第129話 王女と侍女

魔族が王都襲撃を目論み、実行しようとしている頃、それを一切知らないラージャグリハ王国では、その日も一日、何事もない平穏な日常が繰り広げられていた。


そんな中、ただ一人、物思いに耽りながら、王宮にある国王の執務室へ向かう美少女がいた。第一王女ラクティフローラである。


この世界のおける8月15日の午後、意を決して訪問の許しを得た彼女は、久方ぶりに自身の父親の部屋を訪れた。娘といえども、訪問する際には、使いを通してアポイントメントを取る必要がある。それが王室のしきたりだった。


「国王陛下、ラクティフローラでございます。本日は謁見のお許しをいただき、誠にありがとうございます」


礼儀正しく挨拶する王女に国王ソルガム・アジャータシャトルは微笑して告げた。


「ラクティフローラ、二人だけの時は、父と呼んでくれればよい」


「はい。お父様」


国王は、あらかじめ人払いをしておき、側仕えを退室させていたのだ。


「それで、大事な話とは何だね?」


「ええ。その、わたくしも……もう17になりました。きっとご聡明なお父様なら、既に何かお考えかもしれないと……」


「なんだね?ハッキリ言いなさい」


「あの、わ、わたくしの……嫁入りについて、何かお考えがあるのかをお聞き致したく……あっ、いえっ、別に何かを期待しているのではございません。ですが、その、心配というか、もし、既に動かれていらっしゃるのであれば、心の準備をしておかなければと……」


ラクティフローラには、異世界から来た勇者と恋に落ちることが、自分にできる唯一の自由恋愛だという認識があった。白金蓮と出会った彼女は、彼が既婚者であることを知り、その夢がついえたことに絶望した。


あれから約2ヶ月。

この世界では17歳と言えば、結婚適齢期とされる。


彼女は、国王が既に自分の婚姻について動いているのではないかという疑念があった。そして、疑心暗鬼になってイライラするくらいならば、自ら尋ねに行こうと決意し、今日、二人だけで話をする機会をもらったのだった。


(昔から決断力のある、お父様だもの。17歳を過ぎた私をいつまでも宮殿に置いておくとは考えられない。きっとどこかに政略結婚させる計画を進められているはず。期日さえわかれば、それまでにレン様を探し出して、せめて一言、私のせいで指名手配されてしまったことを謝罪したいわ)


時が経ち、次第に自分の状況を受け入れはじめたラクティフローラは、運命に抗うことを諦めた。それよりも、せめて一人の女として、初めて恋した男にひどい仕打ちをしてしまったことを謝罪し、ケジメをつけたいと考えたのだ。


覚悟を決め、表情を硬くした王女に、国王は静かに一言だけ答えた。


「……ない」


「え?」


「お前を嫁にやるつもりは一切ない」


もともと口数が少ないタイプの国王であるが、ここ数年、病に蝕まれ、大きな声も出せなくなり、ますます口数は減っていた。その力ない声から、嫁入りの計画がないことを聞かされ、ラクティフローラの顔はパァッと明るくなった。


