第117話 奴隷の女の子

僕たちの店舗にイヤガラセをしている犯人は、捕まえてみれば、ただの女の子だった。


空腹で倒れた彼女を支えてあげた僕は、貧しい身なりの彼女から――こう言うとかなり失礼だが――とてもキツイ臭いがして、彼女が全く体を洗うこともできない生活を送ってきたことを知った。


嫁さんは、彼女をお姫様抱っこし、家まで連れ帰ると言った。


帰宅すると、気を失ったままの彼女を着替えさえ、濡れたタオルで体を拭いてあげた。もちろん、僕は自室でそれが終わるのを待っていた。


しばらくして、意識を取り戻した女の子に、嫁さんは優しく声を掛けた。


「起きた?これ、食べてみて」


パンで作ったお粥だった。


僕が風邪を引いた時に出してくれたのと同じものである。飢餓状態の人に食事をさせる場合、消化しやすい物を与えた方が良いことを嫁さんは知っていたのだ。


最初は戸惑っていた女の子だったが、お粥の匂いに触発され、やがて匙を口に運んだ。そこからは、夢中になって、いっきに食べた。おそらく、何日も食事をしていなかったに違いない。


パン粥を食べ終わった女の子は、震える声で言った。


「……あ、あの……お二人は……『プラチナ商会』の方でしょうか?」


「うん。私は百合華。こっちの旦那様が、代表の蓮よ」


これを聞いた女の子は、椅子から離れて床の上に膝立ちし、両手を自分の頭より上で組んで、謝罪した。


「も、も……も……申し訳ありませんでした!私!皆様にひどいことをしたのに!こんな親切にしてくださるなんて!!」


「そうね。まずは、お名前を聞かせてくれる?」


「『ポロウニア』と申します。この街で、とある貴族様のお屋敷に仕えていた奴隷でございます」


「そうなんだ。今はどうしてるの?」


「解雇されてしまい、裏通りで野宿しておりました」


「そっか…………」


嫁さんは、言葉を詰まらせた。思えば、わずか1ヶ月前、騎士団に追われていた僕たち夫婦も裏通りで同じことをしていたのだ。改めてポロウニアの姿を見つめた嫁さんは、再び質問した。


「……どうして、男の人の格好をしてたの?」


「以前、夜中に雨が降ってきまして、寒くて震えておりましたら、私と同じように裏通りで寝泊まりしている男性から、大きな服を一枚いただいたのです。それ以来、ずっと着ていました」


「なぁーーんだ。じゃあ、何か狙ってやってたんじゃないのね」


「あ、はい。男装していたつもりはありません」


ここまで聞いて、彼女の素性を可哀想だとは感じたが、聞くべきことは聞かねばならない。僕は、なるべく優しい声で確認を取ることにした。


「ポロウニア、事実確認をしておきたい。今まで僕たちの店舗に石を投げ込んでいたのは、全部、君か?今日で4度目になるんだが」


「は、はい!申し訳ありません!4回とも私でございます!今回は、天罰なのか、投げる前に雷に打たれましたが!」


「ああ、うん。その雷は、僕が仕掛けた魔法だ。すまなかったね」


「ま!ままま……魔法!?本当に!本当に申し訳ありませんでした!ご高名なハンターの『プラチナ夫妻』に喧嘩を売ってしまいましたこと!殺されても文句は言えないと思っております!」


「いや、そんな気はないよ。それより、どうして、あんなことをしたのかな?どこかで僕たちは、恨みを買うようなことをしたんだろうか?」


「いえ!いえ!そんなことはございません!私の逆恨みなのでございます!」


これには、嫁さんが質問した。


「逆恨みって、どういうこと?」


「あの、私は、貴族様のお屋敷では、水汲みの仕事を引き受けておりました。街の井戸まで水を汲みに行くのは、それほどの距離でもありませんが、貴族様は、毎晩、湯浴みをされます。その分を汲み上げるのに、ほとんど一日を費やす日々を送っておりました」


「そう……大変だったのね……」


「いえ。それが私の仕事でしたので、文句はありませんでした」


彼女のレベルは7だった。ハンターが一人前になる前のレベルだが、か弱い女の子としては、かなり高い方である。どうやら、日々の水汲みで、相当体力がついているのだと思われる。


「しかし、『プラチナ商会』様が、『水道宝珠』なるものを販売されてしまい、状況が一変してしまったのでございます。私は用済みとなり、ある日、突然、解雇されてしまいました」


「「えっ!!」」


夫婦そろって、驚きの声を上げた。

便利な宝珠がきっかけで、奴隷が職を失う。


僕たちの商売が、そのような形で、他人の人生に影響を及ぼしていたとは、夢にも思わなかったのだ。


「いや、それもう、私たちのせいじゃん!!」


愕然とする嫁さん。

そして、僕も恐る恐るポロウニアに尋ねる。


「他にも、同じように解雇された人たちがいるんだろうか……?」


「おそらく、いると思います。お互い、会話したこともありませんが、裏通りの人口が日に日に増えていってる気が致します」


「ウソだろ、おい……」


僕は頭を抱えた。


『プラチナ商会』が本格的に始動し、商売が軌道に乗ってから、まだ1ヶ月も経っていない。にも関わらず、僕の予想を遥かに超えるスピードで、僕の事業は、この街の経済を破壊していたのだ。


そうならないように、庶民を相手にせず、高級品として貴族相手の商売を始めたのだが、まさか奴隷が行き場を失う結果になるとは考えもしなかった。


「これには、ちょっと責任を感じるぞ……どうしよう……僕は、とんでもないことをしてしまったのかもしれない……」


「職を失った人たち、みんな私たちに恨みを持ってるのかな……」


ショックを受けている僕と嫁さんにポロウニアは言った。


「い、いえ!それで『プラチナ商会』様を逆恨みして、石を投げるのは私くらいだと思います!ほとんどの人たちは、貴族様や商会の方々に弓を引こうとは考えません!恐れているからです!」


「でも、やっぱり恨んでるんでしょ?」


「そ……それはおそらく……」


嫁さんの追及に口をつぐんでしまうポロウニア。

僕は顔を上げて、重い口調で独り言のように言った。


「恨まれてるかどうかは、さておき、僕たちが原因である可能性は十分に高い。自分の仕事が社会問題化するなんて、ちょっとショックだよ。この件については、真剣に考えることにする」


それを聞いて、嫁さんはこれ以上、自分が悩んでも意味がないと判断したようだ。そして、ポロウニアの現状を心配した。


「こんな難しい話、私じゃ力になれないから、蓮くんに任せるね。ポロウニアちゃんは可哀想だから、しばらくウチに泊まってくといいわ」


「えっ……!」


ポロウニアは感激で言葉を詰まらせた。

そして、叫ぶように言った。


「……あ、ありがとうございます!置いていただけるなら、私、なんでもやります!水汲みなら得意ですが!炊事でも洗濯でもお掃除でも!なんでもやらせていただきます!」


「うん。それなら、カメリアちゃんのお手伝いをしてもらえば、いいかもね。実を言うと、最近、忙しくなってきて、人手が欲しいと思ってたのよ」


「そういえば、ポロウニアは、いくつなんだ?」


彼女たちの会話に、僕は何気なく、年齢の質問を挟んだ。ところが、この問いを受けて、ポロウニアは妙な解釈をしたようだった。


「あっ……今年で14になりました!……女としては、まだ未熟ですので、経験はございませんが、旦那様のご命令でしたら、夜伽のお相手も務めさせていただきます!」


待て待て待て。僕がいったい何の要求をした。

しかも14歳だと言う。

論外だ。論外にも程がある。


そして、隣の嫁さんを心配して見ると、案の定、その目が死んだようになり、暗い表情になっていた。


「ポロウニアちゃぁぁん、あなた今、本気で私に喧嘩売ったわよぉぉぉぉ」


「……えっ!」


突如、豹変する嫁さんに脅えるポロウニア。

これでは逆に可哀想なので、僕は嫁さんより前に出て、ポロウニアを説得した。


「ポロウニア、僕にそんな気遣いは全く不要だ。これから、ウチで働いてもらうからには、君はもう奴隷じゃない。一人の従業員として、労働に対する十分な対価をもらうんだ」


「えっ!!!……奴隷じゃ…………ない?」


「そうだ。あと、窓ガラスのことだけど、修復魔法で復元したから、ウチとしては大した問題ではない。でも、ここは対等な人間同士のケジメとして、窓ガラスを割ってくれた分は、給料から差し引かせてもらうよ。ただ、それもきっと数日働くだけで、全部返済しきってしまうだろう」


「そ、そんな……旦那様から折檻されることもないのでしょうか?」


「体罰なんて、もってのほかだよ。君の尊厳を踏みにじるようなことは一切しない。だから、ポロウニアも僕に変な気は使わず、君は君で、素晴らしい相手を見つけて、自分の幸せを掴んでくれ。それが僕からの命令だ」


「は……はい」


僕の言葉をポロウニアは、ウットリしたような表情で聞いてくれた。何やら、別の失敗を犯してしまった可能性もあるが、今は深く考えないでおこう。


「ほら、百合ちゃんも怒らない。子どもの言うことなんだから」


「そ、そうだよね……ごめん。つい反射的にムキになっちゃった。ところで、ポロウニアちゃんは、どこに寝てもらおっか。部屋がどこも空いてなかったね」


照れながら元に戻った嫁さんは、寝床の問題を提起した。ちょうどそこにもう一人の声が聞こえた。2階から降りてきたシャクヤだった。


「それでございましたら、わたくしの部屋でご一緒致しましょうか。ポロウニア様」


「シャクヤちゃん、ごめん。起こしちゃった?」


「皆様が騒がれておりましたので、しばらく立ち聞きしてしまいました。こちらこそ申し訳ございません」


「シャクヤ、すまないね。しばらくこの子の面倒を見てやってくれるか」


「はい。お二人が連れて来られた方ですもの。大事にして差し上げねば、罰が当たりますわ」


ニコニコしながら言うシャクヤに、当のポロウニアが最も感激していた。


「ひ、”姫賢者”様と一緒の部屋なんて……」


「ポロウニア様、シャクヤと申します。さ、お疲れでしょうから、部屋でお休み致しましょう。ベッドが一つしかございませんので、狭いと思いますが」


「め!めめめっ、滅相もない!私のような奴隷が、あなたのような方と一緒に寝るなど!」


「遠慮なさらずにどうぞ」


シャクヤに手を取られたポロウニアは、その力に逆らうことができず、グイグイと連れて行かれた。ただ、階段を登りきる直前、一度だけシャクヤは足を止め、ゆっくりと振り向いた。


「……あ、ですが、これだけは申し上げておきますね。このわたくしを差し置いて、レン様の夜のお相手をなさるだなんて、そんな不届きなこと……それだけは、絶対に許しませんので、ご理解のほどを」


その目は、まるで嫁さんが嫉妬で怒った時と同じようだった。


「は……はひ」


可哀想なことにポロウニアは、再びその目に脅えることになり、これ以降、シャクヤの言葉には自然と絶対服従するようになった。


「百合ちゃん、シャクヤが少しずつ、君に似てきたんだけど……」


「え、そう?」


気づいているのか、いないのか、呑気な返事をする嫁さん。

僕たちも疲れていたので、この後、再び寝なおした。



翌日から、ポロウニアは、元気に働いてくれた。

風呂に入り、身支度を整えると、見違えたように綺麗な少女になった。


貴族の屋敷でしっかりと躾けられてきたらしく、言葉遣いも丁寧であり、礼儀作法も心得ている。予想外に有能な人材だった。


「前の旦那様が、大変厳しい方でしたので、水汲みの奴隷といえども、礼儀作法を徹底されました」


と言うポロウニアに、我が商会のカミさんであるカメリアの方が、気を引き締めた。


「これは……わたす……じゃなかった、私もウカウカしていられませんね。プラチナ商会は、今や大商会となったのですから、私も頑張って田舎臭さを払拭したいと思います!」


個人的には、彼女の持つ田舎臭さが好きだったのだが、ベナレスという都会に住んで以降、自分でも気にしていたらしい。これ以降、カメリアはポロウニアを大事に教育しつつ、彼女に負けまいと、気品ある振る舞いを心掛けるようになった。



ポロウニアを捕まえて以降、店舗の窓ガラスが割られる事件は発生しなくなった。しかし、僕の心は全く晴れなかった。


自分の事業が、この街の人々に大小様々な影響を与えている事実は、僕の中で重い命題となり、プレッシャーになっていたのだ。『キャンドル商会』から恨まれている事実も変わったわけではない。


「そう言えば、結局、『キャンドル商会』さんは、何も関係なかったんだね。疑っちゃって悪かったなぁ……」


ポロウニアを助けた2日後、嫁さんが思い出したように言った。


「そうだね。でも、恨まれているのは事実だろうから、警戒はした方がいいかもしれない」


僕は、念のためにそう答えた。

しかし、そんな心配が、本当に現実になった。


この翌日、店舗にスタンプたち少年少女が来なかったのだ。

正午前、カメリアとポロウニアが報告に来た。


「旦那様、もうお昼になるのに、スタンプさん達が、まだ来ておりません」


「えっ、あいつらが?誰も来てないのか?」


「はい。お一人も」


「おかしい。あいつらが何の連絡も寄越さないなんて」


心配する僕に嫁さんが言った。


「私、見てこようか?」


「うん。お願い」


スタンプたち孤児は、街の修道院で保護されている。以前に場所は教わっていたので、嫁さんは様子を見に行ってくれた。ところが、しばらくすると、暗い表情で戻り、僕にこう言った。


「蓮くん、なんか様子が変なんだ。一緒に来て」


僕は、嫁さんと共に修道院に向かった。街の中心部からは外れた位置にあり、裏通りとの境界に、その施設はあった。広めの庭に、大きな堂が建造されている、立派な修道院である。


「さっき、シスターに挨拶したんだけど、スタンプたちの名前を言ったら、そんな子はおりません、って言われたんだ」


「え?」


「でもね、建物の奥からは、スタンプたちの声が聞こえるんだよ」


「いったい何があったんだ……」


話をしているうちに、その門の前に来ていた。思えば、宗教関連の施設に乗り込んだ経験など、僕には全く無い。ともあれ、こちらは従業員を迎えに来ただけなのだ。正面から堂々と話をしようと思う。


修道院内の最も大きい堂に行き、修道女に挨拶した。プラチナ商会の名を告げると、驚いた様子で、奥に行き、一人の年配の修道女を呼んできた。


「お名前は、よく存じ上げております。噂に名高い『プラチナ商会』様が当院に何用でございましょうか」


物腰柔らかく応対してくれた女性は、おそらく修道女の中でも上の位にいる人物だと思われた。僕は、単刀直入に尋ねる。


「はじめまして。蓮・白金と申します。本日は、私たちの商会で働いてもらっている、子ども達に会いに参りました。スタンプ、ササ、プラム、タロ、ダリア、カンナ、メイプルです。何の連絡もなく、来なくなってしまいましたので、大変心配をしているのです。会わせていただけますか?」


「ええ。先程も奥様に申し上げましたが、そのような子どもは、当院では預かっておりません。何かの勘違いではございませんでしょうか」


嫁さんからの情報どおり、本当に存在を否定されてしまった。しかし、スタンプたちとは仕事を振る前からの付き合いなのだ。住所で嘘をつかれるとは考えられない。ここに住んでいるのは確実だ。僕は、さらに突っ込んで質問した。


「偽名を使っていた、というオチでしょうか。それなら経験はあります。この修道院で、昼間に働きに出ていた子ども達がいますよね?その子たちに会わせていただけませんか?」


「いいえ。そのような子どもは一人もおりません」


あくまで白を切るつもりのようだ。

ならば、こちらももう少し論理的に攻めてみようと思う。


「おかしいですね。こちらの修道院は、身寄りのない子ども達を預かっている、とても慈悲深い施設だと伺っております。僕も尊敬しておりました。それは、ただの噂に過ぎなかったということでしょうか?」


「もちろん、それは事実でございます。わたくしどもは、親から見捨てられた子ども達を神に代わって守っております」


「では、その中で、昨日まで働いていた子どもがいるはずです」


「いいえ。おりません」


埒が明かない。


なぜ嘘をつくのか理由はわからないが、とても腹が立ってきた。だいたい、ここは神に仕える人が修行するはずの施設ではないか。そう考えたところで、僕はイジワルな質問を思いついた。


「失礼ですが、シスターは、嘘はつかれますか?」


これに年配の修道女は表情を変えた。

明らかに動揺している。


「……何をおっしゃりたいのでしょうか?虚言は、神と精霊に対する冒涜です。わたくしどもは、真実以外を口にすることはございません」


「では、今までの会話は一旦、忘れることにして、改めてお尋ね致します。プラチナ商会で働いていた子ども達に会わせてください」


「…………!」


修道女は、全身を小刻みに震わせ、返答に窮している。


そもそも僕から”嘘”を指摘された程度で、どうして今頃になって動揺するのか不思議だが、相当なダメージになっているのは確実だ。この状態なら、もう本当のことをしゃべる以外あるまい。


僕は、内心でニヤリと笑った。

ところが、修道女の答えは、全く予想と異なっていた。


「……申し訳ありませんが、これより祈りの時間でございますので、これにて失礼させていただきます。また後日、お越しいただけますでしょうか」


そう言って、そそくさと奥に戻ろうとする年配の修道女。

なんてことだ。逃げる気だ。

卑怯なやり方にムカついた僕は、彼女の背中に向けて厳しい声を放った。


「子どもはいるんですか。いないんですか!」


「……失礼致します」


それだけ言って、本当に去っていく修道女。

呆れた僕は、放心状態でそれを見送った。

しかし、その姿が奥に完全に隠れきる前に、嫁さんが大声で尋ねた。


「あの!あなたのお名前くらい聞かせてください!」


これを聞いて、修道女は、さすがに非礼が過ぎたと後悔したのだろうか。こちらに振り向き、胸に手を当て、小さな声で言った。


「これは大変にご無礼を致しました。わたくし、『サルビア』と申します。それでは」


しかし、声が小さいため、遠く離れた僕には聞き取れなかった。


「え……今、なんて?」


「『サルビア』さんだって」


「やれやれ……どうなってんだ。この修道院は……」


やり切れない思いを抱えたまま、その日は帰ることにした。



スタンプたちがいないため、宝珠の出荷前検証については、ポロウニアに任せてみた。すると、手際の良い彼女は一人で終わらせてしまった。もともと誰にでもできる仕事であり、子どもでも可能だと思って、スタンプたちに任せていたのだ。


しかし、商売上の問題ではなく、純粋に彼らのことが気がかりであった。働くことができなければ、彼らは再び盗みに走ってしまうのではないだろうか。


「……ということがあったんだよ。ローズはどう思う?」


その夜、ローズからの定時連絡があったので、同じく子どもを施設に預かってもらっているシングルマザーの彼女に相談してみた。


『うーーん……まず、一般論で言うとだな。子ども達が、あまりメシを食ってないってのは当然だな。その親や後見人が寄付をしない限り、預けられている子どもは、大抵、飢えてしまうものだ』


「「えっ!なんで!?」」


彼女からの回答に、僕と嫁さんが同時に驚いた。


『驚く程のことじゃないだろう。修道院なんて、だいたい、どこも金が無いんだ。それにベナレスは、勝ち負けの激しい街。一文無しで行き場を失った人間も大勢いるし、そういう親に捨てられた子どももたくさんいる。彼らを全員救うには、純粋に金が足りないのさ』


僕と嫁さんは、それを聞いて深いため息をついた。ベナレスという街の闇の部分については、一度は認識したつもりだったが、改めてそれを思い知らされることになった。だが、やはり納得はできない。


「それにしても、僕たちのところに働きに来ていたのを止めている節がある。しかも、そんな子はいないと嘘をつくんだ。これは、道理に合わない」


『そうだな。あたしもそれはおかしいと思う。本来なら、子ども達に職を与えてくれてありがとう、と感謝されるべきだ。それを無理に止めているのだとしたら、何か裏があるぞ』


彼女からのアドバイスに嫁さんが感謝した。


「ありがとね、ローズさん。やっぱり相談してよかった。もう少し調べてみるよ」


『ああ。で、こっちの件なんだが、いいか?』


ローズは戦況報告に話を移した。

僕の本来の関心もそちらにある。


「そうだったな。聞かせてくれ。そっちの方が重要だ」


魔王討伐連合軍の動向について、ローズは報告を始めた。

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