決意
瞳を開ける。頬が涙でしとどに濡れていた。
「いい夢は見れました?」
手で涙をなぞっていると、視界にフェアリーが飛び出してきて息を飲む。
「ああ、驚かせて申し訳ありません。もう体を起こしても大丈夫ですよ」
言われた通りに体を起こしてみる。全身の傷はすっかり治っていて、どうやら毒もぬけているようだ。
「ありがとう。助けてくれて」
「これくらい造作もありません」
フェアリーはエゼルの顔の前を飛びながら微笑む。透明感のある服や高く一つに結った金髪が楽しげに揺れる。
「何故、生き物の前に姿を現したんだ?」
「貴方に渡したいものがあるのです」
「渡したいもの?」
「これです」
フェアリーが合わせた手を左右に伸ばしていく。するとそこから金色の矢が出てくる。体の大きさが普通なら、高貴な種族になっていただろう。
ぼんやり矢が出てくる様子を眺めていると、両手で差し出された。素直に受け取る。
「この矢は古文書に記述される金の矢のことです。その古文書の内容というのは……」
「ああ。それなら知ってる」
初めて会ったアダンが、話してくれた。震える手で古文書を広げながら。数日前の出来事のはずなのに、ひどく懐かしい。
「知ってるよ……」
信じてあげられなかった。救えなかった。あんなにも想ってくれていたのに。
彼女の最期の笑顔が目に浮かぶ。後悔は決して消えることはないのだろう。
落ちた視線は自然と金の矢を映す。淡く光るそれを握りしめた。
「……これで僕は何を」
フェアリーは柔らかい笑みを浮かべながら口を開く。
「この矢で災いの魂、ソロンを救ってほしいのです」
「ソロンを、救う?」
「はい。彼は運命に翻弄された悲しい人なのです。穢れに染まってしまった彼を、どうか止めてほしい」
フェアリーの瞳は憂いを湛えている。
しかしソロンはアダンを死に追いやった憎むべき人間だ。そんなソロンが、悲しい人。俄かには信じられない。だがそれが事実でないという確証がどこにあるというのか。
「やってもらえますか?」
混血は世界の底辺にいる生き物。今までそれを盾にして、全てから目をそらしてきた。何ものとも向き合おうとしてこなかった。ただただ、臆病だった。
けれどアダンが教えてくれたのだ。人間の温もりを。世界の美しさを。信じることの困難さを。
幸福を手にすることはいつだって恐ろしい。絶望する怖さは心に強く刻まれている。
だがもう二度とあんな後悔はしたくなかった。
「髪をゆえる紐を持っていないか?」
「どうぞ」
フェアリーは手から紐を出現させる。目を細め、手渡してきた。
「ありがとう」
一房の黒髪を残して、銀髪を一つに結ぶ。
「行くよ。ソロンのもとへ」
「ありがとうございます」
金色の矢を、矢筒に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます