第115話 女剣侠ローズ
「……その『魔獣』の強さは、どんくれぇだったんだ?」
『魔獣』の存在が確認されたことに驚く男性陣。
その沈黙を破り、最初に質問したのは、”斧旋風”バードックだった。
「おそらくレベル40以上はあったと思う」
ローズが答えると、騎士団第四部隊の部隊長クレマチスも発言した。
「そんなのが量産されていると?」
「ああ。既に失敗品として、レベル40に満たない魔獣もどきが、魔族の廃城にも多数いた。あそこを調査し、ギルドに報告したのは、あたしだ。あれから半月。おそらく魔王軍の戦力は、相当なものになっているぞ」
「なるほど……レベル40のモンスターを相手にしなければならないのか……1体1体との戦いが命懸けだな……」
真剣な面持ちで考え込むのは第五部隊の部隊長ライラックである。彼の顔を見て、ローズは直接、声を掛けた。
「そうだ、あんたがライラックさんか?あんたは、魔王軍の幹部が『八部衆』であることを知ってるのかな?」
「『八部衆』……だと……?」
ローズから、その単語を聞かされ、記憶の片隅から何かが蘇ってくるのをライラックは感じた。そして、彼は思い出して叫んだ。
「”『八部衆』の一人、ティグリス!”そうだ!あのトラ野郎は、そう名乗っていた!なぜ、それをあなたが知っているのだ!?」
「あたしは、魔族のいなくなった旧拠点を調査した。ここにいるみんなの知らないことを多く知ってると思うぞ。特にヤツらの戦力構成や、何人かの魔族の能力も知ってる」
「「!!!」」
この発言には、全員、驚愕した。
魔族と出会ったことがあるかないかで、一時、言い争いをしていたことが完全にバカらしくなる。むしろ、これから魔族と戦争を起こそうという時に、今まで相手の戦力を全く知らなかった事実に気づき、彼らは自分たちの愚かさを思い知った。
「いったい、どうやって、そんな情報を!?」
これまで微笑を崩さなかったベイローレルも、この時ばかりは、真顔になった。
「うん……まぁ、魔族が残して行った食い残しの残骸とか、ヤツらの生活の痕跡とか、あとは何やら研究していたらしい形跡とか、そういうのを調べていって、推測したのさ。その内容は、つい昨日、ギルドに報告したばかりだから、この中の誰一人、知る者はいないはずだ」
「………………」
じっと聞いていたベイローレルは、何やら怪しむ目つきで聞いていた。どうやら、完全に信じてはいないようである。
(おそらくローズさんが報告する内容は真実だろう。ここでデマを流して僕たちを混乱させるような、卑劣なことをやる人ではない。だが、自分で調査して推測したってのは嘘だな。この人は、そんな細かいことを考える人じゃない。だとしたら、裏にいるのは、あのレン・シロガネか……)
ベイローレルには、目下のところ、白金蓮と争うつもりはない。なので、ローズの言い分は追及しないことにした。
「なるほど。わかりました。では、魔族の戦力情報をお願いします。僕たちにとっては垂涎の情報です」
「ああ。では、まず最初に言っておく。これからは、猫のいるところでは、絶対に作戦の話をしてはならない」
「「…………は?」」
一同、訝しむような目つきでローズを見た。
その様子を見て、ローズはクスッと笑う。
「あたしも最初にこれを言われた時は、同じ反応をしたよ。いいか。魔族の幹部『八部衆』の中には、猫の力を持った魔族『フェーリス』というのがいる。そいつの能力は、世界中にいる猫の目と耳を使い、人間の行いを観察することなんだ」
「な、なんですと!?」
騎士団第一部隊の部隊長ソートゥースが驚きの声を発した。
「だから、あたしは、この宝珠に入っている猫避けの魔法で、屋敷の周囲に猫が近づかないようにしておいた。フェーリスに操られた猫でも、猫自身が嫌がるところには行かないらしいんだ」
「猫避け……とは?」
第二部隊の部隊長ヴィスカムが尋ねた。
「あたしもよくわからないんだが、人間には聞こない、猫の嫌がる音……何て言ったかな……”しゅうはすう”?とかいうものを出しているらしい。この宝珠は、あと2つあるから、そこにいる聖騎士殿とアッシュさんに渡しておくよ」
ローズは、2つの宝珠をベイローレルとアッシュに手渡しした。
