第94話 大賢者の弟子

「なぁ、あれ……”姫賢者”じゃないか?」


「騎士と揉めてるぞ」


「なんだなんだ?事件か?」


部隊長ホーソーンを呼び止めたシャクヤに、周囲の人々が好奇の目を向けた。中央広場を行き交う人々は、足を止めて、その様子を見守る。あっという間に人だかりが出来た。


僕は、シャクヤの行動に焦りを感じた。助けようとしてくれる気持ちはありがたいが、せっかく正体がバレずに済んだものを自ら明かしてしまうとは。これでは、シャクヤの立場が危うくなってしまうではないか。


そして案の定、ホーソーンは高らかに笑いながら、勝ち誇ったように叫んだ。


「これで合点がいきましたよ!!勇者を否定した、あの大罪人である”大賢者”の孫娘!そのあなたが一緒にいるということは、この”ニセ勇者”は、あなたの差し金だったわけですな!!」


勘違いも甚だしい。この手のバカは、どうしてこう”陰謀論”に話を持っていこうとするのだろうか。自分たちの間違いが事の発端だというのに、あろうことかシャクヤを元凶だと考えている。これでは、まるで彼女がテロリストのようではないか。


「いいえ。ホーソーン様は、全くの勘違いをされております。なぜなら、お二人は、ニセモノではないのですから」


「何をおっしゃる。彼らはニセモノですよ!レベルが低いくせに、ノコノコと王宮まで来て、我々を騙そうとしたホラ吹きだ!!」


「どうして、そのようなことをおっしゃるのでございますか!実際にレン様とユリカお姉様の戦いぶりを目にされたわけではございませんでしょう!?」


「これはこれは!何を見ろとおっしゃるのでしょうか!既に答えは出ているものを!」


ダメだ。話が全く噛み合っていない。

このホーソーンは、相手の主張に耳を貸すことができないタイプのようだ。


権威ある人間が自分の考えは全て正しいと信じ込んでいる状態。こういうヤツは、相手が自分より下だと見た途端、その意見が全く耳に入らない。こうした人間を相手にして、その考えを改めさせるのは、ほとんど無理ゲーと言えるだろう。


そのホーソーンは、シャクヤの質問を置き去りにし、自分の主張と質問に話を運んだ。


「そもそも、あなたのお爺様は、国王陛下に何を進言されましたか?事もあろうに『勇者』の存在そのものを”悪”と決めつけた、大嘘つきではないですか!!」


「勇者が悪なのではございません!勇者を呼び出す召喚術に、問題があるのでございます!!」


「では、その問題とやらをご説明いただけますかな?」


「……そ……それは…………」


シャクヤは言葉を詰まらせた。

これは仕方のないことだ。彼女自身、おじいさんからその具体的な理由を聞かされていないのだから。


「ほれ御覧なさい。”大賢者”が英雄として称えられたのは、昔のこと!国王陛下に、あらぬ讒言を働いた大罪人であることは、今では子どもだって知っている常識ですよ!その教えを受けた、あなたもまた、同じ戯言で人を惑わすおつもりなのだ!」


そう言い切ったホーソーンは勝ち誇った様子で、さらに周囲の群集にまで大声で呼びかけた。


「ベナレスの市民諸君!!よく聞いてくれたまえ!ここにいらっしゃるご令嬢は、あの”大賢者”の血を引く者!しかしながら、王国では今、”大賢者”と言えば、『勇者』を否定した大嘘つきとして、厳罰に処されている大罪人なのだ!!」


集まった人々がザワつき出した。


「……どういうことだ?”大賢者”って誰?」


「昔の有名人だよ。若い人は知らんのかね。それにしても、”姫賢者”が、本当にあの”大賢者”の末裔だったとは……」


「”大賢者”って悪い人なの?」


「え、じゃあ、”姫賢者”はどうなるんだ?」


ベナレスの住民の中には、”大賢者”を知らない者が多くいた。悪人だと決めつけられれば、それを素直に信じてしまう。したがって、シャクヤへ向けられる関心も、次第に好奇心から猜疑心に変わりはじめた。


ホーソーンは、さらに続ける。


「その孫娘と”ニセ勇者”が行動を共にしていた!この事実によって、何が判明したか!私はついに辿り着いたのだ!これが、全ては彼女の仕組んだ陰謀だったということに!”国家不敬罪”で指名手配になった”ニセ勇者”は、勇者を否定した大罪人の孫娘の手先だったのだ!国家を侮辱しただけでは済まされない。これは、”国家反逆罪”である!!」


