第236話 魔王教団

さて、帝国の勇者たちが勇んで出陣した頃、僕たち一行は桃園萌香の案内で、彼女たちのアジトがある町へと向かっていた。


魔王教団の信徒と桃園萌香は複数のソリ馬車に乗り、一団となって並走している。僕たちはそれを自動車で追跡するのである。


諸々のことで出発が遅れてしまい、既に日は傾きはじめている。


ガッルスとカエノフィディア、また、王女の愛猫アイビーとそれを操るフェーリスには大仕事を頼んだため、今クルマに同乗しているのは、ラクティフローラとベイローレルとルプス、それに嫁さんと牡丹である。


ちなみに黒岩椿の能力によってフェーリスの【猫猫通信キャッツ・アイズ】が看破され、猫が追い出されてしまったことから、帝都の動きを僕たちは把握することができなかった。


フェーリス自身にも僕は様々な仕事を振ってしまっており、彼女の仕事量のキャパを超えていた節がある。彼女が帝都の異変に気づくのは、もう少し後のことになるのだ。これは、知らず知らずのうちに仲間に任せきりにしていた僕の失態と言えるだろう。


ともあれ、そうしたことを認知していないこの時の僕は、今やるべきと思うことをやっている。僕たち一行は、シャクヤと連絡を取り、『飢餓の魔王』ブーゲンビリアとカラコルム卿に出会った件について、詳細な報告を受けていた。


魔王の召喚を依頼され、その術式を見せてもらうために、しばらく滞在したいという意思も聞くと、嫁さんが感謝の意を伝えた。


「シャクヤちゃん!私たちのためにありがと!でも、くれぐれも無理はしないようにね!」


『はい!ユリカお姉様!頑張りますわ!』


元気に答える彼女に僕はもう一人の魔王のことを尋ねた。


「ところで、その『飢餓の魔王』は今どうしてる?」


『ブーゲンビリア様は……あっ、申し訳ございません。ついクセで魔王にまで様を付けてしまいました』


「いや、いいと思うよ。僕たちと同じ人間なんだから」


『はい。そのブーゲンビリア様ですが、お昼頃、わたくしたちが起きる前に出発されたそうでございます。幻影の魔王と相談することがあるとおっしゃっていたらしいですわ』


「『幻影の魔王』……か……」


『では、侍女のキシス様に呼ばれましたので、これにて失礼致します』


「うん。またね」


「シャクヤちゃん!また!」


シャクヤとの通話を終えると、僕は話題に上がった魔王のことに思いを馳せた。それを助手席の嫁さんと相談した。


「百合ちゃん、今日は萌香に出会ってから、いろんなことがひっくり返っちゃった気がするんだけど……特に『幻影の魔王』に対する評価が大きく変わった」


「だよね」


「ディモルフォセカ……と言ったか……そいつは、意外といいヤツだった」


「だとしたら、王都で魔族を誕生させて、人を襲わせたのは、なんでだろうね?」


「そこだよな……実は僕も当時からずっと気になってたんだけど、もしかしたら、ただ単に”通り魔”によって瀕死の重傷を負った女性の命を救うため、魔族化させただけなのかもしれない」


「え、でも、死人が出ちゃったよ?」


「それは”通り魔”自身だ。一般人には被害が出ていない」


「あれ?他の人も襲おうとしたんじゃなかったっけ?」


「それについても、よくよく思い返してみれば、ベイローレルが追い詰めたから、仕方なく体力回復のために血を吸おうとしたのかもしれない」


と、王都で起こった事件を思い返しながら、ここまで夫婦で話し合ってたところで、不服そうに申し立てるのは後部座席にいるベイローレルだ。


「ちょっとレンさん、ボクが悪いみたいな言い方しないでくださいよ。あの現場で、あの魔族が悪者じゃないなんて、判断できる人がいますか?だいたい、最初の通り魔事件の現場を調べてた騎士だって、血を吸われて被害を受けたんですから、魔族は善人っていう無謀な前提は捨ててください」


「いや、君を責めてるわけじゃないよ。『幻影の魔王』ディモルフォセカの目的は、純粋に人助けだった可能性があるって話さ。ただ、不運にも”通り魔”への憎しみに燃え上がっていた女性は、魔族になった直後もその記憶だけは消えず、犯人を捜して殺してしまった。そこまでは魔王も計算していなかったのかもしれない。そう考えれば、『幻影の魔王』の存在が、あの日にしか確認できなかったことや、その後、大規模検索魔法を使っても見つからなかったことへの説明がつく」


「「なるほど……」」


僕が考察をまとめると、車内の全員が納得した。脅威と感じていた『幻影の魔王』が、実は敵ではなかったとしたら、これほどホッとすることはない。


そう安心したのも束の間、嫁さんがあることに気づいた。


「あれ?でも、わざわざ一度ベイくんの前に現れたよね?あれはなんで?」


「そこだけはよくわからないね。漆黒のローブを着た状態でベイローレルに姿を見せた。そのお陰で僕たちは『幻影の魔王』の存在と『魔王教団』との繋がりを確信したわけだけど。何かアピールする狙いがあったのかな……」


「自分の存在を明らかにして、王国を混乱させたかった、とか?」


「それだと悪者になるね」


ここでベイローレルが当時の印象を思い起こした。


「今にして思えば、あの時出会った魔王は、気配こそ邪悪でしたが、ボクに対する敵意はあまりなかったように思えます。すぐに逃げていきましたし」


それを聞いてラクティフローラも首を傾げた。


「どうも腑に落ちませんわね。何の意味があったのでしょう……」


「イマイチ『幻影の魔王』の意図がわからないな……」


僕も困惑し、それ以上は大した結論も出ずに話が終わった。



既に日も暮れていたが、この日は太陰暦の14日であり、ほぼ満月と言える月に照らされた雪景色はとても明るかった。そのお陰で夜間でもモンスターに牽引されるソリ馬車は快走していった。


この深夜、目的地に到着した。

荒廃した町から南東に約50キロという距離であった。


そこは、ちょっと寂しい雰囲気の小さな田舎町だった。


「実は、ここの住民はほとんどが『魔王教団』の子たちなんだよ。この国での拠点みたいな感じかな。ただし、秘密がバレるとヤバいから、国中で散り散りに隠れて信仰してる子たちにも、ここの存在は知らせてないんだ」


クルマから降りた僕たちに桃園萌香が教えてくれた。


この町は、周辺の農村の人々が時折、買い出しに来る程度の集落であり、人口は数千人程度。それなりに店舗や施設が揃っているだけで、旅行や交易で人が訪れることもない、ある意味、さびれた町であった。


だが、それだけに帝国から目を付けられることもなく、細々と生活しながら、活動を続けることができたようだ。


あとでさらに詳しく尋ねてみたところ、昔からそうだったわけではなく、魔王たちが『魔王教団』に協力するようになった結果、彼らの結束が強まり、自然とこの町が拠点のような位置付けになっていったそうだ。


町に入ると、桃園萌香に同行していたほとんどの信徒は解散し、各家庭に帰って行った。


残された僕たちが案内されたのは、町で最も大きな屋敷であった。とは言っても、大所帯が住めそう、という程度に広いだけの、木造の普通の家である。


屋敷の前に僕たちが立つと、桃園萌香はそそくさと一人で中に入っていき、すぐに出てきた。新しい漆黒のローブとアイパッチを着用した姿で。


そして、カッコつけたポーズを決める。


「フッフッフ……よくぞ参った。我が同胞よ」


「いや、協力するとは言ったけど、仲間になったわけじゃない」


深夜であり、疲れてもいるため、僕が面倒臭そうに真顔で告げると、彼女はムッとした。


「蓮ってノリ悪い!そういうとこドライだよね!」


「ごめんね、萌香ちゃん」


嫁さんが代わりに謝罪した。


次に桃園萌香は、服のポケットからジャラジャラと小道具を取り出した。それは大量の黒い十字架だった。。


「あと、さっきも言ったけど、ここは『魔王教団』の子たちばっかりだから、みんなにもこの黒い十字架を掛けてほしいの。見せ合うことで仲間の証明になるから」


これを聞いた僕は、あることに考えが及び、驚いて問い返した。


「え……ちょっと待ってくれ。普段からそんなに持ち歩いているのか?」


「そうだよ。それにこれ、カッコいいでしょ。真っ黒な十字架なんて、いかにも闇の眷属って感じだもんね」


「てことは……」


「それにね、この黒いのは漆を塗られて出来てるんだけど、それが剥がれると、中にあるのは木彫りの十字架なんだよ。結構、細工も細かいの。常闇が晴れた時のことを願ってるんだって。そう聞くと、なかなかロマンチックじゃない?」


と、酔いしれている桃園萌香に、僕は唖然としながら、こちらが持参している十字架を見せた。


「いや、待て待て。それより聞きたいことがある。僕たちは、王国で幽閉されていた”大賢者”の部屋にコレが落ちていたから、そのニオイを追って君に辿り着いたんだ。でも、この黒い十字架が意味するのは……」


「あ、それ、”大賢者”のおじいちゃんにあげたヤツか!ひどいよねぇ!わたしがせっかく布教用の十字架をあげたのに、捨てちゃうんだもん!」


「布教用……」


「ちなみに布教用って言うのは、真面目な意味じゃなくて、オタク的な意味のね。同志になりそうな人を見つけたら渡すことにしてるの」


「オタクグッズじゃあるまいし……そんな理由で落ちてた物だったのかコレ……てことは、”大賢者”が『魔王教団』の信徒ってことじゃないんだな?」


「うん。捨てられちゃったし」


僕が苦笑いしているのとは対照的に、桃園萌香は明るい笑顔で全て返答してくれた。


こちらがあれこれ想像していたこととは全く異なり、僕は安心したような、落胆したような、複雑な感情になった。ともあれ、本題は当人の行方なので、それを聞き出したい。


「まぁ、今となっては、どっちでもいい問題だな……。で、僕たちは”大賢者”を捜してるんだが」


「そっか。それは残念だったね。おじいちゃんはウチの会長が南の共和国に連れてったよ」


「えっ!ここでも『幻影の魔王』か!」


「確か……『アカデミー』って言う学校みたいなトコで一緒に研究してるって言ってたかな」


「「ええぇぇっ!!!」」


これには僕も嫁さんも、そしてラクティフローラも愕然として絶叫した。


「僕らは全く反対方向に来てたってことか……」


「んもう!ラクティちゃんのおじいちゃんってどういう人なの!?」


「わたくしも今となっては全くわかりませんわ!なんであの人、こんなに面倒なことばかり起こすのでしょうか!」


孫娘である王女も、さすがに自分の祖父の謎すぎる行動に嫌気がさしてしまったらしい。僕は黒い十字架を握りしめながら、苦笑して呟いた。


「まぁ……居場所が明確になったんだ。手がかりではあったな。この十字架……」


こうして、この国における”大賢者”捜索は、いったん終了することになった。


ちなみに桃園萌香から詳細を聞いたところ、王都マガダにおける”大賢者”の亡命は、次のような顛末だった。


彼女が”会長”と呼ぶ『幻影の魔王』ディモルフォセカから手伝いを頼まれ、王国に向かったのが約1年前のこと。


彼女たちは月明かりの無い夜、王国の宰相ゴードの邸宅に侵入。5階建ての塔のような離れを、窓に飛び移ることで出入りし、”大賢者”を説得して連れ出した。


この時、桃園萌香は黒い十字架をプレゼントしたのだが、彼は微妙な顔つきでそれを見つめた後、静かに机の上に置いたのだという。そのため、十字架に付着していたニオイは、彼女のものだったのだ。


また、『幻影の魔王』と”大賢者”は以前から深い知り合いだったように見受けられたそうだ。


『幻影の魔王』にはもう一人、漆黒のローブを着た仲間がいた。幽閉地を脱出した後、”大賢者”がいなくなったことを悟られないよう、時間稼ぎとして身代わりの老人を連れて来たのは、その男だった。


”大賢者”の救出が完了すると、桃園萌香はそこで別れ、残る三人は南の共和制国家シュラーヴァスティーに向かったのだという。


「たぶんあの時、わたしが手伝いを頼まれたのは、どんな物でも砂に変えて、音も無く破壊できるから、それを見込まれてのことだと思うのよね。ま、結果的にその必要は全く無かったんだけど」


ちなみにその後、桃園萌香は王都でしばらく遊んでいたらしく、こちらの国に戻ってきたのは約半年前なのだそうだ。その間、帝国の内情がさらに悪化していたため、愕然としたのだとか。


ひと通りの説明を聞き終えた後、僕はため息交じりに彼女に要求した。


「なんだか『幻影の魔王』に振り回されっぱなしだな。僕たちは……。なぁ、萌香、いい加減、その魔王がどんなヤツか教えてくれないかな?」


「えぇーー、絶対に教えちゃダメって言われてるから、それはできないよ。直接、会わせて紹介することはできるから、それまで我慢して」


と、改めて拒否されてしまった。彼女たちの絆は固いようだ。


ちなみに黒い十字架については、正直言うと、なんだか不気味な印象があるため、首に掛けるのはお断りさせてもらった。それぞれ受け取った後、ポケットにしまうことにした。



さて、立ち話が長くなってしまったが、僕たちは屋敷の中に案内された。


わずかな灯火で照らされた屋敷内には、想像以上の人々が住んでいた。何世帯もの家族が同居しているようだ。どう考えても許容人数をオーバーしているように思える。


「「魔王様!」」


「「ゼフィランサス様!」」


深夜であるため、子どもたちは寝ているが、魔王の帰宅を知っていた大人たちは、嬉々として桃園萌香を出迎えた。おそらく先程は着替えを取りに行くため、気配を殺してサッと自分の部屋を出入りしてきたのだろう。


万全の状態で信徒たちの前に立った桃園萌香は、もったいぶった仕草で彼らに告げた。


「愛しき我が子らよ。喜ぶがよい。今宵は、新たなる同胞を連れて来た」


そうして、嫁さんが抱っこしている牡丹を手で指し示す。


「幼き姿であるが、その力は本物!心して見よ!崇め奉れ!彼女の名は『重圧の魔王』デルフィニウムである!」


すると、信徒たちの視線は、自然と嫁さんに注がれた。皆、期待と羨望の眼差しで彼女を凝視する。これには嫁さんの方がドン引きし、慌てて叫んだ。


「あっ!えっと……ごめんなさい!私じゃないの!この子なの!ほら牡丹、魔王だって。みんな、魔王のあなたに会いたがってるみたいよ」


この時の牡丹は、クルマの移動中に熟睡していたため、目がパッチリ覚めていた。母親から促された彼女は、久しぶりに自分が魔王として扱われたことから、なんとなく高揚感を覚えた。


満足そうに微笑んだ牡丹は、嫁さんの腕から離れ、無重力状態で空中に浮かんだ。そして、”えっへん!”と言いたげな顔で叫んだ。


「わたし!まおう!デル……デルフ…………デルフィニウム!」


「「あっ!ついに言えた!」」


その瞬間、バカみたいに声を揃えたのは僕と嫁さんであった。なんと、今までは途中で噛んでしまい、言い切ることができなかった”デルフィニウム”という単語を、牡丹はしっかり発音できたのである。


「「牡丹が言えた!デルフィニウムって言えた!」」


「えへへへぇーー」


信徒たちなど無視して勝手に盛り上がる僕たち親子。牡丹は自身の達成感だけでなく、両親からも褒められたことで大変ご満悦だ。


「「…………………………」」


空中に浮かび上がる幼女を囲み、別の意味で浮かれている親バカ夫婦を、信徒たちは不思議そうに唖然として見守っていた。


とんでもなく、やりきれない空気の中、ラクティフローラとベイローレルは苦笑して固まっていた。



この後、改めて桃園萌香が仕切り直し、牡丹が魔王である旨をキッチリ紹介された。信徒たちが牡丹を囲み、チヤホヤしはじめたので、僕たちは一度離れた。牡丹は面白がって、いろんな物体を浮かせたり、重くしたりして、信徒たちを驚かせている。その様子を見ながらケタケタ笑っていた。


とはいえ、自分の娘が宗教団体の生き仏みたいな扱いを受けるのは、さすがに親として気が引ける。今夜だけの特別な行事として許可するが、明日以降は彼らに会わせないことにしようと思った。


僕たちがお茶をもらって、くつろいでいると、桃園萌香の従者を務めていた初老の男性ニゲラが、一組の親子を連れて来た。母親とその子どもの男女である。


ただ、その親子は絶望に打ちひしがれた表情をしていた。


「ゼフィランサス様、この者たちは、2階に住まわせようと思いますが」


「あ、うん。そうしてあげて。きっとまだショックは続いてるから、落ち着くまでは、そっとしといてあげようね」


桃園萌香が指示を出すと、ニゲラはそのとおりに親子を案内して行った。僕は何気なく尋ねた。


「今のは?」


「あの子たちは、さっきの町で保護してあげたんだ。お父さんを『聖浄騎士団』の騎士団長に殺されたの。黒い十字架を持ってたって理由だけで」


「「えっ!」」


僕たち一行が全員、声を上げた。さらに彼女は続ける。


「しかもね、『魔王教団』の隠れ信徒ってことがご近所にもバレちゃったわけで、騎士団が帰った後、”お前たちのせいで町が襲われたんだ”って言われて、今度は町の人たちから迫害されるようになっちゃったの」


この胸糞悪い事実に嫁さんと僕は、深いため息をついた。


「なんだかなぁ……」


「人間の一番イヤな部分だな……」


「わたしたちが町に行って、人助けをしたことで、少しは風向きも変わったみたいだけど、村八分みたいな状況は変わらなかったから、こっちに連れて来たの。騎士団に襲われた町は、だいたいそうなる。ここは、そういう子たちを匿ってあげる場所でもあるんだよ」


