第93話 一触即発

僕は、シャクヤと合流する前に考えていた案を再び実行することに決めた。


ギルド本部の副本部長、カンファーさんを頼るのである。彼からのお墨付きを得られれば、大きな”信用”となるに違いない。


まずは、シャクヤにカンファーさんを訪ねてもらい、僕たちのアポを取ってもらうことにした。


シャクヤが一人でハンターギルド本部に入る。僕と嫁さんは、建物の裏で待機することにした。すると、気配を消している嫁さんが明るい声で告げてくれた。


「蓮くん、今日はチェスナットくん、いないみたいだよ」


「え?」


「今、外出中みたい。カンファーさん一人でいるよ」


「なら、チャンスだな」


そこにシャクヤが笑顔で戻ってきた。


「レン様、ただ今、カンファー様お一人なので、ちょうどお話しできるとのことでございます。やはり、あの方は、お味方になってくださるそうでございます」


「やったね!蓮くん!」


「よし、百合ちゃんも気配を戻して。こういう時は正面から堂々と乗り込もう」


これは僥倖だ。

僕たちは、すぐに本部に入り、カンファーさんの待つ応接室に向かった。


既に何かと話題になっているシャクヤが本部に出入りしているので、建物内にいたハンターや職員からは注意を向けられていた。そこに僕たち夫婦も一緒に入ってきたので、顔を知っている職員は驚いた様子だった。


それらを顧みず、僕たちは堂々と副本部長カンファーさんに再会した。

彼は、変わらぬ老紳士ぶりで、微笑を浮かべて丁寧に挨拶をしてくれた。


「レン殿、ユリカ殿、心配しておりました。こうして無事に再会できましたこと、大変嬉しく思います」


そう言ってくれることに僕は、とても安心した。

そして、味方となってくれるからには、まずは謝罪しようと考えた。


「カンファーさん、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」


「いえ、おそらくは、あの騎士団のこと、どうせ自分たちのメンツを守るために、あなた方を陥れたのではありませぬか?」


彼は最初から騎士団の方を疑わしく思っていたようだ。僕は手短に答えた。


「はい。細かい点では、いろいろ誤解がありましたが、最終的には、そのとおりです」


「あの日、コリウス部隊長が、わざわざここまで上がり込んで、お二人を王国に招聘していました。それを私はこの目で見ております。自ら、あなた方を”勇者”として招いておきながら、あとになって、”偽りの勇者”として指名手配するなど、筋が通りませぬ」


こちらが何も説明しなくても、僕たちが初めてコリウスに出会った時の場面から、既に僕たちの潔白を疑っていなかったのだ。非常にありがたい。


「……それに、よもや”姫賢者”のシャクヤ殿までが、あなた方を手助けされているとは思いませんでした。ゴールドプレートハンターが、尊敬の念を抱くハンターなど、この世界に、そうそういるものではありません」


カンファーさんは、シャクヤを見ながら、そう語った。いったい彼女はカンファーさんに何を言ったのだろうか。それはわからないが、シャクヤは誇らしげに謝意を示した。


「カンファー様、レン様とユリカお姉様を信じていただき、誠にありがとうございます」


「あの、私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」


嫁さんも丁重にお礼を言った。

僕は、安心感を抱いてカンファーさんに話を始めた。


「カンファーさん、本当にありがとうございます。実は、今日はお願いがあって参りました」


「ええ。力になれることであれば、何なりと致しましょう」


「今、僕たちは、この街で商売をしようと考えております。ですが、”ニセ勇者”のレッテルを貼られてしまった現状では、組合から信用を得ることが困難になってしまいました。そこで、カンファーさんから、紹介状を書いていただけないでしょうか」


「なるほど。そういうことですか。ところで、一つ気になるのですが、よろしいですか?」


「はい」


「どうして、わざわざこの街で?もっと王国から目を付けられない、遠い場所、例えばガヤ村のような所まで行けば、安全に商売もできると思いますが」


「それも一瞬考えたことはありました。しかし、僕たちは、ただ逃げるのではなく、王国と正面切って交渉できるよう、反撃の手立ても考えています。そのためには、この街に留まり、拠点とする必要があるのです」