あまりにも飛躍した論調に、愕然とするシャクヤ。

彼女は恐怖に震えるような顔で、必死の叫び声を上げた。


「お!お待ちください!!なぜ、そのようなデタラメをおっしゃるのですか!!!わたくしが、祖国に弓を引くようなマネをする必要が!!いったい、どこにあるのでございましょう!!!」


「それは、これからじっくり尋問させてもらえば、わかること。あなたが”ニセ勇者”を手引きしたことは明白だ。即刻、拘束し、王都まで連行いたしましょう」


冷たく宣告したホーソーンは、後ろに控えていた部下に一言だけ命じた。


「手枷を」


「えっ……」


部下の騎士は一瞬、戸惑った様子だったが、上官の命令に逆らうことができず、手枷を持ってシャクヤの方に歩き出した。それを見ている群集は、思い思いに感想を述べ合っている。


「え、なに?”姫賢者”捕まっちゃうの?」


「反逆罪って、どういうことだ?」


「王国に喧嘩売っちゃったってこと?」


「ええぇぇぇ、なんだよ。”姫賢者”も、もうおしまいかぁ……」


王国の事情など全く知らないベナレス市民は、事の成り行きをただ見守るだけだった。手枷を持った騎士がシャクヤの前に来た。


「失礼します」


騎士がシャクヤの震える手を取ろうとする。


だが、この一部始終を見ていた僕が黙っていられるはずはなかった。既にハラワタが煮えくり返る思いだったところに、シャクヤの言い分も全く聞かず、拘束しようとする彼らの行動を見て、僕は堪忍袋の緒が切れた。


宝珠システムから魔法を発動し、騎士の持っていた手枷に小さな電流を発生させた。


バチッ!


「うぉあっ!」


驚いた騎士が木製の手枷を落とし、一歩後ろに下がった。


「どうした。何をやっている」


「い、いえ!すみません」


ホーソーンからの叱責に慌てて手枷を拾おうとする騎士。しかし、手枷を拾うと再び電流が走る。そのたびに騎士は手枷を遠くへ転がしてしまい、数メートル遠ざかってしまった。


その隙に僕はシャクヤの前に立った。

いや、僕だけではない。嫁さんも一緒だった。

どうやら僕たち夫婦の考えたことは同じようだ。


「蓮くん、私、もう我慢できないよ。今、初めて人をぶっとばしたいって思ってる」


「僕も同じだ。だけど、その前に一つ、論破してやりたいことがある」


「じゃ、蓮くんお先にどうぞ」


部下の騎士がいなくなったため、僕と嫁さんは、少し離れているホーソーンと面と向かって対峙することになった。ホーソーンが威圧的に叫ぶ。


「”偽りの勇者”レン!そして、その妻、ユリカ!何をしている!ここで事を構えるつもりなら、貴様らを直ちに処罰するぞ!」


僕はホーソーンに向かって強い口調で聞き返した。


「ホーソーン!お前は、この子に対して、”国家反逆罪”だと言ったな。それは、”大賢者”の孫であるからか?」


「ああ!そのとおりだ!そして、それを庇い立てする貴様らも、同じく”国家反逆罪”だ!」


「もう一度、確認する。”大賢者”の孫というだけで、”国家反逆罪”なんだな?」


「くどいぞ!何度同じことを言わせるんだ!そこをどけ!今、この場で貴様らを斬り捨ててもよいのだぞ!!」


「ならば、今すぐ王都に戻って、王女殿下を逮捕したらどうだ!王女ラクティフローラは、”大賢者”の血筋だろうが!」


「…………!」


僕の発言にホーソーンの顔が一瞬、凍りついた。

周囲の騎士たちも動きがピタリと止まる。

返答が無いので、僕は言葉を続けた。


「お前の主張はむちゃくちゃだ。人の罪状を血縁関係だけで決めつけている、幼稚で、稚拙で、愚劣な考えだ。その結果、お前の論調は、畏れ多くも王女ラクティフローラ殿下にまで、無実の罪を着せることになった。お前こそが、”国家反逆罪”だ!」


