第147話 勇者と魔王③

3歳でこの世界に召喚されてしまった栗森牡丹には、それ以前の記憶がほとんど残っていない。自分が日本という国で生まれ育ったことなど、綺麗さっぱり忘れていた。


だが、それでも時々、夢に見ることがあった。


小さな部屋。


質素な家具。


そして、自分を見つめる優しい女性の笑顔。


その笑顔がどのような顔をしていたのかは思い出せない。しかし、笑顔の主がいつも呼びかけてくれる慈愛に満ちた声だけは覚えていた。


「○○ん……○たん…………」


自分に語りかけた声だという認識はあるが、何と呼ばれていたのかは不明だ。この記憶が蘇る時、牡丹はいつも穏やかで幸せな気持ちになった。


ところが、それと紐付くように、次の記憶も再現されるのだった。


「オイ、コラッ!何やってんだ、テメェ!」


男の声だった。

そして、次の瞬間には自分が痛い思いをする。

牡丹が泣き叫ぶと、さらに男は声を荒げた。


「るっせぇんだよ!!黙ってろボケがぁ!!!」


そうして、また殴られた。

殴られないためには声を押し殺す以外に無いことを、牡丹は否応なく学ばされた。


いつもそこで夢から醒めた。


こうした寝覚めの悪い朝を迎えた時の牡丹は、当然のことながら不機嫌になる。


しかし、どんな苦痛も不満も外に出してはいけないという処世術を3歳当時に身につけてしまった牡丹は、魔王の力を持ちながらも、周囲に当たり散らすということをしなかった。


そういう時は、いつも決まってガッルスを呼び、大空を遊覧飛行してもらって、気晴らしをするのである。


魔王に仕える者にとって、これほど優しい魔王はいなかった。

魔王にとっても、自分の心の平和のために、彼女ほど必要不可欠な存在はいなかった。


そのガッルスが死んだ。

目の前で真っ二つにされた。


牡丹には、もはや、この世界における希望が無くなったのだ。


彼女は、全てを受け入れることにした――


自身の中に眠る力。

自分でも怖くて手を出したくなかった力。

魔王として召喚され、世界を破壊するために与えられた力。


――その全てを。




「せ……成長した……のか?」


成人した姿に変貌してしまった栗森牡丹を前に、ベイローレルは震えそうになる体を必死になって抑えた。


目の前に立つのは、二の腕、太もも、さらにはヘソまで露出し、この世界では大胆すぎる格好をした色白美人なのだが、プレイボーイである彼ですら、それに見惚れる余裕も無い。


伸縮性のある素材だったため、胸と腰回りに残された服は、窮屈そうだが、かろうじて牡丹が痴女になることを防いでくれている。豊満に育った胸からは谷間が見えているが、それすら、牡丹の力の脅威と比べれば、関心を引くものにはならなかった。


それだけ、ベイローレルは牡丹に恐怖していた。天才剣士と謳われ、数々の功績を上げてきた彼は、人生でこれほど戦慄したことはなかった。後ろに控えている”幻影邪剣”カツラも同じである。


彼女の相貌が、あどけない幼女の顔から、全てを恨むような狂気の美貌へと変わっていたからだ。


(4歳児くらいで、あの強さだったんだ!それが大人になってしまったら、どんなことになるんだ!!)


最大限の集中力で牡丹の動きを警戒するベイローレルだったが、怒りに我を忘れている牡丹は、まず最初に雄叫びを上げた。


「ぅわぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」


広間全体が震えるような絶叫がコダマすると同時に、凄まじい重力が周囲を襲った。

ベイローレルの後ろにいたカツラが、クシャッと潰れるように地面に倒れた。


「……ぁ……がっ……!!!」


重力10倍。

それが半径5メートルの範囲内に発生したのだ。


カツラからしてみれば、突如、自分の上に体重10倍の荷物がのしかかってきたようなものだ。肉体を鍛え抜いたゴールドプレートハンターでなければ、全身の骨が砕け、内臓が潰されて即死していたはずの重力である。


ガッルスを失い、守るべきものが無くなった牡丹は、空間全体にありったけの超重力場を発生させた。その範囲は、どんどん拡大していく。


いち早くカツラのもとに向かい、彼が受ける超重力を解除したベイローレルだが、このままでは謁見の間の入り口にいる4人の部隊長と5人の親衛隊にまで効果が及んでしまう。


その前にベイローレルは、牡丹を攻撃して、自分に目を向けさせようと考えた。


「こっちを見ろ!魔王デルフィニウム!」


そう言って、彼が牡丹に突撃した時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………


急に地面がグラングランと揺れた。

10倍の重力に床が耐えきれなくなったのだ。


実は、牡丹が発生させた超重力場は、牡丹に近づけば近づくほど指数関数的に力を増しており、彼女の周辺では重力が30倍程にまで強まっているのだ。


そこに来て、中身が子どものままの牡丹が、ガッルスを失った悔しさで地団駄を踏んだ。大魔王クラスと思われるほどに力を成長させた牡丹に蹴られた床が、無事でいられるはずもない。


気づいた時には、彼女の周りの床がボコンと抜け落ちるように崩れ、ベイローレルとカツラを巻き込んで下の階層に落下してしまった。


「うわぁぁっ!!」


絶叫するベイローレルの声だけが響いた。


残された部隊長たちは、遠方から戦いの一部始終を見ていたにも関わらず、事態を全く呑み込めないまま立ち上がった。


「なんだ……いったいどうなっている?」


「ともかく、ベイローレルが下に落ちた。我らも追いかけよう!」


彼らは、すぐに階段を降りていった。




――さて、栗森牡丹とベイローレル、そしてカツラが落下する先は、真下にある吹き抜けのホールであり、僕、白金蓮がいる場所である。


それより少し前、シャクヤがピクテスと戦闘しているところに第六部隊の部隊長ホーソーンが駆けつけてくれた。シャクヤと共闘することを決めたホーソーンは、ピクテスをシャクヤに接近させないよう、ディフェンダー的な役割を担った。


レベル48のピクテスを前にして、レベル39のホーソーンでは、真っ向勝負をすれば瞬殺される可能性もある。達人ゆえに、それを察知しているホーソーンは、決して無理な戦いを挑まなかった。


背後からシャクヤが魔法攻撃するのを邪魔させないよう、ピクテスに『飛影斬』で牽制する。彼がシャクヤを背後に隠してくれるため、ピクテスは、シャクヤの動きを観察できなくなり、次の行動を予測計算することができなくなった。


『飛影斬』と遠隔魔法の連携は、予想以上に効果を発揮し、ピクテスを再び防戦一方の状況へと追い込むことに成功したのだ。


お陰で、僕の宝珠システムによるローズの治療も大詰めを迎えられた。内臓の治療がほぼ完了し、システムによる生命維持なしでも生存することができるようになった。


そう思った時だった。

急に天井付近から、奇怪な振動音が聞こえ、大きく揺れ出したのだ。


僕は、栗森牡丹の能力を考慮し、建物が崩れる危険性をあらかじめ想定していた。上を見上げた瞬間、まさにそれが現実となった。


ドッゴォォン!!!


天井が崩れ、バラバラになった瓦礫が落ちてきた。


「シャクヤっ!!!」


すぐ近くに立っている彼女に僕は呼びかけた。


ピクテスと戦闘中だった僕たちの上に瓦礫の山が降り注いだ。


死骸となっている魔獣たちが次々と潰される。2階層が吹き抜けとなっているホールの天井は非常に高く、落下した瓦礫の衝撃と、それによって砕け、散乱した破片の勢いは凄まじかった。一面、埃まみれになった。


ホールには、落下中に体勢を整え、見事に着地したベイローレルとカツラ、さらに無造作に落下してもピンピンしている女性の姿があった。


そして、僕はと言えば……


「ふぅーー。みんな無事か?」


瓦礫の山に埋もれた中で、僕は尋ねた。


治療中だった3人とダチュラを囲むように圧縮空気の壁で覆い、ドーム型のクッションを作り上げていた。


シャクヤとホーソーンの奮闘のお陰で、ローズの応急処置が全て完了し、宝珠システムで防御する余裕が生まれたのだ。


「うん。死ぬかと思ったけど、みんな無事みたい」


ローズを庇うように覆い被さっていたダチュラが答えた。

そして、僕の腕の中には、もう一人いた。


「シャクヤ、大丈夫か?」


なんとかギリギリのタイミングでシャクヤの腕を引っ張り、クッションの下に連れてきたのだ。ただ、あまりにも急いでいたため、シャクヤを抱きしめるような格好になってしまった。


僕の胸に顔をうずめていたシャクヤを見ると、目が虚ろになっている。一瞬、心配したが、彼女は顔を真っ赤にして答えた。


「は……はいっ!大丈夫でございます!で、ですが、わたくし!今、死んでも全く悔いはございませんわ!!」


「あ……あぁ……よかった。平常運転だね……」


シャクヤの無事を確認したところで、僕は瓦礫を取り払い、ホールの現状を確認した。


ホーソーンには、遠隔で空気の壁を作ってあげていたが、彼は俊敏な動きで、自力で瓦礫を躱しきったようだった。全く無傷で立っている。


反対にピクテスの方は姿が見えない。レーダーで確認すると、瓦礫に埋もれて身動きできない状態だった。ここに来て、あの計算高い魔族も運が尽きたようだ。かなりダメージを負ったらしく、現状では脅威にならないと思われる。


それよりもなによりも、ホールの中央に立った一人の女性。

今の脅威は彼女だ。

レーダーによる解析結果では、レベル61。

魔王を超え、大魔王クラスのステータスを持った謎の美女が、殺気立った目つきで歯軋りし、あちこちを睨みつけているのだ。


「だ……誰だ……?」


独り疑問を呟く僕だったが、その答えには、既に心当たりがあった。


露出の激しい大胆な服装は、あまりに無造作であり、最初から着ていたのではなく、後から結果的にそうなったことが窺われる。栗色の長い髪、伸びきった2本の角には、見覚えがある。顔立ちは綺麗に整って凛々しく成長してしまったが、面影は残っていた。


栗森牡丹が17歳くらいにまで急成長し、レベルアップしてしまったのだ。


「レンさん!下がってください!そっちにまで重力が行きます!!」


僕の存在に気づいたベイローレルが叫んだ。彼は、僕と牡丹のちょうど中間の位置に立ち、まるで僕らを守るように身構えている。


彼の忠告を聞いたあたりから、次第に自分の体が重くなったように感じた。


「これは!重力か!」


ホールの端にいるため、僕たちは牡丹から数十メートル離れている。

しかし、どんどん重力が強くなってきた。

牡丹が範囲を広げているのだ。


宝珠システムで解析すると、彼女に近づけば近づくほど、重力が強まっていることがわかる。このまま放っておいたら、どこまで超重力場が広がってしまうのだろうか。


切迫した事態であることを認識した僕は、ダチュラとシャクヤに叫んだ。


「ダチュラ!シャクヤ!3人を連れて、すぐにホールから出るんだ!重力が強くなったら、怪我人は耐えきれない!」


「え?」


まだ状況を呑み込めないダチュラが、キョトンとしているので、僕はさらに叫んだ。


「早く!」


「かしこまりました!ダチュラ様!お早く!」


牡丹の強さを認識しているシャクヤが、ダチュラを先導し、空気のベッドに乗せたままの怪我人3人を引っ張って行った。そして、彼女たちが去っていくところに僕は指示を追加した。


「ローズの治療はまだ完璧じゃない!シャクヤの宝珠をローズの近くに置いてくれ!そうすれば、遠隔操作で治療は継続される!」


「はい!」


「ホールの外には魔獣が残ってるかもしれない!敵を回避しつつ、城の外まで避難してくれ!」


「承知致しました!」


ホールの壊れた扉から、彼女たちは脱出した。

その間に僕は、宝珠システムで様々な解析を行いながら、ベイローレルに近づいた。


既にその地点で、重力が3倍ほどになっている。

普通であれば、立っていられないだろう。


僕は【身に纏う追い風ドレッシング・ウィンド】を【二重陣ダブル】にして効果を倍化させ、自分にかけていた。通常であれば、追い風が暴走して、まともな動きができないのだが、超重力の影響下では、自然な動きを可能としていた。


ただし、肉体的には相当な負荷が掛かる。追い風で体が支えられているとはいえ、肉体内部が受けている重力に変わりはないのだ。長期戦は不可能だ。


牡丹の様子を見ると、彼女は苛立ちを抑えきれず、転がっている瓦礫をそこらじゅうに投げつけていた。こちらのことは、目に入っていないようだ。


僕はベイローレルに尋ねた。


「感情が暴走して、我を忘れているように見える。ベイローレル、聞かせてくれ。何があった?」


「”斧旋風”バードックさんが、ニワトリの魔族を殺しました。その途端、幼い子どもだった魔王が、急にあの姿に変身してしまったんです。直前までは、話ができる状態だったんですが」


