第139話 白金夫妻の極秘行動②

魔王軍と魔王討伐連合軍が激しい戦闘を繰り広げている魔城の地下。ここへの転移に成功した僕は、まず先に嫁さんとシャクヤの体を心配した。


「二人とも、体に異常はない?」


「大丈夫だって」


「はい。なんともございません」


僕自身の肉体も異常があるようには感じられない。

本当に転移魔法は、人体に影響を与えずに成功したようだ。


安心した僕は、すぐに宝珠システムで城内の内部構造を解析した。


そこは魔城の最下層であり、構造的には地下2階に当たる。しかし、城全体が地下に埋まっているため、地上から数えると、地下4階に位置していた。


そして、僕たちがいる一つ上の階に巨大な魔法陣が設置された大広間があった。


「見つけた。ここが魔法陣の部屋だ。それにしても、地下に埋もれているから厄介な形になってる。これでは、地上から侵入した連合軍が地下に降りるのは至難の業だ。転移魔法の魔法陣まで、彼らが辿り着くのを待ってたら、王都は滅んでいただろうな」


「わかったんなら、急ごうよ!」


嫁さんに急かされて、僕たちは最初の部屋を出た。そこにあったのは、何かの研究室で、ところどころに研究資材のような物が散乱していた。


「転移魔法を使っていたのは、何かを研究しているヤツだったのか。シソーラスもそういうタイプだったけど、何か繋がりがあるのかな?」


「今はどうでもいいよ!とにかく行こう!」


疑問を持つ僕だったが、嫁さんの言うとおりなので、すぐにその研究室を出ることにした。ところが、この研究室は、まともな出入り口が存在せず、転移魔法の小部屋に通ずる以外の扉が無かった。


「なんだここは?もしかして、隠し部屋なのか?」


「えぇぇぇ!だったら壁をぶっ壊して出るよ!」


「ちょっ!ちょっと待ちなさい!闇雲にぶっ壊して城が崩壊したらどうすんだよ!連合軍だって被害を受けるし、牡丹だって生き埋めになるんだよ!」


「あ……そっか……あぁーーん、もう!イライラする!!」


「解析するから、ちょっと待ってて!」


部屋の構造を解析し、隠し扉を発見する。

そのスイッチを押すと、壁がズレて扉のように横に開かれた。


「やった!さすが蓮くん!」


壁を抜けると、暗闇に包まれた長い廊下が続いているが、照明魔法で問題なく見通せるようになる。


廊下には、何体かの魔獣が潜んでいた。

明かりが灯ったことで、その姿が浮き彫りになる。


「魔獣だ!」


僕がそう口にした時には、既に嫁さんが動いており、全ての魔獣が撃破されていた。


とてつもないスピードだ。

まるで、時を止めて行動したように感じてしまう。


「ほら!行くよ!蓮くん!」


廊下の向こうにいる急ぎ足の嫁さんに追いつくべく、僕は自分とシャクヤに追い風の魔法をかけ、スピードアップして走った。僕の道案内がないと不安なのか、嫁さんは僕たちを待ってから再び走り出す。


ここで僕は、今までずっと抱いていた疑問をぶつけてみた。


「前々から思ってたんだけど、百合ちゃん、君が本気を出した時の行動速度は、どう考えても音速を超えてると思うんだ。なのに、どうしてソニックブームが起きないんだろうか?」


物体が音の速度を超えて空気中を移動する時、そこには衝撃波が発生し、爆発のような音が観測される。これをソニックブームという。


その現象は、嫁さん自身も物を投げた時に何度も経験していた。ところが、彼女自身がその速度で動いた場合には、なぜか現象が起きないのだ。


これを指摘された嫁さんは、ビックリした様子で戸惑った。


「えっ!?…………いやぁ……私に聞かれても困るなぁ……自然とうまく行ってたから、考えたこともないよ」


「石を投げた時は、ソニックブームが起きるじゃないか」


「だから、わかんないよぉーー。自分が動く時は、なんか、うまくできちゃうんだよ」


「やれやれ……相変わらず、理解を超えた存在だな……ウチの嫁さんは……」


「なんか言った?」


「いや、別に。それより、アレだ!あの扉の向こうに魔法陣がある!」


階段を登った僕は、廊下の先にある、魔法陣の部屋の前の扉を指差した。


その前にも多数の魔獣がいるが、すぐに嫁さんが突撃し、あっという間に全滅させてしまった。


そこに僕とシャクヤが追いつく。

嫁さんは、何も言わずに扉を開けた。


中には、かなり大きな空間が広がっており、縦に50メートル、横に30メートルくらいの長方形の大広間になっていた。その中央に巨大な魔法陣が設置され、淡い光を帯びている。


