第179話 魔王討伐記念祝賀会③

僕は、貴族や有力商人に囲まれてしまい、なかなか落ち着くことができずにいた。


多くの人々から賛嘆されて嬉しく思いつつも、次第に笑顔が引きつってきた。自分の生涯で、ここまで人気者になったことのない僕は、さすがに疲弊してきたのだ。


そこに救いの手を差し伸べてくれたのは、王国の第一王子クインスだった。


「やあやあ、皆さん、『プラチナ商会』の素晴らしさに沸き立つのはわかりますが、これでは代表のレン殿がお疲れになってしまいます。本日はここまでとして、後日、改めてご挨拶差し上げた方が、よろしいのではありませんか?」


「おお、王子殿下……」


「それもそうですな」


「これは失礼。それではレン殿、後日改めまして」


第一王子の言葉に納得した有力者たちは、僕に挨拶しながら散開した。僕はホッとしてクインスに礼を述べた。


「ありがとうございます。王子殿下。助かりました」


「いえ。噂に名高い『プラチナ商会』代表に会えて、私も嬉しく思いますよ。シュラーヴァスティーの『アカデミー』でも、あなたの商会の宝珠は有名でしたから」


「えっ!そんな遠方にまで!?」


「あそこは世間の流行がすぐに届くんです。実は、私はあなたのファンだったんですよ。今日はお目にかかれて光栄です。弟が失礼極まりないことをしましたが、私とは是非とも懇意にしていただきたい」


「いや、そんな……王子殿下からファンだなんて……こちらこそ、王家から懇意にしていただく身分ですので、末永くよろしくお願いします」


予想外の好感触にこちらの方が恐縮してしまった。一国の王子からの賛美に照れながら、僕は彼と固い握手を交わす。


クインス王子は、僕の手を握りながら、満足そうに微笑んでいた。


(ヘンビットのお陰で、私の印象は逆に上昇したことだろう。この商会は、これからどんどん伸びるに違いない。パイプを太くしておけば、必ず利益になる)


僕にはわからないが、そんなことを考えていた。

ところが、その笑顔の裏には、逆に懸念もあったようだ。


(だが、それにしても……ここまで勢いがあるとは思わなかった。父上からの信望も厚いとなれば、今後、一大勢力になりかねない。これは、放っておくと脅威でもあるな……)


彼のそのような複雑な思考を読み取ることができない僕は、ただ彼が”いいヤツ”なのだと思って握手を済ませた。


「蓮くん、お疲れ様ぁーー。すごかったねぇ。私が近づけないくらい人だかりが出来ちゃってぇーー」


そこに嫁さんが、牡丹の手を引いてやって来た。僕が有力者に囲まれていたので、近づけなかったのだ。


「それにしても蓮くんってば、よくあんな難しい言葉がスラスラと出てくるよね。感心を通り越して、軽く引いちゃったよ」


「いやいや、なんで引くんだよ。よかったでしょ。こっちだって勉強したんだ。この国の作法とか」


「うん。まぁーーね……正直言うと……カッコよかった」


嫁さんにしては珍しく、ちょっと照れながら上目遣いで僕を褒めてくれる。いつもなら、もっとストレートに言ってくれるものだ。これは、もしかして、よほどカッコよく彼女の目に映ったということではないだろうか。


そんなことを考えて僕が満足している横では、第一王子クインスが目を丸くして嫁さんを凝視していた。


「あ、あなたは……」


「紹介致します。妻の百合華です」


彼女のことを僕が紹介すると、クインスは先程までよりも姿勢を正し、恭しく挨拶した。


「私は、国王陛下の第一子であり、国の王太子、クインスと言います。これほどお美しいご婦人には、生まれてこの方、お会いしたことがありません。あなたのような奥方をお持ちとは、レン殿が羨ましい限りです」


僕に対するよりも挨拶が丁重な気がする。

イケメンの王子から自己紹介され、ご満悦の嫁さんは嬉しそうに返事をした。


「あら、やだ。そんなご丁寧に。王子様とご挨拶なんて、私も生まれて初めてです。百合華と言います。よろしくお願いします」


互いに挨拶を済ませ、目を合わせると、クインスは微笑して一つの提案をした。


「そうだ。シュラーヴァスティーでは、このような祝宴ではご婦人とダンスを踊るのです。よろしければ、ユリカさん、私のお相手をしていただけませんか?」


「え、踊るの?王子様と……私が?」


「はい。是非とも」


「ど、どうしよ。蓮くん、いいかな?」


嫁さんはウキウキした様子で僕に許可を求めた。これまた予想外の展開だが、別にダンスを踊るくらい僕が止めることでもないだろう。


それにしても祝宴でダンスを踊る習慣は、砂漠の王国には無いと聞いていたが、緑豊かな共和制国家『シュラーヴァスティー』には、その文化があるらしい。どちらかと言えば、その地方はヨーロッパ文化に近いのかもしれない。


