佇まい、金髪碧眼、モデル顔負けの容姿、性格、そして頭脳、何をとっても一級品である彼女は大学でジョヴァンニ以上に有名だった。そしてなによりも二十歳で博士号取得、近年まれに見るまさに天才である。


楼 深月たかどの みつきよ。情報工学博士、オックスフォードには観光で来ていたの。年齢は……二十七よ」


妖艶な雰囲気を醸し出している彼女はおそらくこの中で最も謎の人物だ。というのもここにいる彼女以外の人間はオックスフォード大学にある程度在学しているのだが、彼女はただ観光でオックスフォードの食堂に来ていたのだ。訳がわからん。なぜめちゃめちゃ美味しくない、いやはっきりと不味いとわかっているここで食事をしたいのか、本当にわからない。


「私が最後ね、ヴァイオレット ドワノワ。機械工学、情報工学専攻の二十六歳よ、よろしく」


甘栗色の髪、彼女はフランス人だが、オックスフォード大に進学した身だ。甘栗色の髪は彼女がフランス人であることを強調しているようにさえ思える。


「さて、それじゃこれからよろしく。それとこれからこういった他人を取り仕切るのはケイに頼むことにする。頼んだぞ」


俺がそういったことに周りは納得してくれる。


世界は終わりを告げた。そして世界は生まれた。何かが終わりを告げるということはきっとそういうことなのだろう。それは彼らも同じく…

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