第98話 最後の布石
嫁さんはビックリした様子でカンファーさんに尋ねた。
「カンファーさん、私のこと、わかってたんですか?」
「ええ。底知れぬ力を秘めているとお見受けします。ここまでの達人に私は出会ったことがありません。仮に、あなたが伝説の勇者だと言われても、私は信じますよ」
心底驚いた。
この世界に来て以来、様々な誤解を受けてきたが、ひと目見ただけで嫁さんの強さを見抜いた人物は一人もいなかったからだ。
あの”女剣侠”ローズでさえ、初めて嫁さんに会った時、”思っていた印象と違う”と言ったくらいであり、”聖騎士”ベイローレルの場合、僕より嫁さんの方が強いことまでは見抜いたが、その強さの本質に気づくことはなかった。
僕は、宝珠システムによる【
「カンファーさん、レベル41だったんですね……」
思わず口に出してしまった。見た目は50代後半に見え、肉体的にも衰えているはずなのにこの強さ。若い頃は、どれほどの実力者だったのだろうか。
「おや?私の今のレベルを知っている人はあまりいませんが、どうやってわかったのですか?」
さすがに不思議がってカンファーさんが聞いてきた。
「え、ええ。ちょっと新作の魔法がありまして。相手に知られることなく遠隔で測定できるんです。すみません」
「それは、すごい魔法ですね。そんなものがあれば、初めて遭遇するモンスターにも対応する手段が増えましょう。なるほど。やはりレン殿は、そういう類の強さをお持ちなのですね。これは、さすがに私でも見抜けません」
ここで嫁さんが具体的な質問をした。
「カンファーさん、私の強さって、どれくらいわかりました?」
その声には、少しウキウキしたものがあった。彼女にとっても、自分の強さに気づいてくれる人物に初めて会ったのだ。やはり嬉しいのだろう。
「正直言いますと、ユリカ殿を見ていると、何か、底知れぬ深淵を覗いているようで、少々恐ろしくなるのです。あまり深入りすべきではないと、まるで私の本能が言っているような。つまり、それほど、あなたが強いということなのでしょう。具体的な強さまでは、私では測りかねます」
「すごい!!!」
嫁さんが感嘆した。
まさにこれこそ正しい評価だ。
「そして、このような奥方を連れていらっしゃるレン殿が、只者であるはずはないと確信しておりました」
さらに僕に向かって微笑するカンファーさんに僕は苦笑した。
「あ……いや……そこについては、ただの偶然というか……」
「いやいや。ご謙遜を」
「やはり、わたくし以外にも、お二人の素晴らしさをわかる方がおられるのですね……」
後ろに立っていたシャクヤが感動している。
その手には、『マナ・アップル』の袋を抱えたままだった。
「あ、シャクヤ、ごめん。持たせたままだったね」
「いえ」
「カンファーさん、昨日お話しした『マナ・アップル』です。以前に採取していたものが、まだありましたので、これを納品させてください」
「なんと!もう持って来られたのですか!申し訳ありません。まだ依頼書も作成しておりませんでしたので、すぐに手配して参ります」
バタバタと部屋を出て行ったカンファーさんは、しばらくすると戻ってきた。テーブルを囲み、必要書類に署名する。
「こちらが掲示板に貼り出す前の依頼書になります。今回の依頼主は、当ギルドです。そして、レン殿とユリカ殿が受注され、即座に納品。依頼は達成されます」
「はい」
「依頼の発生から0秒で、受注と達成。これは、おそらく前人未到の新記録でしょう!」
「いや、ただ手続き上、そうなっただけですよね」
カンファーさんが豪快に笑ったので、僕もツッコみながら笑った。
嫁さんも安堵した様子で言う。
「これで本部長さんも元気になるね。こんなことなら、初めてここに来た日に『マナ・アップル』の話をすればよかったよ」
「本当だね。思えば、ここに来るたびに毎回、騎士の邪魔が入って、カンファーさんと最後まで話ができなかったんだ」
僕が同意すると、カンファーさんは真面目に答えた。
「それはもう過ぎたことです。あの時、まさかお二人がこの貴重な果実を持っていることなど、我々も知りようがありませんから。さて、『マナ・アップル』を3個という依頼ですので、残りはお持ち帰りください。そして、これが達成報酬です」
渡されたのは、金貨6枚だった。
「リンゴ1つに金貨2枚ですか!?」
