第136話 地底魔城の決戦④

突如、ホールの戦場に乱入してきた”マムシ鉄鎖”トリヤと、八部衆の一人、蛇女カエノフィディア。この二人が戦闘を始めたのは、もっと上の階、栗森牡丹が隠れた謁見の間の前である。


ここで、彼らが対面した直後に時間を戻してみよう。


妖艶な美女であるカエノフィディアの姿を見て、彼女に執着していたトリヤは、狂喜して鎖を飛ばした。


「魔族ってのはよぉぉぉ。どんな声で泣くんだろうなぁぁぁっっ!!!」


対するカエノフィディアもまた、笑みを浮かべながら、それを舞を踊るように華麗に躱す。


「フフフフフッ……アンタ、いいわねぇ。そういう自信満々の男をいたぶるの、アタシ大好きなの」


互いにサディスティックな変態気質の二人だが、容姿の方は対比的である。


魔王軍の中でも、栗森牡丹に次いで姿が人間に近いカエノフィディアは、類まれなる美貌と抜群のスタイルを誇っており、服装も大胆で肌の露出が多く、蠱惑的な魅力を惜しげもなく振り撒いている。


それに対し、決して顔が良いとは言えないトリヤは、さらに下卑た笑みを見せることで気色悪さを増し、”マムシ鉄鎖”の二つ名のとおり、醜く歪んだ表情を見せていた。


何も知らずにこの場を見た者がいたとすれば、十中八九、トリヤを悪人だと思ったことだろう。


そんなトリヤの操る鎖は、カエノフィディアの美麗な舞で鮮やかに躱されつつも、変幻自在の動きで、その攻撃の手を緩めることはなかった。


戦いの様子だけ見れば、これほど美しい戦闘も無いかもしれない。


やがて、互いの動きを理解しはじめた両者は、相手の隙を突いて本命の攻撃へと移行することにした。


最初に動いたのはトリヤである。鎖の先端に付いた楔は、いくつかのフェイントを経て、カエノフィディアの足を狙った。


「フフッ、これだけ避けてれば、足を狙うのは当然よね」


余裕の笑みでステップを踏み、それを避けるカエノフィディアだったが、その動きを見越したように突如、鎖が軌道を変えた。


これまでになかったスピードで急に跳ね上がり、足から胸へと矛先が変わる。そして、そう思わせて、さらに加速した楔は、彼女の美貌に向けて迫ってきた。トリヤの狙いは、彼女の目だったのだ。


「なっ!」


ちょうどステップからステップへの合間に放たれた攻撃であり、カエノフィディアはそれに反応することができない。


ガキッ!!


しかし、その楔は、彼女がいつも体に巻きつけている相棒の蛇によって、防がれてしまった。飛来した楔を口でキャッチした蛇は、それをそのまま噛み砕いてしまう。


「フフフ。いい子ね。リュウちゃん」


カエノフィディアは、相棒の”リュウちゃん”を笑顔で撫で、頬ずりした。その蛇の動きを見たトリヤは、特に焦ることなく呟く。


「あぁぁぁ……今のに反応できるとは、その蛇も結構やるヤツなんだなぁぁ」


一旦、仕切り直すために距離を取った二人は、ここで会話を始めた。


「アンタ、アタシの目を狙ったってことは、『魔眼』のことも知ってるようね。さっきから、アタシと目を合わせないのも、そういうことか」


「キシシシシ……一応、情報は知ってるんでなぁ……相手の目を見れないと動きを読みづらくなるが、慣れてくれば問題ねぇ」


「あらあらぁ。せっかくアタシを追いかけて来たのに、この美貌を見てくれないなんて、無粋な男ね」


「本当だなぁ。そんだけ美人なら、大抵の男は自然と顔に目が行っちまう。だから、オレぁ、おめぇの胸と脚を見ることにしたぜぇ」


「フフッ、人生最後に見るのがアタシの肉体美だなんて、アンタ、幸運ね。いいわよ。好きなだけ堪能しなさい。そして、最終的にはアタシの美貌の前に跪くことになるのよ。…………て、アンタ、さっきから何やってるの?」


カエノフィディアは、トリヤがしゃがみこんで、何かモゾモゾしているのを不思議がった。彼は、楔を砕かれた鎖を手元に引き寄せ、予備の楔を先端に取り付け直していたのだ。


「悪かったなぁ。オレの自慢の先端が、おめぇに折られちまったんで、新しいのと交換したのさ。これで今度こそ、ひぃひぃ言わせてやるよぉぉ」


再び鎖を振り回したトリヤが不気味に笑うが、カエノフィディアはその姿を見て、なぜかガッカリしてため息をついた。


「はぁーーあ……なんかアタシ、男がそういう細かいことやるのって好きじゃないのよねぇ。ちょっとシラケちゃったわ……もう終わりにしましょ」


「なぁーーんだとぉ?まだまだ楽しいのは、これか……ら……」


トリヤは、セリフの最中に足の力が抜けるのを感じた。急にガクガクと下半身が震え出し、片方の膝を地面につく。


「ありゃ……なんだぁ、これは……?いつの間に毒を……?」


「アタシが何のために踊っていたか、わかってないみたいね。ただ攻撃を避けるだけじゃないのよ。このリュウちゃんは、人間にとって、無味無臭の毒を出すことができる。気化して吸わせるだけで、神経を麻痺させることができるほどの猛毒をね。それを効率よく散乱させるために踊ってたの」


「なるほどなぁ……それにしちゃぁ、時間が掛かったじゃねぇか……」


「当たり前じゃない。アンタと会った場所は、近くで魔王様がお隠れになってたんだもの。魔王様に毒は効かないと思うけど、それでもおそば近くに毒を撒くなんて、畏れ多くてアタシにはできなかったわ。だから、ここまで来たのよ」


カエノフィディアが言うとおり、二人は攻撃と回避をそれぞれ続けるうちに廊下を移動し、さらに階下まで降りて、全く違う場所まで来ていた。魔王から遠く離れたことで、彼女は安心して毒を空気中に撒いたのだ。


ついに鎖を持つ手まで震え出し、”マムシ鉄鎖”トリヤは、得意の攻撃すらできなくなってしまった。


「てことでぇ、そろそろ飽きてきたところだったし、いたぶる時間も無いから、アンタを一思いに食べちゃおうかしら」


カエノフィディアは、短剣を2本取り出した。

両手にそれを持ち、動きが取れないトリヤに近づく。


「ちなみにぃーー、アタシの食事って誰にも見せたことないのよ。ちょーーっと見映えがよろしくなくってねぇ。だから、コレを見られるのは、アタシに食べられるヤツだけの特権なんだけど、アンタには、先にトドメを刺しちゃうわね。時間が無いの。ごめんね」


上機嫌のカエノフィディアは、少し甘ったるい口調になって涼やかにトリヤの前に来た。そして、確実に息の根を止めるため、脳天に短剣を突き立てようとする。だが、トリヤは、この瞬間を待っていたのだ。


「ふんっ!ぐっっ!!!」


手にした鎖の先端、その楔を自らの太ももに深々と突き刺したのだ。

強烈な痛みが足から全身を駆け巡る。

そのショックで、麻痺していた神経を強制的に目覚めさせたのだ。


「えっ!何を!?」


それを理解できないカエノフィディアは、トリヤの意味不明な行動を眼前に見て仰天した。今まで、死の間際にここまでの異常行動に出た者を見たことはなかったのだ。


トリヤはその隙を突き、至近距離にまで近づいたカエノフィディアに渾身の力を込めて楔を射出する。


「っぐぅぅっ!!!」


楔はカエノフィディアの腹部に刺さり、さらにそのパワーで彼女を後方に吹き飛ばした。ちょうどそこには、どこかに通じる大きな扉があり、勢いで扉を破壊することになった。


ドガァァァァン!!!


壊されて勢いよく開いた扉の向こうには、空洞が広がっていた。そこは、吹き抜けになったホールの上層階だったのだ。


カエノフィディアは、勢いに乗って、そのまま下のホールまで落下を始める。


この高さから落ちても、彼女にとっては大したことではないが、それでもトリヤを道連れにしようと考え、腹部に刺さった鎖を思いっきり引っ張った。


引っ張られたトリヤの方も、彼女を逃がすつもりはないため、その力に便乗して跳躍する。


二人は、一緒にホールへ落下することになった。




そうして、魔獣たちを殲滅する”闇の千里眼”スカッシュと、”女剣侠”ローズに合流することになったのである。


なんとか空中で体を翻し、着地の衝撃を和らげることに成功したトリヤだったが、麻痺しはじめた体を強制的に起こしただけのため、動けるのはあと少しだった。


ゆえに軽口を叩く暇も無く、すぐに態勢を整えてカエノフィディアに攻撃しようとする。


(オレも時間がねぇ!楽しむのはナシだ!!このまま、あいつの腹に刺さった鎖を引っ張って、引き寄せたところで首を掻っ切ってやる!!!)


そう考えて、手に力を込め、握っている鎖に目を向ける。


だが、鎖を利用しようと考えたのは、トリヤだけではなかった。空中にいる間から、鎖を伝って、”リュウちゃん”と呼ばれる蛇が接近していたのだ。


まだ噛みつかれるような距離ではない。

しかし、その蛇と目が合った。


「………………っっっっ!!!」


声にならない悲鳴を上げるトリヤ。

彼は、蛇と目を合わせただけで、呼吸ができなくなったのだ。


「あらあらあらぁぁぁぁ。どうかしたのかしらねぇ、鎖男ちゃん。もしかして、リュウちゃんにも『魔眼』があるとは思ってなかったのかしらぁ?アタシたちは一心同体なの。コンビを組んでるとか、そんなモノじゃないのよ」


腹部に突き刺さった楔を抜きながら、カエノフィディアは、見下すような笑顔で自分たちの能力を語った。


急に呼吸を止められたトリヤは、激しく身悶えしている。彼との決着はついたと考え、カエノフィディアはスカッシュとローズに目を向けた。


「ここにも精力たっぷりありそうな人間が二人。男と女かぁ……こっちの方は美形ぞろいなのね。すごくいいじゃない」


そして、さらに倒れ伏している二人の魔族幹部が目に入り、呆れた声を出した。


「……って、ティグリスとトリュポクシルぅぅ?上にはイグニアもいるのぉ?なによ、みんなやられちゃったの?あぁぁぁぁ、もう、情けないわね!八部衆がそろいもそろって何やってんのよ!!」


その様子を目に見ることはできないが、盲目のハンター、スカッシュはトリヤの様子がおかしいことをいち早く察知した。彼はローズに援護をしながら言った。


「ローズ、すまない。ワレはトリヤを助ける!」


「わかった!この数なら問題ない!魔獣はあたしに任せろ!」


残りの魔獣は3体だけであり、既にスカッシュの援護射撃によって急所にダメージを負っているため、ローズが1体ずつ仕留めるのに苦もない状態だった。


魔獣の殲滅を彼女に託し、スカッシュはトリヤのもとに向かった。そして、ボウガンによる魔法攻撃を素早くカエノフィディアに放つ。


急所を確実に狙ってくる複数の矢にカエノフィディアは驚いた。それを舞を踊るようにヒラリと避け、後方に下がる。


すると、呼吸の止まっていたトリヤが、急に声を上げた。


「っぷはぁぁぁぁっっっっ!!!!!」


久しぶりに空気を吸えたトリヤは肩で息をしている。

スカッシュは彼に近づいた。


「トリヤよ、そなたが敵の術にハマるとは珍しいこともあるものだな」


「はぁ……はぁ……本当だなぁぁ、あの女は強ぇぞ……目だけじゃねぇ。毒にも気をつけろ」


「なるほど。毒か。いよいよ魔族らしくなってきたな。今までのヤツらが、むしろ正攻法だったのか」


「空気にも溶け込む毒だ……吸っただけでも麻痺するぞ……」


「ふむ。それでは、二人がかりで行こう。ワレが援護すれば、魔族ごとき……」


この時、スカッシュは話をしながら急に違和感を覚えた。

そして、自分の脇腹が斬られていることに気づいた。


「……なっ?どういうことだ……?トリヤ?」


慌てて”マムシ鉄鎖”から離れる”闇の千里眼”。


なんと、トリヤの右腕が奇妙な曲がり方をし、その手に持っていた楔で、スカッシュは脇腹を斬られてしまったのだ。さらに驚くことには、トリヤ自身もこれに愕然している。


「なんだ?……どうなってんだ?オレの体……?」


彼らの狼狽ぶりを見ながら、カエノフィディアが満足そうに笑った。


「フフフフフフフフフ……アタシの『魔眼』が、麻痺させるだけだと思った?違うのよ。アタシの固有魔法は、相手の神経を自在に操作するもの。呼吸を止めるのもさせるのも思いどおりだし、術中にハメた相手の筋肉を自由に操ることも可能なのよ。たとえ、それで骨の向きとは違う方向に曲がってもね」


彼女が説明している間にも、筋肉を操られたトリヤが、奇妙な動きでスカッシュに立ち向かってきた。


「ぐおぉぉぉぉぉっっっ!!!」


無理やり体を動かされているトリヤには、激しい痛みが伴い、苦しそうに声を漏らす。そんな彼に対し、スカッシュは脇腹から流れる血も気にせずに長刀を抜き放った。


シュパッ!!

 シュパパパン!!!


当代随一のシューターと言われるスカッシュだったが、実は剣技も習得していた。決して接近戦が不得意なわけではなかった。


彼は、長刀を素早く振るい、迫り来るトリヤの両腕と両足の腱を断ち斬ってしまった。


「あっがぁぁぁぁっっっ!!!」


腱を斬られては、いかに筋肉を操作されても動くことはできない。トリヤは、手足を力なく垂らせて地面に倒れた。


「鎖を使わぬ、そなたなど、恐れるに足りぬ。すまないが、腱を斬らせてもらった。治療には時間が掛かるだろうが、そこでしばらく寝ておけ」


「はは……面目ね……ぇ……っっっ…………!!!」


「……?トリヤ?」


友人を殺すことには躊躇いを感じたため、動きを封じることに留めたスカッシュだったが、カエノフィディアにとっては用済みとなったトリヤを生かしておく理由が無かった。


再び呼吸を止められたトリヤは、体力の限界だったこともあり、そのまま窒息死してしまった。


目の前でトリヤの気配が、完全に絶たれたのを感じ、無表情のまま内心で憤慨するスカッシュ。


「やっぱり人間を無理やり操作するのって、不意打ちくらいしか使い道無いのよねぇ。ま、これ以上傷物になるとおいしくなくなっちゃうから、この辺で死んでもらったわぁ」


笑みを浮かべて冷たく言い放つカエノフィディア。

トリヤの死を見取ったスカッシュは、長刀を持って立ち上がった。


シューターである彼が次に何をしてくるのか予測がつかないが、十分に距離を取っているカエノフィディアは余裕の表情である。


ところが、その瞬間だった。

突然、彼女は彼の姿を見失った。


「……えっ!」


驚くカエノフィディアは左右と上下に視線を向け、スカッシュの姿を追った。だが、その姿を次に確認した時、既に彼は彼女の懐に飛び込んでいた。


ドスッ!!!


カエノフィディアの胸の下を長刀が貫いた。


「ぐっ……ふぅぅぅっ!!!」


目が見えないため、気配感知を極めてきたスカッシュは、ほんの一瞬だけ、自分の気配を消し去る特技をも身につけていた。


白金百合華のように、それを持続させる技量はないが、その刹那のうちに高速で移動し、相手が自分を再発見する前に斬り伏せる。彼の切り札としていた戦法だった。


「……ま……まさか……一瞬だけ気配を完全に消せるなんて……こんな人間がいるとは思わなかったわ……」


わずかな油断によって致命傷を負ってしまったカエノフィディアだが、それに反応した”リュウちゃん”がスカッシュの背後に回り込んで首筋に噛みついた。しかし、怒りで高ぶっているスカッシュは、その程度のことには怯まなかった。


「もう遅い。今さらワレに毒を盛っても、回り切る前にそなたは死ぬ」


カエノフィディアの胸から素早く長刀を引き抜いた彼は、その場で旋回し、彼女の腹部を横薙ぎにして一刀両断してしまった。


「ど……毒を撒く前にやられちゃうなんて……アタシも……焼きが回ったわね……」


上半身と下半身の二つに分かれつつも、最後まで悔しさを口にしながら地面に転がるカエノフィディア。


彼女と通じ合っているのか、スカッシュの首筋に噛みついていた蛇も、急に痙攣を起こして、地に落ちてしまった。


「………………」


血が溢れる脇腹を押さえ、無言で立つスカッシュ。

相当に肉体を消耗したようだ。



魔獣の殲滅を終え、遠目にその様子を確認したローズは、疲労を感じながらも微笑して彼に近づいた。


「スカッシュ、今の剣技は素晴らしかったぞ。あんなスキルまで隠し持っていたとは……トリヤのことは残念だが、これで彼も少しは浮かばれるだろうな」


「あぁ……」


「だいぶ消耗したようだな。君はここに残って休むといい。あたしはベイ坊を追いかけるよ」


「そう……だな…………」


元気のないスカッシュを心配するローズだったが、ここで妙に彼の様子が気になった。


直立不動で、ずっと下を向いているため、彼の長髪が顔を隠して、不気味な雰囲気を醸し出している。長身の彼が腕をダラリと垂らしたまま、ゆっくりとローズの方に向き直る様は、何かホラー映画のような不気味な空気を感じさせた。


「スカッシュ……?なぁ?君、どうしたんだ?」


ローズは、急に彼から禍々しい気配を感じ、歩みを止めた。


スカッシュは垂れ下がった首を上げ、長髪に隠れていた顔を彼女に向ける。すると、なぜか盲目の彼は、突然、目に巻いていた布を取り去った。


彼の整った顔立ちが露出される。


そして、さらにその両目を開いた。


「え……?」


盲目だったはずの彼の瞳に光があった。

それを認識した瞬間、ローズは息を呑んだ。


いや、違う。

息が止まったのだ。


「………………っ!!!」


この時になって、ローズは気がついた。

彼を噛んだ蛇がいなくなっていたのだ。


「フフフフフ……フフフ…………フフフフフフフフフフフフフフフフフ……」


不気味な笑い方をするスカッシュ。

それは先程までカエノフィディアがしていたものだ。


ローズは、やっと状況を理解した。

今、目の前に立っているのは、スカッシュであって、スカッシュではない。


カエノフィディアなのだ。


彼女と言うべきか、彼と言うべきか、その体に”リュウちゃん”と呼ばれていた蛇が巻きついた。


「緊急事態だったから、咄嗟にこの体を奪ったけど、やっぱり男の体じゃあ、しっくりこないわねぇぇ」


声を出しているのはスカッシュである。

しかし、その意志は、明らかに蛇から向けられていた。


「アタシが正体を隠しているのは、こういう時のためなの。”リュウちゃん”と呼ばせていたアタシこそが、本当のカエノフィディア。あの子はもともと、ただの人間よ。結構、気に入っていて、40年も使ってきた体だったけど、ここまでされちゃあ、仕方ないわね。諦めて、次の体を見つけることにするわ」


スカッシュの肉体はそう言いながら、ローズに向けてニヤリと笑った。その間にもローズは、呼吸ができないため、苦悶の表情で歯軋りしている。


「フフッ。てことでアナタ、一目見た時から、いいなって思ってたのよ。屈強なのに美しい。顔もスタイルも最高。非の打ちどころがないわ。これも何かの縁かしら。きっと乗り換え時だったのね。その体、アタシがいただくことにするわ。だから、冥土の土産に説明してあげる。アタシの本当の能力は、毒を使って、相手の神経系を全て支配すること。感覚も思考も操作も、全てをね。そして、奪った体は魔族化する。『魔眼』は、その副産物に過ぎないの。つまり、これからアナタは、アタシになるのよ」


蛇を巻きつかせたまま、スカッシュのカエノフィディアがローズに近づいてきた。この時、ローズは決死の思いで気迫を漲らせた。


(あたしは、まだ!こんなところで死ぬわけにはいかないんだぁっっ!!)


彼女は気力を振り絞り、全身のマナを巡らせてカエノフィディアの魔法に対抗した。そして、呼吸するための筋肉を支配していた魔法の力をはねのけた。


「っくはぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」


筋肉の支配から抜け出して深呼吸し、すかさず戦闘態勢を取るローズ。

カエノフィディアも驚いて一旦、距離を取り直した。


「ちっ……まだ体を支配したばかりだから、『魔眼』が弱かったわね……とは言っても、それを自力で解除するなんて、やっぱりアナタ……すっごくすっごく魅力的だわ」


最高の素材を目の当たりにした喜びで、カエノフィディアはスカッシュの顔で笑っている。未完成の『魔眼』を攻略した”女剣侠”ローズは、強気でその目を睨みつけた。


「正体を知ったからには、こちらも容赦しないぞ!!この変態蛇女!!!」

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