第97話 評判と真実
一連の騒ぎから一夜が明けた。
中央広場で起こった様々な出来事は、ベナレス市民の関心を集め、見聞きした人々がさらに周囲に触れ回った。噂好きである自由都市の市民の活躍により、それは一夜のうちに瞬く間に広がっていた。
ただし、その内容があまりにも多すぎた上、人々の理解を超えた現象も存在したため、尾ひれが付いた噂には、さらに翼が生え、角が生え、本来の姿とは全く異なる化け物のように伝わっていた。その内容とは――
「昨日の広場の決戦は凄かったなぁ!”ニセ勇者”レン対”部隊長”ホーソーン!あんなすげぇ戦いは、めったに見れるもんじゃねぇぜ!」
「いや、俺、見てたけど、ほとんどよくわかんなかったぞ。レンなんて、全然動いていなかったからな」
「バカだなぁ!”大賢者”の弟子って名乗ってただろ?つまり、よくわかんねぇ魔法の使い手と、剣の達人が戦ってたんだよ!」
「たしかにあの爆発は凄かったなぁ!」
「それを掻い潜って剣を放つ部隊長と、魔法で退けるレン!最後は部隊長が地面に転げて動けなくなったところをレンが、ズガンっと何かをぶつけたのさ!」
「いや、最後は嫁のユリカがトドメを刺したんだろ?」
「いやいや、それを止めたんだよ」
「違う違う!二人がかりで部隊長を倒したところを、”勇者ベイローレル”の名のもとに仲裁が入ったんだ」
「「ああ!そうだったそうだった!」」
「つまり、”ニセ勇者”レンと、その嫁ユリカは、ただのニセモノじゃねぇってことだ。二人で力を合わせれば、騎士団の部隊長を倒せるくらいの実力者なんだ」
「なんだ!じゃあ、シルバープレート夫婦ってのは、嘘じゃねぇな!」
「あの偉ぶった騎士をコテンパンにしてくれたのは、スカッとしたなぁ」
「いやいや!所詮は”勇者ベイローレル”のニセモノだろ。良くて、なんとかの弟子。”小賢者”だ」
「……ねぇ、あんた達、知らないの?」
「何がだ?」
「その旦那のレンと、”姫賢者”がカケオチしたって話だよ」
「「マジか!!」」
「なんでも”大賢者”の弟子って名乗ってたんでしょ?きっと”姫賢者”を守るために騎士団と戦ってたんだよ」
「じゃあ、そのせいで騎士団から、”ニセ勇者”って呼ばれてるのか!」
「で!逃げた二人を奥さんのユリカが追いかけて行ったんだって!」
「かぁっ!色男め!」
「そいつぁ修羅場だな!」
「”姫賢者”とカケオチなんてヤツぁ、爆発しちまえ!」
それぞれ地域ごとに差異はあるものの、概ね、以上のようなやり取りが、あちらこちらで展開されていたようだ。
その結果、僕に向けられた評価は二分し、偉ぶった騎士を退けた英雄として称える者と、勇者ベイローレルのニセモノとしてさらに悪者扱いしてくる者とで、半々となった。
二つ名も増えてしまった。
”ニセ勇者”という悪名の他に、大賢者の弟子という意味で”小賢者”、さらには姫賢者を奪った男として”姫泥棒”だ。
”小賢者”はまだいい。だが、”姫泥棒”は、ひどすぎないだろうか。これには、おそらく”姫賢者”ファンの呪いが込められているようだが。
さらには、嫁さんの評判も苦々しいものとなった。どうやら、世間の認識では、”姫賢者”シャクヤに夫を奪われた女として、悲劇的に見られているようだった。本当に、どんな世界においても、善良な市民というものは、こうした、くだらないスキャンダルを好むものだ。
”閃光の未亡人”
それが嫁さんの二つ名になってしまった。
ひどい話だ。夫の僕が死んだわけでもないのに、なぜ未亡人とされてしまったのか。
”閃光”というのはわかる。彼女が光のように突如出現した姿が、そのように人々の目に映ったのだろう。また、彼女の美しさを光のように称えていることもあるようだ。しかし、僕の存在を無視して、美人の未亡人がハンターを続けているらしいという話が作り上げられてしまった。