「ええ。それほど貴重な果実なのです」
この事実に嫁さんがボヤいた。
「蓮くん、これ売るだけで生活できたんじゃないの?」
「なんてことだ……所詮はリンゴという考えしかなかった……」
カンファーさんは、微笑みながら満足そうに立ち上がった。
「さて、それでは失礼ながら、『マナ・アップル』を一刻も早く本部長に届けたいと考えますので、私は退出させていただきます。本部長には、レン殿を商業組合へ紹介する旨、したためてもらいますので、明日、またお越しいただけますか?」
「ありがとうございます。では、僕たちもこれで失礼致します」
ギルド本部から出た僕たちは、3人で喜び合った。
「やったね!蓮くん!これで紹介状を書いてもらえれば、商業組合のおじいちゃんも認めてくれるんじゃない?」
「そうでございますね!レン様!おめでとうございます!」
「ありがとう。百合ちゃんとシャクヤのお陰だよ」
「あの時、蓮くんが風邪を引いたお陰でもあるよ」
「本当でございますね!さすがはレン様でございます!」
「いや、アレを褒められても嬉しくないよ」
「さて、あとはどうしようか?もう今日はやることないんじゃない?」
「紹介状をいただけるまでは、待つしかございませんね」
「いや、まだ半日ある。せっかくだから、商業組合に持っていくために、もう一つ準備しよう」
「「え?」」
疑問に思う嫁さんとシャクヤを連れて、僕は家に戻った。すると、遅く起きてきたエルムたち7人の男衆が僕のもとに慌てて集まってきた。
「だ、旦那!あねさん!昨日は、すいやせんでした!!」
「ん?何の話だ?」
「俺たち、昨日も昼間から朝まで飲んだくれてて、お二人とシャクヤ嬢ちゃんが、とんでもねぇピンチだったってことを今朝知ったんでさぁ!ただ、帰って来た時には、まだ旦那も寝てたんで、仕方なく今になりやした。ほんと!すんませんでした!!」
「つまり、今まで寝てたんだな……」
「へい!ほんと!すいやせん!」
「いや、別にいいよ。お前たちがどうこうできる問題じゃないんだから。それより、たぶん百合ちゃんの方が言いたいことがあると思うよ」
「「えっ!!」」
僕が嫁さんに話を振ると、男衆は震えるように驚いた。叱られそうなシーンで嫁さんにバトンタッチしたのは、ちょっと可哀想だったかもしれない。彼らは、怒っている時の嫁さんを地獄の鬼のように恐れているのだ。嫁さんは、彼らに厳しい声で言った。
「あんた達、きっと噂をいっぱい聞いてきたんだろうから、ハッキリ言っておくわね!私!シャクヤちゃんに蓮くんを取られてなんか、いないからね!」
「「へ……へぃ……」」
叱られるのかと思いきや、よくわからないことを宣言されたので、唖然とする男衆。
「……あれ、なに、キョトンとしてんの?」
「いえ、お二人にそんなこと……あるわけねぇと思っていやしたので」
「あら、エルム、いいこと言ってくれるわね」
エルムの答えを聞いて、途端に上機嫌になる嫁さん。
「それにもしも、いや、ほんとにもしもの話ですが、実際にそんなことが起こったら、今頃この家なんて、ふっとんで無くなってると思いやすよ」
褒められて嬉しくなったのか、エルムが軽口を叩いた。
それを聞いて僕は噴き出した。確かにそのとおりだ。
「ちょっと、なに笑ってんの?」
嫁さんが口を尖らせてこちらを見た。
「いや、別に」
僕が軽く答える後ろでは、シャクヤも笑いを堪えて、体を震わせていた。
「シャクヤちゃんまで……」
「も……申し訳ございません……」
そこにエルムが、男衆を代表して、真面目ぶって言った。
「ですが、本当に面目ねぇことでした!シャクヤ嬢ちゃんが泣かされてる時に、俺たち何も知らねぇで遊んでたってのが、悔しくて仕方ねぇです!」
ちょうどよく、彼らがやる気を出しているので、僕はエルムに告げた。
「うん。だったら、これからひと働きしてもらおうか。ちょうど仕事を振りたいところだったんだ。お前たちの仕事はバトルじゃない。モノを運ぶ力仕事だ」
僕は、彼らに命じて、家の庭に置いてある2台の荷車を運ばせ、街の外まで行った。
嫁さんとシャクヤも一緒だ。そして、あの木造自動車1号の保管してある場所に来た。
「これは……何でございましょうか?」
シャクヤが不思議そうに尋ねてきた。
僕は、自動車操縦用の宝珠を取り出し、発動させた。これは、クルマのキーの役割も持たせてあり、ただの変形した荷車だったものが、魔法によって、自動車としての機能を持つようになるのだ。
