第三章 暗躍の魔王と砂漠の王女
第52話 聖騎士の若者
ここは、ガヤ村。
白金蓮と百合華の夫妻がシャクヤを仲間に加え、ベナレスに再出発してから2日後のことである。
ハンターギルド本部からの指示を待っていたアッシュは、鎧を着た男が複数名、村に到着したという情報を聞き、トゥイグに言った。
「ようやく伝令が来たか」
「それが、ギルドの人間ではなさそうなんです」
「なに?では、誰が来たんだ?」
彼がいるのは、ギルド支部の一室。そこにガチャガチャという金属音と拍車の揺れる音を交え、鎧を着た男たちが入ってきた。
「ハンターギルドのアッシュ殿は、こちらかな?」
男の一人が言った。
「ええ。俺がアッシュですが、どちら様で?」
アッシュが答えると、男たちの中で最も尊大な態度を取っていた男が話し出した。
「これはこれは、あなたがアッシュ殿ですか。私は、ラージャグリハ騎士団で部隊長を務めている『コリウス』と申します」
コリウスと名乗った男とアッシュは握手を交わした。
「どうも、ご丁寧に。王国騎士団の方々が、なぜこんな村に?」
「実は、人を探しておりましてな。その人物を尋ね回っている最中に、こちらで魔族が出現し、それを退けたという情報を聞いてきたのです」
「はて?どういうことでしょう?魔族とその人物に関わりでも?」
「ええ。我々が探しているのは、特別なお方でして、その方は、魔族を倒せるような人物なのです」
「まさか、俗に言う”勇者”をお探しとか?」
「そこの解釈はご自由に」
「それでしたら……」
と、横から口を出そうとしたのは討伐隊で副隊長を務めたトゥイグだ。
「トゥイグ、待て」
アッシュに素早く制止され、トゥイグは慌てて口をつぐんだ。
(この騎士達は、レンとユリカを探しているに違いない。彼らは”勇者”ということか?確かにそう言われても不思議ではない。しかし、俺は本部にすら彼らのことを内密にしているのだ。全く関係ない王国騎士団に彼らの情報を渡せるはずがなかろう。だいたい、こういう権威ぶった連中が、俺は大嫌いなんだ)
そう考えるアッシュは、適当にごまかすことにした。
「モンスター討伐の依頼を受けて、やって来た我々が、魔族に遭遇したのは事実です。しかし、命辛々、やっとのことで逃げ帰ってきただけのことで、お恥ずかしい話ですが、魔族を退けたわけではないのですよ」
だが、コリウスの方は、アッシュとトゥイグとのやり取りを見て、既に疑いの目を持っていた。
「またまた。ご謙遜を。先程、村の者達に聞いて回りましたが、森のモンスターはほとんど一掃されたらしいじゃないですか。どなたかが、ご活躍なされたのでありましょうな」
「いえ。私たちは何もしておりませんよ。魔族が勝手にあの森を放棄したのでしょう」
しかし、アッシュも様々な修羅場を潜り抜けてきた猛者だ。平然と白を切る。
「なるほど。確かその前後におかしな夫婦が村にいた、という情報もありますが?」
「さぁ、私は知りませんねぇ」
「そうですか。あまり白を切られると、御身のためによろしくありませんよ?」
言い方は丁寧であるが、脅迫的な言葉にアッシュは、イラッとした。
「ほう、私の身に何か起こるとでも?」
「さて、どうでしょうねぇ」
二人が睨み合いを始めたところで、部屋にもう一人の騎士が入ってきた。他の騎士と比べて一段と若い騎士だった。
「コリウス部隊長、有力な証言者を見つけました。魔法の管理を任されているジニアというお婆さんです。そちらに行かれてはいかがでしょうか」
「おお、そうか。では、そちらに向かおう」
騎士団一行は、再びズカズカと足音を立て、部屋を出ていった。
彼らがいなくなった部屋で、アッシュは悪態をついた。
「ふんっ!気に入らん連中だ!王国の犬が!」
「本当に失礼な上司で、すみません」
悪態に対して、突如、返事が返ってきた。
気づけば、部屋にはまだ先程やってきた若い騎士が残っていたのだ。
アッシュはゾクッとした。誰もいないからこそ、悪態をついたのだ。誰かが残った気配など全く感じなかった。
「なっ!」
「失礼致します。ハンターギルドのアッシュさんですね。名のある方々のご活躍は、よく存じ上げております。ボクは、『ベイローレル』と申します」
「ベイローレル?聞いたことがあるぞ。確か、若くして『聖騎士』の称号を賜ったという王国の騎士だ」
「ご存知いただけて光栄です」
「貴公が、あのベイローレル殿か」
「はい」
二人は握手を交わした。
『ベイローレル』と名乗った若者は、白銀の鎧を身に纏い、眉目秀麗、金髪碧眼の美男子であった。
礼儀正しく、立ち居振る舞いも気品に満ちている。若々しい顔立ちながらも堂々としたその風格には、あらゆる女性を虜にしそうな輝きがあった。
事実、ギルド支部に来るまでの間も、彼とすれ違った村の女性たちは、一人も漏れなく、振り返って二度見した。既に彼の噂で小さな村は大騒ぎになっていたのだ。
「失礼だが、貴公はおいくつで?」
「18です」
「本当に若い」
「ええ。ですから、ボクのことは、気兼ねなく年下としてお扱いください」
「して、貴公のご用件は?」
「はい。少々アッシュさんにお伺い致したく、ボクだけ残りました。この度は、魔族絡みのハンティングを終えられたそうで、無事のご帰還、お慶び申し上げます」
「ありがとう」
「さて、そこで皆様、魔族の存在をご確認されたそうですが、実際に目撃されたのでしょうか?」
アッシュは内心ギクリとした。最も痛いところを突かれたからだ。
「いや、俺は実際に見ていない。しかし、モンスターが統率されるような動きをしていた以上、魔族の存在は明らかだ」
「そうですか。目撃された方は一人もおられなかったのですか?」
「そうだな。一人もいない」
「では、アッシュさんともあろう方が、推測だけで魔族の存在をご報告なさったのでしょうか?」
アッシュは面食らった。
口ぶりや態度こそ、丁寧で腰が低いが、話す内容は的を射ており、しかも言い方がえげつない。こちらを立てるように話しながらも、逆に失礼極まりない言い回しだ。
何より、このベイローレルという若者の、終始、自信に満ちた笑顔が、妙に傲岸不遜に感じられるのだ。
「……何が言いたいのかな?」
「いえ、ただ、レベル20台で構成された討伐隊だったとお聞きしましたので、さぞやご苦労なさったことだろうと思いまして。もしも魔族が絡んでいたのなら、そんな構成では全滅していてもおかしくなかったでしょうから」
「そこは……運が良かったと思っているよ」
「そうですね。たまたま運良く、魔族を退治できるような御仁が通りかかった、なんてことがない限り、逃げ切るのは困難だったことでしょうね」
「……何か疑っておいでのようだが、もしも貴公が言うように、そのような人物がいたとして、俺がそれを隠す理由は無いとは思わないか?」
「いえいえ。とんでもない。ボクとしたことが、推測で勝手なことを申し上げてしまいました。先程のことは、ただの独り言だとお考えください。失礼致しました」
「用件はそれだけかね?」
「はい。お話を伺えて、大変参考になりました。またどこかでお会いしましたら、お手ほどきの程、よろしくお願い致します」
「ああ。またどこかで」
最後まで笑顔を崩さない自信満々の若者、ベイローレルは部屋を出て行った。
「言葉遣いは丁寧ですが、どうにも、いけ好かない青年でしたね」
トゥイグが率直な感想を漏らした。
「トゥイグよ。お前とは、いつもこういうところで気が合うな」
アッシュは苦笑した。
「ところで隊長、彼らもそうですが、今日は他にも珍客が来ているそうですよ」
「他にも?」
「ええ。なんでも、前に話していた”女剣侠”がこの村に到着したそうです。噂に違わぬ美人だそうで」
「ほう。それは一度お目にかかりたいものだな」
さて、アッシュの部屋を辞した、若き”聖騎士”ベイローレル。
彼がギルド支部の1階入り口付近まで来ると、耳慣れた声で呼び止められた。
「おおい!”ベイ坊”じゃないか!」
そう呼ばれたベイローレルは、これまで崩すことのなかった笑顔を一瞬だが引きつらせた。誰にもその表情が見えていないことを確認した上で。
「ローズさん、お久しぶりですね。まさかこんなところでお会いできるとは。相変わらずお美しい」
満面の笑顔で振り返り、挨拶をするベイローレル。
その相手は、あの”女剣侠”だ。薄い生地でできた、フード付きのローブで身を包み、露出の多い服装と赤い髪を隠していた。
「またそうやって心にも無い世辞を言う。あたしには普通にしろって昔、言ったろ」
「そんなことありませんよ。いつもお綺麗じゃないですか」
「……ところで”ベイ坊”、お前ここで何をやってるんだ?」
「ローズさん、その呼び方はやめてくださいよ。ボクは今、騎士なんですから」
「ああ、聞いてるよ。なんでも”聖騎士”の称号をもらったんだってな。そんなものを手に入れて、何がいいのか知らないが、おめでとう」
「ありがとうございます。ボクは王国の任務中なので、機密事項につき、何も言えません」
「相変わらず、つまらない男だな」
「ローズさんこそ、こんな村で何をやっているんですか?」
「ん?あたしは、護衛の仕事が終わったところで、ここでしばらく休憩中さ。さっき、道中で仕留めたブラック・サーペントの首を運び込んでもらったんだ」
「へぇ、ブラック・サーペントは貴重な素材の宝庫ですから、いいお金になるでしょうね」
「おっ、あいつら戻ってきたか」
ローズに合流したのは、荷物運びを請け負ったエルムたちだ。彼らは服装が綺麗になっている。
「お前たち、その服はどうしたんだ?」
「へい。レンの旦那に言われやしたので、新調しやした。商売をするなら、身だしなみから整えろと」
「それは、いい心掛けだが、まだ報酬も渡していないのにどうやって?」
「旦那から、お金を預かっておりやしたんで、金貨1枚ほど」
「き、金貨1枚!?お前たちのためにか!?」
「へい」
(なんなんだ、あの男は?確かにあたしは”面倒を見ろ”と言ったが、実は軽い気持ちだった。まさか、ここまで本気で、こんなヤツらを立ち直らせようとしているのか)
「お前たちのことだ。どうせ、それで酒を飲んだりするんじゃないのか?」
「そんな、滅相もねえ!このお金は旦那のものですので、大切に使わないと罰が当たりやす。それに管理係のオリーブが細けえもんで、どっちにしても自由に使えねえんですよ」
「お金の管理は、俺の仕事です……」
エルムの言葉に、オリーブが小さな声で応じた。
彼らを態度を見て、ローズは愕然とした。
(あんな、ろくでもない連中だったはずなのに、たった一晩でここまで手なずけたというのか、あの男は?)
「なるほど。お前たちが真面目に働こうとしているのは、よくわかった。では、残り6体分の首の運搬も正式に依頼しよう。お前たちの取り分は1割だ。頼めるか」
「へい。喜んで」
男たちとローズのやり取りを不思議そうに見ていたベイローレルが、ここで口を開いた。
「残り6体?ローズさん、ブラック・サーペントを7体も倒したんですか?」
「ああ、まぁな」
「お一人で?」
「いや、その時は、頼れる仲間もいたんでな。さすがにあたし一人では荷が重い相手だった」
「それは、一組の夫婦ではないですか?」
「ん?ああ、そうだが……」
「その方々とはもう分かれたんですね?どちらに向かわれましたか?」
矢継ぎ早に質問してくるベイローレルの様子にローズは警戒心を持った。
「……あたしの仲間のことだ。おいそれと教えるわけにはいかないな。お前の任務も秘密じゃないか」
「お願いします。かわいい後輩の頼みだと思って」
「あはははは。かわいくない後輩なら、今ここにいるが、かわいい後輩なんて知らないな」
「……仕方ないですね。しかし、有力な情報を得られました。ありがとうございます。ベナレスからこの村に来たローズさんが、分かれたということは、十中八九、その方々はベナレスに向かわれたということでしょう」
「お前っ」
「それでは、ボクも仕事がありますので、これで失礼致します。皆様の旅のご無事をお祈り申し上げます」
「ああ……ありがとう」
最後まで自信満々で笑顔を絶やさないベイローレルを見て、ローズは思った。
(相変わらず、小生意気で鼻につくヤツだな。騎士と魔導師という違いはあるものの、礼儀正しくて、頭が切れる、という点で、あの男と似ていると思っていたが、やはり好感度が全く逆だ。それにしても、あの夫婦を追っているようだが、いったい何の用だ?)
ふと、そこで思い当たることができ、ローズはもう一度、ベイローレルを呼び止めた。
「そうだ、ベイ坊!お前は、この世に女性の”勇者”が現れたら、どうするんだ?」
「は?女性の”勇者”……ですか?」
唐突な質問にベイローレルは立ち止まり、しばらく黙り込んだ。そして、笑顔で答える。
「やだなぁ。今のボクは、あなたを超えてレベル47にまで登りつめたんですよ。ボクを超える女性なんて、この世に存在するはずがありませんよ」
「そうか……」
予想通りの答えが返ってきて、ローズは呆れた。
「全ての女性を守るのが、ボクの使命です。ボクが女性に守られるようなことは、起こりませんよ」
(まったく……こんな男に守ってもらいたいとは夢にも思わんな。昔は弟みたいにかわいがってやったもんだが……)
「お前、今年で18だったか?」
「ええ。そうですよ」
(あの男の方が、年下でレベルも低いのか。いったいどういう違いなんだろうか。あたしより若いくせに、あの男から感じる包容力と安心感は何だったのだろう……)
「……それだけですか?ローズさん?」
「ああ、それだけだ。まぁ、頑張ってくれ。ベイ坊!」
「次に会う時は、その呼び方を改めていただきますよ。それでは」
ベイローレルは去っていた。
隣でずっと黙ったままだったダチュラは、彼がいなくなったのを確認してから口を開いた。
「ローズさん、なんですか、あのカッコいい人は……」
「ん?ベイローレルっていうクソガキさ。”聖騎士”なんて呼ばれて得意になっているんだ。ダチュラ、ああいう男はやめといた方がいいぞ」
「そうですか?すごくいい人そうでしたけど」
「最初は、みんなそう言うのさ」
ギルド支部の外に出たベイローレルは、外出していた部隊長コリウスと合流した。
「ベイローレル殿、情報を手に入れたぞ。ジニアという婆さんが”大賢者”を名乗る男と何度も話をしていた。『レン』という男で、『ユリカ』という奥方を伴って旅をしていたという。また、その二人を宿泊させていたのは、村のギルド支部長バーリー殿だった。二人は、不思議な言動と奇抜な格好をしていたそうだ。既にベナレスに向けて出発したとのことだから、我々と入れ違いになったな」
「ええ。ボクが入手した情報もその二人のものだと思います。ブラック・サーペントを7体も撃破するのに、一役買っていたそうですから、おそらくその男性が”勇者”で間違いないでしょう」
「うむ。これも貴殿が進言してくれたお陰だ。魔族が絡んだ事件のわりに被害が少なすぎる、とな。この村に来てよかった。では、急ぎ、ベナレスに戻ろう」
「ボクは別の任もありますので、ここに残ります」
「そうか。貴殿は聖峰グリドラクータの調査も指示されていたな。あそこにはドラゴンがいるという。くれぐれも気をつけてくれ」
「大丈夫です。ボクの手に掛かれば、ドラゴンなど相手ではありません」
「さすが、”聖騎士”殿。頼もしい限りだ。では、我々は先を急ぐこととする。王都でまた会おう」
コリウス率いる数名の騎士たちは馬に乗り、ベナレスへ向かう街道を急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます