第266話 無血開城

「『宮廷騎士団』も『金剛騎士団』も何をしておる!!ここを誰の部屋だと心得ておるのじゃ!朕の部屋であるぞ!!早々に立ち去れい!!!」


「「はっ!ははぁ!!!」」


皇帝の自室の前に押し寄せた騎士団に向け、女帝アイリスが威厳を込めて叫んだ。普段であれば、最上階に登ることなど許されない身分である彼らは、ビクッとして恐れおののき、慌てて退却していった。


部屋に残るのは、宰相の地位を剥奪されたヒペリカムと女帝アイリス、そして4人の勇者だけである。ちなみに女帝の侍女たちは大和柳太郎が先に避難させておいた。


「さぁ、カラコルム卿、あとはよろしくお願いします!」


少年勇者が元気いっぱいに廊下に向かって叫んだ。


指名されたパーシモン・カラコルムは、既に宮殿内の女帝の自室の前に待機しており、ゆっくりと入室した。


「久しぶりだな。ヒペリカム」


悠然と見下ろすように挨拶した彼の姿を見て、ヒペリカムは動揺し、体をガクガクと震わせた。


「バ……バカな。あなたは、二度とご自身の脚で歩けぬ身体だったはず……」


元来は、御三家を差し置いて帝国内で最も力を持っていた貴族、カラコルム卿。その彼を最大限に恐れていたのは、他ならぬヒペリカムであった。彼が発言権を持ってしまえば、自分はいつ追い出されても不思議ではないと常に警戒していた。


今、そのカラコルム卿を前にして、ヒペリカムは未来の再起が無いことを悟り、完全に心が折れた。


ガックリとうな垂れた彼を見て、少年勇者が携帯端末宝珠で僕に連絡した。


「蓮さん!うまく行きましたよ!ありがとうございました!」


『そうか。よかったよかった』


外に待機している僕は、万事、計画どおりに運んだことで、胸をなでおろした。




――さて、ここまで見事に宰相の失脚劇を成功させることができた背景には、もちろん事前に講じていた入念な準備がある。これまで僕たちが、どのように進めてきたのかを語らせていただこう。


まず、僕たちは、ヒペリカムを押さえる前に、当然のことながら、女帝アイリスを味方につけることが最重要であると踏んだ。


村の復興作業をする間にも、その行動を開始していたのだ。


ガッルスが合流したことを機に、彼女に乗り、牡丹が大和柳太郎を連れて帝都に赴いていたのだ。


宮殿の屋根の上に着陸したガッルスから降り、大和柳太郎はアイリスの自室のテラスに移動して、窓をノックした。勇者ならではの身軽な所業である。


窓の外に、突如として愛しの相手が顔を見せたのだから、アイリスは心臓が口から飛び出るような思いで驚き、歓喜した。


「えっ!リュウタロー!!いつ帰って来たのじゃ!!何も報せは無かったぞ!」


ところが、窓を開けてもらい、侵入した大和柳太郎は、牡丹も連れていた。しかも、とても仲が良さそうな二人を見て、女帝は訝しんだ。


「……だ、誰じゃ、そのオナゴは……なぜ、手を繋いでおる……」


「この子は、ぼくの友達です。牡丹ちゃんって言います。百合華さんの娘さんなんですよ」


ウチの嫁さんのことを好んでいるアイリスは、それを聞いて顔を綻ばせた。早速、牡丹の手を取って喜んだ。


「なんと!ユリカの娘か!」


「わたしね、ぼたんだよ」


「そうかそうか!ならばボタンよ!そちも朕のことはアイリスと呼ぶがよい!」


「アイリス、かわいい」


「そうじゃろう!そうじゃろう!わかっておるではないか!くるしゅうないぞ!」


牡丹からしてみれば、お人形さんのような格好をしている女帝は、素直に褒めたい対象だった。賛嘆されたアイリスは、すぐに牡丹を気に入った。


そして、すかさず大和柳太郎は本題を伝えた。


「アイリス、お話があります。これから、ぼくとデートしてください」


「…………え?」


牡丹がいるのになんで?とは思うものの、人生初のデートに誘われた女帝は、浮かれた気分になり、部屋にいた侍女に黙っておくよう言い渡して、彼に案内されるがままに屋根の上まで連れて行かれた。