「ほっ、本当ですか!!まだわたくしには!チャンスがあるのですね!!」


「何のことを言っている?」


「あっ、いえ、申し訳ありません。ですが、まだすぐに嫁入りすることがないとお聞きし、わたくし、とても安心致しましたわ!」


心が晴れたように軽やかな声で自分の気持ちを伝える第一王女。

ところが、国王は冷淡な声で、彼女の勘違いを訂正した。


「いや、お前が嫁に行くことは、一生涯ない」


「…………え」


その冷たい言葉にラクティフローラの顔は一瞬にして凍りついた。まるで、春の訪れから、刹那の間に真冬に逆戻りしたようだ。聞き間違いではないかと考え、思わず尋ね返す。


「い……今、何とおっしゃいましたか?」


「お前が結婚することは、絶対に認めない」


「なっ!……なぜ!!!」


身分も忘れ、つい大声で問いかけるラクティフローラ。

父たる国王は、それにただ淡々と答えた。


「”大賢者”の血を引くお前の力を、王家の外に流出させることはできん。まして、『勇者召喚の儀』を行える力だ。他国の手に渡れば、最大の脅威となろう」


「わ……わたくしに……生涯独身でいろとおっしゃるのですか……?」


「そうだ」


「それは、あんまりです!王国の姫たる者、国家のお役に立つよう結婚すると、覚悟しておりましたのに!どこにも行くなとは、ひどいではありませんか!」


「『勇者召喚の儀』さえ、成功してくれれば、他に期待することは何もない。それも前回は失敗したようだが、次は必ず成功させなさい」


「わたくしは、ただの魔導師ではありません!あなたの娘です!王女なのです!」


「だから言っている。お前が子を成せば、その子は強大な魔導師となる可能性があるのだ。『勇者召喚の儀』をその国が使えることにもなるだろう。よって、お前の婚姻は一生涯ありえない。許可なく子どもを作ることも許さん。これは、私が死んだ後も遺言として厳守させる」


「お、お、お待ちください……わたくしは、道具ではありません……幸せになる権利があるはずです……」


想像だにしなかった父親からの発言に、ラクティフローラは目に涙を滲ませ、声も震えている。自分の幸福など何一つ考えてくれていないのか、と思うと、怒りすら込み上げる。そこに全く表情を変えない国王の冷徹な一言が返ってきた。


「そうはいかん。勝手なことをされては国が困るのだ」


この瞬間、王女はブチギレた。


「このっ、人でなしっ!!!」


叫ぶや否や、ドレスのまま走り出し、勢いよく扉を開けて部屋を出ていく王女。急ぎ足で廊下を歩きながら、王女は心の中で悲鳴を上げていた。


(あぁぁぁぁぁっっ!!やってしまった!やってしまったわ!!国王であるお父様に対して、暴言を吐いてしまったわ!挨拶も無しで部屋を出ちゃうとか、どんだけ礼儀知らずなの、私!いつもフリージアから注意されてるように、感情が高ぶると言葉遣いが荒くなる性格!どうにかしないと!)


人生初となる親への暴言で、自己嫌悪に陥るラクティフローラだったが、ひととおり反省タイムが終わると、次にはその原因となったものへの怒りが蘇った。


(でも!でもでもでも!あれは、お父様がひどいのがいけないのよ!誰とも結婚するな、ですって!?しかも子どもを作るな、とか!私に一生、処女でいろって言うの!?そんな父親!いて、たまるもんですか!!!)


頭の中で愚痴をこぼしながら、王宮の玄関まで来ると、自分の馬車が待機していた。侍女の一人、パインがそれを出迎える。


「早く屋敷に戻して!」


目を血走らせて王宮から出てきた王女にビックリしたパインは、彼女の気を静めるため、ある情報を伝えた。


「ラクティフローラ様、先程、フリージア様がお屋敷に戻られたようでございます」


「えっ!本当!?よかったわ!こんな時こそ、フリージアに話を聞いてもらわなくっちゃ!」


自分の屋敷に戻ると、侍女長であるフリージアが玄関まで出迎えてくれた。フリージアは、王女から託された、ある仕事のため、しばらく留守にしていたのだ。


「フリージア!会いたかったわ!ね!聞いてほしいの!お父様がね!」


再会した途端、凄まじい剣幕で父親への愚痴をぶちまけはじめる王女に、いつもは冷静なフリージアも面食らった。


実の娘とはいえ、国王への不満を人前で言わせては、王女の外聞に関わる。侍女にすら聞かせられない内容だ。


フリージアは、ひとまず王女を自室に戻らせ、改めて一対一で話を聞いた。その内容に彼女も青ざめる。


「そうでしたか…………国王陛下のご意向と言えども、それはあまりにも非道なご判断だと言わざるを得ませんね」


「でしょ!」


「ですが、姫様、そこで陛下に暴言を吐いてしまわれたのは、いただけません。後日、改めて謝罪に伺いましょう」


「それは!それはそうなんだけど!この気持ちをどうにか整理しないと、また私、お父様に文句を言ってしまいそうなのよ!」


「お気持ちはお察し致しますが……」


「ねぇ、フリージア!こうなったら私、宮殿を出ようと思うんだけど、どうかしら!」


「えっ!?」


急にキリッとした顔になり、無謀な計画を口走ったラクティフローラを、フリージアは困惑した顔で見つめた。王女はさらに、まくしたてる。


「私があなたを探し出して、侍女に迎え入れたのも、こういう時のためよね!ハンターを引退したばかりのあなたを宮殿で働けるようにしたのは、私が剣を教えてもらうためなんだから!」


フリージアは、かつて凄腕のハンターとして、名を馳せた女性だった。20代半ばで引退を決意した彼女は、その頃、優秀な剣士を探していたラクティフローラに目を付けられ、宮殿に招かれたのだ。


ただし、女性であることは非公開だったため、ごく親しい者以外には、その正体は知られていない。たまたま彼女の噂を聞きつけたラクティフローラは、それを確かめるために依頼と称して彼女を宮殿に呼んだ。それが二人の始まりだった。


今、その話を持ち出されたフリージアは、意気込むラクティフローラに対し、妹を心配する姉のような目で諭すように答えた。


「姫様、一介の剣士に過ぎなかった私を宮殿に入れてくださったことは、今もずっと感謝し続けております。一人の女として、最高に誇りある仕事に就くことができ、私は幸せです。しかし、だからこそ、姫様に身分を捨てるようなマネはさせられません。私があなたに剣を教えたのは、勇者様と旅を共にしたいという、あなたの純粋な夢を応援するためです。残念なことに、姫様に剣の才能はございませんでしたが、代わりに類まれなるシューターとして大成していただくことができました」


「だから、言ってるの。私を護衛して、一緒に旅をしてちょうだい」


「ですから、それはオススメ致しません。もしも、そのようなことをされて、国王陛下からさらなる怒りを買い、身分を剥奪されたら、どうなさるおつもりですか?」


「さ、さすがにお父様だって、そこまで薄情じゃないと思うわ!大丈夫よ!」


「それに姫様は、ご自分が今までどれほどお国に守られてきたか、ご存じないのです。外の世界は苦労と危険の連続です。何の後ろ盾も無く、一日を生きることがどれだけ大変か。すぐに音を上げることは目に見えています」


「失礼ね!やってみなけりゃ、わからないでしょ!」


「いいえ。無理です。だいたい、旅をして、どこに行かれるおつもりなのですか?」


「え…………」


聞き分けのない王女に、フリージアは根本的な質問をした。それを聞かれたラクティフローラは数秒間、沈黙したが、やがて開き直ったように回答した。


「どこって……レン様ともう一度、お話ししたいなって……それだけよっ」


この言葉を受けると、フリージアは微笑をこぼした。


「でしたら、まずはわたくしが手に入れた情報をお聞きください。もとは、それを姫様がご依頼されたのではありませんか」


「あっ……そうね。そうだったわ!」


フリージアがしばらく屋敷を留守にしていた理由。それは、白金蓮の動向を探るための情報収集だったのだ。


女性であるラクティフローラには、騎士団の情報は、ほとんど全く入ってこなかった。ゆえに自ら情報を集める以外にないと考え、元ハンターであるフリージアにそれを頼んだのだった。


「実は、昔のツテを頼って、情報を聞き出すつもりだったのですが、なんと、今では巷でも普通に噂に上っておりました」


「え?どういうこと?」


「国外の話になりますが、商業都市ベナレスで、今、飛ぶ鳥を落とす勢いの商会があるのです。『プラチナ商会』と言います。ご存知でしょうか?」


「プラチナ?……あれ?何かしら?どこかで聞いたような……?」


「そのプラチナ商会の代表が、レン・シロガネ様なのです」


「えっ!!そんな大胆なことされてるの!?お尋ね者なのに!?」


「はい。しかも、自他ともに認める大商会となっています。今や、プラチナ商会とお近づきでない商会は、商売で相手にされないほどの存在だそうです」


「はぁぁっ!?」


「その影響力は、既に我が国内にも広がって来ております。もはや、王国が簡単に手出しできる人物ではありません」


「ウソでしょ!だって、以前お会いしてから、まだ2ヶ月経っていないのよ!」


「どうやら、この短期間で、そこまでのし上がられたようです」


ここまで真剣な会話として、お互いに立って話をしていた二人だったが、ラクティフローラは急に力が抜けたように椅子に座った。


「な……なんなの?レン様って…………きっとすごい方なんだろうとは思ってたけど……私の想像を遥かに超えてるわ……勇者様の英雄譚ですら、そんな快進撃は聞いたこともない……」


「わたくしも聞いた時は驚きました。姫様が、お心を奪われたのも当然だと思います。男性を見る眼は、確かなようですね」


「でも、私にはわかるわ。これはきっと、支えとなる夫人がいてこそのものだと思うの。どれほど立派な殿方でも、奥様が愚痴ばっかりだったら、短期間でそんな成功を収められるはずがないわ。あのユリカって人、レン様と結婚してるだけはあるわね……只者じゃなかったんだ……」


この時、ラクティフローラの中で不思議な変化が生まれた。


かつては、愛する白金蓮を奪った相手――実際には奪おうとしているのは彼女なのだが――として、殺したいほど憎んでいた白金百合華に対し、清々しい敗北感と畏敬の念を抱いたのだ。


(どんなに素晴らしい殿方と結婚したって、私が同じ立場に立たされた時、同じように、ここまでの復活を遂げることができるかしら?同じように、夫を支えることができるかしら?無理ね。イライラしやすい私には、そんな器量はないわ……)


もともと聡明な頭脳を持った彼女は、ここに来て、ようやく物事を正しく判断する眼を持とうとしていた。一人の女性として、自分は白金百合華に敵わない。それを素直に認めることができた。


すると、心の中が澄みきったように晴れ渡り、重い荷物を降ろしたように体が軽くなった。


(なんか不思議!こんなに晴れ晴れとした気分は久しぶりだわ!まるで新しい自分に生まれ変わったみたい!!)


そして、今までとは全く違う輝きを持った眼で、ラクティフローラは新しい考えを語った。


「フリージア!私ね、王女として生まれたからには、今まで第二夫人なんて、ありえないと思ってたの。でも、結婚はダメって言われちゃったし、レン様を支えられるのは、あのユリカさんだけだって気がするのよね。だから……」


憑き物が落ちたように柔らかい表情で考えを述べる王女を、フリージアは温かい目で見守る。


「姫様……」


ラクティフローラは立ち上がって、新たな決意を表明した。


「だから、私、レン様の第二夫人になろうと思うの!王女の地位を剥奪されてもいい!二番目でもいい!レン様に愛していただけるなら、宮殿を飛び出す価値は十分にあるわ!」


予想の斜め上を走り出した王女に愕然とするフリージア。だが、せっかくの純粋な願いを踏みにじる気にもなれず、彼女は苦笑しながら応援することにした。


「そ……そうでございますね。ただ、それはシロガネご夫妻のお考え次第かとも思いますので、やはり性急に動くべきではございません。居場所も特定できたことですので、王都に招聘するなり、国外旅行を計画するなり、王女としての方策を考えるべきかと」


「そっか!それもそうよね!」


侍女長の進言によって、ようやくまともな考えに辿り着く王女。

やっと安心できたフリージアは、入手した情報に続きがあることを思い出した。


「そういえば、もう一つ、気になる情報もありました」


「どんな?」


「プラチナ商会には、専属契約のゴールドプレートハンターがいるそうです」


「うん。それで?」


「これについては、わたくし、昔のツテで詳細に調べたのですが、なんと、あのピアニーお嬢様が、シャクヤという名前で契約されていたのです」


「えぇぇっ!?ピアニーがハンター!?しかもゴールド!?あの超ドジっ子が、戦いなんて、できるわけないでしょう?上位魔法は天才だけど、それ以外はポンコツなのよ!?」


「それが、今では大小様々な魔法を自在に使いこなす、凄腕のシューターとして名を馳せておられます。”姫賢者”と称されるほどに」


「そうなんだぁーー。あの子がねぇーー。いったい何が……」


心も軽くなり、思いがけずイトコの情報も飛び出して、懐かしい気持ちになるラクティフローラだったが、この疑問に考えを巡らすうちに、嫌な推理に辿り着いてしまった。


「……レン様だ。あの子が魔法で戦えるようになったとしたら、レン様が何か協力されたんだわ。え……てことは、何?もしかして、あの子、レン様とずっと一緒だったの?私を差し置いて?」


「はい。かなり前から行動を共にされていたそうです。専属ハンターになられたのも最初からのようで」


「やられた!!抜け駆けされたわ!あのドジっ子に!!」


「姫様、落ち着いてください」


「これが落ち着いていられますか!まさか!まさかと思うけど、あの子、既に愛人になってたりしないわよね!?私、イヤよ!あの子の次に三番目になるなんて!!」


「いえ。まだそうと決まったわけでは……というか、あのレン様が第二夫人を娶るとは思えませんが……」


「こうしちゃいられないわ!私もレン様にお会いできるように迅速に行動を起こすわよ!あの子にだけは、死んでも負けたくないもの!」


これまでの憎しみに囚われた心ではなく、純粋なライバル心で、新しい嫉妬の炎を燃やすラクティフローラ。


しかし、決意に漲る彼女の言葉に返答をしたのは、フリージアとは全く違う声だった。


「ところが、今はそれどころじゃないギャオ……」


「「…………!?」」


突如、どこからともなく聞こえた第三の声に対し、戦いに慣れているフリージアと、その基礎を教わっているラクティフローラは、無言で驚き、直ちに身構えた。


今、王女の自室には、二人の他、王女の愛猫である『アイビー』しかいない。周囲を警戒する彼女たちに向け、その猫から再び声が聞こえた。


「驚かして申し訳ないギャオ。ウチは今、このアイビーちゃんの体を借りて、キミたちに話しかけてるギャオ。魔族のフェーリスと言うんだギャオ」


「「なっ!!!」」


声の正体に驚愕し、冷や汗を流す王女と侍女。


部屋の壁に飾ってあった剣を素早く取り、フリージアは王女を守るため、彼女の前に立つ。ラクティフローラは、激しく動揺しながらフェーリスを問いただした。


「魔族ですって!?アイビーに何をしたの!!!」


「焦らなくても大丈夫ギャオ。アイビーちゃんには、ずっとこの魔法がかかっていたギャオ。体に害は無いギャオ」


「ずっと?ずっとってどういうこと?」


「ウチの魔法は、猫ちゃんの体を借りて、観たり聴いたり、おしゃべりしたりできる魔法なんだギャオ」


「じゃあ……今まで私たちがしてきた会話は、全て魔族に把握されてたの?」


「そうなんだギャオ。今までありがとうギャオ」


ここでフリージアが剣を抜き放ち、アイビーにその切っ先を向けた。


「魔族めっ!いったい何が目的だ!!」


「待つギャオ。アイビーちゃんは何も悪くないギャオ。ウチもキミたちと戦う気は無いギャオ」


「どういうことだ?」


「これまでアイビーちゃんをはじめ、王女が猫に優しくしてくれてたのは、全部知ってるギャオ。だから、お礼を兼ねて、情報を伝えておきたいギャオ」


「情報……だと?」


「今夜、満月の夜に魔王軍が王都を総攻撃するギャオ」


「「えっ!!!」」


白昼堂々行われた、突然の魔族の襲来。

そこに、もたらされる衝撃の事実。

王女と侍女は、驚天動地のニュースにひっくり返りそうな思いがした。


「驚くのも無理ニャいけど、とにかく信じてほしいギャオ。今日のウチは、人間を襲うから”ギャオ”の気分だけど、王女のことは好きだから、死んでほしくないんだギャオ。もう日が暮れてるギャオ。すぐに攻撃が始まるギャオ。今のうちにどこか遠くに逃げてほしいギャオ」


魔族という存在と初めて会話した二人は、フェーリスの言葉に戸惑った。襲われるものと覚悟してみれば、逃げろと言う。しかし、今すぐ王都が襲撃されるなど、現在の戦況からは考えられない。何より相手は魔族である。


「と……とてもじゃないが、信じられん……」


苦々しい顔で呟くフリージア。

アイビーから聞こえるフェーリスの声も困り果てた様子だ。


「ウチ、本当に心配してるギャオ……王族は最優先で殺されちゃうギャオ。頼むから逃げてくれギャオ」


「アイビー……」


愛猫を気遣い、その名を口にするラクティフローラ。その言葉に呼応するように猫から再び声が聞こえる。


ところが、次の声は、フェーリスではなく、男性の声だった。


『ラクティ!フェーリスの言ってることは本当だ!!すぐに騎士団に連絡して、君たちは逃げてくれ!!!』


「え…………えぇぇぇっ!!!そ、そそそ、その声は、レン様ぁぁぁっ!?」


「なっ!なんだギャオ!?なんでレンの声がするんだギャオ!?」


聞き覚えのある声に、それぞれの感情で反応するラクティフローラとフェーリス。それは、白金蓮の声だったのだ。


『今、僕はフェーリスの通信魔法をハッキングして、通話に割り込んでるんだ!』

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