第220話 お抱え勇者たち

(そ、そういえば私、お姉様以外の勇者様にお会いするのは初めてね……勇者様が……5人もいらっしゃるなんて……)


帝国の勇者を待つ間、ラクティフローラは妙にソワソワしはじめた。今頃になって、かつて勇者との結婚に憧れていた自分の夢を思い出したのだ。


(いけないわ。どうしてドキドキしているのかしら私。落ち着いて。今の私には、お姉様がいらっしゃるんだから。そして、いつも優しくしてくださるお兄様も、ほとんど勇者様と変わりないんだから)


彼女にとって、”勇者”とは恋の対象であり、憧れの象徴だ。自分の理想の具現化した姿と言ってもよい。それが複数やって来るのである。心がザワつかないはずはなかった。トキメかないはずはなかった。


だが、時は待ってくれない。まもなく謁見の間の外から、足音が近づいて来た。


「き、来た!」


小声で叫びつつも、必死で自分に言い聞かせるラクティフローラ。


(バカバカ!何を期待しているの!私は王女なのよ!外交で来ているのよ!堂々としないと!)


そうして奮起する彼女であるが、心臓は早鐘を打ち、頬は紅潮して耳まで赤くなり始めている。その耳に廊下の方から大声でしゃべる二人の男の声が届いた。


「なんやなんや。急に呼び出しよって。ま、ぶっちゃけ、なんもすることあらへんから、ええけども」


「どうせ大した用事でもないんでしょうーー?」


その言葉は、僕と嫁さんの耳にも入った。特に嫁さんは耳が良いので、ハッキリと聞き取っている。彼らの言語が日本語であることをしっかりと認識した彼女は僕に目配せし、僕も頷いた。


やがて謁見の間の扉が開く。僕たちの後方から彼らが歩み、正面にいる宰相のもとに向かっていった。二人の身長は、片方が僕より少し低く、もう片方が少し高い。


「宰相さぁーーん、来たよぉ。なぁーーんの用かなぁ?」


身長が低い方の男が退屈そうな声で問いかける。彼の髪は少し赤みがかっていた。宰相ヒペリカムは丁寧に彼らに告げた。


「マツヤ殿、ナンテン殿、あちらはラージャグリハ王国の姫君、ラクティフローラ殿下です。あなた方に一目、お会いしたいとのことでお呼びしました」


これに先程の男が敏感に反応する。彼は振り返りながら王女の顔をマジマジと見た。そして、途端に目を輝かせる。


「え、姫君?……あっ!あの子か!うぉ!なんだアレ!超かわいいな!ピンクの髪の美少女!そうだよアレだよ!ああいう子に会いたかったんだよ!やっと来た!ついに来た!オレの求めてたイベントが!」


その姿と態度を見たラクティフローラは、今までの緊張がウソのように飛んで行くのを感じた。


(あ……あら?何かしら……思ってたのと少し違うわ……)


さらにもう一人の男が振り返る。こちらは精悍な顔立ちだ。彼はなぜか、もったいぶった仕草で後ろを見た。


「いやいや、姫さん言うても、どうせ名前ばっかの普通の女の子ちゃうの。どうせ期待だけさせとって、会うてみたら、そうでもないって言わせるつもりなんやろ。せやろ。しゃあないからノッたるわ……って、ほんまにべっぴんやないかい!!なんやアレ!こっちの小生意気な陛下はんとは、えらい違いやん!」


僕自身、久しぶりに聞く関西弁。まさか、こっちの世界で聞けるとは思わなかった。しかも一人でノリツッコミしている。コテコテのリアクションを見て、僕は個人的に嬉しくなってしまった。


「………………」


ところが、このノリに全くついて行けない王女は、キョトンとして冷めた顔をしていた。そして、急に熱が冷めたかのように心の中で納得した。


(あ、そうか。これが現実なのね)


幻想から覚めた彼女は、嫁さんの方に振り向きながら、満面の笑みで瞳をキラキラさせた。


(お姉様っ!!!やはりわたくしには、お姉様しか、いらっしゃらないということですわ!!)


「えーーと……なんでかラクティちゃんの目が怖いんだけど……」


「ははは……心中お察しするよ」


ドン引きする嫁さんと同情する僕であった。



さて、ついに対面を果たした勇者2人は、僕たちと同じく17歳くらいの年齢に見える。やはり、この世界に召喚された時点で、肉体が若返るのは共通のようだ。


ところで、城内にいる勇者の気配は3人のはずである。2人だけが来たということは、1人足りない。そのことについては、宰相も普通に勇者たちに尋ねた。


「ツバキ殿は、どうされましたか?」


「あいつは、相変わらずやで」


「そうですか。では、お二方だけでもご紹介しましょう」


よくわからないが、もう1人の勇者は顔を出さないようだ。宰相ヒペリカムは、王女に顔を向け、彼らを紹介した。


「ということで、申し訳ありません。王女殿下。現在、ご紹介できるのは、このお二方でございます。我が国が誇る勇者マツヤ殿とナンテン殿です」


これにラクティフローラは優雅に身をかがめ、悠然と挨拶をした。


「帝国の勇者様、わたくしは、ラージャグリハ王国が国王、ソルガム・アジャータシャトルの娘、第一王女のラクティフローラと申します。本日は、偉大なるお方に二人もお目にかかる機会を得られ、恐悦至極でございますわ」


一国の王女として、また王国の代表として、見事な気品ある振る舞いである。僕と初めて会った時は緊張しすぎて噛みまくっていたが、今では吹っ切れたのか、実に堂々たるものだ。威厳すら感じられる。


反対に、彼女の所作を見た2名の勇者は、慌ててしまった。


「ちょっ、ちょっと南天さん、ヤバいよ。こういう時なんて言うの」


「知らんわ。適当に挨拶しとけ。こっちは勇者なんやから」


互いに遠慮しつつも、彼らは挨拶を始めた。


「あ、えーーと、オレは赤城あかぎ松矢まつやって言います。王女様、よろしくお願いします」


黄河こうが南天なんてん、言いますわ」


二人とも淡白である。それ以上の気の利いた言葉は見つからないようだ。そして、これにより、言語だけでなく名前においても日本人であることが判明した。


ところで、僕の隣にいる嫁さんは、何か一人で納得したように呟いている。


「……だよね。アレが普通だよ」


「ん?どうした?」


「ううん。別に。私が結婚した人が普通じゃないんだってこと。今、改めて確信して、安心した」


「え、何だよ。急に……」


なぜか異質なモノを見るような目と上目遣いで僕を見る嫁さん。不満があるのか褒めているのか、ハッキリしてほしいところだ。


僕たちが小声で話していることに気づいた勇者2名は、こちらに目を向けた。そして、何かを察したようだ。赤城松矢が目を細めて注視してくる。


「んっ!んんんーー?」


「松矢、気ぃついたか?」


「うん」


黄河南天の問いかけにも同意し、二人でこちらを凝視したままだ。どうやら彼らも嫁さんの存在を認めたらしい。


そして、宰相ヒペリカムは女帝アイリスに告げた。


「陛下、これくらいでよろしいかと思いますが」


「ふむ、そうか」


勇者の顔を見せただけで、終わりにするらしい。彼らのことを詳しく紹介するつもりはないようである。アイリスは王女に語りかけた。


「ということで、どうじゃ?ラクティフローラ王女よ、満足したかえ?」


「はい。偉大なる勇者様のご尊顔を拝すことができ、素晴らしき思い出となりましたわ」


「そうじゃろう!そうじゃろう!ってことで、あとは朕の部屋でゆっくり話をせぬか?王女の話は楽しそうじゃ!」


「それは光栄でございます。是非、ご一緒させていただきますわ」


女帝に気に入られた王女は、個別に話をすることになった。アイリスは分厚いマントを脱ぎ捨て、ラクティフローラのもとに駆け寄った。二人が退出する素振りを見せるので、赤城松矢はガッカリし、黄河南天はツッコミを入れる。


「あれぇーー?王女様、もう行っちゃうの?オレともお話ししようようーー」


「なんや挨拶だけかい」


彼らの文句は無視され、女帝と王女は謁見の間の脇から退出した。ベイローレルが僕たちに振り返り、告げる。


「では、ボクも王女の付き人として、殿下と陛下にお供します。お二人はしばらく待機していてもらえますか」


「ああ。わかったよ」


僕たちにとっても、それがありがたいと思う。それは、帝国の勇者たちも同じようだ。


「まぁ、ええか。なら宰相はん、俺らは、そこの人らと話したいんやけど、かまへんよな?」


「それは助かります。護衛の方々もお疲れでしょうから、お相手をして差し上げてください」


僕と嫁さんをただの護衛ハンターだと思っているヒペリカムは、勇者たちに相手を任せることにし、女帝の後を追った。


脇で構えていた衛兵たちも解散する。僕たち夫婦と勇者二人だけが残った。


すると、安心したように彼らは近づいて来た。気さくに笑いながら。


「よぉ!あんさん、ねえさん、二人とも日本人ってことで、ええか?」


「うん。そうよ」


黄河南天の問いに嫁さんが明るく答える。

これに赤城松矢が喜びの声を上げた。


「すっげぇーー!女の子の転移者に初めて会ったよ!しかもキミ、王女に負けず劣らず、かわいいねぇーー!」


初めて見た時から思っていたことだが、赤城松矢はノリが軽い。テンション高く嫁さんを褒めながら、さりげなく、その手を取った。嫁さんは平然と笑顔で応じている。


「ふふふ。ありがと」


「名前は何て言うの?」


「私は、白金百合華。こっちの人は蓮くん」


「蓮だ。よろしく」


一緒に自己紹介したのだが、赤城松矢は僕には素っ気なかった。


「へぇーー、蓮ね。よろしく。ところで、百合華!オレたちの部屋でお茶しようよ!日本人同士、お互いに協力しよう!」


「そだね。いろいろ相談させて」


頬を紅潮させて嫁さんを誘う赤城松矢。それに彼女も面白がって同調する。僕たちは彼らの部屋に案内されることになった。


嫁さんのことを気に入ってしまった赤城松矢は、彼女の手を握ったまま歩き出そうとしたが、さすがにそこまで付き合うつもりはないらしく、自然な仕草で嫁さんは手を離した。


「松矢くん、背中に毛がついてるよ」


「え、おお、ありがとう」


それが手を離すための口実だったことに一切気づかない赤城松矢は、おそらく内心で「なんていい子なんだろう」と考えていることだろう。デレデレした顔で彼はウチの嫁さんを見つめていた。


そういえば、人の嫁さんにこんな感じで近づく男に僕も初めて遭遇した気がする。お互いに年若い姿をしており、夫婦であることをしっかり伝えていないのも悪いが、彼の浮足だった様子を見ていると、どこで教えてやろうか迷ってしまう。


嫁さんの隣に立って、盛んにあれこれ話を振っている赤城松矢。その後ろを僕と黄河南天が付いて行くという構図になった。南天は、おかしそうに笑いながら、僕に尋ねてくる。


「蓮、言うたな」


「うん。よろしく。黄河南天だよね」


「せやせや。……んで、二人が夫婦ってことは、いつ伝えるんや?」


この瞬間、前を歩く赤城松矢が急に立ち止まり、仰天して振り返った。


「えっ!!!ええぇぇぇぇっ!!夫婦!?」


絶叫する彼は、僕と嫁さんを交互に見ながら愕然としている。黄河南天は、それを見て大爆笑した。


「いやいや、よう見てみい!二人とも結婚指輪しとるやないか!気づかん方がおかしいわ!」


「そ、そんなこと言ったって!くそっ!ちくしょう!なんだよ!オレがバカみたいじゃないか!」


赤城松矢は顔を真っ赤にして悪態をつく。嫁さんは申し訳なさそうな、それでいて笑いを堪えているような、微妙な表情で顔をプルプルさせていた。


「だいたい、ズルいぞ!蓮って言ったっけ!カレシだったらどうしようとか思ってたのに、夫婦なんて!何やってんだよ!抜け駆けじゃないか!オレがもっと先に出会っていればこんな!ちっくしょう!!!」


どうやら彼は僕たちがこちらの世界で知り合って結婚したと思っているらしい。そういえば、桜澤撫子さんも最初に同じ勘違いをした。この疑念を黄河南天が質問してくる。


「二人は、こっちで出会うて結婚したんか?」


これには嫁さんが回答した。


「ううん。夫婦で一緒に召喚されちゃったのよ」


「「は!?」」


帝国の勇者たちの顔が固まった。

次いで二人とも感嘆する。


「そんなパターンもあるんだぁーー」


「これはぁ、とんでもないお客が来たもんやなぁ。じっくり話、聞かせてや」


「うん。君たちのことも教えてほしい」


僕は少しだけ安堵した。帝国のお抱え勇者である彼らが、もしも傭兵のような生業をしていた場合、話はできない可能性もあると懸念していたからだ。しかし、案ずるより産むが易し。彼らは気のいいヤツらだった。やはり日本人同士、意気投合できるようだ。


そうして、僕たち夫婦は彼らの部屋へと向かった。

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