「いいんじゃない?楽しんでくれば?牡丹は僕が見てるから」


適当な感じで僕は答えた。


第一王子は、嬉しそうに正面に向かい、待機中だった楽団に一曲演奏することを命じた。


演奏が始まると、大ホールの中央に開かれた空間にクインスは立った。少し前まで僕が晒し者にされていた空間だ。


しかも、ご丁寧に”照明宝珠”を準備していたらしく、側近に命じて彼の周囲をライトアップさせていた。どうやら、ウチの宝珠のファンというのは真実のようだ。


そこにウチの嫁さんがゆっくりと近づいていく。クインスが差し出した手を嫁さんが取ると、二人はリズムに乗って踊りはじめた。


もともと運動神経抜群の嫁さんは、さらに世界最強の力であらゆる技を見切ることができる。初めて聴く曲で、初めて踊るダンスだったとしても、相手の動きに合わせ、見事にぶっつけ本番で踊りきることができるのだ。


最初のうち、列席者は、その様子をキョトンとした目つきで見守った。この国の風習ではないが、王太子自らが始めたこの演出を無視することもできない。ところが、あまりにも巧みなダンスが繰り広げられるので、人々は次第に食い入るように見つめるようになった。


荒くれ者のハンターはいざ知らず、派手好きの貴族は、その優雅さに魅了されはじめた。


王子と嫁さんが人々の視線を釘付けにしているのを僕はただボンヤリ眺めているだけだ。そこにベイローレルがやって来た。


「まったく……何やってるんですか。レンさん」


「あ、ベイローレル。今回の件ではいろいろ連絡をくれて助かったよ。お陰でスムーズに事が運んだ。礼を言う」


彼もまた、僕の今回の計画を理解し、手助けしていた一人である。それについての礼を述べると、彼は不満そうな顔で苦言を呈した。


「それはいいんですけど、なんで王子殿下にユリカさんを取られてるんですか」


「いや、別に取られたわけじゃないだろ」


軽い気持ちで僕は返すのだが、思いの外、ベイローレルは真剣に忠告してきた。


「よく見てくださいよ。こんな場で王子とユリカさんだけが踊って……これでは王子の次の狙いが、あの人だってことを全員に宣告しているようなものです」


「は!?いやいや……ちょっと待て。どういう意味だ?」


「そのままの意味ですよ。油断してるとユリカさんを王子殿下に取られちゃいますよ」


「まさか、そんな……」


初めは信じられない気持ちだったが、彼からそのように言われ、王子と嫁さんをよくよく注視してみる。


イケメンと美少女の二人が光を振りまくように踊っている姿は、あまりにもお似合いだ。その瞬間、僕の中に嫉妬心と焦りが生まれた。今さらながらに二人を躍らせたことを後悔する。


だが、それでもあの嫁さんが僕に対して不貞を働くとは想像できない。あの子の僕に対する執着心は、それこそ世界最強と言ってもいいくらいなのだ。


自信を持て。僕よ。一家の主よ。


「ま、まぁ……アレくらい普通だよ。僕がダンス苦手だから、百合ちゃんにはちょうどいい機会なのさ」


と、ベイローレルに強がってみせる。


ちょうどその時、演奏が終わり、ダンスも終了した。貴族をはじめとした名のある列席者たちが盛んに拍手を送る。


この瞬間、抜け目のない男、ベイローレルは真っ先に歩き出した。


「じゃあ、ボクが踊っても構いませんよね、レンさん?」


笑顔で僕にそう言い残し、踊り終わってご満悦の嫁さんのもとに向かう。いったいどこでダンスのマナーを学習したのか、嫁さんの前で優雅にダンスを申し込み、彼女も彼の手を取る。自然と二曲目が始まった。


この時には、貴族たちが我も我もと大ホールの中央に集まり、夫婦や知り合い同士でダンスに参加した。西洋の世界観でよく見たことのあるダンスパーティーになってしまった。


「あはははは……王子もベイローレルも……大したもんだなぁ……」


賑やかなダンスを見ながら僕は独り苦笑した。商売人として名を馳せることに成功した僕だったが、やはり本物の王侯貴族と本物のイケメンには敵わない。


しかもベイローレルのダンスは非常にうまかった。第一王子もなかなかサマになっていたが、王国の勇者の動きはさらに洗練されており、素人の僕から見てもハッキリわかるほどキレがあった。


