第130話 王都騒乱①

「い、意味わかんないギャオ!!」


自身の通信魔法に割り込んできた白金蓮に、フェーリスは愕然とした声で叫んだ。なんとも珍妙な光景だが、二人の声が同じ猫から交互に飛び出すことになった。


『ラクティ!転移魔法を知っているだろう!魔族は、それを王都のどこかに構築済みなんだ!中立地帯から、魔族と魔獣を瞬時に送り込む計画だ!早くしないと、王都が大変なことになる!!』


「ああ、もう!ビックリしたけど、そのとおりなんだギャオ!王女!信じてほしいギャオ!」


「レ……レン様……」


突如、聞こえてきた想い人の声に感激してしまうラクティフローラだが、告げられる情報はあまりにも切迫したものだった。瞬時に決意を固めた彼女は、毅然と前に出て、愛猫を持ち上げた。


「レン様、この魔族の言うことは信じてよろしいのでございますね?」


『そうだ。あと……できれば、僕のことも信じてくれると嬉しい……』


「はい。信じます。実は、謝罪したいこともたくさんございます」


『ありがとう。それを聞けただけで、心が軽くなったよ。でも、その話はあとだ。今は急いで、この事実を騎士団に報告し、君たちは王都から脱出してほしい』


「わかりました。ですが、わたくし、逃げることは致しません」


『えっ!?』


「わたくし、王都とお父様を置いて逃げるような女ではございません。騎士団と共に戦います」


『そんなっ!!』


「フリージア!急いで馬車を出して!!ロドデンドロン騎士団長の宿舎まで飛ばすのよ!!」


「かしこまりました!」


愛猫を置いて、部屋から颯爽と出ていく王女と侍女。残されたアイビーからは、複数の声が響いてくることになった。


『ラクティ!ラクティ!?』


「行っちゃったギャオ……」


『レン様、ラクティフローラは、才能溢れる魔導師でございます。決して無謀な戦いを起こす女性ではございませんわ』


『そ、そうか……そう言えば、シャクヤのイトコだもんな……』


『フェーリスちゃぁぁぁん!ちょっとお話!いいかしら!』


「ユ、ユリカ!ギャオ!?」


割り込まれた通信の先から、白金百合華の声が聞こえた途端、フェーリスは恐れおののいた。彼女がレベル150だという事実は知らないが、十分に恐るべき存在であることは認識しているのだ。


『今の話は聞かせてもらったわよ!あなた!ラクティちゃんに危険を知らせるなんて、いいところあるじゃない!』


「あ……えっと……はいギャオ」


思いがけず百合華から褒められて、戸惑うフェーリス。しかし、百合華の優しい言葉の中には強い語調が含まれており、さらに次のセリフには怒りが込められた。


『でもね!もしもこれで、王都の人たちが殺されることになったら、私、あなたのこと絶対に許さないからね!!』


「ひ、ひぃぃぃぃ……」


『蓮くんのシステムで、フェーリスちゃんの居場所は、どこにいてもわかるようになっちゃったんだから!もう逃げられないわよ!』


「そ……そそそ、それは困るギャオ……」


『イヤだったら、誰も殺されないように協力しなさい!いいわね!!』


「わ、わかりましたニャ!!」


『本当ね?』


「本当ニャ!もう”ギャオ”の気分じゃなくなったニャ!ユリカが怖いニャ!」


『よろしい!これからは私たちに協力するのよ!!あなたの行動は全部、観ることができるんだからね!』


「はいニャ!」


映像には映らないが、通信の向こう側では、フェーリスが背筋をピンと張っている。こうして百合華は、半ば強制的にフェーリスを人間の側につけさせることに成功した。ここでアイビーによる猫通信は終了した。


フェーリスは、「勇者が動いたら、すぐに知らせるように」とピクテスから厳命されていたにも関わらず、彼に報告することはなかった。そして、気落ちした状態で転移魔法の魔法陣に乗ることになったのである。




一方、馬車に乗り込み、騎士団の宿舎に向かったラクティフローラは、フリージアを伴って、騎士団長の部屋に入った。


何の連絡も無く、いきなり王女が訪問してきたことは、宮殿内のしきたりでは通常考えられない事態であり、ロドデンドロンは驚愕して立ち上がった。


「なっ!何事でしょうか!?王女殿下!いったいどうされました!?」


息を切らしてやって来た第一王女を見て、ただ事ではないことを瞬時に悟る騎士団長。ラクティフローラは、挨拶も抜きで話しはじめた。


「騎士団長殿!緊急事態なのです!今すぐに王都の騎士団を戦闘配備してください!まもなく魔族の軍勢が、一斉に転移してくるのです!!」


常識的に考えれば突拍子もない報告だったが、国内随一の魔導師であるラクティフローラから言われては、ロドデンドロンも聞き入れざるを得ない。


「そ、それは、誠でございますね?信じてよろしいのですね?」


「お願い致します!責任は全て、わたくしが取りますので!」


「わかりました。では、抜き打ち訓練と称し、王都に配備中の騎士と兵士を直ちに武装させます。他には何かありますか?」


「転移魔法の魔法陣が、どこかにあるはずです!それを探し出して、破壊しなければなりません!」


「転移魔法!……すみません。今、ようやく事態が呑み込めました。すぐに近衛部隊を招集します。詳細な情報をいただけますか」


「もちろんです!」


タイムリミットが刻一刻と迫る中、ロドデンドロンは迅速に行動を開始した。すぐに国王と宰相に使いを送り、城下町に戒厳令を敷くことを提案し、承諾させた。


近衛部隊を出動させ、王女からの情報をもとに転移魔法の魔法陣の特徴を伝え、捜索に当たらせた。また、王都に駐屯中の各部隊を戦闘配備させ、敵の出現に即座に対応できるようにした。


しかし、既に日は暮れている。

何かを捜索するにも限度がある時間帯だ。

また、いかに巨大な魔法陣であっても、短時間で探し出せるほど、王都は狭くない。


運よく魔法陣の設置された幽霊屋敷にアタリをつけ、捜索に来た騎士もいたのだが、魔法陣を管理している魔族カニスに発見されて返り討ちにあい、遺体も隠されてしまった。


そして、騎士団としては最善策を試みたものの、いよいよその刻限となってしまった。


突如、夜の城下町を照らすように、王都の中央付近から一筋の光が立ち昇った。


転移魔法が発動した光である。


「なんてこと!!間に合わなかったわ!!!」


その光を見た途端、ラクティフローラは悲痛な声を上げた。


「姫様、どう致しますか。わたくしは姫様を護衛したいと思いますが」


「さっきの魔族は王族が最優先と言っていた。そして、転移魔法の光は、ここから近い位置から出た。つまり、狙いは宮殿よ。ここの防備を固めるのが先決だわ」


「そうですね」


「一度、屋敷に戻って、戦う準備を整えましょう。それと侍女たちを地下に避難させなくちゃ」


「かしこまりました」




そして、発光した地点。転移魔法が成功した屋敷では、中庭で狼男カニスが仲間を待ち構えていた。彼は無事にやって来た魔族と魔獣を歓迎した。


「ルプス、久しぶりだなぁ!!元気にしてたか!!」


「ガウアウアッ!!!」


「フェーリスのアネキもお久しぶりッスね。なんか、ちょっと予定と違ってて、騎士団が武装して戦闘態勢に入ってますぜ。オレたちのことが感づかれたんですかね?」


「そ……そうなのかニャ……」


元気のないフェーリスを見て、カニスは不思議そうに尋ねた。


「ん?どうかしました?アネキ?」


「なんでも……ないニャ。それより、少し作戦変更ニャ。人間が城に攻め込んできたから、ピクテス様たちは、そっちを食い止めてから来るニャ。それまでは、ウチたちと魔獣だけで、ここを攻め落とさないといけないニャ」


いつになく真面目な雰囲気でしゃべるフェーリス。彼女は、だから人間への攻撃は危険なのだ、と認識させ、カニスに戦いをやめさせようとしていたのだ。ところが、それに対してカニスは他人事のように感想を述べた。


「あらら。それはちょっとおマヌケなことで。ピクテス様でも計算が狂うことがあるんですねーー」


「カニス、それでニャけど……」


「まっ!それでも満月のオレたちがいれば、問題ないッスけどね!ルプス、ここからの作戦を伝えるぜ!がうがうがうお!」


普通の言葉が理解できないルプスに、カニスが狼言葉で指示を与えようとする。ところが、ルプスの間にフェーリスが立ち塞がった。彼女には珍しく、覚悟を決めたような表情をしている。


「悪いけど、カニス、キミから指示は出させないニャ」


「は?さっきからいったいどうしたんです?フェーリスのアネキ?」


「ルプスも魔獣も、よく躾けられてるから、許可を出さない限り、人間を襲わないニャ。キミさえ黙っていれば、ここは穏便に済ませることができるニャ」


「へ?何を言ってるんで?」


「ウチ、気づいたニャ。最初はユリカに脅されて仕方なくだったけど、本当は人間のこと、好きだったニャ。人間は面白いニャ。その様子を観察するのが毎日楽しかったニャ。ここでみんなを殺させるわけにはいかないニャ」


「あらら……アネキ……それ本気で言ってるんですかい?」


「本気ニャ。今、ここで魔獣に指示を出せるのはキミとウチしかいないニャ。満月の夜にウチがキミに負けることもないニャ。だから、おとなしくウチの言うことを聞くニャ」


「んんーー、でもオレだって、満月の夜は無敵なんですよ?」


「お互いパワーアップできるなら、地力の強いウチの方が強いニャ。それに、街中では猫ちゃんの視線を借りられるから、ウチに死角はないニャ。ウチこそ、ここでは無敵ニャ」


「あぁ…………」


カニスは、周辺を注意してみた。フェーリスの言うとおり、あちこちの家の屋根に猫がおり、それらがフェーリスの周囲を観察している。猫そのものに戦闘力はない代わり、フェーリスの目と耳を補完する役割を果たすことができるのだ。


「なるほどなぁ。確かにこりゃあ、分が悪いや……フッ!フフフッ、フハッ!アハハハハハハハハハハハハッ!!!」


高笑いしだしたカニスを見て、諦めがついたのだと受け取るフェーリス。安堵した彼女は、ほんの少し表情を崩しながら、再び尋ねた。


「わかったかニャ?」


「ええ。わかりましたよ、アネキ」


「そ、そうかニャ」


「ほんと、バカだバカだ、とは思ってたけど、ここまで大バカだったとはね」


「え?」


ドシュッ!!


カニスからの無礼な言葉が耳に入り、聞き返そうとした時には、フェーリスはカニスの姿を見失っていた。


そして、自分の背中と腹部に衝撃を感じ、下を向くと、そこには、爪が鋭利な刃物のように尖った右手が自分の腹から生えていた。いや、腹から腕が生えたのではなく、背中から腹部にかけて貫かれたのだ。


フェーリスがそれを認識できるまで、数秒掛かった。

既にカニスはフェーリスの背後にいたのだ。


「ガッ!ガフッ!!ニャんで……死角は全く無かったのに、どうやって後ろに……」


「だから言ったでしょ?満月の夜のオレは無敵だって。あ、でも言ってませんでしたっけ?満月の夜にだけ発動できるオレの能力を」


「ウ……ウチが……負けるニャんて……」


「オレの能力は、普段は自分の影を自由に動かせるっていう、しょぼい能力なんです。でも、満月の夜にだけ真価を発揮する。オレは、満月に照らされた自分の影の位置まで、瞬時に移動できるんですよ。【影狼望月シャドウ・ムーン】って言います。つまり、オレは満月の夜にだけ、瞬間移動できるんッスよ!」


説明しながら、カニスはフェーリスを貫いた右腕を抜き、その手刀を高々と頭上に掲げた。そして、言い終わると同時にフェーリスの背中を斜めに斬り裂いた。


ズバッ!!!


「ンギャッ!!!」


血しぶきを上げて地面に倒れるフェーリス。


背骨にまで達する攻撃により、肺をはじめとした複数の内臓を損傷している。いかに魔族といえども致命傷である。


カニスは、彼女を下に見ながら、不満そうに呟いた。


「ったく……あんたがそんなんだから、オレが魔獣の面倒を全部見なくちゃいけなくなっちまったじゃねぇか……」


一方、突然仲間に制裁を加えたカニスを見て、ルプスが驚いたように叫んだ。


「ガウ!?ガウガオ、ガルル!?(えっ!?どうして彼女を!?)」


「ぐるるる、がうお。がうがうお。(彼女はオレたちを裏切って殺そうとしたんだ。だから殺した)」


「ガルルル……(そうだったのか……)」


「あおあう、がるるお(じゃ、これから殺すヤツを教えるぜ)」


カニスは、一枚の布切れを取り出した。

それは男物のハンカチだった。ルプスに渡し、ニオイを嗅がせる。


「ここの騎士団長、ロドデンドロンのものだ。今、この王都にいる騎士団の中で、オレたちの脅威になるのは、そいつくらいしかいない。騎士団長さえ殺せば、王国を制圧したも同然だ」


「ガルルルアッ!!」


カニスから標的を指定されたルプスは、そのニオイを追った。彼は、ニオイを覚えた相手に対し、過去24時間以内の足跡を全て辿ることができる名探偵だったのだ。


餓狼追尾ハングリー・チェイサー


持ち前の戦闘能力にこの能力が加わることで、ルプスは標的を絶対に逃がすことのない最強最悪の刺客となる。しかも、満月の夜にだけ発揮されるプラスアルファの能力まで存在した。


「王国のヤツらがここを包囲してるみたいだな。だが、精鋭のいなくなった騎士団が、魔獣に敵うはずもない。さあ!魔獣どもよ!今日までメシをもらえなくてイライラしてるとこだろう!これから思う存分、暴れていいぞ!!」


許可を出され、解き放たれた魔獣の群れが、屋敷の外に集まってきた騎士団に向けて走り出した。数日間、エサを与えられてこなかった魔獣たちは、涎を垂らし、武装した人間に次々と襲い掛かる。


「ワオォォォォォォンン!!!」


戦闘態勢に入ったルプスも月明かりを背にして遠吠えを放った。満月によって筋力が強化され、3メートルを超す巨体がさらに大きくなる。


彼は、騎士団と魔獣が入り乱れる戦場を軽々飛び越え、宮殿へと向かっていった。


「ルプス、騎士団長は任せたぞ!満月の夜、オレは自分の影に瞬間移動。お前は、ニオイを覚えた標的の未来をほんの少し先読みできる。オレたちは、無敵のコンビだぜ!!」


猛々しく叫ぶカニスは、暴れる魔獣たちの群れに参加する。


中庭に残されたのは、まだ起動中の魔法陣、そして、大量の血を流しながら涙をこぼし、息を引き取ろうとするフェーリスだけだった。


「レン……ユリカぁ……ごめんニャ……」

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