起動中の転移の魔法陣だ。

そして、その前に一人の魔族が立っていた。


「ん……?」


突然、開かれた扉に疑問を持ち、こちらを見たのは、八部衆の一人、フクロウ男のストリクスだ。僕たちの姿を確認して、彼は驚きの声を上げる。


「なっ……!?なんですか!あなたたちはっ……がはっっ!!」


なんと、彼はその言葉を言い切る前に、急接近した嫁さんから腹パンを食らい、無残にもふっ飛んで行った。


僕から見ても思う。

今の嫁さんを刺激してはいけない、と。


「蓮くん!これ!どうすればいいの?」


事を起こしてから嫁さんが質問してくるので、僕は苦笑しながら近づいた。


「百合ちゃん、少しはあのフクロウと話をさせてほしかったな。状況を掴みたかったのに」


「あっ、そうか。ごめん」


「ともあれ、魔法陣は起動中だから、発動すればすぐに王都に行ける。転移してラクティたちを助けに行こう」


「レン様!お待ちください!この魔法陣は!!」


ここで、魔法陣の様子を見て、慌てて制止したのはシャクヤである。僕は彼女の様子から、魔法陣に何かあるのだと思い、よくその構成を確かめてみた。


「え…………?……あっ!!これは、まさか!!一方通行なのか!!」


「はい。転移先に送る機能があるだけで、こちらの魔法陣には、転移を受け入れる要素がございません。この転移魔法は、戻ってくることができないのでございます!」


この事実を聞いた嫁さんは、愕然として叫んだ。


「ええぇぇぇっ!!!ど、どうしよ!!超高速で頑張れば、あっちとこっち、両方助けられると思ってたのに!!」


想定外の事態に戸惑った僕たちは、一旦、魔法陣から離れた。

僕は考え込みながら、苦渋の決断をする。


「今は……今は王都を救うことが先決だ!まずは飛ぶしかない!!」


そう告げた時だった。

気づけば、僕たちの周囲に無数の鳥の羽根が浮遊していた。


ドリルのように高速回転した羽根が、僕たちに向けられている。その数は、ざっと見て千を超えるであろうか。


ローズからの情報にあったストリクスの魔法だが、その数は聞いていた10倍以上もある。


そして、魔法の主であるストリクスが、魔法陣の上に羽ばたいていた。


「ホウホウホウ……まさか勇者がここまで乗り込んで来るとは……いったいどこからやって来たのかは知りませんが……王都に向かわせるわけにはいきませんよ……」


ダメージは相当あるようで、ストリクスは息を切らしながらしゃべっている。


彼の口ぶりからすると、もう一つの転移魔法を知らないようだ。僕たちが通ってきた研究室が隠し部屋になっていたことから、どうやら他の魔族には秘密の何かが行われていたと考えられる。


そんなストリクスを見て、嫁さんは表情も変えずに呟いた。


「ちょっと手加減しすぎちゃったかぁ……あの”フクロウ博士”、思ったよりタフだったね」


「ぷっ……」


突然、嫁さんが言った敵の呼称に僕は少しだけ噴いた。確かに学者風の格好をしたフクロウの魔族、ストリクスは、そんな感じの印象だった。


「ホウホウホウ……ワタクシのことを博士とは、なかなかに殊勝なご意見ですが、なぜでしょう……とてもバカにされた気分ですねぇ」


僕はさらに笑いを堪えるのに必死になった。その様子を見たストリクスは、少しイラついた声を出した。


「何がおかしいのかは存じませんが、あなた方の命は今、風前の灯火なのですよ?おわかりですか?ワタクシの【羽を伸ばすストレッチ・ウィングス】は、通常、100枚ほどの羽根を自在に操る魔法。しかし、勇者を相手にする以上、本気を出さねばなりません。あらかじめ宝珠に登録しておいたワタクシの能力魔法。その数、実に10個。これを全て発動させました。つまり、今のワタクシは、普段の10倍以上の威力で、固有魔法を発動しているのです。おわかりですか?どれほど速く動ける者でも、これを全て避けることは不可能でしょう」


「「へーーーー」」


フクロウ男が自慢げに並べる御託を、僕と嫁さんは無表情で聞いている。僕たちを完全に包囲したと思っているストリクスは、得意になって今までの苦労話を語りはじめた。


「それにしましても、今日は大変な役目を仰せつかってしまいました。たった一人で魔獣100体以上を転移させなければいけないとは。命令に忠実とはいえ、あの数を魔法陣に並ばせるのは、実に骨が折れましたよ。小出しに転移させようかとも考えましたが、魔法陣が大きすぎるので、マナの消費を考えると、あまり得策とは言えませんでした。20分以上掛けて、ようやく第二陣を飛ばすことに成功したばかりなのです。これ以上、疲れる戦いをしたくはありません。一撃で仕留めますので、どうか御三方、仲良く全身を貫かれてください」


このフクロウ男は面白いヤツで、こちらが何も頼んでいないのに、状況を細かく説明してくれた。ありがたいので、黙ってそれを聞いていたが、いよいよ攻撃に移るようである。


彼は、僕たちを取り囲んだ千を超える羽根を一斉に射出した。


確かに彼が広言を吐くとおり、四方八方、および上空からこの数の攻撃が飛来すれば、どんな人間でも回避することは不可能だろう。


そこで、僕は既にセットアップ済みの魔法を発動した。



シュボボボボボボボボボボォォォォンッ!!!



全ての羽根の前に魔法陣が浮かび上がり、火の精霊魔法で焼き尽くしてしまった。


「……

……………

…………………は?」


全く理解が追いつかないようで、一連の現象を無言で見つめていたストリクスは、ようやく一言を絞り出した。


「やっぱり鳥の羽根は、よく燃えるなぁ」


僕がそれだけ言うと、ストリクスは震えた声で尋ねてくる。


「い……今のは……あなたがやったので?」


「そうだ」


「千枚ですよ?千枚を超えている羽根ですよ?それを一枚一枚、全て燃やすなど、一瞬でできるはずがないでしょう?」


「バージョン5の演算能力は伊達じゃない。この程度のことは朝飯前だ。なんなら、一万枚でも十万枚でも持ってこい。全部、燃やし尽くしてやる」


「そ、その……その左腕に付けている謎の宝珠は、飾り物では?」


「これは、僕が開発した宝珠システムだ」


「し……しすて……む?よくわかりませんが、それはただのガラクタのはずです。その特殊なマナの波動は、ワタクシが以前に拾ったモノと同じではないですか」


「拾った?まさか……僕のシステム宝珠をか?」


「そんな意味不明な紋様が延々と刻まれただけの宝珠……子どもがイタズラで作ったモノに違いありません!魔法を発動できるはずが!あるわけないでしょうが!」


どうやらストリクスは、僕のシステム宝珠を拾い、解析したことがあるようだが、理解不能だったので捨てたようだ。それが、意味を持つ『システム』だったことを知り、受け入れ難い事実として、困惑しているようである。


だが、僕の関心はそれとは別のことに向けられた。


「もしかして……あの元修道院長、ロークワットを殺したのは、お前か?」


「な、名前など知りませんよ!ただ珍しい宝珠を持っていたから、年老いた人間は殺してやりましたがね!」


「そうか……あいつも悪人だったが、殺す必要はなかった……ああいうヤツほど、生きて生き抜いて、自分の行いを反省すべきだったんだ……お前がやったんだな……そうなんだな……」


僕たちによって、その罪を白日の下に晒され、地位を剥奪された元修道院長ロークワットは、同情の余地も無いほどの最低最悪な人物だった。


彼が僕の宝珠システムの一部を盗み、逃走した後、惨殺された死体が見つかったことはハンターギルドから伝え聞いていた。また、その遺体の状況から考えて、犯人が魔族である可能性も高いと見られていた。


その犯人を眼前にして、僕の中から不思議な怒りが込み上げた。


僕は、宝珠システムから、これまで開発してきた中で、最も残酷な魔法を発動した。


「……?こ、今度はいったい何を………………っっっ!!!」


疑問に思うストリクスだったが、彼はそれを全て口に出す前に言葉を詰まらせた。


いや、言葉を出せないだけではない。

呼吸もできないのだ。


空中を飛んでいる彼の周囲から、空気が一切無くなっているからだ。


「シャクヤが得意としている上位魔法、【水泡監獄バブル・プリズン】と僕が開発した空気を圧縮する魔法、【風圧縮壁コンプレッション・ウォール】の応用だ。二つの魔法の性質を加工し、連携させた魔法。周囲から空気が消えたお前は、呼吸もできず、どれほど泣き叫んでも、もがいても、音が発生することもない。【静寂監獄サイレント・プリズン】と名付けた魔法だ。真空状態に晒されて、生きていられる生物は、この世に存在しない」


僕の説明を聞いていた嫁さんが、横でドン引きした顔をしている。


「えぇっ!!ちょ!ちょっと蓮くん!何それ!?そんな怖い魔法作ってたの!?それ、私だって死んじゃうよ!?」


彼女が恐ろしそうに僕に訴える間にも、ストリクスは悶絶しながら床に落ちた。空気が存在しない以上、翼で羽ばたいても意味を為さないのだ。しかも、落下音さえ聞こえない。


「僕としても、作っただけで使うつもりはなかったんだ。でも、こいつは許せない。空気が無ければ、飛ぶことも不可能だ。このまま悶えて、狂い死ねばいい」


「怖い!蓮くん、顔が怖いよ!!やだよ!さすがにやめてあげて!昔、映画とかで観たよ!宇宙みたいな真空だと、人間って、目玉が飛び出ちゃったり、血が沸騰して蒸発しちゃったりするんだよ!あんなの見たくないよ!」


予想外なところで博識だった嫁さんに驚いたが、これに僕は微笑して答えた。


「あぁ、それは昔のSFだね。普段の僕たちは、地球上の空気に包まれているから、約1キログラムの圧力を大気から受けている。その気圧がゼロになると、内臓が外に向かって飛び出ちゃうと考えられていた。だけど、実際はそんなこと起きないんだよ。呼吸ができないことは確かだけど、中身が出ることはないし、肉体の中にある血液が勝手に蒸発することもない。ただ、体の表面にある水分は気圧の変化で蒸発しちゃうから、唾液が沸騰して舌が火傷を負ったりはするらしい」


「わかった!わかったから、そんなウンチク語ってないで、やめたげて!いくらなんでも、可哀想すぎるって!」


嫁さんがあまりにも必死に訴えるので、僕は少しやり過ぎたと感じた。

そして、笑って答えた。


「ごめん。怖がらせたね。実は、真空状態では、死ぬより前に脳が酸欠になって失神するんだ。そうしたら、止めるつもりだったんだよ。殺す気はないさ」


「そ……そうなの?それなら少しはいいけど……」


嫁さんが落ち着いてくれたところで、僕は魔法を解除する準備をしようと思った。ストリクスは、何が起こっているのかも理解できず、魔法陣の上で転げ回っている。


ところが、この時、彼は意外にも自分で対処法を見つけていた。

床の転移魔法を発動したのだ。


「あっ!そうきたか!」


僕たちは、慌てて魔法陣から離れた。

魔法陣がまばゆい光に包まれ、次第に収まる。

そこにストリクスの姿は無かった。


「にっ!逃げられてしまいましたわ!!王都に行かれてしましました!!」


ここまでの全てを無言で見守っていたシャクヤが、悲壮感を持って叫んだ。


そして、それとほぼ同時に嫁さんが魔法陣の上に立った。


「蓮くん!発動して!私一人で行ってくる!」


「えっ」


「牡丹ちゃんのことはお願い!」


「で、でも……」


「私一人行けば、向こうは十分だよ!今はこれしかないでしょ!だから、蓮くんとシャクヤちゃんは、こっちの人たちを助けて!」


「う……うん」


「早く!なんだか、イヤな予感がする!」


「わかった!」


嫁さんに促され、僕は転移魔法を発動した。

光に包まれた嫁さんは、姿を消した。


彼女の提案は、極めて的確だった。王都までの転移が片道切符なのであれば、嫁さん一人に頑張ってもらうのが最も効率が良い。僕は、久しぶりに嫁さんと別行動を取ることになった。


「……シャクヤ、君は行かなくて平気かい?」


残されたシャクヤに僕は優しく聞いてみた。


「はい。ユリカお姉様が駆けつけれくだされば、王都は安心でございます。それよりも、わたくしは、こちらに残られたレン様をお守りしなければなりません」


強い使命感を帯びたようにキリッとした顔で決意を述べるシャクヤ。

そんな彼女を見て、僕は微笑した。


「ありがとう。頼りにしてるよ。でも、君に何かあったら、僕が必ず守るからね」


「は……はい」


シャクヤは頬を赤くした。

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