そして、これらのことに最もショックを受けていたのは嫁さんだった。
「なんで……なんで私、蓮くんにフられたことになってるの?」
朝食後、気配を消してフラリと街を散歩してきた嫁さんが、ドンヨリした様子で帰って来たのだ。先程の噂話も、この時、世間の声を拾ってきた嫁さんから説明してもらった内容だ。
僕とシャクヤは、それを聞いて愕然とした。
「百合ちゃん……僕なんて、二つ名に”泥棒”が付いちゃったよ。これじゃ、商売の信用なんて、ゼロに等しい……いや……ゼロどころじゃない……マイナスだ……」
「も、申し訳ございません……わたくしのせいで、おかしな評判が立ってしまいました」
意気消沈する僕と、謝罪するシャクヤ。
「私なんて、蓮くんをシャクヤちゃんに取られたことになってんだよ!ひどいよ!ひどすぎるよ!」
さらに愚痴を言い出す嫁さんだったが、正直、僕としてはどうでもよかった。
「ひどいけど、別に本当のことではないんだから、いいんじゃないの?」
「やだよ!そんな目で人から見られるなんて、もう街を歩けないよ」
「”ニセ勇者夫婦”の時は、笑い飛ばしてたじゃないか」
「あれはアレ!でも、これは全然違うでしょ!」
「そうなのか……」
「もうやだ……夫婦らしいこと何もできないのに、その上、世間の噂では、別れたことにされてるなんて……」
ふてくされて、テーブルにうつ伏せる嫁さん。
どうやら彼女にとって、”勇者”関連で、あらぬ噂が立つことは問題ないが、僕と別れた噂は大問題のようだ。なんとも、かわいげがあると感じるが、これから仕事をしたい身としては、非常に面倒臭い。
「まぁ、でもほら、そのうち噂も消えて無くなるよ」
「そ、そうでございますね」
僕が適当に励ましの言葉をかけると、シャクヤも相槌を打った。
すると、嫁さんの愚痴は、今度はシャクヤに向かった。
「ちょっと、シャクヤちゃん、なんか顔がニヤけてるよ?」
「へ!?い、いえ!そのようなことは……」
動揺するシャクヤ。
それには僕も気づいていた。横にいる僕の目にも、先程からシャクヤが浮かれているように見えていたのだ。
「もしかして、嬉しいんじゃないの?」
「と、ととと、とんでもないことでございます!いくらなんでも、噂の中でレン様とわたくしが、む、結ばれてしまったからと言って、そ、それを喜ぶような、はしたないマネをするはずがございませんわ!」
「シャクヤちゃん……嘘がヘタね……」
「ブレないな……この子は……」
嫁さんに続いて、僕も感想を漏らす。
ところが、その瞬間、嫁さんの文句の矛先が僕に変わった。
「だいたい、蓮くんも、どうしてそっちにいるの?私の隣に座りなさいよ」
今、僕たちはダイニングにおり、嫁さんに向かってテーブルの反対側に僕とシャクヤが座っている。散歩から帰って来た彼女の報告を聞くために、自然とこうした位置関係になったのだ。
「いや、君の話を聞くために……」
「こっちに来て」
「はい」
重い口調で嫁さんから言われると、逆らうことなど不可能だ。
僕が席を移ると、嫁さんはシャクヤに向かって改まって言った。
「シャクヤちゃん、昨日は一緒にいていいって言ったけど、一応、念のためにハッキリ言っておくわね。もしも、本当に”もしも”だけど、シャクヤちゃんが蓮くんに手を出したら、私、本気で怒っちゃうから」
すると、シャクヤも真剣な口調で答えた。
「はい!もちろんでございます!そもそも、わたくしごとき、ユリカお姉様の足元にも及びませんので、レン様に愛していただけるとは考えてもおりません!」
「えっと……うん……そこまで言ってないんだけど……」
「お姉様が悲しむようなことは、わたくし、決して致しません。ご安心くださいませ!」
「そうね。ありがとう。信じてるわ」
微笑した後、嫁さんは僕の方を向いた。
「蓮くんも、シャクヤちゃんがどんなにかわいくったって、絶対に手ぇ出さないでよね」
「わかってるよ。当たり前だろ」
