ウチの嫁が最強すぎて魔王すらワンパンなんだが
東条賢悟
序章
第0話 とある夫婦のプロローグ
残業を終えて足早に帰宅する。
今日は少し特別な日であり、右手に持つのはケーキの箱だ。
賃貸マンションの一室。玄関を開け、
「ただいま」
と言う。
「おっかえりぃ!」
明るい声とともに、僕を迎えに玄関まで来てくれるウチの嫁さん
――という光景は結婚当初の頃。今では静かなものだ。
誰もいない玄関で靴を脱ぎ、短い廊下を通ってリビングを覗く。
そこには、ソファにだらしなく寝転がってテレビに向かい、オンラインゲームをしているウチの嫁さんがいた。いつもの風景だ。
「あ、蓮くん、おかえり」
微笑を浮かべて振り向く嫁さん。
「ちょっと待っててね」
この一言で僕には伝わる。ゲーム内の仲間たちに挨拶を済ませてログアウトし、準備していた食事を温めなおしてくれるのだ。
部屋にカバンを置き、スーツの上着を脱いでくる。ちょっとスマホをチェックしている間にレンジでチンされた夕食が僕を迎えてくれた。
残業のせいで僕の帰宅時間はいつもバラバラだ。結婚当初は、仕事終わりにラインで帰宅時間を伝えると、それに合わせて嫁さんは夕食を作ってくれていたのだが、1年もしないうちに”夕食は作り置き”という流れが自然と出来上がった。
特に不満は無い。夕食をキチンと作ってくれるわけだし、彼女の料理はおいしいのだから。
「今日はね、お腹を空かせて待ってたんだよ」
いつも僕の帰りが遅い時は先に夕食を食べているのだが、今日は殊勝にも僕を待っていたらしい。
「待たせたね。予約してたケーキもちゃんと買ってきたよ」
「やったぁ!でもケーキを待ってたんじゃなくて蓮くんを………あっ」
何やら思いついたらしく、あえて言い直す嫁さん。
「べっ、別に蓮くんを待ってたわけじゃないんだからねっ!私はケーキを待ってたんだからっ」
不器用にモノマネっぽく言う嫁さん。
完全にいろいろ失敗しているので僕は冷ややかに応える。
「なぜ、ここでツンデレ……」
「いやぁ、この前、観たアニメでやってたんだけど、タイミングミスったね」
「言い直した時点でアウトだな」
「うん、次はうまくやる」
意味のわからんところで決意を固める、この愛らしい女性が、結婚5周年を迎えたウチの嫁さんである。
彼女の名前は、
35歳。
僕にはもったいないほどの色白美人である。最近は結婚当初と比べて少しポッチャリしてきた感はあるが、個人的には、それはそれでアリだなと思っている。
おっとりした性格で少し天然の入ったお嬢様。そして意味もなく明るい。本人は「私、ほんとは活発な女の子なんだよっ」と言うが、そういう空気を感じたことはあまり無い。
というのは、彼女は10代の頃から心臓を患っており、あまり外に出たがらないのだ。
今日も今日とて5周年を迎えた結婚記念日だというのに、外での食事ではなく、家で少し豪華な夕食を食べられればそれでいいと言う。なんとも金の掛からない嫁さんである。
無理をされると僕が心配なので、仕事はせずに専業主婦をしてもらっている。
天然なわりに何でもそつなくこなす器用さがあり、家事全般は一人でパッパと片付け、余った時間は全てゲームに費やしている。
病気を抱えてからは外出を控えるようになり、とても寂しい生活を送っていたそうだが、僕と出会い、僕のオタク趣味を吸収してからは、むしろ彼女の方が僕以上のオタクと化してしまったのだ。
夫婦で一緒に始めたオンラインRPG『ワイルド・ヘヴン』も、今では、僕が全く追いつけない領域にまでやり込んでいる。先ほど僕が帰ってくるまでやり続けていたのもそのゲームだ。
「今日くらいはお酒飲もうかなぁ」
と、嫁さん。
「そう思ってシャンパンを買っておいたよ。記念日だしね」
「やったぁ」
二人で乾杯する。
本人曰く、「私、ほんとは酒豪なの」だそうだが、体が弱いので普段は飲酒することも避けている。というか、酒豪と言うからには、健康だった頃にお酒を飲んだことになるが、それはいつなのだろうか?未成年の頃じゃないだろうな?