「すっご!ほんとに論破した」


隣で嫁さんが小さく呟いて感心した。

そして、言葉を詰まらせていたホーソーンは、顔を真っ赤にして叫んだ。


「な、な、なんだ貴様は!詭弁を弄するな!!」


「詭弁はそっちだろうが!人の罪状をあげるなら、まず、その証拠を持ってこい!」


「き……き……貴様の言うことなど、聞く必要はない!”ニセ勇者”の分際で!」


叫びながら剣を抜くホーソーン。

その逆上した姿に、僕は心底、呆れ返った。


「やれやれ……本当に話の通じないヤツだな」


「部隊長である私を侮辱するということは、王国騎士団を侮辱することに等しい!レン・シロガネ!貴様の罪状は、もはや取り調べる必要もなし!この場で斬り捨ててくれる!!」


ホーソーンは、抜き放った剣の切っ先をこちらに向けた。


「レン様……」


後ろから、シャクヤが心配そうに声を掛けてきた。僕と嫁さんが前に来てから、少し表情が柔らかくなっていたが、ここでまた青ざめた顔に戻っている。


「大丈夫だよ。シャクヤ。君は後ろで見ててくれ」


僕は優しく彼女に語りかけ、そして横でホーソーンを睨みつけている嫁さんに言った。


「百合ちゃん、ここは僕に任せてくれないか」


「え?蓮くん、一人でやる気?」


「うん。今は、”勇者”のことより、シャクヤのために”大賢者”の名誉を回復してあげたいんだ」


「あ、なるほど」


「二人とも、後ろに下がっててくれるかな」


「わかった。でも、危ないと思ったら私、手を出すからね」


「その時は、よろしく頼むよ」


口には出さないが、世界最強の嫁さんがすぐ近くで見守ってくれていることが、どれほど心強いか。お陰で、いちサラリーマンに過ぎない僕は、王国騎士団の部隊長が剣を構えている前に、強気で踏み出すことができた。


「そちらが剣を向けてくるなら、こちらも素直に従う義理はないな」


僕は宝珠システムによって手枷を変形させ、簡単に外してしまった。

それを見て、ホーソーンは驚いた様子と蔑みの表情を順番に見せた。


「なるほど。手枷が意味を為さないか……ならば、貴様は初めから、殺すしかない男だったということだな!」


中央広場の真ん中、噴水の前で僕とホーソーンが対峙すると、周囲の見物人たちがさらに騒がしく煽り立てた。


「お!男が前に出てきた!騎士と戦うみたいだぞ!」


「あれが、”ニセ勇者”レンってヤツじゃねぇか?」


「おうおう!どうなるんだ!面白くなってきたじゃねぇか!」


「ええぇぇ!うそ!街中で決闘!?」


「いいぞいいぞ!やっちまえ!!」


それにしても、噴水と騎士という組み合わせには、僕はなにかと縁があるようだ。


「私が何も考えずにここに連れてきたと思っているのか?聖騎士殿から話は聞いている。空気を固めるような魔法を使うとな!万が一、貴様と戦うことになっても、このような場所であれば、コリウス部隊長のように不意を突かれることはない!貴様に勝ち目はないぞ!!」


そう言ってホーソーンは、剣が後ろを向くように左の腰のあたりに構えた。そのまま振り払おうとしているように見える。


なるほど。ベイローレルの入れ知恵で、僕の【風圧縮壁コンプレッション・ウォール】はネタバレしているのだ。


現に、僕は既に圧縮空気の壁を作り出しており、盾になるようにしている。それも念のために広めに作っておいた。それが噴水の水しぶきによって、まるわかりとなっていた。


つまり、ホーソーンは、これを回り込んで攻撃しようとしているのか。


しかし、それにしてはおかしい。

彼と僕とは、まだ5メートルは離れている。

よほどスピードに自信があるのか、それとも何か遠隔攻撃を持っているのだろうか。


「蓮くん!1枚だけじゃダメ!いっぱい重ねて!」


嫁さんの声が響いた。

次の瞬間、ホーソーンはその場から一歩も動くことなく、僕に向かって剣を振り払った。


――飛影斬ひえいざん――


剣撃そのものにマナを乗せ、それを飛ばしてくる遠隔攻撃だった。

いわゆるマンガ的な表現でいうところの”飛ぶ斬撃”だ。


その斬撃が、圧縮空気の壁をあっさりぶち破った。


それもそのはずで、圧縮空気とは、つまり透明の膜で作られた風船のようなものなのだ。鋭利な刃物で切られるという行為には、めっぽう弱い。


僕は、嫁さんが叫んでくれたアドバイスを瞬時に受け入れ、圧縮空気の壁をさらに3つ、目の前に作り出していた。


しかし、それらも次々と破られていく。

これは、かなりヤバい。


幸いにも、空気の壁のお陰で斬撃の軌道がよく見えた。

僕は、慌てて体を低くした。

斬撃が僕の顔のすぐ近くをかすり、通り抜けた。


どうやら、遠くから見物している人々に危害が及ばないよう、ホーソーンも気を使い、軌道を少し上に逸らしておいたようだ。斬撃は上空へと消えて行った。


「あ……危なかった……」


言いつつも、僕の左の頬が少し切れていた。

ツーーっと血が滴る。


「あぁーーっ!!」


僕のことを心配して、一歩だけ前に踏み出していた嫁さんが、大声で叫んだ。おそらく、僕が斬撃を避けることができなかった場合、嫁さんに超スピードで助けられていただろう。


「蓮くん!怪我しちゃったじゃない!気をつけてよ!!」


かすり傷一つで、目くじらを立てる嫁さん。よっぽど僕のことが心配らしい。


それにしても、この程度で済んだというのは、ありがたいことだが、冷静に考えると恐ろしいことだ。あと零コンマ数秒、反応が遅れていただけで、僕の顔がバッサリ斬られていたのだから。


”バトルもの”の登場人物たちは、よくぞこんなギリギリの戦いを何度もやれるものだと感心する。やはり、僕のような普通の人間にとっては、命懸けの戦いなんて性に合わない。


僕は、一度目の攻撃をかわした直後、すぐに新しい空気の壁を何重にも作り出していた。その僕が立ち上がると、ホーソーンは、満足そうに笑った。


「なるほど。この程度か。タネがわかってしまえば、どうということはないな。所詮はレベル16。コリウス部隊長がやられてしまったのも、油断していたところに罠を張られたからだ」


「その言い分には、同意しかないよ。まさしく僕はコリウスを罠にハメて倒した。とても実力勝負とは言い難い。だが、僕は騎士ではないんだ。どんなやり方だろうと、勝てるなら何でもやってやるさ」


「私は、この『飛影斬』を極めたことで、年若くして部隊長にまで登りつめたのだ。一撃目はご挨拶だ。次で貴様の肉体をバラバラに斬り刻んでくれる!!」


ホーソーンは、構えた状態から、連続で剣を振り払った。

『飛影斬』と呼ばれる斬撃が、いくつも連続で僕に襲い掛かる。


しかも、今度は、軌道がまっすぐこちらに向かっていた。少しも上に逸れてはいない。


なるほど。一撃目は挨拶、という敵キャラがよく言いそうなセリフは意味のあるもので、僕が下手に避けて周囲に危害が及ぶことがないかどうかを判断していたのだ。


つまり、今度の斬撃は一発ももれなく僕に命中させるつもりの全力攻撃なのだ。


絶対不可避。

僕は、これを避けるスピードを持ち合わせていないし、避けたところで、後ろにいる嫁さんとシャクヤに斬撃が向かってしまう。ここで僕が全て受け止めなければ、彼女たちが斬られてしまうだろう。


だが、僕は、既に次の対策を打っていた。『宝珠システム・バージョン2』は、周囲の状況に合わせて魔法を構築することができる。


作り出した空気の壁は、透明ではなく、逆にハッキリと見えるように白くなった。それは、水を含んだ氷の壁だ。


ガギン!キィンッ!!


分厚く張られた氷の壁によって、全ての斬撃を弾き返すことに成功した。


「なっ…………」


ホーソーンが茫然としているので、僕は気持ちよく説明した。


「空気の壁にとって、お前の攻撃は天敵みたいだ。だから、噴水の水を利用させてもらったよ。火の精霊魔法の反転作用。氷の魔法だ」


「な、なに!?氷だと!?そんなバカな!!氷の魔法は、使用できる者がめったに現れない特殊な魔法のはずだ!!」


「驚くだろう?この世界では、氷の魔法はとても珍しい。だがな、僕の技術と、”大賢者”の魔法理論があれば、簡単に再現することができるんだよ」


「……は?」


そして、ホーソーンをマネて、僕は周囲の人々に大声で呼びかけた。


「さて!皆様!ここにいる”姫賢者”の祖父君、ヤグルマギ・クシャトリヤという人物こそ、かつて勇者とともに魔王を倒したとされる”大賢者”なのです!私は、その弟子です!!これから、騎士団の部隊長を倒すことによって、我が師、”大賢者”の偉大さを証明しようではありませんか!!」


僕は、生まれて初めてかもしれない大胆な宣言をした。

それほど、ホーソーンを許せなかった。

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