第69話 聖峰調査報告

さて、時間を少し遡る。


白金蓮と百合華の夫妻が、王都『マガダ』に到着する3日前のことである。


『ラージャグリハ』の国王『ソルガム・アジャータシャトル』の第一王女、『ラクティフローラ・アジャータシャトル』は、国王の執務室に呼び出され、向かっているところだ。


国王に進言し、騎士団から極秘に選出してもらった”勇者捜索隊”。その中で、聖峰『グリドラクータ』の調査を依頼しておいた聖騎士の若者が帰還した旨を聞き、今、やって来たのだった。


ラクティフローラが執務室に入ると、そこには国王と騎士団長、さらに白銀の鎧を身に纏った若き”聖騎士”、『ベイローレル』が待っていた。


「国王陛下、お待たせ致しました。騎士団長閣下も聖騎士殿も、ごきげんよう」


ラクティフローラが挨拶をすると、騎士団長と聖騎士は会釈で返した。常時であれば社交辞令としてのご機嫌伺いを交わすところだが、ここは国王の御前である。二人とも王女への挨拶は慎んだ。そして、父である国王『ソルガム・アジャータシャトル』がゆっくりとしゃべった。


「ラクティフローラ、今、ちょうどベイローレルから報告を聞いていたところだ。そこに座りなさい」


「はい」


広い一室に用意された椅子に腰かけるラクティフローラ。

すると王国騎士団の団長『ロドデンドロン』が話を始めた。百戦錬磨の風貌から渋い声が発せられる。


「さて、『勇者召喚の儀』を成功されました王女殿下のご依頼により、国王陛下から聖峰『グリドラクータ』の調査を極秘に承り、この重要な役目を、聖騎士『ベイローレル』に任じさせました。ベイローレル、その報告を今一度、王女殿下にご説明したまえ」


ロドデンドロンは威厳のある顔つきで、ベイローレルを促した。

そして、聖騎士の若者は、得意げな顔で話を始めた。


「はい。まず、聖峰『グリドラクータ』にはドラゴンが生息すると言われておりますが、それは真実でした。ワタクシはその1体に遭遇しました」


「まぁ、ドラゴンが本当にいたのね。恐ろしいわ。でも、こうして帰ってきたということは、大丈夫でしたのね?」


ラクティフローラは社交辞令的に心配する言葉を掛けた。

すると、終始、笑みを浮かべているベイローレルは、さらに笑顔になって答えた。


「ええ。もちろんです。このワタクシにかかればドラゴンといえども敵ではありません。首に一太刀、入れてやったところでドラゴンは退散していきました」


「まぁ!素晴らしいですわ。お強いこと!」


ニコやかに褒め称えるラクティフローラ。

だが、実のところ、この二人は仲良くなかった。

正確に言えば、王女は聖騎士の若者をあまり好きではなかったのだ。

心の内では、全く別のことを考えていた。


(どうせ、私に賛辞を言わせたくて、わざわざドラゴンのことから話しはじめたんでしょ?ドラゴンがいることなんて、最初からわかってたんだから、省きなさいよ。相変わらず、いちいち面倒臭い男よね!)


気を良くしたベイローレルはさらに報告を続けた。


「さて、ピンチを脱したワタクシは、聖峰『グリドラクータ』を登りました。森を抜け、小川を渡り、荒れた山道を進みました。そして、ついに王女殿下からお聞きしていた、”神殿”に辿り着いたのです」


「聖峰の中腹にあると言われている”神殿”、やはり実在したのね。それで、様子はどうでしたか?」


「それが、破壊されておりました」


「え!なんですって!?」


「神殿は破壊され、バラバラに崩れておりました」


「そんな……では、召喚はどうなったというの……」


ここまで王女と聖騎士の会話を聞いていた騎士団長ロドデンドロンは、話が見えずに質問をした。


「ラクティフローラ様、聖峰に”神殿”があるはず、とのことでベイローレルを向かわせましたが、その目的については私も伺っておりません。その神殿について、よろしければ、お話を聞かせていただけませぬか」


「そうですね……騎士団長殿、わたくしのお爺様についてはご存知ですね?」


ロドデンドロンは、その言葉に気まずいものを感じ、ほんの一瞬、国王の顔色を窺った。しかし、国王が平然としていることから、王女に自分の知っている事実をそのまま答えた。


「ええ。かつて”大賢者”と謳われた方でございますね」


「そうです。およそ50年前、我が国に勇者様を召喚されたのも、お爺様――つまり、わたくしの母方の祖父である”大賢者”でした。そのお爺様から、わたくしは小さい頃に教わったのです。もともと『勇者召喚の儀』は、聖峰『グリドラクータ』で行われていた、と。しかし、いつの時代からか、神殿の周りをドラゴンが守るようになり、容易に近づけなくなってしまいました。そのため、術式を受け継いだ者が、外部において神殿を作り、そこで『勇者召喚の儀』を行えるようにしたのです。この『マガダ』にある精霊神殿もその一つです」


