第194話 帝国の勇者

”削岩剣”こと、ゴールドプレートハンターのオスマンサス。彼の剣技は、大剣を軽々と扱う腕力の他、さらにもう一つの秘密が隠されている。


スピードで翻弄するタイプではない彼であるが、その間合いに入って斬りつけるためには、圧倒的な大剣の暴風雨を突破しなければならず、しかも、その剣技は間合いの外まで斬り裂くことのできる謎の力があった。


まるで歩く要塞である。


騎士団長ロドデンドロンを除き、ここまで苦戦を強いられる剣士に出会ったことがないベイローレルは、全身に汗をかいていた。


(彼の剣技を見極めなければ、間違いなく、やられてしまう!!)


戦いの緊張感により、傷だらけになった全身の痛みは麻痺している。彼は相手の出方を観察しながら冷静に頭を回転させた。


(飛ぶ斬撃ではない。『飛影斬』なら構えでわかる。それにそこまで飛距離のある攻撃ではない。ほんの少し……ほんの少しだけ大剣の威力を伸ばしている。そういう剣技だ)


そこまで考えが及んだ次の瞬間、彼の中で何かが閃くのとオスマンサスが再び突撃してくるのとが同時に起こった。


(そうか!意外と単純な答えだったな!!)


ベイローレルは、オスマンサスの動きに集中し、横薙ぎに払われた大剣を剣で受け止めた。ただし、今度は自身の剣にマナを注ぎ込んでいる。


ギンッ!


なんと受け止めた大剣は、彼の剣の手前でストップしていた。


そして、よく目を凝らして見れば、彼の剣とオスマンサスの大剣の間には、薄く広がった半透明のオーラが存在している。これはマナの塊だ。


「やはりそうか!大剣にマナを帯びさせ、しかも周囲にまで伸ばす剣技!『飛影斬』を応用したようなスキルだな!」


彼が見破ったとおり、オスマンサスの剣技は、大剣にマナを纏わせ、そのマナに刃の形状をさせるスキルだった。これにより、大剣はその切っ先を拡大させることになり、見抜けない相手は、見えない刃に斬られることになる。


つい先日、白金百合華が神官たちの前で、思いつきで実演してみせたスキルと原理は同じである。ただし、彼女の場合、剣ではなく、爪に纏わせたマナを鋭く伸ばし、鉄製の剣を切断してしまうほどの威力を出している。これは尋常なことではない。


スキルを見抜かれたオスマンサスは、嬉しそうに飛び退いて、自ら距離を取った。彼としても、自慢の剣技を解説したいのだ。


「ご名答!さっすが勇者だな!!聡明聡明」


「マナで刃を伸ばせるのは、せいぜい5センチってとこか!」


「そのとおりだ!マナを纏わせて一つの形状に固定するのは、結構、繊細で難しいんだぜ!!このでっけぇ剣に纏わせて、5センチの刃を作るのが俺の限界だ!」


叫び合い、聞きながらもベイローレルは内心で戦慄した。


(単純だが、恐るべき剣技だ。さっきボクは、最初の一撃目を頭上で受け止めた。もしも彼の剣技が10センチ刃を伸ばしてした場合、ボクの頭は斬られていたかもしれない)


そう思いながら、自分の手を見ると、痛々しいほどの斬り傷がいくつもあった。


(指が斬り落とされなかったのも運が良かっただけだ。なんという初見殺し!しかも『飛影斬』のようにマナ切れを心配する必要がないとすれば、強力すぎる!)


ここまで考えると、彼には腑に落ちない点があった。そして、叫ばずにはいられなかった。


「どういうことだ!これほどのスキル!!異世界からの勇者様がいらっしゃらなければ生まれない剣技のはずだ!一介のハンターが持ち合わせるような技ではない!!」


「まぁ、そこはそのとおりだ。俺には特別な師匠がいてな。これは数年かけて会得したんだ」


(まさか、あの少年勇者の剣技!?いや、数年かけてということは、他の人物に教わったのか!)


ほんの一瞬、柳太郎のことかと思い、視線を向けたベイローレルだが、すぐに思い直す。満足そうに語り終わったオスマンサスは、決闘を楽しむように突撃態勢を取った。


「だが、やっぱアンタ、大したもんだよ。こいつを見破るだけでなく、ぶっつけ本番でマナを剣に込めて防ぐんだからな!」


「ふん!これくらいボクには朝飯前だ!」


「しっかしなぁ!付け焼刃でそれをやると痛い目を見るぞ!なんせマナを剣に込めるのは調節が難しいから、慣れてないとすぐにマナを放出しちまって、枯渇するんだぜ!!」


叫ぶと同時に再びベイローレルに突進してくるオスマンサス。彼の腕力から放たれる強力な突きと払いをベイローレルは必死になって剣で弾いた。


(彼の言うことは本当だ!剣にマナを集中させながら、この破壊的な大剣をさばくのは、疲労が激しい!長期戦は無理だ!!)


そう考え、悲壮感に苛まれるベイローレルであるが、攻撃の手は全く止まない。得意のスピードで翻弄しようにも、相手の攻撃速度も達人級であるため、防戦に回る以外の選択肢がなかった。


ギン!ギンッ!ガギン!ギンッ!!


「オラオラオラ!!どうした勇者さんよ!!!」


斬るというよりも打ちつけるような大剣を、ベイローレルは必死に弾き、さばき続ける。全く疲れ知らずに見えるオスマンサスに対し、王国の勇者は息切れをしはじめた。


「くっ……ふぅっ!……ぐっ!」


互いに気配を感じ取れる達人同士の闘いである。ベイローレルが疲れの色を見せはじめたことをオスマンサスはハッキリと見て取った。ハッタリではなく、本当に疲弊している。


そして、ついにトドメとするべく渾身の一撃をオスマンサスは放った。


これまでで最も速く鋭い大剣の横払いが、ベイローレルの胴体に右から迫る。


だが、その瞬間――

そう。まさにこの瞬間をベイローレルは待っていた。


彼が大剣を避けず、持久戦を覚悟で打ち返し続けてきたことには、二つの理由があった。


一つは、射程の長い得物を避け続ければ、壁際に追い込まれる可能性が高まるからであり、オスマンサスを相手にそうなった場合、敗北が確定するからだ。


そして、もう一つの理由。それは、この一瞬のための布石であった。


今まで剣で弾くという防御しかしてこなかったことで、オスマンサスに、彼が避けることができるということを失念させたのだ。マナを纏わせる剣技への対処法が、マナを込めた剣で弾くことしかない、と錯覚させたのだ。


それは功を奏し、オスマンサスは大振りの攻撃をしてしまった。


この刹那、ベイローレルは俊敏に後ろに下がり、大剣とマナの刃を見切った上でギリギリのラインで避けた。


(しまった!!)


オスマンサスがこれに気づき、攻撃を避けられたことを後悔するまでの間にベイローレルは得意のスピード剣技を披露する。


――銀嶺五連剣舞ぎんれいごれんけんぶ――


マナ付きの大剣を避けるほどの間合いから放たれた高速剣技は、まず躱したばかりの大剣が左側へ流れていくところを追撃した。


カキン!


(なに!?)


振り払った大剣が、さらに剣で打たれたことで加速し、オスマンサスはその勢いに煽られた。これまで微動だにしなかった彼の重心が大きく右手側に揺らいだ。


そこから彼が体勢を整えるまでの一瞬の間にベイローレルは踏み込む。あっという間に放たれた3連撃がオスマンサスの両腕と右太ももを斬り裂いた。


ズバズバズバッ!!


