第二章 夫婦の絆と謎の遺跡

第23話 チェック・ディジット

『商業都市ベナレス』。


これから僕たちが向かうギルド本部がある街である。西の王国『ラージャグリハ』と南の共和制国家『シュラーヴァスティー』の中間に位置する大規模な街だ。


どちらの大国にも属しておらず、自由交易によって栄えている。さらにハンターギルドの本部があることから、情報も集まりやすい。


そこでなら、魔王や勇者についての情報も何か得られるであろうと期待していた。


聖峰の南西に位置するガヤ村から、さらに西北西にあるベナレスに向かうには、2つのルートがあった。


北側ルートと南側ルート。


どちらも『環聖峰中立地帯』を横断することに変わりはない。両方とも森に囲まれた街道を抜けていくことになる。違いがあるとすれば、北側ルートの方が聖峰寄りなので山岳地帯の横を通ることが多いくらいだ。


どちらのルートもモンスター遭遇率に違いは無いという。また、徒歩で5日ほどの道のりであることも変わらない。となれば、好みの問題か、あるいはどちらの道に慣れているか、ということでルートを選択すればよい。


「私がこの村に来た時は南側ルートだったんだ。そっちなら案内できるよ」


と、ダチュラが言ってくれたので、南側ルートを選び、ありがたく道案内してもらった。


僕とダチュラが話をしていると、前を歩いていた嫁さんがジトッとした目でこちらを窺っていた。これは、村を出る前の”大奥”発言を気にしているに違いない。

嫁さんの方に近づき、話しかけた。


「百合ちゃん、さっきの話だけど、”大奥”じゃなくて、”一夫多妻制”ね。わかる?」


「う、うん。わかるよ」


「僕はそんなことしないからね」


「うん。そうだよね……さっきは、いきなりだからビックリしちゃった」


あまり目が笑っていないのが気になったが、どうもこれ以上、突っ込んだ話をしようという気持ちになれない。昨夜から、お互いにギクシャクしたままなのだ。


結局、嫁さんにはダチュラと話をしながら歩いてもらうのが一番落ち着いた。僕は1日中黙ったままでも全く問題ない人間なので、景色を見ながら歩いていた。


村を出てしまえば、嫁さんはマントを取り払い、髪も太ももも見せた状態で平気で歩いていた。


「やっぱりこの方が歩きやすいなっ」


それを見ていたダチュラも頭に巻いてきたヒジャブを外した。


「私も」


「うん。その方が、かわいいよ」


二人を見ていると、嫁さんと一緒にいることでダチュラが元気を取り戻している感じだ。嫁さんの非常識行動(あくまでこの世界での)を真似ているあたり、何か、大きな心境の変化があったのかもしれない。


途中、討伐隊の時の森のそばを通った。交通の要衝であることから、モンスター討伐が依頼されたのだ。この時だけは嫁さんと話をした。


「あの日の森か」


「うん。やっぱりモンスターの気配はほとんど感じないな。あれ以来、大丈夫みたい」


「ここを安心して通るために討伐隊が派遣されたんだよな。そう思うと、あれは重要な仕事だったね」


「うん」


1日目はモンスターに遭遇することもなく、順調に進んだ。夕方になったあたりで、野営に適した場所を見つける。


「ここから先は開けた場所がないから、今日はここで野営しよう」


ダチュラのアドバイスでそこを野営地とした。この世界に来た初日にも川原の開けた場所で野営したのだが、やはり見晴らしの良い場所でなければ、野営は危険だという。


モンスター避けの魔法宝珠も2つあり、それを森に面したあたりに設置する。これは人間の臭いを消してくれる宝珠で、道中でもずっと発動させていた。これ無しでは1日に何度もモンスターに襲われていたはずだという。


火を起こすのは問題ないようだが、万が一の時はすぐに逃げ出せるように荷物の準備をして寝るそうだ。

夕食を済ませるとダチュラが言った。


「寝る時は、交代で見張り番をすることになるわ。あと大きな声を出すのも厳禁ね。モンスターに居場所を教えるようなものだから」


「それなら、私がいるから大丈夫だよ。ヤバいのが来たら、すぐに察知して倒しちゃうから」


自信満々で言う嫁さんに僕も念のため確認する。


「寝てる時でも大丈夫?」


「最初の朝もそうだったでしょ?黒い蛇が来るの、先に気づいて起きたんだから」


「そうだったね。逆に弱いモンスターはどうなる?」


「強くても弱くてもモンスターが近づいて来ると、すぐわかるよ。私の体、敵意には敏感なんだ」


「そうか。じゃ、安心して寝させてもらうよ」


そう言いつつも僕はすぐには寝ずに宝珠の実験を始めた。魔方陣を弄って魔法の威力を調整できないか、の実験である。


実は、前日のうちに新しく買った宝珠のコピーについては成功していたのだ。コピーした宝珠なら、いくら弄って壊してしまっても替えがきく。


まず、コピーした【飛水刃スプラッシュ・スラッシュ】の宝珠を取り出した。水圧カッターの要領で水の刃を飛ばす魔法だが、その威力を弱めれば、単純に水を出すだけの魔法になる、という考えだ。


今日一日、歩きながら考えていた方法をいくつか試してみた。魔方陣の中で、”出力”を決定している部分を書き換えてみたのだ。


しかし、何パターンか試してみたが、全て失敗に終わった。魔法の発動自体ができなかったのだ。


だが、ここまでは想定内だ。1文字変えただけで簡単に魔法が作れてしまうのなら、もっと無数の魔法が存在するはずだからだ。


しかし、魔法の威力だけを見ても、基本的には下位魔法、中位魔法、上位魔法、さらに最上位魔法という4段階しか存在していない。おそらくは、意味のある部分だけを書き換えてもエラーを起こすのだ。


魔方陣の中に記述されている、いくつかの意味を為さない古代文字。おそらくそこに法則性がある。これとセットで書き換えないとエラーになるのだ。


これを僕は独自に”チェック・ディジット”と呼ぶことにした。


現代社会におけるクレジットカードで説明してみよう。


クレジットカードの番号は1文字間違えただけではエラーになる。これがもしも1文字間違えた結果、全く知らない別の誰かのカード番号になったりしたら大問題だ。また、適当なカード番号をでっちあげようとしても、大抵の場合はエラーになる。


これは、カード番号の中に”チェック・ディジット”というエラーチェックの番号が入っているからなのだ。


”チェック・ディジット”はある法則性を持っていて、残りの番号との組み合わせによって、その法則が成り立つように作られている。つまり、1文字間違えると、組み合わせの法則が崩れるのでエラーを起こすようになっているのだ。


具体的な例を挙げてみよう。


まず、番号の全ての数字を足してみる。

その結果の数の1の位が0になるように”チェック・ディジット”の桁を決める。


これが最も簡単な”チェック・ディジット”の例だ(もちろんクレジットカードはもう少し複雑な計算をしているが)。こうすれば、文字を1桁間違えると、必ず数字の総和の1の位は0でなくなり、エラーとなる。


そこで、ある桁を1増やした場合、”チェック・ディジット”の数字を1減らしてみる。すると、「総和の1の位は0」という法則性が崩れない。つまり、エラーにはならない。


このように、”チェック・ディジット”がどのようなルールで設定されているか、を発見できれば、正しい”チェック・ディジット”を設定しなおすことでエラーを無くせるのだ。


そして、魔方陣においても”チェック・ディジット”と同じ仕組みが使われていると僕は推測した。


この”チェック・ディジット”、しかも古代文字で書かれているものを一から解析しようとすれば、高度な暗号解読と同じことになる。一生かけても終わらないかもしれない。しかし、限定的な条件での法則性なら、ある程度絞り込めるはずだ。


例えば、【飛水刃スプラッシュ・スラッシュ】という魔法は下位魔法だが、その威力を4倍にした中位魔法が存在する。魔法学の書物を調べれば、その魔方陣はわかる。そして、さらにその中位魔法の4倍の威力である上位魔法も存在する。


つまり、1つ上位になるごとに威力が4倍になる、これらの魔方陣の関係性を調べれば、逆に威力を4分の1、さらに16分の1に押さえた魔法を生成できるのではないだろうか。


ここまでが、今日一日、歩きながら考察した内容だった。


その視点で魔方陣を見比べてみると、法則性が見えてきた。そこで”チェック・ディジット”の仕組みに仮設を立て、それに基づいて、出力部分の書き換えと”チェック・ディジット”の書き換えを行う。


完成した十数パターンの水魔法を試してみた。

6つ目で結果が出た。


ドピュンッ


「おっ」


ついに出た。少し威力の強い水鉄砲のような水だ。


「え、蓮くん、どうしたの?」


嫁さんが気づいて聞いてきた。


「うん。ちょっと実験をね」


「……なんだ。そっかぁ。私、なんか卑猥なことしてるんじゃないかと思ったよ」


「いや、何を想像したんだよ!」


なんとなく何を想像されたのか、わからなくもないが、とにかく実験を続ける。これではまだ威力が強めだ。4分の1が成功したので、さらに16分の1を試してみる。今ので法則性がだいぶ見えてきた。


ジョロロロロロロ


「よしっ」


今度はすぐに成功した。まるで蛇口から出る水道水だ。


「今度は何?」


嫁さんが呆れた感じで聞いてきた。


「見てよ。これ」


自慢げに僕が言うとダチュラが「ぷっ」と噴き出した。


「何よ、それ。【飛水刃スプラッシュ・スラッシュ】の魔法?失敗してるじゃない。全然、飛んでないわよ」


「いや、これは成功だよ。【飛水刃スプラッシュ・スラッシュ】の16分の1の威力の魔法なんだ」


「えっ」


出てきた水を器に溜め、【毒解析ポイズン・サーチ】の宝珠で解析を行う。この宝珠を通して対象を見ると、毒を含んでいた場合、毒の種類に応じた色で発光して見えるのだ。


「毒も無い。飲める水だよ」


念のために匂いも嗅いだが、何も感じない。

そのまま飲んでみた。普通においしい水だ。


「うん。これで、これからは水の悩みは無くなるよ」


「え、え?え!?ええええぇぇぇぇぇっっっ!!!」


ダチュラが絶叫して立ち上がった。


「ダチュラ、しっ」


嫁さんが、たしなめる。


「あっごめん。つい……でも、どういうこと?今、作ったの?新しい魔法を作っちゃったの?」


「うん。名前を決めた方がいいかな?」


「いいや、そういうことじゃなくて!うそでしょ?魔法ってそんな簡単に作れちゃうものなの?」


「どうなんだろう?”チェック・ディジット”の考え方に気づけば、そう難しいことでもないと思うけど」


「何言ってるのか、わからないけど、私は聞いたことない。新しい魔法を作っちゃう人なんて。魔法っていうのは、ずっと昔から受け継がれているもので、作るものじゃないのよ」


「そうなのか。これ、人には話さない方がいいかな?」


「少なくともすごい騒ぎになるわね。レンが有名になりたいのなら、発表すべきだし、そうじゃないなら、信用できる人にしか話しちゃいけないわ」


「わかった。今はあまり目立ちたくないから、しばらく黙っておくことにするよ。ダチュラも誰にも言わないでくれるかな」


「そうね。私たちだけの秘密ね」


「その代わり、あとでこれをコピーしてあげるよ」


「本当?嬉しいわ!」


ダチュラのテンションが上がっていた。

そんな様子を見ている嫁さんが、焦った感じの様子で二人の間に入ってきた。


「ほ、ほら、もう遅くなっちゃうから、そろそろ寝ようよ」


魔法改造の成功に満足した僕も寝ることにした。


これは毎晩の楽しみができたぞ。

明日は何を試してみようか。


などと考えているうちに眠りについた。


嫁さんがいてくれるので安心していた。

当の嫁さんは、何か落ち着かない様子で一晩中、モゾモゾしていたのだが。

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