「初めまして。皇帝陛下。ワタシ、ガッルスと申します」


「なっ!な、な、な……なななななな…………」


巨大なニワトリ魔族を前にして、アイリスは固まった。当然のことだろう。それをおかしそうに笑いながら、大和柳太郎はさっさと女帝をガッルスの背中に乗せ、牡丹と一緒に飛翔した。


そして、『聖浄騎士団』の暴虐により、荒廃した町へと向かったのである。


生まれて初めて空を飛び、帝都の外に出て、しかも男の子とデートする、というシチュエーションに心躍る女帝であったが、町の中心部の荒んだ姿を目の当たりにし、硬直した。


「な……なんじゃコレは?……戦でもあったのか?」


「『聖浄騎士団』に襲われたんです。魔王を捜すという名目で」


「えっ!?」


アイリスはもちろん何も知らない。知る必要も無いと考えていた。全ては宰相がうまくやってくれているものと思い込んでいた。


しかし、大和柳太郎から真実を告げられた。


ショックで倒れそうだったが、彼に支えられた。さらに他にもいくつかの町や村を回って行った。どこも平和で豊かな暮らしとは程遠い現状であった。


最後に女帝は、僕たちが滞在中のカラコルム卿の村へ連れて来られた。そこに着陸する頃には、彼女は号泣していた。


出迎えた僕たち夫婦は仰天し、間髪入れず嫁さんがアイリスを抱きしめた。


「うあぁーーーーん!ユリカ!ユリカ!!朕は何も知らなかったのじゃ!朕はとんでもない皇帝だったのじゃあーーっ!!」


幼い女帝はまだ純粋であった。国の惨状を見て、傷める心を持っていた。これに僕は大いなる希望を見出した。


嫁さんは女帝を温かく抱擁し、その頭を撫でながら優しく諭してあげた。


「よしよし……アイリスちゃん。私たちがついてるから、もう大丈夫よ。何が間違ってて、これからどうすればいいのか、ここにいるお兄さんたちが一緒に考えてくれるからね。みんなで悪い人を追い出しましょ」


慰める彼女は、いつの間にか”陛下”とも呼ばなくなっていた。幼くして両親を失っているアイリスは、彼女だけでなく僕にも懐いてくれた。やがて落ち着いたアイリスに、僕と大和柳太郎が懇切丁寧に帝国の現状を伝えた。


「レンと言うたな。あとは、よろしくお願いするのじゃ」


「ええ。万事、お任せあれ」


僕のことを信頼してくれた女帝は、その日のうちに帝都の宮殿に帰された。そうして、大和柳太郎を介して密に連絡を取り合いながら、勇者たちの帰還を待っていたのである。



次に、具体的にヒペリカムを退陣に追い込む手段であるが、これは勇者たちとも事前によく相談していた。


「僕たち異世界人が、帝国の歴史に直接介入するのは避けた方がいいと思う。それでは、”勇者ありき”のこの国の政治を正すことにはならないからだ」


まず僕が提案するこの前提で、皆が納得した。


「『聖浄騎士団』の悪事を手伝ってしまったオレたちが、アイツらを捕まえて戻るまでは、一つのケジメでいいよね。あとは、陛下とカラコルム卿にお任せって感じかな?」


「ホンマに大丈夫か?帝都には、まだぎょうさん騎士団がおるんやで。あのオッサンだけで話まとまるんか?」


「ヒペリカムは……そう簡単に引き下がらないと思う」


赤城松矢、黄河南天、黒岩椿が、それぞれ意見を出しながら心配する。大和柳太郎は、僕の顔を見て微笑していた。


「蓮さんには、何か考えがあるみたいですね」


「うん。優秀な仲間のお陰で情報は出揃ったんだ。直接介入はしないけど、裏工作なら、やってもいいよな?」


「……蓮くん、また悪い顔してるぅーー」


僕がニヤリと笑うと、隣の嫁さんが呆れた顔をした。




そうして、僕は裏から手を回すことにした。


最初に手を付けたのは、カラコルム卿が立ち上がるための同盟相手である。現状では、ほとんど兵力を持たない彼が宰相を糾弾するには、どうしても武力的背景が必要だった。


これは、カラコルム卿本人やベイローレル、ラクティフローラとも相談して決めたことでもある。どうしても中世的な世界観では、事を起こすのに戦力は不可欠であるとの結論に至ったのだ。


そこで王女を伴い、ガッルスに乗って訪問したのは、かつて会った地方領主コロンバインの居城である。彼は帝国の御三家の一角、『クンルン』家の当主だ。


「これはこれは……ラクティフローラ殿下、再びお目にかかる機会を得られますとは、この上なき名誉でございます」


急な訪問であるにも関わらず、彼は歓待してくれた。もちろんフェーリスの猫の情報網から、この日の彼が暇であることも知っていた。


直ちに王女は僕のことを紹介した。

すると、彼は目の色を変えた。


「プッ!!『プラチナ商会』……ですと!?」


「先日はご挨拶できず、申し訳ありませんでした。コロンバイン閣下。いや、クンルン卿」


「まさか、貴殿のようなお若い方であったとは!!!こちらこそ失礼した!ただの護衛ハンターであると思っていたのだ!!我が国にも、御商会の噂は届いておるぞ!しかし、残念なことに、こちらでは宝珠が出回っていないのだ!私も家臣に命じ、”照明宝珠”なるモノを探させたのだが、八方手を尽くしても実物を手に入れることができなかった!」


「そうでしたか……では、せっかくのご縁ですし、お一つ、献上致しましょう」


「なんと!?」


我ながら、あくどい気もするが、我が商会の名が、帝国貴族の間にも広がっていることを知った僕は、自分の名声と宝珠を利用して、御三家を味方につけることを考えたのだ。言い方を変えれば、買収である。


領主コロンバインは、震える手で”照明宝珠”を受け取った。余程、嬉しかったのだろう。


「よ……よろしいのか?我が国では金貨数百枚の価値がある代物だが……」


「流通が無い上にインフレも起こってるからですね。それらの現状、打破してみては、いかがでしょうか?」


「……と言うと?」


「こちらは、カラコルム卿の書状です。できればすぐにご一読を」


あとは簡単であった。もともと英雄視されていたカラコルム卿が決起しようとしている。そのバックには、『プラチナ商会』の財力と、勇者という最大戦力がいるのだ。


手紙を読んだコロンバインは、信じられない様子ながらも感激していた。


「『聖浄騎士団』が壊滅し、勇者様たちがカラコルム卿の側についた……だと……?いつの間にこのような……」


「ということで、今が好機です。ちなみに僕たちは、あくまで伝言を届けただけですので」


こうして話はまとまった。

勇者たちの帝都帰還に合わせ、挙兵して合流する手筈となったのだ。


もう一つの御三家『テンリタグ』家についても同様であったが、そちらは軍備を整える時間が無いため、名前だけ借りることにした。




問題は、ヒペリカムの実家である『ヒンドゥークシュ』家だ。


当主であるヒペリカム自身は、宰相として常に帝都にいるが、実家の領地には、管理を代行している彼の弟がいる。宰相の采配で、あらゆる特権と財が集中しているため、今現在、最も力を有する貴族家である。


もしもここが駄々をこねた場合、本気で内乱に発展してしまう恐れがあるのだ。


そこで、少々懲らしめる意味も込め、僕は脅しの小芝居をすることにした。


ある晩、当主代行を務めるヒペリカムの弟の執務室に、ちょうどよく配下の騎士が集まっていた。この領地の最大戦力である。


その部屋のテラスから、何者かが侵入した。

ガッルスに乗って来たカエノフィディアが姿を見せたのだ。


「な、何者だ!!!」


いきなり上階にある部屋に忍び込んできた美女に、一同が驚愕し、身構える。


対するカエノフィディアは、かつて魔王軍に所属していた時のような、露出度の高い妖艶な出で立ちをしていた。


「ウフフフ……アタクシ、『幻影の魔王』様の使いで参りました、名も無き魔族でございます」


不敵に笑う彼女と目を合わせた瞬間、部屋に居合わせた騎士たちは身動きが取れなくなった。彼女の『魔眼』によって、全身の筋肉を支配されてしまったのだ。


「「う、動けない……」」


「どうしたのだ!そなたら!私を護れ!」


部下たちが一歩も動かない中、カエノフィディアがゆっくりと近づいて来るのを、ヒペリカムの弟は脅えながら見守る以外にない。


すると、机の上に色っぽく座った彼女が、携帯端末宝珠を取り出した。そこからテレビ通話が開始される。


『お初にお目にかかる。ヒンドゥークシュ卿の弟君よ』


「なっ……!」


電話すら存在しない世界において、いきなり目の前に映像が飛び出し、そこに映る漆黒のローブの男から挨拶された。彼はもう、何が何やら、わからなかった。


そして、この漆黒のローブを着た者こそ、何を隠そう僕である。


まさか、自分がこの趣味の悪いローブを着用する日が来るとは思ってもみなかったが、発案者も僕自身である。僕は、この国に長年はびこる『幻影の魔王』の噂を利用することにしたのだ。


さらに雰囲気を出すため、豪華な肘掛け椅子に頬杖をつきながら座り、その後ろには、ルプスとストリクスを無言で立たせている。暗い部屋にてロウソクの火だけで照らした僕の不気味な姿は、誰がどう見ても”魔王”であった。


僕の映像に度肝を抜かれつつも、ヒペリカムの弟は当主代行としての威厳を忘れず、毅然と応対しようと必死に試みる。


「そ、そなたが『幻影の魔王』なのか……。私に何用だ……」


『なに。案ずることはない。ただ一つだけ”忠告”を聞いてもらえればよいだけのこと』


「忠告……だと?」


『そなたの兄君、ヒンドゥークシュ卿ヒペリカムは、帝都で宰相として辣腕を振るっておられる』


「そ、そのとおりだ……兄は偉大な方だ」


『しかし、それが我には目障りなのだ』


「なに!?」


『彼が行っている勇者を次々と召喚する政策。あれは実に厄介だ。ゆえに我は、一計を案じ、帝国内で内乱が起こるよう仕向けた。これより近日中に大きな政変が起こるであろう。それを貴殿には、黙って見過ごしていただきたい』


「な、なんだと!?私に兄を裏切れと言うのか!」


『裏切るのではない。ただ、静観してくれれば、それでよい。さもなくば……今、その場にいる騎士たちの心臓が、一人ずつ止まっていくことだろう。それでも足りぬというのであれば、次はその者らの家族へと災いが及ぶだけだ』


「そんな……魔王に屈するなど……」


僕からの要求を聞き、恐怖に震えながらも、強情な姿勢を見せる当主代行。なかなか勇敢というか、聞きわけがないというか。ともあれ、これくらいは抵抗してくるだろうと踏んでいたので、僕はカエノフィディアに合図し、次の行動に移らせた。


彼女は、ヒペリカムの弟に顔を近づけ、目を合わせた。

これで彼も動きを封じられてしまった。


「ウフフ……このアタクシの眼を見た者は、全て思いのままなのでございますよ。いかがですか?」


そう言いながら、彼女は手を動かす

すると、その動作を当主代行は強制的にマネさせられる。


最初は頬を手でペシペシと叩くだけの仕草だった。


だが、次に彼は、机の上にあったペンを拾い上げた。カエノフィディアは同じ動きをするだけで何も持ってはいない。その手を次第に自分の顔に近づけて行った。


ヒペリカムの弟は、彼女の動きに合わせ、ペンの先を自分に向けながら、それを顔面に寄せていく。


「あら、どうしたのですか?ペンがお好きなのですね?」


カエノフィディアは、何も持っていない右手を右目に近づけるだけだ。しかし、ヒペリカムの弟は、ペンを握ったまま、その先を自分の目に持っていく。


あと、ほんの少し力を加えるだけで、彼の片目は残酷な運命を辿ることだろう。


ここに来て、彼の恐怖は限界を迎えた。


「わっ!わかった!!わかった!!!要求を受け入れる!兄の手助けはしない!だから助けてくれ!!!」


それを聞いたカエノフィディアは、手を開いてペンを落とさせた。

脂汗をかいて、涙目で訴える彼を見て、僕はニヤリと笑う。


『賢明なるご判断だ。さすがは次期ヒンドゥークシュ卿。では、今後とも、よろしく』


「あ、あぁ……」


『なお、我のことを口外してみろ。その時は、容赦せぬ』


「わかった!!!本当にわかった!!」


半泣き状態でガクガク震えている彼を残し、カエノフィディアはニッコリ微笑んで、その場を後にした。騎士たちは、この直後、『魔眼』から解放された。


こうして恐怖を刻みつけられたヒペリカムの弟は、この後、兄が失脚しても、隠居を命じられて、自分が家督を相続することになっても、何一つ文句を言わなかった。


僕との約束を守って『幻影の魔王』の話もしなかったため、兄からは、自分が地位を得るためにカラコルム卿に協力したのだと疑われ、仲も悪くなっていくのだが、それはまたずっと先の話だ。



さて、魔王としての演技も終わり、テレビ通話を終了すると、部屋でそれを見学していた嫁さんが、腹を抱えて笑っていた。


「ちょっと……いつまで笑ってんの……」


「ご、ごめん……蓮くんの魔王っぷりが、めちゃくちゃ板についてたから、おかしくって、おかしくって……」


「一応、萌香のことを思い出しながら、やってみただけだよ……」


桃園萌香との出会いが、このような形で役に立つとは、本当に思いも寄らなかった。いつかどこかで、また彼女には会いたいものだ。


この後、しばらくしてカエノフィディアとガッルスが戻って来た。カエノフィディアは涙目で顔を真っ赤にし、恥ずかしそうにモジモジしていた。


「旦那様のご命令とはいえ……こ、こんなハレンチな姿で殿方の前に立つだなんて……」


「いや、ごめん。でも、魔族らしくって、すごく様になってたよ。さすがは元魔王軍幹部。綺麗だった。それに演技がとても良かった」


「ほ、本当ですか?」


「うん。今後は、魔族的な秘書は、全部カエノフィディアの担当だ」


「はい!かしこまりました!」


絶賛してみたところ、意外と乗り気になってくれ、機嫌を直してくれた。まぁ、二度と同じようなことはやらないと思うのだが……。




こうして、僕は御三家のうち、二貴族を味方につけ、もう一つは手出ししないように釘を刺すことに成功した。


その上で、さらに当日、ダメ押しの一手を講じたのである。


それが、ヒペリカムが皇帝の自室の窓から外を覗いた際の細工。


僕の『宝珠システム』から映像を流し、現実には、コロンバインのクンルン家騎士団しか来ていないはずの光景を、テンリタグ家、ヒンドゥークシュ家まで挙兵した形に見せたのだ。


まんまと騙されたヒペリカムは、御三家が全て裏切ったのだと信じ込み、一切を観念したのである。


「これでは……本当に『幻影の魔王』ですわ……」


ラクティフローラが呆れたように言うので、僕は真顔で否定した。


「いやいや、アレは演技だって……」


「確かに”映像技術”って、”幻影”ですね……」


「レン様は、魔王をも凌駕されるのでございますね!」


「まぁ、蓮くんは”超魔王”だし」


ベイローレルは苦笑し、シャクヤは目を輝かせ、嫁さんは完全に笑っていた。




――さて、このようにして、ヒペリカムを失脚させ、帝国の圧政に立ち向かう人々から英雄視されているカラコルム卿を、ついに女帝アイリスのもとに送り届けることができた。


表向きは、全て彼がやったことになっている。僕たちはあくまで裏方であり、あとは成り行きを見守るだけだ。


カラコルム卿は厳かに女帝アイリスの前に跪いた。


「皇帝陛下、ご無沙汰しております。とは申しましても、私のお顔は覚えていらっしゃらないと思いますが」


「そちがパーシモンか?……なんとなくじゃが、幼い頃に会った気がするぞえ」


「これは、なんとも嬉しきお言葉」


「次の宰相は、そちにお願いしたい。引き受けてくれるか?」


「身に余る光栄。謹んでお受け致します」


「ただし、条件がある」


「いかなるものでございましょうか?」


「朕に政治のことを教えてたもれ。もう二度と、ただの言いなりには、なりとうないのじゃ」


「無論にございます。少々、厳しくいかせていただきますが、お覚悟はよろしいでしょうか?」


「う……うむ。よろしく頼む」


この光景を微笑ましく見ていた大和柳太郎が、横から茶化すように口を挟んだ。


「アイリスは、まず字から覚えないとですけどね」


「なんと!そこからですか!」


「こ、これ!リュウタロー!言うでない!」


こうして新しいイマーラヤ帝国の歴史が始まった。


この後、宰相となったカラコルム卿は、御三家を招集した会議も行い、貴族間のバランスを考慮した上での真っ当な政治を開始した。


各騎士団の無法な行為を取り締まり、各種の経済政策も実行していくことになる。特に桜澤撫子から経済のあり方を学習していた彼の施策は、見事に成果を収めていくこととなる。


また、後年の話になるが、僕が開発した”土壌温度調整宝珠”は、極寒の地における冬小麦の栽培に革命をもたらし、広く実用化され、この国の食糧問題と経済問題、それに伴う雇用問題をいっきに解決していくことに繋がるのだ。


吹雪と圧政による常闇の帝国に新しい太陽が昇った。

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