王国一の剣士と世界最強の勇者のダンス。

これに敵う者がいるはずもない。


ますます敗北感を感じてしまい、蚊帳の外に置かれた気分になる。


仕方がないのでハンター連中の会話にでも混ざろうかと思った時である。


「お兄様、わたくしも、クインス兄様に習ってダンスを習得したのです。よろしければ、一曲、いかがでしょうか?」


なんと女性であるラクティフローラから誘われてしまった。普通、こういう場合は男の方から誘うのがマナーではなかったか。


だが、それ以前の問題で、僕は彼女の好意を断らざるを得なかった。


「ごめん。ラクティ。僕は、こういうの苦手なんだ。きっと君に恥をかかせちゃうよ」


「まぁ、そのようなこと、おっしゃらずに」


「いや、ほんと。僕って人間は、歌とかダンスとか、本当にダメなんだ」


そうなのだ。恥ずかしながら、僕は運動音痴であることに加え、音程とかリズムとか、そういった事柄に全くセンスがない。嫁さんとデートする時もカラオケだけは絶対にナシということにしているくらいなのだ。この点だけは、本当に嫁さんにガッカリされた。


「そうでしたか……ご無理を言って申し訳ありません」


「いやいや、こちらこそごめん。本当……こればっかりは不甲斐ない……」


互いに謝罪していると、僕と手を繋いでいた牡丹がソワソワしながら言った。


「パパ、パパ、わたしも、おどりたい」


「あぁ……」


そういえば、この子もダンスが好きだった。


「ラクティ、もしよかったら、ウチの娘と踊ってもらえないだろうか。ここでいいから」


「あら、ボタンちゃん、実際にお会いするのは初めてね。私がラクティフローラよ。よろしくね」


「ラクティ!」


テレビ通話で顔を合わせている牡丹は、喜んでラクティフローラと手を繋いだ。まだ大人のようなダンスはできないので、彼女と両手を繋ぎながらピョンピョン飛び跳ねる。これがまた、なんともかわいかった。


「まぁ、お上手」


ラクティフローラは牡丹を褒めながら、その動きに合わせてくれていた。今、大ホールの中央で勇者がダンスを披露する中、その脇では王女と魔王が手を繋いで踊っているとは、誰も想像できないであろう。


「ピアニー、あなたもこっちにいらっしゃいな。一緒に踊りたいのでしょう?」


ラクティフローラは、遠方で僕たちの様子を見ていたシャクヤを呼び付ける。牡丹は二人の美少女と一緒にダンスを踊ることになった。イトコ同士の二人と交互に手を繋ぎ、牡丹はキャッキャとはしゃいでいる。


笑顔で牡丹の相手をしつつも、ラクティフローラとシャクヤは、中央の様子を観覧していた。


「お姉様は相変わらずお美しいですわね……相手がベイローレルでなければ、なおのこと良かったのですが」


王女が言うとシャクヤもおかしそうに相槌を打つ。


「ラクティフローラは、今でもベイローレル様のことがお嫌いですのね」


「当然よ。見てよ、あのスケベ面。イヤらしい目でお姉様を見つめて……気持ち悪いったらありゃしないわ」


「あのお方にそのような評価を下すのは、あなたしかいないでしょうね」


「”勇者勇者”って、持て囃されて調子に乗ってるだけなのよ、あいつは。お姉様という本物の勇者様がいらっしゃるのに!もう!」


こうして話しているのを見ると、本当の姉妹のように思えてしまう。なんなら双子の姉妹と言われても信じられるレベルだ。そんな二人がベイローレルを酷評しているのが、なんとも面白い。僕は、横で笑いを堪えるのに必死だった。


しかし、人々の評価は全く異なる。


彼は、この国では勇者であり、英雄なのだ。


二曲目のダンスが終わると、最も華麗な踊りを披露したベイローレルと嫁さんに自然と注目が集まった。誰もが勇者を称え、大拍手を送る。


そして、人々の関心は、次第に嫁さんに向けられた。第一王子と勇者から連続でダンスを申し込まれ、見事な舞を披露した彼女のことを疑問に思わぬはずはない。彼らは口々に囁き合った。


