第127話 総攻撃 VS 総攻撃

「ベイ坊、ちょっといいか」


魔王討伐連合軍の本営にいるベイローレルのもとに”女剣侠”ローズがやって来た。


それは、この世界における8月15日の日没後、既に合流地点に到着し、別の部隊を待っていた第一部隊が、しばしの休息を取っていた時だ。


明日か明後日には始まるであろう魔族との決戦を前にして、さすがの”勇者”ベイローレルも胸が高鳴るのを感じていた。そこにローズが彼のテントを訪問したのだ。


「どうしたんですか?ローズさんからボクのところに来るなんて珍しいですね」


ローズの後ろにはダチュラも控えているが、二人とも何やら深刻そうな表情をしている。微笑を浮かべて応対したベイローレルだったが、すぐにその違和感に気づいた。


「本来なら軍議を行うべきなんだが、最初にお前と話をしておきたいと思ってな。ベイ坊、単刀直入に聞く。レン・シロガネと話をするつもりはあるか?」


「どういうことです?彼がここに来ているんですか?」


「話ができるとして、お前は聞く耳を持っているか、と聞いているんだ」


「ええ、他の部隊長と違って、ボクは彼のことを憎んではいません。話があるなら、いつでも聞きますよ」


「そうか。なら、今から繋ぐ。あたしも詳しいことはこれからなんだ。一緒に聞こう」


「はい?」


意味のわからないやり取りが続き、疑問符しか出てこないベイローレル。ところが、ローズが宝珠を発動させると、驚愕の光景を目の当たりにした。


『ベイローレル、久しぶりだな』


『ベイくん!やっほー!』


彼の眼前に、僕、白金蓮と嫁さんの映像が映し出されたのだ。


「なっ!レンさん!それにユリカさん!なんだこれは!二人の姿が映し出されているのか!?」


「うぉわっ!!姿まで見えるようになったのか!聞いてないぞ!!」


驚いて立ち上がるベイローレルだったが、宝珠を起動させたローズ本人もまた愕然としている。僕はまず、それについて簡単に説明した。


『通信方式を変えたから、通信速度も格段に向上したんだ。テレビ電話にしても会話が途切れないはずだ』


「いやもう、全く意味がわからん!!」


「やっと写真に慣れたら、今度はこれ……」


動揺するローズは激しくツッコみ、呆れるダチュラはため息をついている。そんな女性陣をよそに、ベイローレルは直ちに状況に対応し、苦笑しつつも冷静な意見を述べた。


「……ふっ。レンさん、あなたはいったい何なんだ。ともあれ、こんなことが可能だということは、今までずっとローズさんに入れ知恵してたのは、やはりあなただったということですね?これまでの軍の情報も全てローズさんを通じて、把握していたということ。まるでスパイじゃないですか」


『それについては謝罪する。だが、これから大事な話があるんだ。聞いてくれないか』


「いいですが、条件があります。この戦いが終わったら、王国に来ていただけませんか?決して悪いようには致しませんので」


『本当か?悪いようにしないって、それこそ信じられないんだが?』


「お二人の”DEAD OR ALIVE”を解いたのはボクですよ。ボクが招いたと言えば、問題なく来れるはずです。王女殿下もレンさんに会いたがってましたし」


『え……そうなのか?』


「はい。レンさんとお二人で会いたいそうです。ですから、その間、ユリカさんはボクとお話しでもしましょうか」


彼のこの言葉に嫁さんは嬉しそうに反応した。それは、年上の美人が、年下の男にイタズラっぽく言う調子だった。


『なぁにーー?もしかして、ベイくん、私と会いたいのぉ?』


「え……えぇ……せっかくですから」


『ふーーん……じゃあ、ベイくん!これからする大事な話を聞いてくれたら、今度デートしてあげるっ!』


「「えっ!!」」


嫁さんを除く全員が――僕を含めて、この場で通話している全員が一斉に声を上げた。特に僕からは死角になって見えなかったが、ダチュラに至っては「あんたレンがいるくせに、ふざんじゃないわよ!」という不満そうな顔をしていた。そして、真っ先に僕がツッコんだ。