僕は憮然として答えた。
そこには、今さらそんなことを聞くなよ、という感情を含んでいる。
それを嫁さんはジトーッとした目つきで見つめ返してきた。さすがに大好きな嫁さんと言えど、ここまで疑われると、僕としてはウザい。我慢できずに僕は横に向き直り、嫁さんの両肩を持った。
「コラ、いい加減にしなさい。今度は僕が怒るよ」
僕が強気で言った結果、嫁さんは少しデレた。
「……ごめん」
本当に、この子のヤキモチモードは面倒臭い。そもそも昨日の話し合いで、このモードになればよいものを、世間の噂話で精神をやられてしまった結果、今頃になってヤキモチを焼いているのだ。そう考えると、この嫁さんの心を軽くする言葉が見つかった。
「ほら、これから仕事だ。僕たちが信用を得て、夫婦で商売を進めていけば、妙な噂も、誤解だったって伝わるはずだよ。”ニセ勇者”の件は難しいけど、夫婦の仲は、見せつけてやることができるでしょ?」
これを聞くと、嫁さんは急に明るさを取り戻した。
「……そっか。そうだよね。蓮くんと一緒に頑張ればいいだけなんだ」
よかった。これで、ようやく現実的な話を始められる。
「よし、じゃあ、カンファーさんに会いに行くよ。僕たちの無事を報告しないと」
「あ、あと『マナ・アップル』を採りに行くんだよね?」
「うん。ちなみに前のはどうした?」
「あれは、シャクヤちゃんに預けておいたんだ」
そう言われて僕はシャクヤに目を移した。
「はい。あの時、お預かりしました『マナ・アップル』は、今でも、わたくしの部屋で保管しております」
「「えっ!?」」
シャクヤの言葉に夫婦そろって驚いた。
専業主婦の嫁さんがさらに詳しくツッコむ。
「あれから1ヶ月近く経つのに、あのリンゴ、大丈夫なの?」
「はい」
「こんな、あったかい地域で?」
「『マナ・アップル』は、豊富なマナの影響で、ほとんど腐らないのでございます。1年くらい常温で放置しておりましても、問題なく召し上がれます」
「何その無敵の果物!」
ここで、僕も冷静な意見を述べてみた。
「よくよく考えたら、リンゴって普通、秋から冬にかけて採れる果物だよね。あんな温かい気候の中立地帯で、どうして実ってたんだろうか?」
「『マナ・アップル』は、形状と味はリンゴにそっくりでございますが、全く別の植物の果実でございます。その生態も謎に包まれております」
「つまり、深く考えてもしょうがないんだね」
シャクヤの回答から、嫁さんが身も蓋もない結論を下した。
僕としても今は賛同したい。
「まぁ、今はどうでもいいことだね。では、シャクヤ、『マナ・アップル』を持ってきてくれるか。一緒にギルド本部に行こう」
「はい」
シャクヤは、袋いっぱいに詰め込んだ『マナ・アップル』を部屋から持ってきた。そして、3人でギルド本部に向かった。
ただし、嫁さんは今までどおりに気配を消すことをしなかった。
「私、もう姿を消さない」
「え、でも見つかったら……」
「蓮くんが言ってくれたんだからね。夫婦の仲を見せつけてやろうって」
「うん。そうなんだけど……ホーソーンとその部下は帰っても、他の騎士はまだいるでしょ?」
「いるよ。でも、もういいじゃん。私、これからは堂々と歩く」
僕は少しだけ考え込んだ。
だが、言われてみれば、そうかもしれない。僕はクスッと笑った。
「そうだね。昨日、街のど真ん中で、あれだけドンパチやらかしたんだ。部隊長を追い払っておきながら、今さら一般の騎士をビビっていても仕方がない。堂々と行こう」
僕たちは、3人で一緒に大通りを歩いた。道行く人の中には、僕たちの顔をわかる人もいたようだが、3人仲良く歩いている姿を見て、噂とは少し状況が違うことを認識した。
騎士や監視者に発見されても向こうの方が躊躇した。思ったとおりだ。部隊長を力ずくで追い払った僕たちを、彼らだけで捕まえられるとは到底考えないであろう。