「さっきから、あの美人はいったい何者なんだ……」


「勇者殿に王子殿下……それにあのキレのある動き……只者じゃないぞ」


「王女殿下とも親しいようでしたよ」


誰もがウチの嫁さんのことを不思議に思い、興味津々になった時である。

彼女は僕の方を見つめ、ニッコリして近づいてきた。


「シャクヤちゃん、牡丹のこと、お願いね」


それだけを言う。


まさか。


と僕が思った瞬間、既に僕は大ホールの中央に引っ張られ、彼女と共に立っていた。


「ちょっ!百合ちゃん!!」


「楽団の皆さん!最後にとびっきりノリのいいヤツ、おねがい!!!」


楽しそうに叫ぶ嫁さんの声はいつにも増して明るい。その途端、嫁さんのダンスに共感した楽団が、彼女の注文を素直に受けて演奏を開始した。テンポの良い、軽快なリズムの曲である。


待て待て待て。スローペースでも厳しいのに、こんな軽やかなリズムで僕に躍らせる気なのか。勘弁してくれ、嫁さんよ。


顔面蒼白で、ただ恥をかきたくない一心の僕に、嫁さんは優しく笑顔を向けた。


「大丈夫だよ、蓮くん。私に全部任せて」


リズムの変わった曲にダンス参加者たちも若干の戸惑いを見せる中、嫁さんはテンポ良く身体を動かした。しかも、僕のぎこちない動作をカバーするように動いてくれる。


傍から見れば、僕が優雅に嫁さんを振り回しているように見えた。


さらに気を良くした嫁さんは、僕を連れて四方八方に移動する。


僕はたどたどしく足を運ぶのだが、彼女はそれに合わせてフォローするようにステップを踏んだ。まるで優雅なダンスを二人で演じるように、他の共演者たちの間をスルスルとすり抜けながら、華麗に舞い踊ることになった。


極めつけは、再び中央に戻って来た時である。


曲のハイライトであろうタイミングで、なんと嫁さんはジャンプした。ドレスを着ているというのに、派手に空中で足を開きながら回転し、僕のもとに舞い降りる。


フィギュアスケートじゃあるまいし!と思いながら、彼女の動きに身を任せていると、今度は僕が空中に放り投げられた。


「うぉっ!」


と、思わず小さく叫ぶが、楽曲の音量に紛れて周囲には聞こえない。


彼女と手を繋いだまま僕も三回転し、着地する。


最後に嫁さんは、僕の周囲を回った後、直立した僕の前に倒れかかり、それを僕が片手で受け止めた。


これがフィニッシュである。

本当にフィギュアスケートのペアスケーティングのようになってしまった。


曲が終わると、大喝采となった。


なんということだろうか。

ウチの嫁さんは、踊りのセンスがゼロの僕を相手に、誰にも引けを取らないようなダンスをやってのけてしまったのだ。しかも、ぶっつけ本番。打ち合わせ無しで。


あらゆる動きを先読みできる嫁さんだからこそ可能な、人知を超えた芸当だった。世界最強の力をここまで無駄使いする人が他にいるだろうか。


見たこともない動きで鮮やかに踊りきった僕たち夫婦には、拍手喝采が続く。


「すごいぞ!」


「なんだ今の動きは!!」


「『プラチナ商会』の代表って、ダンスまでうまいのね!」


次期国家元首、王国の英雄と続き、最後の相手に僕を選んだ嫁さんは、僕と踊ってこそ最高のダンスができることをアピールしたのだ。これでは、僕の株がますます上がってしまうではないか。


「ね、私にとって、一番カッコいいのは蓮くんなんだよ」


頬を紅潮させて僕を笑顔で見つめる嫁さんと目が合った瞬間、僕の中で何かが弾けた。今日一日の勝利の余韻なのか、さっきまで嫉妬心を燃やしていた影響なのか、何か勝ち誇ったような気持ちが生まれた。


気づいた時には、僕は自分の唇を彼女の唇に重ねていた。


「「ひゃああぁぁっっっ!!!」」


列席者の女性陣が顔を赤くして驚く。

この国では、人前でこの行為をすることは刺激が強すぎたのだ。


「うおぉ!すごいぞ、公衆の面前で!!」


「そうか!あの女性は、『プラチナ商会』代表の奥方だったのか!」


「てことは、”閃光御前”というハンターだ!」


「なるほど!どうりで!」


「あはははは!やるなぁ!『プラチナ商会』!!」


見事、僕たちが夫婦であることをアピールし、ダンスパーティーは終了した。


公の場で僕からキスまでされるとは予想していなかった嫁さんは、喜びながらも顔を真っ赤にして、はにかんでいる。僕自身も大胆すぎる行動を少し後悔していた。


また、王族の席から僕たち夫婦の様子を見ていた第一王子クインスは、つまらなそうに僕の顔を遠目に見ていた。


(レン・シロガネ……本当に手強いな。彼は……)


この後、再び”勇者”ベイローレルの挨拶があり、これにて祝賀会はお開きとなった。

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