そして、最後の5撃目は正確に心臓を狙っている。


一瞬の判断ミスが死へと繋がる。これが達人同士の闘いであり、スピード剣技を持つ者との戦闘であった。


それを悟り、覚悟を決めるオスマンサス。

彼の心臓にベイローレルの剣が突き立てられた。




――はずだった。


しかし、そう思われた瞬間、ベイローレルの目の前からオスマンサスが消え去り、柳太郎の横に立っていた。


唖然とする両者。


この現象に遭遇するのは二度目であるため、ベイローレルはすぐに柳太郎に目を向ける。少年は深々とおじぎをした。


「真剣勝負に水を差してしまい、申し訳ありません。オスマンさんを死なせるわけにはいかず、勝手なことをしました」


それは二人の剣士の双方に向けた謝罪だ。


「ちっ……俺の完敗だな。リュウタがいなければ死んでいた。王国の勇者ベイローレル殿、先程までの無礼、本当にすまなかった。申し訳ない」


頭を掻きながら、オスマンサスも気まずそうに謝る。

ベイローレルは呼吸を整えながら口元を緩めた。


「いや……いい勝負だった。勉強になりましたよ」


オスマンサスには、すぐにホーリーが【治癒の涼風ヒーリング・ウィンド】をかけ、治療している。それを彼は遮った。


「ホーリー殿、俺はそれほどでもない。勝者である彼の方が傷が多いんだ。あっちを治療してくれないか」


「そ、そうですかぁ。かしこまりましたぁ」


ホーリーはベイローレルの方に来て魔導書を開いた。


「失礼致しますねぇ」


そう言って、彼に【治癒の涼風ヒーリング・ウィンド】を行使する。柔らかく心地良い風がベイローレルの身体を包んだ。体中の斬り傷が癒えていく。


(なんという優しい魔法だ。魔導書からの魔法発動は、術者の力量が反映されるというが、この女性は、相当な実力者であると同時に優しい気質の持ち主なのかもしれない)


そう考えたベイローレルは、いつもの微笑に戻り、剣を収めようとした。


「ありがとう。恩に着ます」


彼がそう言った直後だった。少年勇者が彼に告げた。


「でも、お陰様で、だいたいわかりました。そこまでして秘密を守られるということは、あなたに近しい人たちの中に『重圧の魔王』デルフィニウム本人か、その関係者がいるということではないですか?」


ベイローレルは度肝を抜かれた。この柳太郎という少年は、本当に見た目以上に頭が切れる。まるで幼い頃の自分を見ているようだ、と彼は愕然とした。


黙り込んだままのベイローレルに向け、柳太郎は推理を続ける。


「ご家族ですかね。それとも友人の中にいますかね。……または今日、デートに出掛けられていたそうですが、その相手が関わっているとか」


デートの相手。と言われて、ドキッとするベイローレル。その様子を見てニコリとしたのはホーリーだ。


「うふふ。ベイローレル様は、やはり正直なぁ、お方でございますねぇ」


「ホーリーさん、何か、わかりましたか?」


「はぁい。デートの相手でぇ、とても心拍が上がりましたわぁ」


これにベイローレルは驚愕した。


(なんだって!?この女神官、言葉で人の心に入り込むだけでなく、音を鋭敏に判別できるのか!)


「ほら、また心拍が上がりましたぁ。アタリのようですわねぇ」


「では、今日のうちに聞き込みをすれば相手も特定できますね」


「いいえ。お噂は既に届いておりますよぉ。なんでも、あの『プラチナ商会』代表のぉ、奥様とぉ、デートされていたとかぁ」


「……え?奥さんと?え、え?どういうことですか?いいんですか、そんなの?」


これまで頭脳明晰な推理をしてきた柳太郎であったが、彼の驚きは、誰が魔王デルフィニウムの関係者か、ではなく、ベイローレルが既婚者とデートしていたことに向けられている。彼は紛れもなく小学生なのだ。


「ウハハハハハ。リュウタローには、ちょっと早い話だったな」


笑い出したオスマンサスに柳太郎は、ふくれっ面になる。


「バ、バカにしないでくださいよ!知ってますよ!昼ドラってヤツですよね!なんとなくだけど知ってます!」


「とうことでぇ、『プラチナ商会』様にぃ、参りましょうぉ!わたくしぃ、またあそこに行けるなんてぇ、嬉しくなってしまいますわぁ」


急にテンションの高くなったホーリーは、ベイローレルの治療を終えると立ち上がった。彼女に促され、3人は空き地から出ようとする。しかし、そこにベイローレルが立ちはだかった。悲壮な表情に決意の眼で彼らを睨みながら。


「すまないが、このままキミたちをボクが通すと思うか?」


彼の行動に目を丸くしつつも、柳太郎は平然と問い返す。


「でも、オスマンさんと戦って疲れてるんじゃないですか?ぼくと戦うなんて無謀だと思いますよ?」


「そうはいかない。ボクのせいであの人に危害が及ぶなんて、ボクのプライドが許さない。これはボクがつけなきゃいけない決着だ」


「ねぇ、やめましょう?お互い、痛いのはイヤでしょう?」


「………………」


年下の少年から呆れるような顔で忠告されても、ベイローレルが受け入れるはずもない。彼は厳しい目つきで柳太郎を睨んだままだ。


「あ、あのう。ご無理をなさらない方がぁ、よろしいですよぉ?」


ホーリーは真顔で心配している。

柳太郎は深くため息をついた。


「もう……どうしてこの世界のNPCは、頑固な人が多いんですかね。もっと簡単にイベントを進ませてほしいんですけど」


「……さっきから何を言っている?」


「ぼくはもうこれ以上、待っていられないんです!早く元の世界に戻らなきゃ、勉強が遅れちゃうじゃないですか。こんな所に1年も閉じ込められて、きっとみんな心配しているし、せっかく人より進んで勉強していたのに追いつかれちゃうじゃないですか!」


「……キミの言葉は意味不明だ」


「わかりましたよ。しょうがないですね!言っておきますけど、挑んできたのはベイローレルさんなんですからね。ぼくが強すぎたって、文句言わないでくださいよ!」


次第に苛立ちはじめながら、不満そうに剣を構える柳太郎。ベイローレルも同じく身構えるが、内心では様々な懸念に頭を悩ませている。


(この少年は、先程から謎のスキルを発動している。その正体はわからないが、ここを引くわけにはいかない)


そんな彼に、柳太郎はさらに余裕の宣告をした。


「いいですか。何をされたのか、わからないのは可哀想なので、ちゃんと合図しますよ。これからぼくは攻撃します。3つ数えたら行きますね」


これにベイローレルは愕然とした。

決闘の際に攻撃のタイミングを告知する者など、普通はいるはずもない。


(なんだ、この少年の自信は……そういえばラクティから聞いていた。魔王討伐を目的として召喚される勇者様は、必ず魔王の天敵となる存在なのだと。もしも彼が『重圧の魔王』を……ボタンちゃんを倒すための勇者なら、あの無敵の重力魔法にすら対抗できる剣技を持っているということか!)


今さらながらに少年に畏怖を感じるベイローレル。

その間にも柳太郎は、律儀にカウントダウンを続けていた。


「3……2……1!」


「…………!」


彼が攻撃に出た。

剣を一閃、その場で横に払う。


その意味不明な行動を疑問に思いながらも、次の行動を警戒して対処しようとした時、ベイローレルは柳太郎の姿を見失っていた。



ドスッ



同時に認識できたのは、既に自分の胸に剣が突き立てられていることと、自分の真下に背の低い柳太郎がいることだけだった。


「……かっ……はっ………………な……なんだこれは……スピードとかじゃ……ない……ボクが……移動している…………」


そう。柳太郎が瞬間的に移動したのではなく、ベイローレル自身が瞬間移動させられていたのだ。剣は正確に彼の心臓を貫いていた。柳太郎の背が低いため、やや下から斜めに突き上げての一撃である。


(こ、このボクが……何もできないまま殺されるというのか……これが本物の勇者……)


完全なる致命傷を受け、剣を引き抜かれたベイローレルは、朦朧としながら仰向けに倒れた。


「だから言ったんですよ。痛いのはイヤでしょうって。これがぼくの剣技なんです。空間を斬って、切り込みを付ける。それを応用して位置や方向を瞬時に入れ替える技術。『シフト延斬えんざん』って名付けました。結構、計算が難しいんですよ。精度を上げるのに1年も掛かっちゃいましたから」


剣から血を払い、背中の鞘に収めた柳太郎は、何の情緒もなく淡白に解説し、その場を立ち去った。


(い、意味がわからない……”くうかん”とは何だ……何を斬ったというんだ……)


物理現象への見識が乏しい中世世界において、”空間”を認識することは容易ではない。優秀な頭脳を持つベイローレルであったが、今際いまわきわに聞いた言葉の意味を理解できぬまま、悔しさを滲ませて意識を失っていくのだった。

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