僕の話にカンファーさんは満足そうな笑みを浮かべた。


「ふむ。その勇敢なるお言葉、まさしく”勇者”様ですな」


「いえ、ただ、諦めが悪いだけです」


「では、早速、紹介状を書かせていただきたいところですが、よく考えますと、お二人はハンター登録されてから、まだ一度も仕事をされていないのではありませぬか?」


「そうですね……登録した直後、すぐ王国に行ってしまい、このような事態になりましたので、まだハンターとしては何もやっていません」


「やはりそうですか。では、難度がシルバープレートクラス以上の依頼を一つ、達成していただけますか。そうすれば、それを病気療養中の本部長に報告し、本部長直筆の紹介状を書いていただきます」


「え、いいんですか?」


「私が書くよりも、ここは本部長が書いた方がよろしいでしょう。特に、当ギルドの本部長と商業組合の代表は、この街を発展させてきた、昔からの盟友ですので」


「ありがとうございます」


「実は、当ギルドにも連日のように騎士が訪問してくるのです。本来であれば、王国騎士団の要求など、当ギルドとしては跳ね除けるのが筋なのですが、本部長代理が騎士団との連合軍を構想していまして、あなた方を突き出そうとしているのです。お恥ずかしい限りです。ハンターを守らないギルドなど、本部長が聞いたら、どれほど悲しまれるか…」


言いながら、カンファーさんは少しずつ寂しそうな表情を見せた。


「現本部長は、まだ復帰されないのですか?」


「ええ。残念ながら、風邪をこじらせた後、病状が芳しくありません。歳も歳なのに、若い頃と変わらず働こうとしていたものですから、無理が祟ったのでしょう」


「心配ですね……」


ここで僕は、自分が風邪を引いた時に、この世界の奇跡の果実を食べて、元気を取り戻したことを思い出した。


「百合ちゃん、『マナ・アップル』はあの後、どうなったかな?」


その言葉に真っ先に反応したのは、嫁さんではなく、カンファーさんだった。


「『マナ・アップル』?……『マナ・アップル』をお持ちだったのですか?」


「ええ。妻の百合華は、あれを採るのがうまいんです」


「なんと!あれは貴重な食材で、採取を依頼するにもゴールドプレートクラスの依頼となるものです!」


「「えっ!!」」


僕たちは夫婦そろって驚きの声を上げた。

横からシャクヤが説明してくれる。


「『マナ・アップル』は、聖峰グリドラクータの周辺で採取できるものですので、そこに行くまでが大変に危険なのでございます。しかも、高さ20メートルを超える木の頂点に実っておりますが、幹がツルツルと滑り、枝が生えているのは頂付近のみで、登ることは困難でございます。さらには、その木に実がなっているかどうかは、登ってみないとわからないという代物。お姉様のマナ感知能力と超人的なジャンプ力がなければ、容易に採れるものではございません」


「あはははは……そうなんだぁーー」


頭をかきながら笑う嫁さん。


思い返せば、『マナ・アップル』は、僕たちがこの世界に来て、初めて見つけた食材だ。嫁さんが大空に大跳躍した時、実っているのを発見して採ってきたのだ。


まったく……それがまさか、そんな貴重なものだったとは。あの時、僕は、食べられるかどうかを判別するため、アレルギー反応まで検証したというのに。


「じゃ、あれさえあれば、本部長も救えるし、依頼達成ってことにもできるんじゃないかな?」


僕が嫁さんに言うと、カンファーさんが頷いた。


「それは、こちらとしても願ってもないことです。では、当ギルドからの依頼として、『マナ・アップル』を所望しましょう」


話がまとまった。あとは、もう一度、採りに行けばいい。前の余りが残っていれば、さらに簡単だ。


「ところで、百合ちゃん、前の余りはどうなったかな?」


「うん。あれなら…………」


答えようとする嫁さんが、ここで急に止まった。

そして、重い声で別の言葉を口にした。


「蓮くん、ごめん。私、見落としてたみたい……」


「ん?何が?」


「ハンターの中にも、私たちの情報を売っちゃう人がいたんだ……」


「どういうこと?」


「今、チェスナットくんが、誰かを連れて戻ってきた。この気配は、なんとなく覚えてる。部隊長さんの一人だよ」


「え!」


この時、僕たちのいる応接室のドアがノックされた。

返事を待つこともなく、開けられる扉。

そこから入ってきたのは、見覚えのある二人の男だった。


一人は、本部長代理の若造、チェスナット。そして、もう一人は、王国騎士団第六部隊の部隊長――あの日、僕に対して、もっとも悪態をついてきた部隊長だった。


油断していた。副本部長カンファーさんとの話がうまく進んでいたので、騎士に発見される危険性が頭から抜けていた。もう少し早く話を切り上げるべきだった。


ところで、この第六部隊の部隊長――名前は確か……はて?名前は何だっただろうか?