しんみりと語る『凶作の魔王』に僕は心から感嘆した。そして、褒め称えた。


「萌香……君は本当に偉いな。中学2年生で、よくぞここまで、みんなのことを思って行動できるもんだ」


「そんなことないよ。それに一応、こっちの世界に来てから3年以上経ってるし、17歳くらいには成長してるんだよ。……全然、背は伸びなかったけどね」


「「あ、あぁ…………」」


最後の一言には絶望めいた響きがあったため、僕たち夫婦は何も言えずに言葉を濁した。残念ながら桃園萌香は身長が150センチに満たないのだ。しかし、だからこそ、この小さな体で多くのことを背負えるものだと感心する。


桃園萌香は再び明るく話してくれた。


「それに会長の存在が大きいかな。あの人がいなかったら、わたしも何してたか、わかんない」


「そういえば、会長会長、言うけど、何て名前の会なんだ?」


何気なく聞いたこの質問に、彼女は瞳をキラキラさせて回答してくれた。


「よくぞ聞いてくれました。わたしたちが結成したのは、その名も『YBK』だよ!」


「その心は?」


「『(Y)勇者を(B)ぶっ殺そうの(K)会』」


「ひでぇ名前だな!」


畏敬の念すら抱いていたところに、ぞんざいなネーミングが来たため、僕はつい罵倒するようにツッコんでしまった。すると、桃園萌香は眉間にシワを寄せて持論を述べ出した。


「だってそうでしょ!同じ召喚された者同士なのに、あっちは勇者でこっちは魔王!あっちは善人とみなされて国に保護されて贅沢三昧。こっちはモンスターがいっぱいいる森の中に放置されて寝床すら無かった。この扱いの差は何!?冗談じゃないわ!しかもそんな勇者くんがわたしたちを殺しに来るんだよ!だったらこっちも全力で返り討ちにしてやるわ!」


叫びながら、次第にプンプンしはじめた彼女を見て、嫁さんも苦笑した。


「やっぱり萌香ちゃんて魔王なんだね……」


そして、桃園萌香は魔王の本質を語る。


「魔王の力はね、人を憎んだり、世界を恨んだり、めちゃくちゃ怒ったりした時に真価を発揮するんだって。会長が言ってた。だからわたし、帝国に対しては、いっぱい怒ることにしてるんだ」


「「あぁ……」」


僕たち夫婦は同時に納得し、信徒に囲まれている牡丹の方に目を向けた。彼女がかつて力を暴走させた時のことを思い出したのだ。


「そだね。それは前例を知ってる」


嫁さんが困った顔で娘を眺めている。

この時、僕はあることに気づき、桃園萌香に尋ねた。


「……ん?ちょっと待て。今、”森の中に放置されて”って言ったか?それは召喚された直後のことか?」


「え、ああ、そうよ」


「召喚されて神殿にいた……とかではないのか?」


「ううん。そんな歓迎されるような召喚じゃなかったよ。気がついたら、この世界にいたの」


「それをやったのは『魔王教団』じゃないのか?」


「えっとねーー、そこが何だったかなぁーー?」


何やら歯切れの悪い桃園萌香に、僕は若干の苛立ちを覚えながら、震えるように質問した。それは、僕が今、最も知りたい事柄だからだ。


「き……君たち魔王は……誰に召喚されたんだ?」


「うん……それ。それよね。わたしも前に会長から説明されたんだけど、ちょっと複雑な話だったから忘れちゃった」


「はぁぁぁーーーー?そこ一番大事な話だろうが!忘れるか普通!?」


本気で幻滅した声で、僕は軽蔑するように叫んだ。これほど重大な情報を忘れてしまったという呑気さに腹が立ってしまったのだ。


「しょうがないじゃん。蓮と一緒にしないで!」


「ごめんね、萌香ちゃん」


ムッとする桃園萌香に、嫁さんが謝罪していた。



この後、僕たちは宿に向かい、そこで休むことにした。桃園萌香たちが使っている屋敷には、間借りできるスペースは無かったのだ。


ベッドに入ってからも僕は様々なことを考えた。この日、桃園萌香に出会って以来、ありとあらゆる価値観がひっくり返ってしまったのだ。それに伴い、これまで推理してきたことも再考する必要がありそうだ。


だが、深夜であることもあり、この一日、あらゆる情報を仕入れた結果、さすがに僕も疲れ果てていた。そのため、この夜は、考えをまとめる前にあっという間に熟睡していた。

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