第160話 軋轢
「おいおいおい……この猫は何を言ってる?まさか、あたしたちも含めて人間と魔族でチームを組もうってのか?」
ローズが、明らかに嫌悪感を表に出し、フェーリスを睨みつけた。フェーリスが『八部衆』結成の話をしたことへの苦言である。
「なんニャン?キミは”女剣侠”ニャンね?キミたちもレンの仲間じゃないのかニャン?」
「ああ、仲間だよ。だが、お前たち魔族と一緒にするんじゃない。魔族と徒党を組むつもりは、あたしたちには毛頭無い」
「レンの仲間のくせに心が狭いニャンねぇーー」
「んだとぉ?この猫っ!!」
なんとローズとフェーリスが一触即発の空気を醸し出した。
予想外と言えば予想外だが、当然と言えば当然でもある。義侠心の強いローズは、曲がったことが嫌いな女傑だ。そんな彼女が魔族と対等に仲間になるとは考えにくいことだった。
僕としても迂闊だった。もっと早くこのことに配慮し、ローズと相談しておくべきだったのだ。
「二人とも、一旦落ち着いてくれ。ここで喧嘩をしては、また戦争になってしまう」
僕が仲裁に入ると、ローズは激しい剣幕でこちらを向いた。
「レン!!君たち夫婦の考え方は尊重するが、あたしは魔族と一緒になるなんて、ごめんだ!!いったいどれだけの友人が、こいつらに殺されてきたことか!これ以上、なれ合いを続けるなら、あたしは抜けさせてもらう!」
案の定、心配していた言葉が彼女の口から飛び出した。
しかも、怒った時の彼女はとても怖い。
だが、頼りがいのある女性として、僕はローズを非常に買っている。それに人間と魔族のパワーバランス的にも彼女の存在は必要不可欠だ。僕は、すかさずローズの腕を取り、静かに力強く告げた。
「ローズ、僕には君が必要だ。そんなこと言わないでくれ」
「…………!」
目を丸くしたローズが僕の目を凝視した。すると、彼女はなぜか頬をほんのりピンク色にして視線を逸らし、悔しさを滲ませながら歯がゆそうに呟いた。
「こっ……こんな時にそれを言うなんて……!ズルいぞ、レン!」
不思議とローズは、僕のたった一言で折れてくれ、トボトボと後ろに引き下がった。僕はその隙に全員に宣言した。
「……とにかくだ!僕は別に、魔族と人間とで無理に仲良くしろとは言わない!ただ、僕たち一家の仲間になってくれると言うなら、身分も性別も、そして種族さえも問わないつもりなんだ。お互い考えが合わない部分もあるだろうけど、争いだけは起こさないでほしい」
皆、一瞬、静まりかえった。
それぞれに考えはあるものの、僕の想いも受け取り、個々に困惑しているようだ。
いち早く再び口を開いたのはダチュラだった。
「私もローズさんの気持ちはよくわかる。リーフが殺されたのは、魔族が原因だし、憎しみも強いわ。でも、こうして魔族と普通に会話できてる今の状況は、すごいことだと思う。きっと世界中で、ここだけなんじゃないかな。こんな奇跡みたいな光景は」
それに呼応して、賛同と反論を同時に行うのはストリクスである。
「ホウホウホウ……確かに、このように不可思議な会合は、世界中、どこを探しても見当たりませんでしょうな。それもこれも、魔王様と、ご尊父、ご母堂のお力の賜物。ですがね、人間に同胞を殺された点では、ワタクシども魔族も同様ですよ。いえ、むしろ人間というものは、常に魔族を虐げ、中立地帯の山奥に追いやってきました。ワタクシどもこそ、人間に対する積年の恨みを拭いきれるものではありませんな」
彼の言葉で再び空気がピリッとする。
そこに僕の後方からローズが声を掛けた。
「おい、フクロウ男。お前、あたしと前に会ったことあるよな?」
「ええ。以前に森でお会いしましたね。女剣士殿。あの時は魔獣をけしかけて、すみませんでした」
そういえば、最初に誕生した魔獣を実験的に人に襲わせたのはストリクスだった。その現場に遭遇したローズは一戦交えたことがあると報告を受けていた。
この二人は因縁の相手だったのだ。
ローズは不敵に笑ってストリクスを挑発した。
「不満があるなら、ここで、あの時の決着をつけてもいいんだぞ?」
「はて。ワタクシは一向に構いませんが、それでは、ご尊父のご意向に反すると思われますよ?」
それ以上は互いに何も言わず、ただ睨み合っている。
この時、突如、大声で吠えた者がいた。ルプスである。
「ガウガウ!!ガウアッ!!!(喧嘩はダメだ!!やめろ!!!)」
彼の言葉は、僕と嫁さん、そして牡丹にだけ自動翻訳され、伝わった。