「なるほど。それと今回の神殿調査にどのような関係がおありなのでしょうか?」


「今月の1日、皆既日食の日時に合わせて、わたくしは精霊神殿で『勇者召喚の儀』を実行しました。術式は確かに成功したのですが、どういうわけか、勇者様がその場にご出現されなかったのです。原因については、まだ判明しておりません。ですが、勇者様がこの世界のどこかに呼び出されたことは間違いありません。そこで、まずは勇者様を探すべきであると思い、捜索隊を出すことをお父様にお願いしました。また、最も心当たりのある場所として、『グリドラクータ』の”神殿”の調査も依頼したのです」


「そうでしたか。ということは、当てが外れたことになるわけですね」


「ええ。既に”神殿”が壊されていたのなら、全く違う場所に召喚されたに違いありませんわ……」


落胆する王女だったが、そこにベイローレルが笑顔のまま告げた。


「ですが、ラクティフローラ様、そう気落ちされる必要もないかもしれません」


「どういうことですの?」


「破壊された”神殿”の跡を調べましたが、摩耗が少ない状態だったことから、つい最近、壊されたものと見受けられました」


「まぁ……」


「また、神殿の瓦礫が一箇所に固まっておらず、散乱しておりました」


「……それはどういうことですの?」


「ワタクシは一介の騎士。見てきた事実を報告するだけですので……」


「いいから話してくださいな」


「では、僭越ながら私見を述べさせていただきます。破壊された神殿が一箇所に崩れ落ちていなかったことから、それは外部から破壊されたのではなく、内部から外へ向かって破壊されたのではないかと推測します。例えば、巨大なエネルギーが”神殿”内部から発せられたのであれば、”神殿”は爆発するように吹き飛び、瓦礫が周囲に散乱するのではないか、と」


「まぁ!」


「その破壊の跡が真新しかったことから、『勇者召喚の儀』と何らかの関係がある可能性は十分にあると思われます」


「なかなかの推理ですわね」


「また、聖峰から下った後、周辺の森も入念に調査しました。そこでは、いくつか面白いものを発見しまして、その一つが、地面が大きく抉れ、大穴が開けられた場所でした」


「大穴?」


「はい。上空から重い何かが落ちたかのように地面の土が吹き飛んでいまして、さらにそこには鎧の破片のような金属が転がり落ちていました。まるで、凄まじい戦闘がそこで行われたようでした」


「戦闘が……」


「そして、もう一つ、近くに流れる渓流では、その川原に不思議な石の作り物が置かれていました」


「石ですの?」


「はい。石が、まるで芋を切るようにバッサリと切られていました。その見事に綺麗な断面を利用して、テーブルとベッドのようなものが作られ、配置されていたのです。しばらくの間、そこに誰かが寝泊まりしていたような印象を受けました」


「えっ、何それ!ベイローレル、あなたはそんな芸当できて?」


「石を剣で斬ることは可能ですが、あの切り口は、そうそうマネできるものではありません」


「では!勇者様がしばらくそこに滞在されたかもしれない、ということなのね!ああ、なんてことかしら!そんな何もないところで勇者様が野宿されただなんて!申し訳ないにも程があるわ!あんまりよ!」


嘆くラクティフローラに、ベイローレルはさらに誇らしげに報告を続けた。


「その勇者様ですが、実はふもとの村『ガヤ』にて、魔族が関連する事件に遭遇し、追い詰められたハンターを救われたようです」


「えっ!そんなことまでわかってるの!?」


「それを第三部隊の部隊長コリウス殿に進言し、追いかけてもらいましたところ、なんとベナレスで勇者様と邂逅し、ただ今、こちらまでお連れしている最中でございます」


「……え…………」


ここまでの報告を聞いてラクティフローラは固まった。


「い……今、なんと……言いました?」


「ですから、勇者様をコリウス部隊長がお連れしている最中なのです。この『マガダ』まで」


「……ど!どどど!どうしてそれを最初におっしゃってくれないの!?」


「すみません。聖峰調査の報告がワタクシの任務でしたので」


(自分の任務報告と推理を自慢したかっただけでしょう!どうせこの男は!どうして私が聞きたいことを一番に言ってくれないのかしらね。いつも自分が話したいことをから先に話し出す!昔からそうなのよ!)


