第264話 常闇の黎明

バシャッ!!


林の木陰で、水を掛けられて目を覚ましたのは、『聖浄騎士団』団長スターチスである。


ビショビショになって唖然とする彼の眼前にいたのは、携帯端末宝珠を持った黄河南天であった。彼が水道魔法で水を出したのだ。


「よお、スターチス、目ぇ覚ましたとこ悪いけどな、キッチリ落とし前つけようやないか」


「…………えっ!」


スターチスは、自身の両手が手枷で拘束されていることに気づき、ハッとする。そこに赤城松矢が、かがんで顔を近づけてきた。


「可哀想に……鼻も前歯もグシャグシャだな。さすがの蓮も、コイツは治療しなかったんだ。ま、自業自得だよな」


「みハ様……ホれはヒっハい……」


皆様、これはいったい。と言いたい彼だったが、前歯が見事に砕けているため、うまく発音できなかった。


よく見れば、周囲には、総勢108名の聖浄騎士団が全て拘束され、俯いている。ほぼ全員が目を覚ましているが、皆、意気消沈していた。


黄河南天と赤城松矢は、順々に騎士団長を睨みつける。


「お前ら全員、帝都に連行して、宰相はんと話をつける。せやけどな、その前に、せめて村の人らのために、家だけでも建て直さなアカンやろ」


「手枷は外してやる。これから、オマエたち全員で、あそこの山から木を伐採してくるんだよ。材木に仕えるヤツをな。もしも逃げ出してみろ。椿の『天眼てんげん』で射貫いてやるからな!」


手枷の鍵は、全て『宝珠システム』で管理されているのだが、それを赤城松矢が携帯端末宝珠から操作して、外した。


さらにスターチスが驚くことには、勇者たちの後ろにいる黒岩椿もやる気を出していることである。


「おれから逃げることは不可能だ。おまえたち、死に物狂いで罪を償え」


勇者3人から命令され、さらに黒岩椿に監視されているとなれば、彼らは震える以外になかった。


これまで勇者の存在を笠に着て傍若無人の振る舞いを続けてきた聖浄騎士団は、勇者の指示で、こき使われることとなった。


既に正午を過ぎた時刻だが、彼らは飲まず食わずで材木の収集に駆り出された。さすがに精鋭揃いの騎士たちは、仕事をさせれば、見事にテキパキと材木を集め出した。




ところで、いったいなぜ、あの根っからの引きこもりである黒岩椿ですら、ここまで熱心に仕事をするようになったのか。それは、彼らと戦後処理を具体的に相談した時に話を遡る。


「その前に蓮!どうしても聞きたいことがあるんだけど!」


赤城松矢が何やら不満そうに僕に尋ねたのだ。

それに黄河南天も便乗する。


「せや!ジブンの嫁はん!アレ何やねん!バランスおかしいやろ!」


「オレですら火傷したドラゴンの光線を片手で防ぐとか、跳ね返すとか、一発KOするとか、無茶苦茶すぎるだろ!何なんだよ、あの子!バケモンか!?」


「いや……えと…………」


納得いかない様子の彼らに、僕はどこからどう説明すべきか一瞬、迷った。すると、ここで黒岩椿が彼らの後ろからボソッと呟いた。


「レベル……150……」


「「は……?」」


これに二人はキョトンとして振り返った。聞き間違いだと思ったのだ。


それもそのはず。レベル50台の自分たちがチート能力者と言われるこの世界で、レベル150は、もはや異次元の存在と言える。どう考えてもありえない数字であった。


「椿ぃ……今のはボケるトコちゃうねん」


「そんなバカなこと、あるわけないだろうが……」


「おれも……初めて会った時は、何かの間違いだと思ったよ。おれの『天眼てんげん』にエラーを起こす謎の能力を持ってるんだと思った。でも、さっきの戦いで、本物の数値だって理解した」


「「はぁぁぁっ!?」」


黒岩椿が神妙な面持ちで報告するのを聞き、黄河南天も赤城松矢も揃って仰天した。


僕としても、おそらく黒岩椿の『天眼てんげん』には見抜かれていると思っていたが、あまりの数字に彼はエラーだと考えていたと言う。だから彼は、嫁さんの強さに言及してこなかったのだ。


「そんなわけあるかい!なんかのフリやろ!そこまでビックリさせといて、実はちゃうやん!って言わせるつもりなんやろ!せやろ!なぁ、蓮!」


黄河南天は一人でノリツッコミに持っていこうとするのだが、僕は真実を告げた。


「いや、椿の言うとおりだよ。彼の能力は本物だ」


「「ええぇぇぇぇーーーーっ!!!」」


2人の勇者は共に絶叫し、少し離れた位置にいるウチの嫁さんに恐る恐る視線を向けた。自分の話題で盛り上がっていることを知っている彼女は、ただニコッと笑うだけだ。


その余裕の表情が、かえって彼らを信じさせた。


また、嫁さんの後方では、牡丹と一緒にいた大和柳太郎が、狼狽して尻餅をついた。彼もそこまでだとは思っていなかったのだろう。その様子を見た赤城松矢が尋ねる。


「柳太郎、オマエは知ってたのか?」


「しっ!知ってたら、皆さんと協力して戦おうなんて言いませんでしたよ!!レベル150なんて!そんなの勝てるわけないじゃないですか!!!」


大和柳太郎は、今頃になって自分がいかに無謀な戦いを挑もうとしていたのかを痛感し、半分、逆ギレするように回答した。


そして、現実を受け入れた黄河南天と赤城松矢からは、なぜか僕が同情されることになった。


「ジブン、ようあんな嫁はんと結婚したな……」


「頭が下がるよ……」


「いや、だから結婚した時は、あんなんじゃなかったんだって……」


小声で感心してくる彼らに、僕は苦笑しながら受け答えた。

すると、耳の良い彼女は、すぐにこちらにジトーっとした目を向けてくる。


「ちょっとーー、何ボソボソ言ってんのかしらねぇーー?」


「「い、いや!なんでも!!」」


ビクッとした僕たちは、直立して居住まいを正した。

なぜか黒岩椿も一緒になってビビっていた。



こうして、ウチの嫁さんを前にしては誰も逆らえない現実を知り、皆、素直に言うことを聞くようになったのだ。



そして、焼け落ちてしまった村の家々の再建について、具体的に相談をした。


「俺、元の世界ではとびをやっとったんや。なんぼでも手伝えるで!」


「えっ!オレも初耳だ!だから、あんな勇敢に空中戦できたんだ!」


「せやで!高いとこは得意なんや!」


なんと黄河南天の職業は、この場にピッタリのものだった。赤城松矢も初めて聞いたようで、シルバードラゴンとの戦闘時を思い返し、納得しながら賛嘆している。また、赤城松矢の得意分野も素晴らしいものだった。


「で……実はオレ、大学では建築学科なんだ」


「「はぁ!?」」


これまた現状にはもってこいの人材が見つかった。黄河南天と僕が素っ頓狂な声を上げると、赤城松矢は照れくさそうに言った。


「いや、勉強も適当だったから、たぶん実務には役立たないと思うんだけど……」


「それでもアドバイスならできるだろ?簡単な家なら何とかなるんじゃ?」


「う、うん。この村の水準なら、なんとかいけると思う」


謙遜する彼に発破を掛け、知恵を借りることにした。これで、早期の家の建て直しにも希望が持てる。


「百合ちゃん!すごいよ!彼らのスキルがあれば、村の再建が楽になる!」


「へぇーー、そうなんだぁ!」


つい嬉しくなって嫁さんを呼ぶと、彼女も明るく笑った。そういえば、久々に”スキル”という単語をビジネス的な意味で用いた気がする。


それに、僕には『宝珠システム』がある。家のデータさえあれば、ある程度の建築は自動で実行できるのだ。そのことを皆にも紹介した。


ところが、ここで帝国の勇者たちが全員、目を点にし、硬直してしまった。


「「………………」」


「……あ、あれ?みんな、どうした?」


何かマズいことでもしてしまったのかと思い、僕は恐る恐る尋ねた。すると、まず黄河南天と赤城松矢が目の色を変えて叫んだ。


「なんやコレ!!なんなんやホンマ!!!」


「『宝珠システム』と”スマホ”って!こんなのあるなら、最初に教えてくれよ!オレ、何があっても蓮の味方になってたよ!」


「え…………」


僕は今、初めてシステムの存在を明かしたのだが、それに対する食いつき具合が尋常でなく、たじろいでしまった。


さらには、おとなしい黒岩椿までもが興奮気味に僕に近づいてきた。


「蓮!……あの……コレ、おれにもください!」


「椿!!オマエ、ズルいぞ!真っ先に飛びつきやがって!」


「おれ!”スマホ”がもらえるなら何でもする!頑張る!」


「オレだって何でもするさ!蓮の下僕になったっていい!」


まるで赤城松矢と奪い合うように僕が用意した携帯端末宝珠を欲しがった。なんと彼らは、僕が造ったデジタルツールを前にして、僕を無条件に絶対的に信用してくれたのだ。


この事実に今さらながら愕然としたのは、何より僕自身であった。


「あれ……?もしかして、一番、間違えてたのは僕だったのか……?最初からシステムを見せておけば、みんな味方になってくれたのか?」


「あのね、蓮くん、自分が造ったモノのすごさ、もっと自覚した方がいいよ」


横から嫁さんが、心底呆れたような顔で僕にボヤいた。


まさに後悔先に立たず。現代社会のような娯楽の無い異世界において、皆が”スマホ”と称してくれる携帯端末宝珠は、喉から手が出るほど欲しくなる神ツールだったのだ。


これを引っ提げて勇者たちに会っていれば、余計な混乱を招かずに済んだのかもしれない。いや、そもそもの話、そうなると彼らといつでも連絡を取れることになったわけで、今回の騒動も防げた可能性があるのだ。


「ごめん……マジでごめん……。自分自身のために開発したモノだったから、ここまで喜ばれるとは思ってもいなかったんだ……。一応、言っておくけど、出し惜しみしてたわけじゃないからな。ただ、前回会った時は、時間が無くて紹介できなかったんだよ」


僕は言い訳と謝罪をしながら、帝国の勇者4人に携帯端末宝珠をプレゼントした。皆、目を輝かせて喜んでくれた。特に黒岩椿に至っては、「お前、そんな顔するんだな」と言いたくなるくらい明るい笑顔ではしゃいでいた。


そして、大和柳太郎は声を弾ませて質問してくるのだった。


「あの!蓮さんって、もしかして、プログラムができる人なんですか?」


これにはキョトンとしつつ、微笑して答えた。


「もちろんだよ。こうやってコンピューターを造って動かしてるんだから」


「すごい!ぼくの周りって、プログラムを教えてくれる人がいなかったんです!あ、周りってのは、地球での話ですよ!あの!ぼく!プログラムを教わりたいんですけど!」


「えっ!君、小学生だよな!?」


「知りたいんです!」


「そうだなぁ……”変数”と”代入”はわかるか?」


「はい!”関数”とか”プロシージャ”ってトコまでは知ってます!」


「すごいじゃないか!その歳で!だったら、時間が空いた時に教えてあげるよ」


「やったぁーー!!!」


なんとも向学心の旺盛な少年である。僕は感嘆し、大和柳太郎にプログラミングの基礎を教えることになってしまった。不思議と味方が増えるたびに面倒事が増えてしまうが、相手に意欲があると、教える側としても張り合いがあるというものだ。これはこれで悪くない。


「それはズルいですわ!お兄様!」


「レン様!その際は、わたくしもご一緒に!」


「ご尊父!勇者だからと言って、特別扱いは心外でございますぞ!」


「ああ……うん。わかったわかった。みんなも一緒だよ。忘れたわけじゃないって……」


ラクティフローラとシャクヤとストリクスまでもが、後ろから鼻息を荒くして参加を申し出た。無事に合流できた仲間たちと、再び平和に勉強会を開くことができそうで、僕は苦笑しつつも内心では大いに喜んでいた。



そうして、携帯端末宝珠を持った勇者3人は聖浄騎士団にケジメをつけさせると言って、彼らを駆り出すことにしたのである。


大和柳太郎は、カラコルム卿に謝罪したいと言うので、僕たちについて来た。



屋敷に向かう途中、僕の自動車が壊れて小川に片輪を突っ込んでいるのを発見した。その経緯をラクティフローラは告げ口するように教えてくれた。


「ベイローレル……やってくれたな」


「いや、これはミキトという勇者に攻撃されたからで…………はい。すみません」


苦笑しながらギロッと睨みつけると、ベイローレルは言い訳しながらも頭を掻いて謝罪した。


僕の自動車は、風の精霊魔法を応用して、圧縮した空気で部品同士をジョイントし、駆動させている。ゆえに走行中に『絶魔斬』を使われると、それらが全て解除され、部品と部品が衝突し合ってしまい、折れたり破損したりするのだ。


とはいえ、材料となる鉄さえあれば、修復魔法を使って直せないことはないので、そこまで怒るほどのことでもない。むしろ、今回の仲間の犠牲が自動車だけで済んだことを喜びたいくらいである。



さて、小高い丘の上にある屋敷に僕たちは到着した。


ベイローレルと大和柳太郎の決闘により、玄関の内外が破壊されているが、これは『宝珠システム』でほとんど修復できた。


問題は屋根であるが、これはドラゴンとの戦闘で大半が焼かれ、吹き飛んでしまっている。4階部分が丸見えの状態だった。


とはいえ、山をも消し飛ばしたというゴールドドラゴンの破壊光線をここまで軽減させたのだから、赤城松矢と黄河南天のコンビネーションは凄まじい防御力を発揮したと言えるだろう。そこは大いに褒め称えたい。


こちらは、応急処置として空気の壁で天井を覆い、屋敷内が風雨に晒されないようにした。本格的な修繕はあとで行うことにしよう。


使用人のコルチカムに案内してもらい、カラコルム卿が休んでいる寝室に向かった。一時は地下に避難していた家人たちであるが、今は屋敷内の生活に戻っている。


「お初にお目にかかります。パーシモン・カラコルム閣下」


まず最初に王女ラクティフローラが挨拶した。


シャクヤとそっくりな彼女を見て、彼は度肝を抜かれていた。そして、シャクヤが『魔王教団』の実態を探るため、身分を偽ったまま同行していた件などを説明した。


一緒にシャクヤ本人も深々と頭を下げ、謝罪していた。


これにカラコルム卿は愕然としながらも、あらゆる非礼は全て自分たちにあると陳謝した。


誤解が解け、和解が成立したところで、王女は僕を紹介した。


「そして、こちらにいらっしゃいますのは、わたくしが最も敬愛し、尊敬するお方。我がラージャグリハ王国にて、知らぬ者はいない”聖賢者”であり、『プラチナ商会』の代表を務めていらっしゃるレン・シロガネ様でございます」


「プッ!!!プラチナ商会ですと!?」


なんとここでカラコルム卿は、ベッドから飛び上がりそうな勢いで絶叫した。そして、ハッとした後、恥ずかしそうに詫びた。


「こ、これはとんだ失礼を……。あなたのようにお若い方であったとは思いも寄らず、年甲斐もなく驚いてしまいました。『プラチナ商会』の噂は聞き及んでおります。ものの数か月で、王国を席巻する程の商売をされておられるとか……そこにいるコルチカムが熱心に話してくれました」


「ま……まさかご本人様でいらっしゃいますとは……」


情報源であるコルチカムも信じられない様子で驚いている。彼は、王女を誘拐するためにしばらく王都に潜伏していたため、当時、話題の尽きなかった『プラチナ商会』の噂を存分に仕入れていたのだ。そして、王国の豊かさに羨望の眼差しを送っていたのである。


ともあれ、僕としては、本題はカラコルム卿の容態にある。挨拶も適当に、僕は医師として彼の身体を診させてもらった。


カラコルム卿は、4年前の聖浄騎士団との戦で、右半身を負傷し、骨折している。


おそらくは、敗戦後に辛くも逃げ延びてきたのであろう。その際の応急処置が悪かったため、右上腕部と右脚の脛の骨が、歪んだ形で接合してしまい、治っていた。これでは、まともに動かすことはできない。


ゆえに半身不随のような身体になってしまったのだ。


「多少、痛むと思いますが、我慢してくださいね」


僕はそう言って、【世界樹の葉ユグドラシル・リーフ】を発動した。


今回は荒療治だ。彼の骨を再度、折り、もう一度復元しなおすのである。もちろんシステムによる補助で痛みを軽減する魔法を付与しながら。


予想もしなかった、とんでもない治療法を知り、この場に居合わせた一同は仰天した。しかし、説明する時間も惜しいので、僕はさっさとそれを開始した。


そして、あっという間に完了させることができた。


「いかがでしょうか。これで、動かせると思いますが」


「………………」


カラコルム卿は、目を丸くしたまま右手を動かした。正常に動かせるようになった右手を見て、彼は感動に身を震わせている。


そして、さらにはベッドから足を出した。右脚もまっすぐ伸ばせるようになり、それを地面に付ける。そのまま彼は立ち上がった。


筋肉が衰えているため、使用人のコルチカムがすぐに身体を支えたが、介助さえあれば両足で立つことが可能になったのだ。


「レン殿とおっしゃいましたな……もはや何と礼を述べてよいやら……」


彼は感激を抑えきれない様子で、目に涙を浮かべながら僕を見てくる。僕はただ微笑して言った。


「あなたは今の帝国に必要な方です。どうか、ご自分の足で帝都に赴き、悪政を正してください」


「し、しかし……」


「ご安心を。魔王はいなくなりましたが、勇者たちが協力してくれます」


「えっ!」


またまた驚愕する領主に、僕の後ろから大和柳太郎が進み出て、礼儀正しく頭を下げた。


「あの!カラコルム卿!さっきは大変に失礼しました!!」


カラコルム卿にとっては、何もかもが驚天動地だった。


そこから僕たちは、今回の戦闘で何があったのかを話していった。桜澤撫子が魔族執事のグリュッルスを連れて行ったことと、帝国の勇者4人と和解し、彼らが味方になってくれたことは、コルチカムも共に証言してくれた。


トリトマというハンターを除けば、村人の犠牲者が4名のみで済んだことや、今も勇者と仲間たちが村の復興に助力していることを知ると、カラコルム卿は涙ながらに感謝してくれた。


そして、直ちに自分も仕事を始めようとするので、これについては僕が制止した。いくらなんでも数年間、寝たきりだった身体が、そう簡単に動かせるものではない。筋肉をつけなければ無理だ。


「あと数日は、リハビリに専念してください」


彼にそう言い残し、僕たちは寝室を後にした。



次に、屋敷の地下から通じているという崖下の地下神殿に案内してもらった。


しかし、そこはシルバードラゴンの火球ブレスによって、跡形もなく吹き飛ばされており、ボロボロであった。これでは何の手がかりも掴めそうにない。


さらに悲しむべきことに、ここに通い詰めていた神官たちも、当時はこの場に避難していたようで、ドラゴンの攻撃に巻き込まれてしまったようだ。焼け焦げた遺体の一部が見つかり、シャクヤが悔しそうな顔をしていた。


「ドラゴンがこの村を襲撃した目的が未だによくわからないけど、ここがピンポイントで破壊されたということは、魔王の召喚を食い止めたい狙いがあったのかもしれないな……」


吹き飛んだ簡易神殿の跡地を見ながら、僕はそう結論付けた。魔王の召喚術式を見ることができなかったのは残念であるが、それらを構築していた神官たちを救えなかったのも胸が痛い。


あとでカラコルム卿に確認を取ったところ、ここに祭壇を構築しようとしていたのは、帝都にある『火の精霊神殿』から逃げ出してきた神官たちであった。帝国の圧政を許すことができず、カラコルム卿の庇護下で、新たな召喚を行おうと考えたのだ。


そして、カラコルム卿が『魔王教団』と手を組んでいることを知った神官たちは、進んで漆黒のローブを身に纏い、この地に祭壇を建造しはじめた。これに感化されたカラコルム卿は、召喚術式を行使できる”大賢者”の血筋に目を付け、王女誘拐事件を引き起こしたのである。


ということは、ここで亡くなった4名の神官については、桜澤撫子も把握していなかったことになる。あとになって合流した山吹月見がそれを知り、彼女と相談すべく、帝都に向かったのが、つい先日のことだった。


「桜澤さんにとっては、魔王召喚も、それが元でドラゴンが来てしまうことも、全ては想定外だったのか……」


僕は独り言を呟きながら頭を抱えた。この件のお陰で、また考えるべきことが複雑化してしまった。


そもそもドラゴンとは何者なのか。人間に変身する能力を持った個体がいたり、構築中の召喚術式と簡易的な祭壇を破壊したり、謎が多すぎる。


まさかと思うが、僕たちが地球に安全に帰るためには、ドラゴンが障害になったりするのだろうか。


そう考えると気が滅入りそうになるが、これについては嫁さんがいるのだから、問題視することもないかもしれない。



とりあえず、この件はいったん忘れることにし、今は村の復興作業に専念することにした。



夕暮れ時、聖浄騎士団を奴隷のように使い、勇者3人が伐採作業から戻って来た。たった半日で大量の木材が集まった。


それらを材料にし、赤城松矢の助言も得ながら、僕は『宝珠システム』で一軒の大きな家を建築した。何も無い草原に、新築の集合住宅を誕生させたのだ。


「まずは、避難所として使える仮の宿舎を建設したよ。これを何棟か造ろう。被災者には、これらとカラコルム卿の屋敷で寝泊まりしてもらう。明日以降、順次、元の家を建築してあげるよ」


そうして、仮設住宅を複数建設し、村の被災者の寝床を用意した。


この村は、想像以上に面積が広大で、一面焼け野原だと思っていたのは、実は全体の4分の1程度だった。ゆえに村全体の被害として見れば、家を失ったのは6分の1くらいの世帯であった。


親類縁者を頼れる者たちは、そこに行き、寄る辺の無い人々を避難所に受け入れた。


村人たちは働き者で、僕たちが補助した後は、全て自分たちで炊き出し等を行っていた。また、焼け焦げた麦の中から、食べられそうな部分を見つけ出し、固めることで、何やら香ばしい食べ物を作り出していた。タダでは転ばない人々である。


この不屈の心があれば、村の復興は早いであろう。


亡くなった4名の村の青年については、遺族に、魔王の手によって魔族となったことをコルチカムが伝えていた。全員、魔王教団の信徒だったため、なんと皆、喜んでいた。自分の息子や旦那が、魔王の眷属になったことを誇りに感じるのだそうだ。ちょっと理解しがたいが、悲しみに暮れるよりはマシだと思うことにした。



聖浄騎士団の面々には、自分たちで野営をさせた。食料は自らが持参してきた保存食に、山で拾ってきた果実が加わるのみだ。


これだけしか食えないのか、という愚痴を誰かがこぼした時、赤城松矢が吼えていた。


「贅沢言うな!!!誰が村の麦を焼いたんだ!オマエらだろうが!!!」


帝国の勇者4人は、自主的に交代制で騎士団を監視することにした。彼らなりのケジメだと自覚しているらしい。



そして、僕たち一行は、カラコルム卿の屋敷に宿泊させてもらった。


この夜、いつもなら財政難のために薄暗い領主の屋敷に、煌々と明かりが灯った。我が商会の”照明宝珠”をプレゼントし、使ってもらうことにしたのだ。家人たちは驚き、喜び、感激の涙さえ流していた。


「長く苦しかった常闇に……ついに日が昇りました」


侍女のキシスという子が、黒い十字架を握り締めて感謝していた。


こうして、長い長い、紆余曲折を経た激戦の1日が終わった。

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