「え……え?これは……いったい……」
それを見ただけでは、全く理解できないシャクヤ。
嫁さんが誇らしげに説明する。
「これはね、乗り物なんだよ」
「乗り物?魔法で乗り物を造ったのでございますか?」
「うん。そして、魔法で走るの」
「魔法で……は……走る!?」
その横では、僕はさらにエルムたちに運ばせた2台の荷車を材料にして、もう1台の木造自動車を構築していた。それもすぐに完成した。さらに、この2号機のために操縦用宝珠をコピーする。
「百合ちゃん、運転したいって言ってたよね?」
「え?いいの!?」
「さすがに10人では1台には乗り切れないから、エルムたちの荷車で、もう1台造ったんだ。僕はこれを運転するよ」
「じゃ、こっちは私が運転していいの?」
「うん。僕の後ろについて来て」
「りょ!」
嫁さんは操縦用宝珠を受け取り、喜び勇んでクルマに乗った。男たちは、何が何だか、わからない様子で、人数を分けて木造自動車に乗り込む。シャクヤは、気づけば僕の隣に座っていた。
「ちょっと、シャクヤちゃんはこっち」
「え?」
「シャクヤちゃんは、こっち」
二度、同じことを言った嫁さんの目が死んだようになっていた。ゾクッとする僕とシャクヤ。
「シャクヤ、百合ちゃんのサポートしてあげて」
「かしこまりました」
結果として、僕の方は、むさくるしい男4人を乗せたドライブとなった。向こうは美少女2人と男3人である。少しだけ、自分の計画を後悔した。
「で、蓮くん、どこに行くのーー?」
「中立地帯の食材集めだよ」
「ああ、なるほど」
「ガヤ村まで徒歩で5日の距離でも、クルマを使えば半日で行けるはずだ。途中までなら、その時間で往復できる」
「じゃあ、2台で競争しようか!」
「バカ言うんじゃないよ!方向音痴が!僕の後ろについて来なさい」
「はーーーーい」
僕たちが木造自動車を走らせると、同乗したメンバーたちは歓声を上げた。
「「おおおおおおっ!!!!!」」
「う、馬もいねぇのに走ってる!!」
「しかも速ぇ!なんすかこれぇ!!!」
「振動も全然こねぇ!」
「風が気持ちいぃぃぃぃ!!!!」
全員が驚きと感動で胸をいっぱいにしていた。シャクヤに至っては、頭が混乱しすぎて、口を開けたまま目が点になっている。
久しぶりとなるドライブであり、さらに久しぶりとなる環聖峰中立地帯の街道だった。
この街道は、人通りが少なく、前回、徒歩で通った時も、すれ違った人は二組程度であった。なので、とても快適に走ることができる。街道の幅は、馬車がすれ違える程度の広さがあるので、そこも問題はなかった。
徒歩による1日の行程は、時速4キロで歩いたと仮定すると、朝から10時間歩いて約40キロ。これがクルマの場合、時速40キロで走らせれば、1時間で進むことができる。1日の行程を1時間で終えることができるのだ。
ガヤ村までなら、5時間で到着できる計算である。今回は、食材採取が目的なので、中間地点まで行き、1時間で食材を採取すれば、6時間で帰って来れるだろう。
そして、僕の計画は、そのとおりに実現された。
街道の中間地点で空き地を見つけ、そこに木造自動車を駐車する。食材採取と兎狩りの達人であるウィロウを筆頭に、男衆は食材を採りに向かった。念のために嫁さんは彼らの護衛についた。
少しの間、僕はシャクヤと二人きりになった。
「こ……この不思議な乗り物は……いったい……どういうことなのでございましょうか……?」
男衆の仕事を待っている間、シャクヤは愕然として木造自動車を眺めていた。僕は、自動車の機構を一つ一つ説明してあげた。
「……このようなものが……レン様の世界では、普通に走っているのでございますか?」
「いや、これとは似ても似つかない。もっとカッコいい形で走っているんだよ。僕は、見よう見まねで、しかも鉄ではなく、木で再現してみただけなんだ。そして、僕たちの世界に魔法はないから、全て機械の力で動くんだよ」
「すごい世界でございますね……わたくし……是非とも、そちらの世界に行ってみとうございます」
「え……」
「そのような素晴らしい世界、ひと目でもよろしいので、この目で拝見しとうございます」
そう言われると、なんだか不思議な気持ちがする。僕と嫁さんは、元の世界に帰ることを目的としているが、それは元の生活に戻りたいからであり、今の地球をそこまで素晴らしいと考えてのことではなかった。