「騎士団にしろ、ハンターにしろ、おそらく今までのこちらの情報は、相手に全部、筒抜けだった。ここからは、これを使って作戦を練るんだ」
今までの自分たちの言動が、全て敵に傍受されていたというのは、一同、とてつもない衝撃であった。特に隠密行動を得意とし、情報収集に長けたゴールドプレートハンター、”幻影邪剣”カツラは、傷跡だらけの顔をさらに引きつらせ、恐ろしい形相になっていた。
「この”幻影邪剣”……これほど驚く事実に遭遇したのは、生まれて初めてです」
「では、以上のことを前提として、彼らの戦力構成を説明するぞ」
ローズは、白金蓮から聞いた、魔王軍の構成を語った。
魔王『デルフィニウム』を筆頭に、側近である年老いた猿の魔族『ピクテス』、さらに『八部衆』の個性的な面々、そして、それぞれのレベル。
彼らのうち、フェーリス、ティグリス、カエノフィディア、そして、魔王デルフィニウムについては、能力の一端までも解説した。ただし、デルフィニウムが幼女であることだけは触れなかった。
「ティグリスというトラ野郎の能力は、まさしくそのとおりです。俺自身が苦しめられましたから。それに、思い返せば、フェーリスという猫女の声も一度、聞いた気がします。トラ野郎が逃走する手助けをしたのは、そいつでしょう。猫を通じて、会話ができるのなら、あの時のことは全て説明がつく」
ローズの説明が確かなことをライラックが体験談に基づいて証言した。言いながら、彼は第六部隊の部隊長をチラリと見たが、目の合ったホーソーンはバツが悪そうに目を逸らした。
「……調査だけで、そこまでわかったのでしょうか?」
第三部隊の部隊長コリウスが、感服した様子でローズに聞き返した。
「あぁ……まぁ、運が良かった部分もあるかな……ヤツらも急いでいたのか、重大なヒントを残していってくれたもんでね」
もちろん適当な言い訳である。彼女自身、全て白金蓮から聞いたことなのだから。
(ったく、やっぱ、あの男、只者じゃねぇな……こんだけの貴重な情報、自分でしゃべっててもビックリするわ。だいたい、魔王の能力が先に判明するって、そんなのアリかよ!)
自分でも思わず心の中でツッコミを入れてしまうローズ。
そして、彼らに一つの結論をぶつけた。
「……てことで、実際問題、マジでヤバいのは、やはり魔王だ。魔王の力には、魔族の幹部が束になっても敵わない。なんせ、『重力』っつう、よくわかんないんだが、重くなる力を使うんだ。アレに対抗できるのは、敵の魔法を解除できるベイ坊、お前か、このあたしくらいだろうな」
「ちょっ、ローズさん!」
魔王に対抗できるのは自分のみ、と言われて嬉しいはずだが、昔ながらの馴れ馴れしい呼び方をされたベイローレルは、ローズに非難の目を向けた。それを察したローズは、さすがにこの場で弟分扱いするのは悪かったと反省する。
「ああ、すまない。彼には以前、ちょっと世話してやったことがあってな。弟みたいなヤツなんだ。でも、今は”勇者”という名の”聖騎士”だった。失礼失礼」
ローズが苦し紛れのフォローを入れるので、ベイローレルは仕方なく正直なことを全員に報告した。
「すみません。実は昔、成人する前なのですが、こちらの”女剣侠”さんに剣を教えてもらったことがありまして。騎士が女性から剣を教えてもらったというのは、騎士団では聞こえが悪いんです。ですから、今まで黙っていました。でも今の報告を聞いて、この方が只者じゃないってことがおわかりですよね?」
全員、これには納得せざるを得ない。
魔王軍の詳細な情報を仕入れてきた人物は、これまで誰一人いなかったのだ。
「てことで、魔王と戦うのは、あたしと、そこの”勇者くん”の二人だ。あとのメンツは、他の魔族幹部に当たるように作戦を練ってくれ」
ローズは、最後に念を押した。
実は、彼女が魔王軍の情報を詳細に語ったのは、これが目的だったのだ。
(これで、魔王に当たるのは、あたしとベイ坊だけになった。あとはベイ坊と話をつけることができれば、レンとユリカを魔王に会わせることができる。二人の目的を果たすために舞台は整えたぞ)
そう考え、彼女が満足していると、一人だけ、これに異を唱える人物がいた。
「おいおいおい!!”女剣侠”!!お前の情報は、さすがとしか言いようがねぇし、昔、オレのことをフったのも気にしちゃいねぇ!だが、今のは聞き捨てならねぇな!魔王と戦うのは、オレだって頭数に入るはずだぜ!!」
”斧旋風”のバードックである。
2メートルを超える巨漢が立ち上がり、部屋を揺るがすような声でローズに迫った。
「バードック、君のレベルも強さも、あたしはよく知っている。単純な力勝負じゃ、絶対に敵わないさ。だが、今の話のとおり、魔王には、力任せでは勝つことができない。魔法的な対策が必要なんだ」
「そんなのは、やってみなけりゃ、わからねぇだろうが!!」
「いや、わかる。自分の体重が、何倍にも、何十倍にもなるんだぞ。如何なる人間であろうとも、呼吸すらままならず、骨も砕けて肉体は潰れてしまうんだ。少し想像すれば、わかることだろう」
「だったら、お前はどうやって対抗するんだ!!」
「あたしは、体を軽くし、素早く動ける魔法の宝珠を持っている。これで重力2、3倍くらいなら、なんとか動けるはずだ」
「なら、その魔法をオレにも使わせてくれよ!オレがそれで魔王と戦えば、最高戦力になるだろうが!!」
「君な、この魔法は、あたしが手に入れた貴重なものだ。あたしのように戦いたいのなら、君自身が優秀な魔法の宝珠を見つければいい。それが、ハンターというものだろうが」
ローズの主張は、ハンターとして当然の矜持だった。
バードック本人も、これには納得する以外にない。
「……ちっ、ケチくせぇこと言いやがって……」
渋々ながらも悪態をついて座りなおすバードック。
これで、なんとか話はまとまり、具体的な魔族の拠点の捜索活動に相談は移った。
「魔族の拠点捜索についても、あたしから提案があるんだが……」
そう言って、ローズはさらに提案をした。
そして、騎士団の6部隊にハンターが加わる形で、連合軍を6つの部隊に分け、王国国内を1部隊が、中立地帯を5部隊がそれぞれ移動し、手分けして魔族の拠点を洗い出す手法が採用された。
中立地帯を進む各部隊には、5人いるゴールドプレートハンターが1人ずつ付き、戦力を補強する。また、中立地帯の地理に疎い騎士団のため、ハンターが道案内をする。
そうして、6つのルートを進軍することで、いち早く魔族の拠点を特定し、判明し次第すぐに合流し、拠点を叩く。ということになった。
一時的に戦力を分散するため、リスクの高い戦略となるが、短期決戦が望まれることから、この案で決定されたのである。
「ボクとチェスナットさん、それにアッシュさんは、第一部隊と行動しましょう。そこを作戦本部とし、中立地帯の5つのルートのうち、真ん中のルートを通ります」
「あたしも情報を知っておきたい。第一部隊に同行するゴールドプレートは、あたしで構わないか?」
「そうですね。皆さんはいかがですか?…………特に異論は無いようですね。では、ローズさん、お願いします」
ローズは、ベイローレルと個人的に話す機会を得るため、第一部隊に加わった。後ろにいるダチュラは、ベイローレルに同行できることを知り、心の中でガッツポーズをしている。
その後、騎士団とハンターの割り振りが決められ、受け持つルートが決定した。
「では、各部隊、すぐに準備して出発しましょう。最後に何か質問はありませんか?」
ベイローレルは念のために尋ねた。すると、今まで特に発言をしてこなかった、”マムシ鉄鎖”トリヤが、不気味な笑い声とともに質問した。
「キシシシシシ……魔族は、見つけ次第、殺して構わないんだよな?」
「”マムシ鉄鎖”さんですね。ええ、倒すことが可能なら、問題ありません。もしも厳しいと思ったら、一度撤退することも考えてください」
ベイローレルは、普通に心配しながら、助言も交えて回答した。ところが、トリヤからは、意外な言葉が返ってきた。
「それと、さっきの話が本当なら、魔族にも女がいるんだよなぁ。もしも女の魔族を発見したら、オレに優先的に戦わせてもらえねぇか?」
下卑た笑顔でそう告げる”マムシ鉄鎖”に、会場の全ての人間がドン引きした。
「……何をされたいのかは、あえて聞きませんが、魔族に遭遇した場合、撃破するかどうかは、現場の判断にお任せします。我々の最優先は、ヤツらの新しい拠点を見つけ出すことです。本格的な戦術は、その後、合流してから決定します。決戦前に戦力を消耗するようなことがないよう、十分に配慮してください」
ベイローレルは、これだけ言い、話を終わらせた。
会議は無事に終了し、各部隊に分かれての行動になる。
出席者たちが席を立ち始めたところで、ベイローレルは第六部隊の部隊長ホーソーンに声を掛けた。
「ホーソーン部隊長、よく発言を我慢しましたね」
ニコニコ話しかけるベイローレルにホーソーンは、ぶっきらぼうに答えた。
「……命令だからな」
「すみませんが、比較的安全な国内ルートを進むのは第六部隊にお願いします。今は事実上の謹慎期間ですので」
「了解した」
ホーソーンは、命令なしで白金夫妻の追跡を独断先行した”規律違反”、さらに国境の町で封印されていた魔族を取り逃がすという失敗により、謹慎処分とされていた。
部隊長の任から降ろすことも検討されたが、決戦前の現状では部隊の士気に関わるとベイローレルが判断し、厳重注意で留められたのだった。ただし、公の場での勝手な発言は禁じられ、戦線に赴く際にも、重要な役回りからは外されることになっている。
一方、ひと仕事終えたローズは満足そうに微笑んでいる。そして、ふと隣を見ると、アッシュが何かを思い出したように笑っていた。
「アッシュさん、どうしたんだ?」
「いや、ローズ。君が言った”勇者くん”という呼び方が、妙にツボに入ってな。アレは良かった」
「ああいう”勇者”を気取ったヤツは、あれくらいで、ちょうどいいのさ」
「ともあれ、助かったよ。君が来なかったら、おそらく相当面倒なことになっていた」
「フフッ、礼ならレンとユリカに言ってくれ。さっきの情報は、ほとんどあの夫婦から聞いたものだ」
「えっ」
「……おっと、他にもお客さんみたいだぞ。それじゃ、あたしは失礼するよ」
ローズはダチュラを伴って、去って行った。それと入れ替わるように近づいてきたのは、騎士団第五部隊の部隊長ライラックである。
「アッシュ殿、少し聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「ライラック部隊長、魔族を退けた英雄に声を掛けていただけるとは光栄ですな」
「先程、貴殿は、夫婦のハンターの話をされていましたね。実は私も夫婦のハンターに命を救われたのです。しかも、私が戦った魔族のうち、2体は彼らによって倒されました。魔族を討伐する夫婦など、そうそういるものではないと思うのです。もしかしたら……」
「……あなたは、それを知って、どうされるおつもりですか?」
「あ、いえ、ただ礼を言いたいのです。騎士団は彼らを敵と見なしているようですが、私には、そうは思えません」
「そういうことですか。実は、俺は騎士が嫌いなのですが、あなたとは気が合いそうだ」
「そうですな。事が済んだら、一杯やりましょう」
精悍な顔立ちの二人の男が笑顔で語り合うのを、ローズは遠くから微笑して見ていた。
そして、会場となった屋敷を出て、物陰に移動する。ダチュラと二人だけになったのを見計らい、宝珠を取り出した。
「……あ、あ、あぁーー、う、うんっ」
呼吸と声を整えるローズ。
喉と心の準備が万全になったところで、彼女は宝珠で通話を開始した。
「レン、聞こえるか?これでよかったんだよな?」
すると、宝珠を通じて、笑いを含んだ声が返ってきた。
「いや、ローズ、ずっと聞いてたから大丈夫だよ。いつも通話の前は緊張するんだな」
白金蓮の声である。
彼は、ローズに宝珠の通信機能を起動させ、会議の一部始終を盗聴していたのだ。
「バッ、バカ野郎!誰が緊張などするものか!さっきの堂々とした話しぶりも聞いてたんだろうがっ!」
「ああ、聞いてたよ。さすがは”女剣侠”。上出来だ。やはり僕が見込んだとおりの女性だったな」
ローズが話した情報だけでなく、提案した作戦内容も、全て彼の入れ知恵だった。会議の様子を傍受しながら、次の発言内容をローズにメッセージ送信し、伝えていたのである。
白金蓮から褒められて上機嫌になったローズは胸を張り、得意気な顔で言った。
「ふん!あたしを誰だと思ってんだ!これからは、ベイ坊と一緒に行動して、中央の情報を伝える。あとは、レンとユリカ次第だ。任せたぞ!」
”女剣侠”ローズのスパイ大作戦が開始された。
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