「ニワトリ?……ガッルスと呼ばれていたあいつか……牡丹とどんな関係だったんだろうか……」


「よくわかりませんが、魔王はニワトリを守って戦っているようでした」


「……え?」


この情報を聞いて、僕は嬉しいような、悲しいような、複雑な思いのする推論に考えが及んだ。牡丹は心優しく、ガッルスを友達のように思って、守ろうとしたのではないか。それが眼前で殺されたため、行き場のない怒りが爆発し、力を覚醒させ、暴走状態を引き起こしている。あくまで推測だが、その可能性は高い。


いきなり肉体が成人に成長してしまったことも説明は難しくない。


僕たち夫婦は、この世界に召喚された時、17歳に若返っている。おそらくは召喚時、肉体が戦いに向くよう最適化される仕組みなのだろうが、牡丹はもともとが3歳だった。ゆえに17歳の肉体が存在するはずもなく、そのままの姿で召喚された。


しかし、感情が高ぶり、全ての力を放出したいと望んだ結果、魔王としての肉体が暴走し、17歳の姿へ、強制的に最適化されたのだ。


果たして元の姿に戻せるのだろうか。

それはわからないが、今はともかく牡丹を正気に戻す以外に道は無い。


僕は大声で彼女に呼びかけた。


「牡丹!僕だ!蓮だ!!」


ピタッと止まった牡丹が、こちらを見た。

ベイローレルがガラにもなく焦った声を出す。


「ちょっ!レンさん!何やってるんですか!!こっちに気づいちゃったじゃないですか!!!」


「え」


僕が彼に反応する余裕も無く、牡丹は、あろうことか、こちらに向けて思いっきり瓦礫を投げつけてきた。しかも、彼女が投げた瓦礫は、ご丁寧に個別に無重力になっているようで、放物線を描かずに直進してくる。


正直、僕はめちゃくちゃショックを受けた。

あんなに懐いてくれていた僕の顔まで忘れてしまったのだろうか。


だが、そんなことを悔しがっている暇も無い。

次の瞬間には、瓦礫が僕の眼前に迫っていたのだから。


ボッヨヨォン!!


限界まで圧縮していた空気の壁に阻まれた瓦礫が、クッションに弾んで別方向に飛んでいった。あらかじめ対策しておかなかったら、今の一撃で僕は死んでいた。


全身に冷や汗をかいて、僕は呟いた。


「牡丹……ウソだろ……」


そんな僕の想いは、牡丹に全く届いていない。

彼女は、崩れた天井に向かって咆哮した。


「ぅぅうああぁぁぁぁっっ!!!!」


そして、牡丹は僕たちを標的として襲い掛かってきた。


彼女が近づくということは、その分、重力は強くなってしまう。

体がズシンとさらに重くなり、身動きが取れない。


だが、僕にまで完全に近寄らせる前にベイローレルが阻んでくれた。


僕の前方5メートルのところで、牡丹に剣を振り下ろすベイローレル。彼の剣技は目にも見えぬほど俊敏だ。


しかし、牡丹はその剣を軽々と左手でキャッチしてしまった。


「なんだって!?」


これまで八部衆を相手取っても驚異の強さを見せつけてきたベイローレルだったが、牡丹はその剣技を完全に見切って素手で取り押さえてしまったのだ。レベル10以上の開きが生まれてしまった以上、真正面の戦いでは全く勝ち目が無かった。


そして、牡丹がさらに左手に力を入れると、ベイローレルの剣が握りつぶされ、バキバキと折られてしまった。


「えっ!!!」


愕然とするベイローレル。

とはいえ、牡丹も無事では済まなかった。

左の手のひらは傷だらけになり、拳の内側から血がポタポタと垂れている。

それを見て、僕は胸が痛くなった。


だが、僕もベイローレルも、そんな悠長なことは考えていられなかった。


「ぅぅぅがあぁぁぁぁっ!!!」


牡丹がベイローレルに向かって右ストレートを放ったのだ。

素手で彼の剣技を受け止めてしまう彼女が、本気で殴ったら、どんなことになるか。


ドッガッッ!!!!


牡丹の右拳を左手でガードするベイローレル。

しかし、凄まじいパワーに弾き飛ばされ、僕よりも後ろに吹っ飛んでいった。


これでは、僕は牡丹に近づかれてしまう。

既に彼女と5メートルの位置で、重力は10倍になっていた。


身に纏う追い風ドレッシング・ウィンド】を【二重陣ダブル】から【三重陣トリプル】に強化し、ギリギリのところで僕は耐えている。それでも内臓への負荷が半端なく、血流が滞って、立ったままでは脳に血が通わなくなりそうだった。


これ以上、近づかれれば、重力がさらに強くなり、それだけで僕は死んでしまうだろう。逃げ出したいが、スピード勝負では次元が違いすぎて話にならない。


万事休す。


かと思われたが、牡丹は動かなかった。


実は、ベイローレルが彼女の動きを止めてくれている間に、僕は宝珠システムで魔法をかけておいたのだ。


牡丹は、急に動かせなくなった自分の足を確認した。彼女の両足は、凍りついて地面にくっついていたのである。


「助かりましたよ……レンさん……」


左腕を押さえたベイローレルが後ろから戻ってきた。

鎧の甲手が割れているが、怪我は無さそうである。


「君もさすがだよな。ベイローレル。咄嗟に自分から後ろにジャンプして、衝撃を和らげるなんて」


「それでも、あなたが魔王の足を凍らせてなかったら、もしも、あと1歩踏み込まれていたら、腕が壊されてましたよ。恐ろしい相手です。それにしても氷の魔法なんて……複雑すぎて使い手はいないはずですが……」


「いつか詳しく説明してやるよ。ところで、折れた剣で大丈夫なのか?」


「ええ。これでも『絶魔斬』は使えます。攻撃は厳しいですけどね……でも、さっきは魔王が剣を折ってくれなかったら、剣を手放さないといけなくなって、僕は重力でやられてたんですよ。運がいいと思いませんか?」


彼の前向きなセリフを聞いて、緊迫した状況であるにも関わらず、僕は笑ってしまった。


「やっぱり、君は”勇者”だな。僕は、”勇者”をサポートするのが役目なんだ。一緒に戦うぞ」


これを聞いて、ベイローレルは目を丸くした。


「……てっきり、ボクはレンさんから嫌われていると思ってました。ボクを”勇者”と認めてくれるんですか?」


「あのな、僕は逆にこう思ってるんだ。”勇者”なんて異世界から呼ぶんじゃないよ、と。君みたいなヤツが、堂々とこの世界で”勇者”をやるべきなんだ。人を問答無用で勝手に呼び出すなんて、ふざけてる!」


「なるほど……呼び出された側からすれば、そう思うんですね」


強張った表情だったベイローレルが、ほんの少し口元を緩めた。


周囲を見ると、ベイローレルから離れてしまった”幻影邪剣”カツラは、超重力に押し潰されて倒れている。ホーソーンもまた、無事ではいるが、超重力に敵うはずもなく、遠方でうずくまっていた。


かつて王国から、”偽りの勇者”として蔑まれた僕と、”勇者に最も近い男”として祭り上げられたベイローレル。


不思議なことだが、今、その二人だけがここに並び立ったのだ。


「ベイローレル、一つ頼みがある。君の『絶魔斬』の効果範囲を自分だけに限定してくれないか。僕の魔法まで消されたら敵わない」


「ええ。大丈夫ですよ。それは既にやっています」


「それと、そこに転がっているのはローズが身に着けていた剣だ。今は重すぎて僕では拾えない。君なら使いこなせるか?」


僕は治療のために外しておいた”女剣侠”ローズの剣をベイローレルに指し示した。彼は、それを拾い上げながら尋ね返す。


「問題ありません。あの人の分まで頑張りましょう。ところでレンさん、ローズさんはどうなりましたか?」


「安心しろ。もう命に別状はない」


これまでずっと真剣な顔つきをしていたベイローレルだったが、ここでようやく、いつもの微笑に戻った。


ローズの剣を抜く彼と宝珠システムを持つ僕が、共に身構えた。


「よかった。これで心置きなく戦える!」


「いくぞ!ベイローレル!」

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