僕たちの立場では、魔法の存在する世界に憧れがあり、そういう世界を楽しむためにゲームが存在している。しかし、シャクヤの立場からすると、魔法の存在するこの世界よりも、文明の発達した現代社会にこそ、心惹かれるものがあるようだ。
「うん……どうだろうか……僕たちが帰る方法すら微妙だからね……」
「ところで、レン様のブレスレットの宝珠のことも、わたくし、ずっと気になっております!」
シャクヤは急に僕の宝珠システムに話題を変えた。そう。まだシャクヤには、宝珠システムのことは詳しく説明していなかった。今まで忙しく、ゆっくり教えてあげる時間が無かったのだ。
「うん。こっちはもっと説明が大変なんだ。あとでゆっくり教えてあげる」
「お聞き致します!いくらでも!」
そうしているうちに嫁さんと男たちが戻ってきた。
嫁さんが僕に報告してくれた。
「前は、この辺でモンスターは出なかったんだけど、遺跡が崩れて、魔族もいなくなったせいか、出現するようになったよ。護衛がいないと、エルムたちだけじゃ、食材集めは厳しいかも」
「そうか……でも、毎回、百合ちゃんに来てもらうのは、僕が困るなぁ」
「それでしたら、次回からは、わたくしが護衛を致しましょう」
シャクヤが自ら言ってくれたので、僕は任せることにした。
「そうだね。シャクヤは、ウチの専属ハンターだ。よろしく頼むよ」
「はい!」
話がまとまると、嫁さんが懐かしそうに呟いた。
「なーーんか、ここまで来ると、ガヤ村にも寄ってみたくなるよね。バーリーさん達にも会いたいなぁ」
「うん。でも、今日のところは、日帰りで戻ろう。それに僕的には、商売が軌道に乗ってから、バーリーさんに会いたいんだ。あまりあの人たちに心配を掛けたくない」
「そだね。今度、ゆっくり行こっか。……あれ?エルム、何やってるの?」
嫁さんは、エルムがまだ作業をしているのに気づき、声を掛けた。エルムと男たちは、狩ってきた兎の腹を割き、内臓を取り出して血液を落としていた。
「内臓を取り除いて、血抜きをしているんですよ。兎の肉は、これをやっとかないと、あとで臭みが残っちまうんでさぁ」
「へぇーー。やっぱりあんた達、こういうことには、さすがね」
荷車に全ての食材を乗せたエルムが、汗を拭きながら言った。
「ふぅーー、今日のところは、こんなもんですかね」
「ああ。とりあえずは商業組合の代表、ゼルコバさんに食べてもらいたいんだ。これを食べてもらえば、僕が嘘つきじゃないってことが、わかってもらえるはずだ」
「食べたら、ぶったまげますよ」
「では、エルム、帰りはお前が運転するんだ」
「えっ!お、俺がですかい!?」
エルムは跳び上がるように驚いた。
「道中で使い方は説明はしただろ?ある意味、そのために連れてきたんだ。これからは、このクルマを使って、食材集めと運搬を担ってもらう。それがお前たちの仕事だ」
「い、いいんですかね?俺なんかが、こんなすげぇもん動かして……」
「初めは戸惑うだろうけど、ともかくは”慣れ”だ。そのうち、自分の手足みたいに動かせるようになる。横で僕が見てやるから、安心してやってみろ」
「わ、わかりやした!」
緊張しながら、宝珠を使い、木造自動車を運転するエルム。最初こそモタモタしていたが、そのうちにコツが掴めてきたようで、最終的には楽しそうに運転していた。
その様子を見た、他の男たちも刺激され、自分もやりたいと言い出す始末だった。やはり、どこの世界に行っても、男というものは、乗り物に魅了される生き物なのだ。
「よし。これからは、エルムがみんなに少しずつ教えてくれ。運転手は交代制にするなり、自分たちでルールを定めればいいだろう。ともかく最も重要なことは”安全運転”だ。もしも、このクルマで人に危害を及ぼしてしまったら、プラチナ商会の信用はガタ落ちだ。そこだけは忘れるな。いいな?」
「「はい!!」」
新しいアイテムを手に入れた男たちは目を輝かせ、威勢の良い返事をした。
2号機は、合体変形を解けば、元の荷車に戻れる仕様にした。こうすれば、街中では普通の荷車として運ぶことができる。これで、食材採取が日帰りで可能となった。
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