第226話 荒廃した町

皇帝主催の”歓迎宴”からラクティフローラが帰ってきたのは、夜更けであった。様々に話は弾み、帝国貴族との間で情報交換ができたらしい。


桜澤撫子さんが訪問した旨を王女に伝えると、会いたかった、と残念そうに言った。


ところが、ベイローレルだけは帰って来ない。会場で見つけた貴族令嬢の何人かと親しくなり、その子たちを連れ立って、どこかに行ったらしい。王女は、侍女のカエノフィディアと二人だけで戻ってきたのだ。


結局、彼が帰ったのは翌朝だった。


朝食後に現れたベイローレルに、ラクティフローラはゴミを見るような目を向けた。


「あのね、ラクティ、ボクがただ遊んできただけだと本気で思ってるのかい?」


「それ以外に何があるのかしらね!」


前々から思っていたことだが、どうも王女は、ベイローレルのプレイボーイっぷりを激しく嫌悪しているようである。恋愛に関して純粋無垢で一途な彼女は、彼の軽率な振る舞いをいつも軽蔑しているのだ。これには僕も激しく同意したい。



さて、この朝もお米による日本食を味わった僕たち一家は、気力も充実していた。ちなみに一晩寝かせたカレーライスをラクティフローラとカエノフィディアにも食べさせてみたが、彼女たちも感激していた。


そして、いよいよ”大賢者”の捜索とシャクヤの救出に旅立つことになった。


宿を引き払い、僕たちはクルマに乗り込んだ。


まずは”大賢者”である。


彼の幽閉地に置き去りにされていた黒い十字架。これの持ち主が本人なのかは定かでないが、そのニオイをルプスに追跡させての旅だ。


この人物は、ルプスの報告によると、数日前から移動を開始し、現在は僕たちのいる帝都から南西の地にいる。


そこに向かうのだ。


ここで、イマーラヤ帝国の地理状況を簡単に説明させていただこう。


帝国の中心部に位置するのが帝都サガルマータであり、これより北部に行くと、山岳地帯となっている。高原に住む人々による畜産と酪農、および林業が盛んだ。


反対に中央部から南部にかけては広大な平原が広がっている。今は積雪しているため雪原だ。緩やかな起伏はあるものの、基本的にクルマでの移動を妨げる物は何もない。


最初の目的地まで距離的には300キロほどであり、快適なドライブで数時間も進むと、すぐに到着することができた。



ところが、着いてみて愕然とした。


それは、これまで平和な暮らしと旅をしてきた僕たちにとって、あまりにも唐突すぎる光景だった。


小さな壁で仕切られた町に入ると、そこは荒れ果てていたのだ。激しい戦闘があった直後と見受けられる。


崩れかけた建物。破壊された家々。焼け落ちた廃屋。


泣いている子ども。


泣き疲れて茫然としている子ども。


子を失った母親。


親を亡くした青年。


そして、悲嘆に暮れた大勢の人々。


もはや廃墟と言ってよい。


これまで凄惨な戦場に足を踏み入れてきたことは何度かあるが、人の住む町でこのような惨状を見たことはなかった。王都マガダが魔獣に襲撃された時でも、騎士団と王女の奮闘により、ここまでひどい有様にはならずに済んだのだ。


「な、なんだこれは!?」


「ひどい……」


「モンスターの襲撃があったのでしょうか……」


僕は驚き、嫁さんとラクティフローラが悲しい顔で嘆いた。そして、助手席のベイローレルが眉間にシワを寄せて推論を述べた。


「……いや、ツメやキバの跡、フンなど、モンスターの暴れた形跡が無い。これは人同士の争いです」


「「えっ!!!」」


車内の全員が驚愕した。

すかさず僕は彼に疑問をぶつけた。


「どういうことだ?ここは帝国領内だ。いったい誰が攻め込んできたって言うんだ?」


「わかりません。しかし、相手がモンスターでないことは確かです」


ベイローレルも苦々しい顔つきだった。


僕は、『宝珠システム』で周辺情報を記録しながら、町中を徐行し、ルプスがニオイを追跡する場所へと向かった。情報収集することで、ある程度、全体像が見えてきた。


この町は、入口の門より内側から攻撃されており、特に中心部とそこから少しズレた位置で激しい戦闘が行われていた。それ以外の場所は無事だったらしく、被災者はそちらに避難しているようである。


やがて最も荒れ果てた地点に到着した。町の中心部である。ルプスの【餓狼追尾ハングリー・チェイサー】は、黒い十字架の持ち主がここにいることを示している。


そこは、崩れ去った教会であった。


全てが破壊され、瓦礫も吹っ飛ばされてしまったのか、まるで解体工事の途中で基礎だけが残っているような具合だ。散乱している装飾品から、かろうじてそこが教会だったとわかるくらいの場所であった。


クルマから降りた僕たちは、周囲に警戒しつつも、辺りの惨状に胸を痛めた。だが、それに気を使うよりも先に嫁さんが気配を感じ、僕がレーダーで危険性を捉えた。


「蓮くん、魔王がいるよ!地面の下に!」


「うん。レベル55の存在が地下にいる!」


この言葉で、僕たち全員に緊張が走った。

ラクティフローラもベイローレルも咄嗟に身構える。


「なんですって!?」


「ほ、本当ですか!?」


僕は嫁さんと顔を見合わせた。現時点では、人々の救済にあたるよりも前に、この町に残っている脅威を排除する方が先決だ。


互いに頷いた僕たちは、廃屋となった教会に足を踏み入れた。


その一角に地下へと続く階段がある。


「ベイローレルはラクティと牡丹を守ってここにいてくれ。僕と百合ちゃんで下を見てくる。ルプスも来てくれ」


「ええ。くれぐれもお気をつけて」


「ガウア!(了解です!)」


僕が命じると二人が返事をする。すぐに僕のもとにルプスが駆け寄ってきた。


その時だった。ここで嫁さんが叫んだ。


「待って蓮くん!!向こうの方から登ってきた!」


「えっ!」


僕のレーダーもそのように相手の動きを捉えている。

慌てて後ろに下がった。


嫁さんを先頭にして、僕は後方で待機するという陣形が自然と構築された。思えば、魔王クラスの相手とこのような形で遭遇するのは初めてかもしれない。この町を襲ったチート能力者が今、向こうから近づいてくるのだ。


コツン………………コツン…………コツン……


地下への階段から足音が聞こえてくる。

それがだんだんと大きくなってきた。


この場の全員が息を呑む。


コツ……


やがて最後の足音と共に階段から姿を見せたのは、漆黒のローブに身を包み、フードで顔を隠した人物であった。


『宝珠システム』が、この存在をレベル55と識別している。

間違いなく魔王だ。


「「………………」」


僕たちは互いに無言だった。

嫁さんは何も言わずにフードの人物と対峙している。

そして、不敵な笑みを浮かべて挨拶した。


「こんにちは。魔王さん」


さらにルプスが僕に叫ぶ。


「ガウオ!ガルルルアゴウアオン!(レンさん!あれがニオイの持ち主です!)」


「マジか!!」


またもや肩透かしを食らった。黒い十字架の持ち主は、”大賢者”本人ではなかったのだ。だが、それでも手がかりであることは疑いない。この魔王が、”大賢者”の亡命に関わっているのは明白なのだから。


なんとしても、ここで捕まえ、情報を聞き出したい。こちらには嫁さんがいる。何も恐れることはないのだ。


そう考え、僕が口元を緩めると、漆黒のローブは急に笑いはじめた。


「フッフッフッフッフ……よくぞ来たな魔族を従えし者よ。我はそなたのような者の到来をずっと待ちわびておった」


その声を聞いて驚いた。女の子の声だったのだ。


漆黒のローブの人物、いや、彼女は、ちょっとカッコつけた仕草でフードを勢いよく取り去った。頭に生えた2本の角が黒く光っている。そして、荒々しくポーズを決めた。


「我こそは、あらゆる物を砂に変え、不毛の大地と化す『凶作の魔王』!その名も!『ゼフィランサス』である!!」


バーーン!


という擬音語が背後に飛び出しそうな具合でビシッと決める自称魔王。いや、実際に本物の魔王だったか。


よく見れば、彼女はとても背が低い。身長150センチに満たないくらいの背丈であり、ショートカットの髪型にイヤリングを付けた、かわいらしい女の子だった。しかも、左目にはご丁寧にハートマークが描かれたアイパッチを付けている。典型的な中二病キャラの女子であった。


「「………………」」


予想外の魔王の姿と自己紹介に、僕たち一行は全員が固まってしまった。


特に緊張感と警戒心でガチガチになっていたラクティフローラとカエノフィディアは、目を点にしている。ベイローレルですらも唖然とした顔で困惑していた。


そして、僕は苦笑いしてボソッと呟いた。


「……やべぇのが来たな」


この一言で、嫁さんが噴き出した。


「ぷっ……!」


中二病女子は、不服そうにムッとする。


「なっ……何を笑う。貴様は勇者であるな。我と闘う気か?」


「あ……えーーと、何だっけ。ごめん。インパクト強すぎて、名前をちゃんと聞いてなかったわ。もう一回、いい?」


「フッ、ならば仕方がない。愚かなる者よ。偉大なる我の名をその耳に刻み付け、ひれ伏すがよい!行くぞ!」


そうして嫁さんのリクエストを聞き入れ、彼女は再び同じポーズで同じセリフを決めた。


「我こそは、あらゆる物を砂に変え、不毛の大地と化す『凶作の魔王』!その名も!『ゼフィランサス』である!!」


「ぶっ!!!ふぅぅぅーー!!」


嫁さんは完全に笑いを堪えることができなくなり、うずくまってしまった。おそらく魔王を眼前にして、こんな態度を取ることができるのは、この世界で彼女くらいだろう。


「そなた……どうやら死にたいようだな。身の程をわきまえぬ愚か者よ。見るがよい。我が力、ここに顕現せり!」


失礼極まりない嫁さんに腹を立てた『凶作の魔王』ゼフィランサスは、すぐそばに転がる瓦礫に手を伸ばした。


なんと指先一本が触れただけで、瓦礫が砂に変わり、崩れ去ってしまった。これには僕をはじめ、嫁さん以外の人間が全員、目を丸くした。


「どうだ。恐れ入ったであろう。我は触れる物、全てを粉微塵にし、砂と化すことができるのだ。これぞまさに破壊の究極!『破滅の魔神王』とやらも、実は我のことではないかと密かに思っておる!」


自信たっぷりの笑顔で勝ち誇る『凶作の魔王』であるが、やはり嫁さんは微動だにしない。


「ああ、確かにそれは怖いわね。でも、触らなければいいんでしょ?」


「何を世迷言を。触れずに倒すなど、できるわけが…………あっふんっ!!!」


余裕の表情で語っていた中二病魔王だが、セリフの途中で突如、地面に突っ伏してしまった。


なんと、いつの間にか僕のそばに来ていた牡丹が、【わがまま重力セルフィッシュ・グラビティ】を発動してしまったのだ。まさに彼女こそ、相手に触れることもなく攻撃できる無敵の魔王だった。


「かってに、こわす。ダメ。おこられるよ」


「な、何だこれは!?その気配、そなたも魔王であろう!なぜ我を攻撃するのだ!」


「パパとママの、いうこと、きいて」


「何を訳のわからぬことを!」


彼女たちのやり取りが面白くなってしまい、僕はしばらく様子を見ることにした。


牡丹が超重力で押さえつけているところを今度は嫁さんがそのまま持ち上げる。とんでもない腕力だ。5倍くらいの重力を受けている『凶作の魔王』の首根っこを掴み、嫁さんはニコニコしながら言った。


「それにあなた、カッコつけたこと言ってるけど、生きてるものは砂にできないでしょ」


「え……な、何を言っておる」


「無理してもダメ。私は一度見たスキルと魔法の性質を、だいたい見破れるんだから。理屈が難しくない限りね」


「よ、よくぞ見抜いた!だが、それがどうした!我が前には、あらゆる武器も防具も意味をなさぬのだ!女であるそなたなら、なおのこと天敵だ!この場で素っ裸にしてやることも容易いのだぞ!」


そう叫びながら、魔王女子は嫁さんの服を掴んだ。これでは、僕の愛する嫁さんが人前で素肌を晒してしまうではないか。


などと心配する必要もなかった。


パァンッ!


勢いよく砂になって消え去ったのは、中二病魔王の漆黒のローブと眼帯であった。その下には、意外と普通の女の子らしい洋服を着ている。


もはや威厳の欠片もない、ただの女子となり果てた彼女は、ビックリ仰天して叫んだ。


「ひっ!ひぃぃやぁぁぁぁっ!なんで!?なんで!?」


「ごめんね。あなたの能力は魔法。私はどんな魔法も『半沢直樹ばいがえし』できるの。でも、あなた自身が裸にならなかったのは、あなたが手加減してくれたからよ。本気でやってたら、今頃、痴女になってわね」


「こっ!こんなことをして、タダで済むと思ってるのか!もう怒ったぞ!わたしが本気で殴ったら、ヤバいんだぞ!どうなっても知らな――」


「ほいっ!」


なんと会話の途中で、嫁さんはゼフィランサスと名乗る魔王を上空に放り投げてしまった。その勢いは凄まじく、雲の上まで上昇してしまう。さすがの魔王もこれには大絶叫した。


「ぎぃえぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


「相手が魔王なら、これくらいやっても死なないよね」


嫁さんは顔色一つ変えず、それを見上げている。


もはや、あまりにも可哀想すぎて、言葉も無い。上空6000メートルにまで届き、魔王は自由落下する以外にないのだ。その孤独と恐怖は、いかばかりであろうか。


「死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬ!こんな高さで落ちたら、さすがに死んじゃうよぉ!!!」


実際に死ぬのかは不明だが、既に自らのキャラ設定も崩壊しており、泣き叫びながら、ものすごい速度で落下してくる不幸な魔王。いきなり世界最強の勇者に巡り会ってしまったのが彼女の災いなのだ。


「風で流されないようにこっちに引き寄せないと」


そう言って、嫁さんは魔王に向かって掌打を放つ。すると、空間に波動が起こり、嫁さんに向かう重力が発生した。これによって、遥か上空から落ちてくる魔王が、風に乗って遠方に流されるのを防ぐことができる。


ちなみにこれだけの高さから空気抵抗を受けつつ落下するのに、往復で4分以上は掛かった。僕たちは、ただただ唖然とするのみである。


ちょうど真上に落ちてきたゼフィランサスを、嫁さんはジャンプして空中で優しくキャッチし、地上に降ろした。


憐れ『凶作の魔王』は、顔が涙でボロボロだった。


「あ……あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ……死ぬがどぉ…………死ぬがど思っだぁーーーーっ」


泣き崩れる魔王の姿を、ベイローレル、ラクティフローラ、カエノフィディア、ルプス、そしてガッルスは、茫然と眺めているだけだった。


「ま、魔王が……」


「出会って数分で……」


「号泣していらっしゃいますわ……」


「アウオオクウウオン……(不憫すぎて泣けてきます……)」


「これが……ユリカさんの強さ……」


嫁さんの強さの理不尽を改めて痛感した面々は、目を点にして嘆息していた。


そして、この結果に何の疑問も持っていない僕は、嗚咽している魔王女子の前に悠然と立った。


「さて、『凶作の魔王』ゼフィランサスと言ったな。君に聞きたいことがある。この町の惨状はお前がやったってことで、いいんだな?」


かなり厳しめの態度で臨んだ。

正直言って、怒り心頭なのだ。


すると、この言葉を聞いた彼女は、驚いた様子で、慌てて僕の顔を見上げた。


「ちょっ!ちょっと待ったぁ!違うの!わたしじゃない!わたしじゃないのよ!ほんとよ!調子に乗りましたごめんなさい!」


「「え…………?」」


僕と嫁さんはキョトンとした。


てっきりこの魔王がこの町に甚大な被害を与えたのだと思っていたのだ。嫁さんが申し訳なさそうに聞き返した。


「あ……あれ?違うの?確かにあまり敵意を感じない魔王だなって思ってたんだけど、もしかして私、勘違いしちゃった?やりすぎちゃった?」


「わたしは、ここのみんなが襲われたって聞いたから、助けに来たの!そしたら、魔族を連れた強力な気配が二人も来たから、味方なんだと思って、いつもの調子でカッコつけてみただけ!」


これには唖然とし、反省した。どうやら僕たち夫婦は早とちりしてしまったようだ。互いに顔を見合わせ、見つめ合った僕と嫁さんは、頭を掻きながら揃って魔王少女に頭を下げた。


「「えっと…………ごめん」」

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