ギルド本部に堂々と乗り込んだ僕たちは、カンファーさんとの面会を求めた。すぐに前日と同じ応接室に通され、間もなくカンファーさんが入室した。
「御三方とも、ご無事でなによりです。昨日は、当ギルドの本部長代理が、大変な失礼を致しました。私からで恐縮ですが、当ギルドとして、謝罪をさせていただきます。本当に申し訳ありませんでした」
部屋に入るや否や、深々とおじぎをするカンファーさんに僕は、いたく恐縮した。慌てて、こちらも立ち上がり、彼に駆け寄った。
「いえ、こちらこそ、ご迷惑をお掛けしました。頭をお上げください。カンファーさんには、たくさんご助力いただきましたし、これからもお願いしたいと思っています。僕の方が恐縮してしまいます」
「ありがとうございます。私は、今回ほど、本部長代理に呆れ果てたことはありません。昨日は、あの後、昔のようにお説教をしてしまいました」
その言葉を聞いて、僕は少しおかしくなってしまった。
「お説教……ですか」
「ええ。彼のことは、生まれた時から知っておりますので」
「やっぱりそうなんですね」
「ここに彼――チェスナットが務めるようになってからは、一人の職員として、仕事の仲間として、接してきました。本人も人前で、アニキ面されるのはイヤだったでしょうから。しかし、昨日のアレはない。ハンターを束ねるギルドの長として、その気概があまりにも欠如していました」
「そうでしたか。とはいえ、僕たちは、このとおり無事でしたので、ご安心ください。ギルド内が揉めることは、僕たちも求めていません」
「そうですね。今は魔王の侵攻が危ぶまれる非常時。当ギルドが内部分裂していては、魔族に付け入られてしまいますな。先日も、ラージャグリハ王国の国境が魔族に襲われたばかりですので」
「ええ」
「ところで、その時の情報も仕入れております。魔族の侵攻を食い止め、負傷した騎士と兵士を救助するのに、一役買った二人組のハンターがいた、と。そして、その二人は夫婦だったそうです。レン殿とユリカ殿ですね?」
「あ……やはりご存じでしたか」
「当然です。むしろ、お二人に助けられた事実に気づかない騎士団の方が愚かでしょう」
「そう言ってくださる人が、一人いるだけで嬉しいです」
「昨日のご活躍も、私の耳にも届いております。騎士団の部隊長を退けるとは、もはやゴールドプレートクラスの実力です。やはり、あなた方が”ニセ勇者”などという話は、全くのデタラメでしょうな」
快活に笑うカンファーさん。ここまで和やかに話が進んできて、僕は以前から抱いていた疑問をついカンファーさんにぶつけてみた。今なら、聞いてもいいような気がしたのだ。
「あの……こんなことを伺うのは失礼かもしれませんが、逆に、どうして僕たちのことを、それほどまでに信用してくださるのでしょうか?」
すると、カンファーさんは、ニコリと笑顔になった。
「こう見えましても、私、若い頃には、本部長とともに世界を旅しておりましたので、人を見る目は養ってきたつもりです。特に嘘をつく人間と、そうでない人間とは、その目を見れば区別がつきます」
風格ある老紳士。
そのオーラをそのまま言葉にしたような貫録に、僕は脱帽した。
「なるほど……なんだか、納得せざるを得ない感じですね」
僕が笑いながら言うと、カンファーさんも笑った。
「それと、相手の強さを見極める目も持っておりますよ。レン殿については、測定不可能な謎めいたものがおありのようですが、ユリカ殿が只者でないことは、初めてお目にかかった時から感じておりました」
「「えっ!!!」」
僕に呼応して、嫁さんも同時に驚いた。
この世界で初めて、僕たちは嫁さんの強さを見抜ける人物に遭遇したのだ。いや、既に出会っていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます