シンデレラ
エミだって花の女子高生。友だちに遊びに行くのを誘われてるんだ。誘ってくれたのはサヨコ。転校して一番に友だちになってくれたんだ。サヨコの特技はとにかく情報収集。学校のありとあらゆる事を知ってるって感じ。学校とレストランの手伝いでいっぱい、いっぱいのエミにとってはありがたい存在かな。
「どうでもイイけど、どうしてピクニックなの」
「それはね、健康的な演出にしないと親がウルサイからだよ」
サヨコが企画しているのは男女合同のピクニック。狙いは大学生のやる合コンだって。大学生ならお店でお酒を飲みながらになるけど、さすがに高校生じゃ無理。カラオケ・ハウスって手もあるけど、バレたら後がウルサイのはたしか。だからピクニックにしたって言うのだけど、
「ピクニックだったら、男と女が一緒でも不自然じゃないし、密室に籠るわけでもないじゃない。でもさぁ、場所さえ選べば誰も来ないところに行けるのよ」
「そこでまさか」
「青天井でやる気はないけど、ゆっくり話も出来るから親しくなれるし、親しくなったら次の展開が期待出来るじゃない」
そういうことか。そうなるとメンバーが気になるけど、
「水泳部の倉持先輩と、バレー部の石作先輩、バスケ部の阿部先輩、ハンドボール部の大伴先輩とサッカー部の石上先輩」
ありゃ、まあ、よく集めたもんだ。エミはあんまり詳しくないけど、女子の間ではセレクト・ファイブと呼ばれてるオールスターみたいなもの。スポーツはもちろんだけど成績も優秀で、なおかつ生徒会役員。
なんで生徒会役員なんかやってるかはちょっと説明が必要なんだけど、エミが通ってる摩耶学園では生徒会の力が大きいんだ。生徒による自治の尊重って言ってたっけ。教師だって生徒会との対立を避けるぐらい。
これもサヨコに教えてもらったんだけど、かつてガチで対立して校長のクビが飛んだとか、飛ばなかったとか。どうしてそんなに強いか不思議だったんだけど、OB・OG会の絶対の支持があるからだってサヨコは言ってた。だから生徒会選挙はいつも本気だって。
サヨコのピクニック計画は男がセレクト・ファイイブの五人で、女がエミとサヨコの二人。バランスが悪い気がするけど、サヨコはそれが目的って言うのよね。まあ、女の方が選べると言えば選べるけど。
「どうしてエミが誘われるの?」
「どうしてじゃないわよ、エミがいないと話にならないからよ」
エミにはさっぱりわからなかったんだけど、男子のアイドルがセレクト・ファイブなら女子は、
「摩耶学園のシンデレラに決まってるじゃない」
「それって誰のこと?」
「エミに決まってるじゃない」
「はぁ???」
冗談としか思えないものね。そりゃ、お母ちゃんの血を引いてるから、ちょっとは綺麗かもしれないけど、エミぐらいだったら十人並じゃない。シンデレラなんてトンデモないよ。そしたらサヨコが意外な話を、
「うちの親父もエミのレストランに良く行くのよ。エミのレストランには週末になると女神が現れるんでしょ」
女神ってあの三人組の事だろうけど、良く知ってるな。
「コッソリ写真を見せてもらったんだけど、魂消たよ。ありゃ人じゃないよ」
隠し撮りしたって程の物じゃなくて、盛り上がって来るとツーショットやスリーショットの写真を撮ってるから、それを見せてもらったんだろうけど、
「エミは毎週見てるから、あれが美人とか美女の基準と思ってるかもしれないけど、あんなの基準にしてたらサヨコなんてウルトラ・ブスになっちゃうよ」
サヨコもサヨコなりに可愛いと思うけど、あの三人組は桁が違いすぎるのは確か。
「エミだって女神に勝ってるとは言えないかもしれないけど、なんとか張り合えるぐらいだよ。初めてエミに会った時に女でも思ったもの。この世にこんな美人がホントにいるんだって」
大げさすぎるし、お世辞も度が過ぎると嫌味だよ。そしたらね、
「エミは前の学校でイジメに遭ってここに転校して来たじゃない」
「そうだけど」
「イジメられた原因を知ってる?」
あれって突然起こって、ひたすら貧乏を理由にイジメられたけど、
「違うよ。それは表向きの理由で、本当の理由は別なんだ。サヨコの中学の時の友だちが行ってるから教えてもらったんだけど・・・」
サヨコの情報通ぶりの底力を見せてもらった気分になっちゃった。
「藤原さんって覚えてる?」
「野球部の藤原先輩のこと」
「藤原さんはうちならセレクト・ファイブみたいらしいね。その藤原さんがエミに夢中になったんだって」
知らなかったというか、学年も違うし、話したこともないし、
「藤原さんには熱狂的な親衛隊がいて、嫉妬に狂ってエミをイジメ倒したのよ」
藤原先輩は野球部のエース。エミも入学した頃に誘われて練習を見に行ったことがあるのよね。背も高くて、格好も良かったけど、エミたちだけでなく女子生徒の見学も多いのに驚いたのを覚えてる。
エミが見に行ったのは一度だけだけど、その時に藤原先輩がエミを見初めたって言うのよね。藤原先輩がエミを好きになった話が、どうしてか広がったで良さそう。それが、
『一年の小娘が生意気な』
これになってイジメになったんだって。あの時のイジメは学校ぐるみって感じだったし、全校女子が相手って感じがしたもんね。エミだってレストランの手伝いで少々のことではヘコたれない自信があったけど、あそこまで敵が多いと潰れた感じかな。
その原因が、エミが藤原さんを好きになったんじゃなく、藤原さんがエミを好きになったからなんて笑っちゃう。女同士では起るって聞いた事もあるけど、あそこまでやるんだねぇ。本当に陰湿で執拗だったもの。
でもさぁ、でもさぁ、エミがピクニックに行ったりしたら、前の学校の二の舞になっちゃうかもしれないじゃない。セレクト・ファイブにも親衛隊みたいなのがいても不思議ないし。せっかくこの学校に馴染めたんだから、
「エミ、この学園は違うよ。この学園ではエミはシンデレラなんだよ。もし誰かがエミをイジメようものなら、セレクト・ファイブが黙っていないよ。この学園を無事卒業したかったらセレクト・ファイブを敵に回さないのは常識」
そんなに怖い連中かと聞いたんだけど、
「ちょっと違う。セレクト・ファイブはとにかく正義感の塊みたいなもの。弱きを助け、強きを挫く正義の味方かな。だからセレクト・ファイブを敵に回すってことは学園全部を敵に回すってこと」
なにかおもしろうそうな人たちだけど。
「でもさぁ、ピクニックになると私服になるじゃない。言いにくいけど、ロクな服持ってないのよ」
サヨコがニヤッと笑って、
「そんなこと気にしなくてもイイのよ。エミはシンデレラだから」
「はぁ、どういうこと」
「シンデレラの意味は、授業が終わるとすぐに家に帰ってしまうだけの意味じゃないってこと」
サヨコが言うにはエミが転校した時から話題沸騰って感じだったらしいの。そうなるとエミの情報をかき集めたみたいだけど、家と言っても店やってるから、エミの家が貧乏なのはすぐに知られちゃった感じかな。
「そういうこと。シンデレラの意味は授業が終われば飛んで帰っちゃう上に、家では下女のように働いてるって意味よ」
下女はヒドイな。まあ、外から見るとそうなるかもしれないけど。
「下女が下女の格好で来ても誰も不思議がらないよ」
「でもさぁ、本物のシンデレラは魔法使いが助けてくれたじゃないの」
「出てきたらイイのにね」
「他人の事と思って気楽に言わないでよ」
ピクニックだから学校の体操服でもイイようなものだけど、さすがにね。そうなるとTシャツにジーンズぐらいでもイイはずだし、それぐらいは持ってる。けどね、けどね、あれってモロ仕事着なのよね。
レストランの手伝いの時は、頭にバンダナ巻いて、Tシャツに、ジーンズ着て、上からエプロンなんだよ。とにかく仕事着だからくたびれてるなんてものじゃないよこれが。ジーンズは少々洗いざらしの方がイイっていうけど、エミが持ってるのはヨレヨレ。Tシャツもそんな感じ。
だってさ、穴が開いたぐらいじゃ繕って使うし、とにかく使用不能になるまで使い倒すのが小林家。ちなみにエミも短パン持ってるけど、あれはズボンとして使えなくなったのを切り上げた代物。お父さんの服なんて繕い過ぎてニューモードに勘違いされる事があるぐらい。
それでもピクニックには行きたい気分。思い返さなくたって小林家には休日なんてないものね。北六甲クラブだって、休むのは正月三が日ぐらいで、日曜も、休日も、お盆だってやってるもの。たまには高校生らしく友だちと遊びに行ってもイイと思うのよね。
そうなるとまず難関は、お父ちゃんとお母ちゃんの許可を取らないといけない。だってエミがいきなり抜けたらレストランの営業が出来なくなっちゃうもの。
エミの家の晩御飯は遅いのよ。レストランはだいたい八時ぐらいがラストオーダーで、片付けもあるから九時ごろに閉まるんだよね。そこから夕食になるのだけど、手に汗握るぐらい緊張しちゃった。
「あのぉ、お願いがあるんだけど。来々週の日曜だけど友だちと遊びに行きたいんだ」
なんかお母ちゃんがなにか言いたそうにしてたけど、
「エエこっちゃ。レストランの方はなんとかしとくわ」
「あなた、そんなこと言っても」
「エミは高校生やで。こんなことでまたイジメに遭ったらどないするつもりや」
お父ちゃんありがとう。お父ちゃんがエライと思ったのは、それ以上聞かなかったこと。だってさぁ、年頃の娘だから、
『誰と行く』
『どこへ行く』
『何時に帰る』
これを根掘り葉掘り聞く親が多いって言うじゃない。とくに一緒に行くのが男だったりしたら大騒ぎで絶対ダメみたいな感じ。そのうえだよ、
「少のうて悪いけど、お小遣いや」
財布からクシャクシャの千円札を何枚か渡してくれたんだ。お父ちゃんは実は酒好き、話に聞くお祖父ちゃんみたいな酒乱じゃないけど、かなり飲める方なんだ。でも普段は殆ど飲まないんだよね。せいぜい月に一回あるかないか。
エミの小遣いもあるかないかレベルだけど、お父ちゃんの小遣いも実はドッコイドッコイ。あれは好きな酒を楽しむためのヘソクリに違いないものね。お父ちゃんがお酒を飲む時はレストランの商売物には絶対に手を付けないし、お母ちゃんに買って来させることもなくて、自分の小遣いで買ってきて飲むんだよ。
「お父ちゃん、こんなにもらったら」
「付き合い言うもんがあるやろ」
「あなた、甘やかしすぎですよ」
ピクニックだからそんなにおカネはいらないはずだけど、これでおやつが買える。えへへへ、エミの小遣いはとっくにピンチだったんだ。助かった。
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