申し訳ないが、僕は、根っからの技術者であり、人の名前を覚えるのが得意な方ではない。あの時、王宮の大会議室で自己紹介された時、一度に12名から聞かされたため、僕は騎士団長と宰相の名前以外、忘れてしまったのだ。


「やはり、ここに来たか。レン・シロガネ」


部隊長は、偉ぶった態度で僕に言った。

立ち上がった僕は、それを冷ややかに返す。


「ああ、久しぶりだな。えーー、確か……第六部隊の…………」


「『ホーソーン』だよ」


嫁さんが横から耳打ちしてくれた。


「そうだ。ホーソーンだ」


「ふん。貴様のような男に気安く呼ばれる筋合いはない」


合ってた。さすが嫁さんだ。彼の名前は、『ホーソーン』である。王国騎士団第六部隊の部隊長『ホーソーン』だ。だがしかし、そもそもこんな無礼なヤツに対し、名前が合ってるかどうか、などと思い悩むのもバカバカしい話だった。


ホーソーンは、あの日、そろっていた5人の部隊長の中で、最も年若い部隊長であり、歳は30代前半に見える。40過ぎや50過ぎの脂ぎったおじさんが多かった中で、ただ一人、若々しく見えたものだ。


だが、その反面、僕に偽物疑惑がかけられた途端、態度が急変し、僕を罵倒してきた。実に子どもっぽく、気性の荒い男だ。


レベルを測定すると39であった。国家の英雄までいかなくとも、かなりの実力者だ。


警戒しながら、話をしようと考えたところ、先にカンファーさんの方が発言した。


「本部長代理、これはいったい、どういうことですか?」


声がかなり怒っている。それもそのはずだ。今までの話を聞いていてもわかるとおり、本来、ハンターギルドは王国騎士団を煙たがっている。


そんなギルド本部にドカドカと騎士が踏み込んできたのだ。それも本部長代理の案内であり、こうした場面も二度目なのだ。


「カンファーさん、前にも言ったろ。彼らは王国から指名手配されている犯罪者だ。この本部に来たのなら、引き渡すのが当然の義務じゃないか」


本部長代理のチェスナットは、ヘラヘラ笑いながら言った。


「ご自分でコリウス部隊長に紹介しておきながら、今度は、手のひらを返して犯罪者扱いですか!」


なんと、カンファーさんが声を荒げた。


「何を怒っているんだカンファーさん。僕だって、彼らに騙されたんだ。こんなことなら、シルバープレートなんて、許可するんじゃなかったと後悔しているよ」


「あなたは……恥ずかしげもなく、そのようなことを……」


「カンファーさんが彼らを庇おうとしているのは知っていたからね。僕がここを留守にすれば、そのうち、彼らがやって来ると踏んでたんだ。とはいえ、今日いきなり来るとは予想もしなかったけど」


「ま、まさか……私を利用したのですか……」


かなり険悪な空気になってしまった。


なるほど。チェスナットが外出していたのは、実際に用事があったのではなく、自分の留守中に僕たちがカンファーさんを訪ねてくるのを見計らって、待ち構えていたということか。


嫁さんが、ハンターの中に僕たちの情報を売った人間がいる、と言っていた。つまり、僕の顔を知っているハンターを使い、僕の来訪を伝える役目を持たせていたのだ。本部長代理からの依頼なら、騎士を嫌うハンターでも協力してしまうことだろう。


しかも、ご丁寧に騎士団の部隊長ホーソーンの手引きまでしてくるとは。性格はイヤなヤツだが、頭は回るじゃないか。それとも、これはホーソーンの入れ知恵だろうか。嫁さんが、今日の騎士はピリピリしている、と言っていたが、部隊長が自ら来て指揮を執っていたのなら合点がいく。


さて、それにしても、ここで本部長代理と副本部長の争いが起こったとして、それは僕にとって何の益もない。僕はカンファーさんを制止した。


「カンファーさん、彼らの目的は僕たちですので、ここで、おいとまします」


「いえ、レン殿が出ていかれることはありませぬ」


「しかし、このままでは、ご迷惑をお掛けしてしまいますので」


ここで、傲慢な態度で口を挟んでくるのはホーソーンだ。


「待て。逃げようとしても無駄だぞ」


言いながら剣に手をかけたホーソーンに、僕は厳しい声で言った。


「そちらこそ待て。まさかギルド本部内で剣を抜くわけではないだろうな?」


「…………!」


「出会った以上、僕たちは逃げも隠れもしない。それとも、騎士というのは、他人様の部屋に土足で踏み込んで、乱闘騒ぎを起こすような輩なのか?」


僕の挑発に、鬼のような形相をしたホーソーンだったが、ここはさすがに部隊長としての矜持があるのだろう。剣から手を放し、怒鳴り声で命じてきた。


「表に出ろ!我々の宿舎に来てもらおう!!」


「ああ。望むところだ。百合ちゃん、行こう」


僕は嫁さんと一緒に外に出ることにした。


それにしても、ここからどうするかは正直、考えていない。説得しようにも、僕の話を聞くような人間には見えない。ならば、もともと僕が主張していた、嫁さんこそ勇者であるという事実を、身を持って味わってもらうのが一番かもしれない。


だが、ここで、もう一つの心配事があることに僕は気づいた。先程から、ずっとシャクヤが座り込んだまま、青ざめた顔で俯いており、ホーソーンと顔を合わせないようにしているのだ。


そうだ。騎士団の部隊長ともなれば、上流貴族の令嬢たるシャクヤの顔を知っていてもおかしくない。そして、僕たちと同席していた彼女にホーソーンが目を向けるのは、当然のことだった。


「……ところで、こちらに座っているのは、貴様の仲間か?」


「いや、彼女は、たまたま同席していただけだ」


「…………まぁ、いいだろう。来い」


ホーソーンにとっては、僕と嫁さんのことだけが関心事のようだった。彼は僕たちを先導し、部屋を出た。


「カンファーさん、今日はありがとうございました。僕たちのことは心配しないでください」


それだけ告げて、僕たちは外に出た。あえてシャクヤには何も言わないことにした。本部の建物を出るまでに嫁さんが宝珠の筆談で相談してきた。


『蓮くん、これからどうする?』


『とりあえず、彼らの宿舎まで行こう。話が通じないと思ったら、百合ちゃんの力を見せつけてやればいい。君こそが本当の勇者であると認めさせるんだ』


『りょ!』


ギルド本部の外に出ると、ホーソーンの部下と思われる複数の騎士が待機していた。


「手枷を」


一言だけ命じるホーソーン。


すると、騎士が2枚の板を持ってきた。それは、片方のサイドに2つの半円形の窪みが並んで付けられている板で、それが2枚組になっている。それらを上下から、窪みに腕を通すように挟むと、ちょうど2つの穴を通して手が出るようになっていた。


つまり、板で出来た手錠になった。中世時代に使われたとされる、木製の手枷だ。端に付けられた金具で固定され、錠前でカチャリと鍵を掛けられる。


なんと、僕は生まれて初めて、手錠をかけられた。


「おい。これは何だ」


「罪人を連れて行くんだ。当然のことだろう」


僕は、心から失望し、愕然とし、そして、怒りに震えた。


こんな大通りで、手枷を付けられたまま歩けと言うのか。こちらは任意同行に従うつもりで、付いて行こうとしているのに、なんという仕打ちだ。現代日本なら、容疑者を逮捕した時だって、もう少し人権に配慮してくれるだろう。


「お前たちに、”人権”という言葉はないんだな」


「ふん。何の話だ」


会話にすらならないホーソーンに、僕はますます絶望する。

だが、今はそれ以上に心配なのが嫁さんだ。


僕のことはいいとしても、こんな屈辱的なことをウチの嫁さんにもやるというのか。ふざけんじゃないぞ。不安と怒りの感情を持って、僕は彼女の方を見た。


「蓮くん蓮くん!やばい!私、手錠をハメられちゃったよ!どうしよ。人生でこんなこと本当にあるんだね!」


思いのほか喜んでいる嫁さん。僕は唖然とした。

しかも、なぜか彼女は甘えた声で僕に擦り寄ってくる。


「ねぇねぇ、どうする?これで私が”くっコロ”展開になっちゃったら?」


「…………やめろ。僕にNTR属性は無い」


「あ、でも蓮くんは絶対そんな目にあわせないからね」


「うん……頼むから自分の心配をしてくれ……」


なぜだ。なぜこんな状況で、はしゃげるんだ、この子は。ていうか、やったことないけど、実はそういうプレイを望んでいるのか?これは後でじっくり夜の家族会議が必要だな。


などとバカらしいことを一瞬、考えてしまったが、次に騎士が言った一言に嫁さんは厳しい言葉をぶつけた。


「武器を出せ」


「ちょっと!勝手に触らないでよ!」


騎士が嫁さんの剣を奪おうとし、手を伸ばしてきたのを払いのけたのだ。そして、手枷をハメられているにも関わらず、自分で器用に腰から剣を外した。


「はい。私の武器はこれだけ。蓮くん以外の男が私に触れるだなんて、思わないことね」


まったく、何が”くっコロ”展開だよ。指一本触れさせる気もないんじゃないか。


「そのペンダントは?」


さらに胸にかけているペンダントに騎士は目を付けた。ちょうど体を覆っていたマントを翻して剣を取り出したため、隠れていたペンダントが見えたのだ。ペンダントは、嫁さんの大きな胸の谷間に悠然と居座っている。


「これは、ただのアクセサリーよ」


「宝珠が付いているだろう。渡しなさ……ごふっ!」


嫁さんの胸に手を伸ばした騎士が、突如、腹を押さえて座り込んだ。目にも見えない一瞬で誰が殴ったのか、など考えるのも野暮だろう。そして、やはり器用に自分でネックレスを外し、別の騎士にペンダントを渡す嫁さん。


「これ、旦那からのプレゼントなの。丁寧に扱ってね。じゃないと、死ぬことになるわよ」


ニッコリ微笑みながらも、最後の一言は凄みのある目で睨みつけていた。

騎士はゾッとしながらそれを受け取った。

さて、僕の方も同じことをしなければなるまい。


「僕には武器は無い。あるのは宝珠だけだ」


僕は、腰にぶら下げた袋を丸ごと渡した。中には、様々な宝珠が入っている。


「貴重な宝珠もたくさん入ってる。気をつけてくれよ」


「そのブレスレットにも宝珠が付いているな」


「手枷をハメる前に言ってくれよ。今さら外せないじゃないか」


「ちっ……まぁ、いい。あとで渡せ」


面倒臭くなったようで、こちらの騎士はブレスレットを諦めた。これこそが僕の最大の武器だとも知らずに。


「来い!こっちだ!!」


準備が整うと、ホーソーンが威圧的に僕たちを促した。気がつけば、周囲には人だかりができ、四方八方から奇異の目が向けられている。


だが、嫁さんは平然と歩きはじめた。


もうこうなったら、どうでもいい。嫁さんが泰然自若としているなら、僕も堂々と闊歩しようではないか。


手枷を付けられた僕たち夫婦を連れて、あえて大通りを抜け、宿舎に連れて行くホーソーン。


やがて、ベナレスのど真ん中にある、中央広場にまで来た。最も人目に付く場所だ。広場の中央には、噴水があり、待ち合わせ場所や観光名所になっているのだ。そこから、さらに市場を通ろうとしている。


このホーソーンという男は、僕たち夫婦を晒し者にしたいのだ。

ところが、その時である。


「お待ちください!ホーソーン様!!」


後ろから、大声で呼び止めたのは、シャクヤだった。

僕は驚いて振り返った。

ホーソーンも不思議そうにゆっくりと振り返る。


「…………誰だ?」


「……わたくしの顔をお忘れですか?」


すぐ近くまでやって来て、顔が見えるように毅然と聞き返すシャクヤ。

彼女の顔を確認したホーソーンは、その刹那、驚愕の表情を浮かべた。


「なっ……あ、あなた様が!!……どうしてこのようなところに!!!」


半歩後退し、今にも一礼しそうな様子で直立していたが、やがて、思い直したように態度が変わった。


「……い、いや待て……そんなはずはない。あまりにも似ているので驚いてしまった……そうか。あなたは確か、もう一人の……」


そして、下卑た笑い声を出し、先程とは真逆の見下した態度に急変した。


「クックックックッ…………なるほどなぁ!お久しぶりです!クシャトリヤ家のご令嬢!まさかこんなところでお会いできるとは!」


「お二人を解放してくださいませ!その方々は、罪人などではございません!!」


「やはりそういうことですか。この”ニセ勇者”の肩を持つということは、あなたのお立場は、そういうことなのですね」


「レン様とユリカお姉様は、断じてニセモノではございません!!正真正銘、本物の、真実の、誠の『勇者』様でございます!!!」


シャクヤの叫び声が、中央広場に響き渡った。

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