しかし、残念なことに険悪な空気の中でけたたましく吠える彼の声には、威嚇するような響きがある。意図を解すことができなければ、彼が喧嘩に加わろうとしていると勘違いされてしまうだろう。
実は、昔からルプスは、仲間うちで喧嘩が起こりはじめると、それを止めるように叫ぶのが常であった。その言葉が全く通じないのをいいことに、彼を好戦的な性格であるかのように印象付けたのが、カニスという狼男だった。
ちなみに牡丹はルプスが優しい気質の持ち主であることをよくわかっていたが、周囲の魔族たちがそれを理解していないことを知らなかった。難しい話は適当に聞き流し、全て側近のピクテス任せにしていたわけである。魔王と言っても中身はただの4歳児なのだから、無理もない話だ。
ルプスの雄叫びの意味がわからず、シーンとしてしまった面々に僕は告げた。
「ルプスは今、喧嘩はよくない、と言ったんだ。彼は最も戦闘力が高いにも関わらず、実は最も優しい。命の大切さをこんなにわかってくれている魔族もいないだろう。ローズ、魔族の中にもこういうヤツがいるんだよ」
「……そう……なのか」
僕が話をローズに振ると、彼女は複雑な表情で黙り込んだ。
一瞬の沈黙の後、フェーリスが不満そうに発言した。
「……ウチは人間が好きニャン。せっかく人間も交えて、また『八部衆』ができると思ったけど残念ニャン」
再び全員が押し黙った。
本当に困った。
魔族と人間とでは、相容れないものが多すぎる。
彼らを一つにまとめるのは不可能に近い。
今後は、できる限り、バラバラに行動させる方が適切かもしれない。
僕がそう考え、皆に提案しようと思った時である。
これまで黙って聞いていた嫁さんが、急に明るい声で宣言した。
「よし!こんな森の中で立ち話してても、しょうがないよ!また明日の夜、みんなで会って、一緒にご飯を食べよ!」
「「え?」」
一同、予想外の提案に唖然とする。
しかし、嫁さんはお構いなしに話を続けた。
「私がみんなにおいしい料理を作ってあげる!場所は、ウチにある時計台の屋上!あそこなら、みんなが来ても外からは見えないから!」
「百合ちゃん……」
嫁さんに声を掛けようとすると、彼女はそれを遮って僕に意見を述べた。
「魔族は牡丹のために集まってくれたんだよ。少なくとも親の私たちは、それを歓迎してあげなきゃでしょ。ねぇ?牡丹?」
言いながら牡丹にも同意を求める嫁さん。
すると、牡丹は元気よく叫んだ。
「フェリー!ルプス!カエノ!ストリ!みんな、なかま!ガッルス、ともだち!」
この言葉は、皆の心を洗った。いがみ合う大人たちの中で、その中心人物である子どもが、全員をまとめようとしているのだ。
「魔王様……」
ガッルスが感動の声を出している。
牡丹はさらに言葉を続けた。
「ローズ、ダチュラ、シャクヤ!みんな、いっしょ!」
これには、当の3人も微笑まざるを得ない。
シャクヤがクスクス笑いながら言った。
「うふふふ……ボタン様が一番、大人な気が致しますね」
そして、満足そうに嫁さんは叫んだ。
「てことで!続きは明日、ご飯を食べながら話しましょ!日が暮れたら集合ね!」
それに対し、皆、「はい」「かしこまりました」「仰せのままに」「わかったよ」等々、それぞれの口調で了解した。
僕は集った魔族たち全員に携帯端末宝珠を渡し、簡単な使い方を説明した。ストリクスが異常なまでに驚愕していたのが、少し滑稽だった。
この日は一旦、解散する運びとなったが、帰り際、嫁さんが最後に質問した。
「あっ、そうだ。魔族のみんなは、食べられない物ってある?」
「んーーーー?特に無いと思うニャン。そもそも人間の食べ物を食べたことがないからニャンとも言えないけど」
「お肉でいい?」
「肉でも魚でも野菜でも、なんでも好きニャン。あとはトカゲでもカエルでも虫でもいいニャンよ」
「うん……後半は聞かなかったことにするね」
フェーリスが代表して答えた後ろから、ルプスが叫んだ。
「ガウアウバウア!(オレは肉がいいです!)」
「ルプスは肉かぁ。了解!」
それに乗じて、ストリクスとガッルスが遠慮がちに言った。
「僭越ながら、ワタクシも肉食が中心でございます」
「あ、あの、ワタシは魚と野菜の方がありがたいです」
「全部、了解。じゃ、みんな、明日は楽しみにしてて」
嫁さんは楽しそうに微笑んだ。
こうして、魔族と人間を絡めた白金家の仲間会議は、仕切り直しとなった。