勇者発見の報告で喜びたいところだが、王女は聖騎士に対して不満を感じずにはいられなかった。


「で、あなたは勇者様にお会いされたの?どんな方でしたか?」


「いえ、ワタクシは任務報告がありましたので、早馬で帰って参りました。コリウス部隊長とは、途中の町で合流し、報告を聞きましたが、夜分でしたので、勇者様との面会はかなわず、言付けだけを頼まれたのです」


「そうなのね……ご苦労様でした。では、勇者様はいつ頃、ご到着されるのですか?」


「順当に行けば、あと3日ほどで、お着きになられるかと思います」


ベイローレルは、道中で起こるモンスター大量発生の件の知らなかったので、こう述べた。発生する直前に通り過ぎてしまったからだ。だが、その事件も白金夫妻が解決してしまうことになるため、結果的にこれは正確な予測となった。


そこまでの報告を聞くと、騎士団長ロドデンドロンは満足そうに立ち上がった。


「うむ。ベイローレルよ、ご苦労であった。陛下、勇者様がご到着されるとあれば、我々も総出でお出迎えする必要がございます。すぐに宰相閣下とも相談し、準備を始めたいと思いますが、よろしいでしょうか」


これまで、ほとんどしゃべることのなかった国王『ソルガム』は、返事をしようとしたが、咳き込んでしまった。


「あ……うオッホン!ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!!」


「だ、大丈夫ですか?お父様!」


「あ、あぁ……平気だ……では、ロドデンドロン、宰相を呼んできてくれ」


騎士団長も咳き込む国王を見て、体調が悪い主君を急かしてしまった自分を恥じた。


「申し訳ありません。陛下。体調が優れぬようでしたら、一度、お休みになられた方が……」


「大丈夫だ。すぐに協議をしよう」


「はっ」


「では、ワタクシはこれにて失礼致します!」


報告の済んだベイローレルは辞去した。


「お父様、どうかご無理はなさいませんよう」


そう言って、ラクティフローラも部屋を出た。

廊下では、まだ聖騎士が立っていた。ちょうど二人だけになった。


「やあ、ラクティ、元気だったかい?」


気さくに話しかけてくる聖騎士に愛想なく答えるラクティフローラ。


「……ベイローレル、もう私のことをそんな馴れ馴れしい言い方で呼ばないでくれるかしら?」


「なんだよ。幼馴染に対して冷たいな。ああ、お土産を買って来なかったからスネてるのか」


「お土産なら十分にもらったわよ。勇者様がいらっしゃるという話をね。相変わらず仕事に関しては信頼できる男だこと」


「なんだよ。他は信用できないみたいな言い方じゃないか」


こう言われると、王女は聖騎士をキッと睨みつけた。


「あなた、今度は宰相閣下のご令嬢に手を出しているそうね。いい加減、その手の早さをどうにかしないと痛い目にあうわよ」


「違う違う。ボクが手を出しているのは、ご令嬢じゃない」


と、ここまで言ってから、聖騎士は王女に耳打ちした。


「……ここだけの話、今の相手は、宰相閣下の第四夫人なんだ」


「はぁ!?」


二人はここまで廊下を歩きながら話していたが、思わず王女は立ち止まって叫んだ。


「あ、あなた……ついに人妻にまで……」


「しっ!声が大きいよ、ラクティ」


「……私、あなたのお陰で、殿方は顔で選んじゃいけないってことが、よくわかったのよ。その点については、とても感謝しているわ!」


「どうもありがとう。ボクにそんな悪態をつくのは君くらいなもんさ」


そう言うベイローレルは、笑顔を絶やさない。そして、小声で続けた。


「それにこんなことはモテる貴族なら、誰だってやっていることさ。特に結婚しているご婦人ほど、亭主に相手をしてもらえずに寂しがっているものなんだ。君ももっと貴族の社交界の裏側ってものを勉強した方がいい。昔から”勇者様、勇者様”って夢ばかり見ているもんだから、世間知らずに育っちゃうんだよ」


「バカにしないでくれるかしら!その手の噂話は貴族令嬢の大好物なのよ。私だってそれなりに聞いているわ!」


「おお、怖い怖い。今のはボクの失言だったね」


「それに私は念願の勇者様の召喚に成功したの!きっと素晴らしいお方に違いないわ!ベイローレル、あなた最近じゃ、”勇者に最も近い男”だなんて持てはやされてるらしいけど、本物の勇者様がいらした日には、あなたは、ただの騎士に戻るんだからね!」


「別にボクだって勇者様と張り合おうなんて、思ってないよ。ただ、魔王討伐のお供をして、ボクにもその名声を分けていただければ、と考えているだけさ」


「あなたらしいわね。ベイローレル」


話をしているうちに二人は、玄関口まで来た。

国王の執務室があるのは、宮殿敷地内の中央に位置する王宮だった。

そこから王女の住まう屋敷までは馬車で移動することになる。


玄関口では、王女に仕える侍女のリーダー『フリージア』が待っていた。


「ラクティフローラ様、馬車の用意はできております」


「すぐに戻りましょう、フリージア。実は嬉しい報告があるのよ」


「そうでございますか」


「ついに勇者様がね……あっそうだ、ベイローレル!」


馬車に乗る直前に王女は、馬のもとに向かおうとする聖騎士に声を掛けた。


「なんだい?」


「勇者様のお供をするのだったら、是非とも頑張ってちょうだい!あなたの強さだけは、私、信頼しているから!」


「ああ、もちろんだよ!」


聖騎士は、自信満々で笑みを浮かべた。

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