『ちょっ!百合ちゃん!何言ってんだよ!!』


『だって、ベイくん、私のこと気になってるんでしょ。視線でわかっちゃったんだから』


常に微笑を浮かべて余裕の表情をしているベイローレルだが、嫁さんからこれを言われて、この時ばかりは顔を赤くした。


この男でもこんな顔をするのか、と新鮮に感じる。そして、彼は困った顔で、しかし、不思議と嬉しそうに笑った。


「……ボ……ボクにそんなセリフを吐いた女性は、あなたが初めてですよ。ユリカさん。わかりました。あなたに免じて、お話を聞きましょう」


『うん!じゃ、蓮くん、お願い!』


夫としては余計な心配事が一つ増えてしまったが、ともあれ、お陰で話がすぐにまとまった。嫁さんからバトンタッチされた僕は、ベイローレルに状況説明を始めた。


『ベイローレル、君は転移魔法を知っているか?』


「転移魔法?知ってますよ。いにしえの戦いで使われたという伝説の魔法ですが、今は使い手が全くいません」


『それを構築できるヤツが魔王軍の中にいる。魔王の側近、ピクテスというヤツだ』


「え?」


『そして、ヤツは魔王の城から王都マガダに転移できるよう、密かに魔法陣を構築している。この意味がわかるか?』


「ま、待ってください。それが本当なら、これはボクたちをおびき寄せるための罠だったことになる」


『そう。そして、その魔法陣は既に完成し、今夜これから作戦が決行されるんだ』


「なんですって!?」


次第に動揺を見せながら、最後は叫ぶように驚くベイローレル。

彼は数秒間、考え込んだ後、僕に尋ねた。


「…………何か証拠はありますか?このような重大事、真実であるという保証が無ければ、軍は動かせません」


『うん。それもこれから見せよう。フェーリスという魔族の能力は、ローズから聞いているだろ。その通信魔法を逆手に取り、僕は彼女の見聞きした内容を傍受することに成功したんだ』


「「はぁ!?」」


説明を聞いていたベイローレル、ローズ、ダチュラは一斉に変な声を出した。だが、次の瞬間、僕が映し出した映像を見て、さらに驚愕の声を上げることになる。


フェーリスの見ていた映像と会話、つまり魔族の城の内部映像が、眼前に再生されたのだ。


「「はぁいぃぃぃ!!?」」


『これは、その時の会話を録画したものだ』


「ろ、ろく……が……?」


『あぁ……つまり、過去の映像ということなんだが……とにかく見てくれ』



僕の流した映像は、魔城の会議室でフェーリスがテーブルに突っ伏しているところから開始された。


彼女の目線なので最初は横向きの観にくい映像だ。八部衆のうち、狼男カニスと大狼ルプス以外のメンバーが揃っている。そこに魔王の側近ピクテスがやって来た場面だった。


『あ、ピクテス様、そろそろギャオ?ウチ、待ちくたびれたギャオ』


『ふむ。日没後、カニスから合図が来た時点で作戦を開始する。フェーリスよ、お前の情報連携が要だ』


ピクテスの登場に八部衆の面々は意気揚々と反応した。


『アタシたちも準備万端ですよ』


『拙者も精神を研ぎ澄ませているでござる』


『ホウホウホウ。ついに念願の時が参りましたな』


『はぁぁぁっ!!早く王都で暴れてぇ!!!人間がウジャウジャいるんだぜ!!楽しいだろうなぁっ!!!』


『王国は今、主力部隊を全てこちらに集結させようとしている。王都に残っているのは、半分の勢力だが、手練れではない。唯一、脅威として挙げられるのは、ロドデンドロンという騎士団長だけだ。今こそ、最大の好機であるぞ』


『ピクテス様、その騎士団長は、オレが殺っていいか!?』


血気盛んに意見を述べるのは、元気を取り戻したティグリスである。1ヶ月前は人間に一度敗退したことから口数が少なくなっていたが、時が経てばすっかり元通りになっていた。


『構わんが、ルプスにも同じ命令を言い付けてある。カニスと合流後、それが伝えられるはずだ』


『じゃ、あいつと競争ってことだ!!』


『よいか。我々の目的は、王国を奪うこと。人間を殺しても構わないが、遊ぶのは程々にするように。最優先は王族の首だ。王と王妃、全ての王子と王女を殺せ。全員の生首を宮殿の前に晒せば、人間は戦う気力を失い、我々に従順となろう』


これに八部衆は、テーブルを叩いたり、雄叫びを上げたりして、思い思いに賛同の意を表した。


映像は、ここで終了した。



「……レンさん、先程までの無礼をお許しください。これを教えてもらわなかったら、ボクたちは一生後悔するところでした」


『うん。そして今後のことなんだが……』


「ええ、あなたの意見はこうですね?直ちに総攻撃を開始し、魔族が王都に向かう前に撃破しろ、と」


『理解が速くて助かるよ』


「ただ、現状、第六部隊と第二部隊が到着していません。”斧旋風”さんも第二部隊と一緒で、戦力的には、かなりギリギリです。今から攻撃しても、間に合うかどうか、わかりません」


『それについては、城に入るまでなら対応策がある。ベイローレルが僕を信じてくれるなら、協力しよう』


「ふっ……この状況下では、あなたを信じる以上に有効な手立ては無いじゃないですか」


『そう言ってくれると嬉しいよ。それと、もう一つだけお願いがあるんだ』


「なんです?」


『魔王には、手を出さないでくれ』


「は?それは、いったいなぜ?」


『僕たちは、魔王に話があるんだ』


「……ちょっとそれにはお答えしかねますね。敵の総大将に手を出すな、と戦の前に言いますか?普通?」


『そこを何とか。魔王は、小さい女の子なんだ』


「えっ!」


『しかも、とんでもなく強い。たぶん勝てるのは、魔法を解除できるベイローレル、君だけだ。だから、頼む』


「レンさん、ご協力はありがたくいただきますが、それはお約束できません。相手が誰であろうと、ボクたち騎士団は、王国の脅威を全て排除しなければなりません」


『どうしても無理か?』


「これは戦争です。無理なものは無理です」


『……わかった。だが、僕の今の願いは覚えておいてほしい。そして、逆にヤバいと思ったら、僕と百合ちゃんが何とかするから、待っていてくれ』


僕が言い渡した最後の譲歩に対し、ベイローレルは苦笑して返した。


「レンさん、誰に物を言ってるか、おわかりですか?ボクがそんな状況に陥るはずがありませんよ」


『ともかく最優先は、転移魔法の破壊だ。魔王のことはその後だ』


「それには同意します。では、すぐに攻撃を開始します」


『ああ。急いでくれ』


急を要するため、全ての意見を一致させることはできなかったが、最優先事項だけは話がまとまった。そこで最後にローズが質問してきた。


「ところでレン、君たちは、今どこにいるんだ?」


『今、ベナレスを出たばかりなんだ』


「そこからじゃ、クルマを使っても1日掛かるぞ。道が整備されていないんだ」


『うん。こっちはこっちで何とかする。それより、そっちの攻撃開始を早く頼む』


「わかった」


ローズが通話を終了すると、ベイローレルは直ちに本営にいる幹部を招集した。第一部隊の部隊長ソートゥース、ハンターの司令官チェスナット、実行部隊の隊長アッシュさんである。


彼らにローズは、僕から受け取った記録映像を見せた。何から何まで驚愕の事柄だったが、魔族の作戦内容に一同、息を呑んだ。


そして、全部隊長を集めた作戦会議を行わずに直ちに攻撃を開始する決議を行った。


「各部隊には、今の陣形のまま、総攻撃を開始させます。アッシュさんは、ボクの代わりに本営で指揮を執っていただけますか。ボクは”勇者”として、最前線に立ちます。第二部隊と第六部隊が到着し次第、今の状況を説明してください」


「了解した」


逼迫する事態を理解したアッシュさんは手短に返答した。


連合軍は、各部隊がそれぞれ魔城の四方を囲むように配置され、切り立った崖の上に布陣している。と言っても、崖の真上ではなく、崖の上に広がる森から1キロメートルずつ離れた位置で待機している。その各陣営に緊急の伝令が届いた。


『敵城地下に転移魔法アリ。魔族は王都への総攻撃を今夜開始する模様。各部隊は直ちに戦支度を整え、合図とともに総攻撃を開始せよ。なお、合図は派手に行うので、見落とすことは無い。地下にあるという敵魔法陣を叩け』


「な、なんだこれは!?」


第三、第四、第五の部隊長は一様に驚いたが、それぞれの陣営で直ちに準備が整えられた。


「それにしても、合図が何なのか書いてないが、本当にわかるのだろうか……」


不安がる彼らは、第一部隊の配置されている魔城正面の方角を注意するよう、部下に命じたという。しかし、そんな心配は杞憂に終わることになる。


僕との通話が終了してから30分後、ローズが僕に連絡を寄越した。


「レン、現地にいる4部隊に指令を通達し、準備完了の信号弾が上がった。こっちはいつでもOKだぞ」


『さすがだな、ベイローレルは。魔族の準備も既に完了している。転移魔法の魔法陣に集結しているぞ。王都に向かわれるのは時間の問題だ』


「で、あたしは何をすればいいんだ?」


『ローズの端末に送っておいた魔法を城に向けて発動するんだ。それが敵への先制攻撃になると同時に全軍への合図にもなる』


「わかった」


『ただし、この魔法は、ローズの端末にチャージしておいた百合ちゃんのマナを全て使い切ってしまう。これ以降は、連絡も魔法による補助もできない。君を守ることができなくなるが』


説明しながら心配する僕だったが、ローズはそれを一笑に付した。


「あはははははっ!何を今さら!あたしを誰だと思ってるんだ。君からもらった風の宝珠があるだけで、あたしは無敵だ。心配するな」


『う、うん……』


「てことで、ベイ坊!始めるけど、いいか?」


僕と通話しながらローズはベイローレルに確認を取る。

彼はただコクリと頷いた。


「よし!じゃあ、魔法を発動する。またな。レン!この戦いが終わったら、君の新しい家を見せてもらうぞ!」


こちらがハラハラするようなセリフをこれでもかとぶちまけ、通話を切るローズ。

いったいいくつ死亡フラグを立てるんだよ、と言いたい。


そんな僕の思いも知らずに、彼女は魔城をターゲットとして、僕がダウンロードさせた魔法を起動した。


それは、クラウド化に成功した『宝珠システム・バージョン5』により、高速演算による広範囲の魔法を一端末からでも可能にした魔法だった。


時計台に設置したスーパーコンピューターが、魔城の周辺情報を検索し、モンスターの位置を特定。


それら1体1体に対し、ピンポイント攻撃として、特大電撃魔法を浴びせるのである。その一撃一撃は上位魔法を超える威力を持つ。


全体規模たるや、魔王だけが使用すると言われる最上位魔法すら遥かに凌駕するものだった。嫁さんのチャージした大容量マナがあってこその超・超・超特大魔法なのである。


僕と嫁さんの合作と言ってもよい、その究極魔法が発動を開始した。


魔城の周辺に点在しているモンスターと魔獣の頭上に、魔法陣が次々と出現する。そして、寸分の狂いも無く、1体も漏らさず、全てのターゲットに同時に巨大な稲妻が落ちた。



ピッシャァァァッ!!!

 ドッゴゴゴゴゴゴオォォォォンンンッッ!!!!



目が眩みそうなほどの激しい稲光。

それに続く轟音と地響き。


衝撃波すら発生させる凄まじい落雷によって、数百体はいたモンスターと魔獣が全て一掃された。


まさに文字どおりの青天の霹靂だ。


即死を免れた強靭な魔獣も一定数存在したが、それでも電撃によって痙攣を起こし、しばらく立ち上がることはできないであろう。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!なんだぁ、ありゃあ!!!!これが合図か!!確かにこれなら見落とすことはねぇなぁ!!キシシシシ!!あとはオレが一番乗りで突撃してやるぜぇ!!!」


第三部隊に同行しているゴールドプレートハンター、”マムシ鉄鎖”のトリヤは、狂喜して真っ先に森を駆け抜け、崖を下りた。


さらに全部隊が一斉に崖を駆け下り、総攻撃を開始した。


「なるほどな……さすがはレンだ……初めて会った日の夜を思い出すよ」


想像以上に大規模過ぎて笑うしかない、といった様子のローズは、後ろに控えているダチュラに一言告げ、自身も突撃を開始した。


「ダチュラ!このスッカラカンになった宝珠は預けておく!留守番、頼んだぞ!!」


「はい!お気をつけて!!」

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