翌日は、朝から嫁さんと二人で準備に当たることにした。
長らく放置していた時計台の屋上を掃除する必要があったからだ。
塔のように高い我が家の時計台は、商業都市ベナレスの防壁よりも遥かに高く、屋上に登ってしまえば、その様子を外から見ることは不可能となる。とはいえ、見晴らしが良いだけで、特に使い道も無かったことから、引っ越した後も、ほとんど手入れをしていなかった。
今回は魔族絡みの案件なので、使用人たちにも秘密にしようと考え、僕たちだけで全ての準備を整えることにした。
牡丹は近くで遊びながら、時々、彼女なりにお手伝いをしてくれた。そして、牡丹が散らかすたびに僕たちは苦笑しながら、それを直した。
午後からは、護衛任務を終えたシャクヤとダチュラが合流した。ローズは魔族のことで不機嫌になっており、部屋で休むと言っていたそうだ。
やがて嫁さんは夕食の準備で台所に向かうことになった。比較的料理上手なダチュラが一緒に手伝ってくれると言う。
「百合ちゃん、ありがとね。よろしく」
「りょ!」
僕が声を掛けると、嫁さんは明るい声でいつもの了解のポーズをした。幾分、ウキウキしているようにも見える。牡丹のために集った魔族を歓迎することを本当に嬉しく思っているのだ。まるで娘の友達を初めて家に迎える母親のようである。
この時、遊んでいる牡丹を除くと、僕とシャクヤだけが残された。
少し気まずい空気が流れる。
風呂で遭遇して以来、いつまでも目を合わせてくれないシャクヤは、今も黙々と作業をしている。僕は今の状況を真剣に思案した。
これから僕たちは、人間と魔族との複雑な関係に向き合わねばならないのだ。彼女とギクシャクしたままでは、安心して問題に取り組むことができない。
そう思い、意を決して彼女に近づき、話しかけた。
「シャクヤ……この前のことなんだけど……」
「はっ、はい!」
シャクヤはビクッと震えて直立した。
それだけで彼女の緊張が僕にも伝染する。
「その、あの時は、本当、ごめん……」
「い、いえ……」
こちらに顔を向けることもなく、シャクヤは短い受け答えをした。
僕も思わず口をつぐんでしまう。
やはり気まずい。
気まずいにも程がある。
裸を見てしまった女の子、しかも年頃の女の子にどう謝ればいいのだろうか。
僕は、それを今まで悩み、考えてきた。そして、ここは嘘でもいいから、何も見ていないと言ってあげるのが優しさなのではないかと結論付けた。腹を決め、僕はそれを告げようと再び口を開いた。
「シャクヤ……」
ところが、それより先に決意したように叫んだのはシャクヤの方だった。
「レン様!!お!お風呂では!大変に申し訳ございませんでした!わたくしがドジだったばかりに、お恥ずかしいものをお見せしてしまいました!し、しかも……しかも、あろうことか、レン様の……レン様の…………」
顔を真っ赤にして声を詰まらせる彼女の姿に、居たたまれない思いになる。これ以上、年下の女の子に恥をかかせてはいけない気がした。
「あ、いや……シャクヤ……」
「わたくし!あの日のレン様のお姿が目に焼き付いてしまいまして!その……その…………レン様のお顔を見るたびに思い出してしまい……あの…………とにかくその…………」
頭から湯気が出そうな勢いで弁明するシャクヤが痛ましい。
僕は慌てて、彼女の言葉を遮った。
「シャクヤ!もういいよ!それ以上、言わなくていい!だいたいわかったから!」
「で……ですが…………」
「僕は何も気にしてないから!」
「ほ、本当でございますか?」
「うんうん!全然気にしてない!これっぽっちも!」
「そ、それで、わたくしが卑猥な妄想をしても怒られませんか?」
「え、いや、そうなの?あぁ……でも、妄想の中では誰もが自由なのは、オタクの常識だから……うん。アリだ。誰も怒らないよ」
「まぁ!そのようなご寛大なお言葉、このように、はしたないわたくしがいただいてもよろしいのでございましょうか!」
「うん……いいと思うよ。……ていうかシャクヤ……むしろその…………」
天然なシャクヤの勢いに押され、僕は口ごもりつつも、あえて問い返してしまった。
「……僕が君の裸を見ちゃったことは、気にしてないの?」
言った直後に後悔した。僕は「見てない」というつもりだったにも関わらず、この質問は、逆に真実を報告してしまったのだ。これを尋ねられたシャクヤは、照れくさそうに顔を横に向けながら答えた。
「あの……できれば、もっと女として成長してから見ていただきたかったのでございますが、いかがでしたでしょうか?わたくしごとき、ユリカお姉様とお比べしたら、貧相なこと、この上ないとは思いますが……」
予想外の反応に、僕は絶句して固まった。
なんと逆に感想を求められてしまったのだ。
本当に何なんだ、この世界の女性は。
いや、この子だけの特別仕様か。
だいたい、男の体を見ただけで気絶してしまうほど純朴なくせに、何を言っているんだ。それほどまでに本気で僕から愛されたいと思っているのか。
僕は思わず、ため息交じりで答えた。
「……シャクヤ、君がどんなに魅力的でも、僕が君の体を求めることは絶対にないんだよ。裸を見ちゃったことは謝るけど、それは本当に諦めてくれ」
こう言うと、途端にシャクヤは口を尖らせた。
「そ、それでは、まるで、わたくしが素肌を見られて嬉しがってるみたいではございませんか!わたくし、そこまで破廉恥な女ではございませんわ!」
プイッと横を向いたシャクヤの仕草が妙にかわいい。
僕は苦笑しながら、言葉を続けた。
「そう。それが普通だよ。だから、本当にごめん。難しいかもしれないけど、お互い、あれは無かったことにして、できれば、これまでどおりの関係でいてくれないかな?」
この要請を聞いたシャクヤは、僕を横目に見ながら、今まで見たことのない視線を投げてきた。
「……これまでどおり……でございますか?」
「うん」
「いやでございます」
「えっ」
「これまでより優しくしていただかなければ、わたくし、納得致しかねます」
「そ、そういうことか……わかった。優しくするよ」
「これまでより、でございますよ?」
「うん。今まで以上に」
「ローズ様に対するよりも優しくしてくださいますか?」
「ローズより?もちろんだよ。それでいいかな?」
「はい!かしこまりましたっ」
最後は満面の笑みで僕の方を向いてくれた。
いったい、何なんだろうか、この子は。
まさか今のは駆け引きだったのだろうか。
なぜローズを持ち出してきたのかもよくわからない。
やはり油断できない子だ。
天然なのか、計算なのか、僕のように鈍感な男には判別することができない。
「パパ!」
僕とシャクヤが笑顔で話せるようになったタイミングで、牡丹が僕に抱きついてきた。シャクヤにも慣れてきた牡丹は、さらに彼女に飛びつき、自ら抱っこされた。
「シャクヤ、いい、におい」
「まぁ、ボタン様にお気に召していただけて、光栄でございます」
牡丹を優しく抱きしめる彼女の姿を見て、僕は自分の中で、ある確信を抱いた。
おそらく僕は、シャクヤのことを大切に想っている。
ただし、それは妹のようにだ。
きっと本人に告げたら、ムスッとされるであろうが。
さて、西の空に日が傾いた頃、ローズがカエノフィディアを連れてやって来た。魔族のことで悶々としていたローズだったが、直前になって思い直し、手伝うことにしてくれたのだ。
「すまなかったな。ガラにもなく、ちょっと、ふてくされてた。あたしにも手伝わせてくれ。あと、彼女にも仕事を振ってやってほしい。何もすることがないと不安になるらしいんだ」
カエノフィディアには休んでいてもらう予定だったが、ローズが気に掛けてくれたお陰で、彼女の気持ちを知ることができた。二人には、食卓の飾り付けを頼んだ。
ちなみにローズにはシャクヤの様子が変わったことが見抜けるらしい。
「……おや?シャクヤ嬢?なんだか、すごくご機嫌に見えるんだが、何かあったか?」
「いいえ。何もございませんわ。ねぇ、レン様?」
「あ、あぁ……」
どう見ても上機嫌のシャクヤに話を合わせながら、僕は少しだけ女の子の怖さというものを学んだ。
「ふーーん……」
そして、ローズは何やら不満そうな目で僕の顔をジロジロ見るのだった。
やがて、もうじき日没という刻限になった。
「蓮くーーん!出来たよぉ!!」
嫁さんが塔の下に料理を持ってきた。ダチュラの協力を得て、何台ものワゴンに大量の料理を乗せている。
時計台には、僕が魔法で運用できるようにしたエレベーターが設置されてあり、それで屋上まで運んだ。大きな食卓に料理が並べられ、食事会の準備は整った。
まもなく約束の時間である。
果たして魔族たちは来てくれるだろうか。
僕は空を見上げて待った。
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