「あれ、このステーキうまいね。とてもチンしたものとは思えない」
「ふふふ、これだけはチンじゃないよ。下拵えだけしておいて、今さっと焼いたんだから」
相変わらず手際が良い上に料理の腕もかなりのものだ。
「店で出せるレベルだよ」
「ほんと?」
「ごめん、言い過ぎた」
「えぇぇ」
「ていうか、相当いい肉買ったね」
「うん。ちょっと奮発しちゃったけど、いいよね」
「こんなにうまいなら、たまにはアリかな」
「じゃ、これからもたまに作ろうか?」
「うん、おねがい」
「りょ!」
と言って、嫁さんは右手でOKサインと敬礼を組み合わせたような変なポーズをする。
嫁さんから僕への了解のポーズだ。
おそらくどんな夫婦でも、二人だけで通用する独特のコミュニケーションというものが存在すると思うのだが、ウチの場合はこれだ。
いつの頃だったか、若い子たちが使っているらしい、と言って、それを彼女風にアレンジして僕との日常会話で使いはじめた。今でも世間でそれが通用するのか全くわからないが、結局嫁さんの口癖みたいになってしまったのだ。
ウチの中ではいいのだが、人前では使って欲しくない。僕が恥ずかしいから。
「あ、でもあんまり高いなら別にいいよ」
「ううん。ちゃんと特売の日を狙ってるから大丈夫」
「ほう、じゃあ結婚記念日のご馳走は特売の肉だったのか」
「怒った?」
「いや、むしろ褒めたい」
「でしょうぉ」
と、このように偉そうなやり取りをする僕は、
嫁さんと同じく35歳。
一家の大黒柱――というかまだ子どもがいないので、夫婦の稼ぎ頭として働いているサラリーマンだ。
「そういえば、蓮くんって職場のことあまり話さないよね。愚痴とかも聞いたことないし」
「僕は仕事を家に持ち帰らないのがポリシーだからね。家にいるときは仕事のことは綺麗さっぱり忘れたい」
「うんうん。それ、気持ちわかるなぁ」
就職したこともない嫁さんに同調されてもなぁ。
と思うが、それは可哀想だから言わない。
「それに、昔、仕事の話したとき、”説明されても理解できない”って青ざめてたじゃないの」
「ええ、そうだっけ?」
「僕の仕事、今から説明してあげようか」
「遠慮しておきますっ」
彼女が敬遠する僕の職種とは、システムエンジニアである。
技術職は一般の職種と比べると、わずかばかりだが稼ぎが良い。ギリギリの家計ではあるが、おかげで僕は病弱な嫁さんを養ってあげることができた。
たまに仕事が炎上して大変な思いをすることもあるが、嫁さんがいてくれることを思うと、どんなことだって乗り越えることができる。当の嫁さんからは「何やってるのか理解不能」と言われてしまうのだが。
「今日でもう5周年なんて……早いよねぇ……」
「出会ってからは6年近くか。百合ちゃん、29歳で結婚に焦ってたよね」
「えっ、あ、焦ってなんか、いなかったよぉ」
「いや、初めてお見合いした時、すごい真剣な眼差しで僕を睨みつけるように観察してきたよ」
「そりゃ、真剣にもなるよ。蓮くんに出会うまで11件、お見合いしてたんだから」
「11件!?それ、初耳だ」
「お母さんがとにかく話を持って来てくれてね。私も、30までに結婚!って思ってたから、結構がんばっちゃったんだ」
「それを焦ってたって言うんだよ」
「まぁ、でも12件目でね……あぁこの人だなって思えたの」
しみじみ自分を見つめてくる嫁さんを前にして、少し感慨深い気持ちが沸いてくるのを感じた。
と同時に、ある重苦しい命題を思い出し、僕は逡巡する。
いわゆる草食系男子というジャンルに属するであろう僕が、病弱な天然お嬢様である嫁さんとお見合いをしたのは29歳の時。
二人とも意気投合して付き合い、そのまま30歳で結婚。
あれから5年。
決して冷え切っているわけではないが、結婚当初のラブラブ感も無くなった、可もなく不可もなく、ある意味ちょうどいい夫婦関係。
――倦怠期――
という言葉はあまり使いたくない。
お互い一緒にいることが当たり前になっているし、それぞれの役割分担もうまく行っている。
ただ、倦怠期と言えば、やはり倦怠期に当たるのだろうか。
最近は夫婦の夜の営みも音沙汰無く、キスをしたのもいつ以来だったか思い出せない。
子どもができると夫婦の間柄はガラリと変わるらしい。
全てが子ども優先となり、夫婦は父母となる。
子育ての喧騒の中で夫婦関係は自然と疎遠になっていく、と友人から聞いた。
しかし、ウチにはまだ子どもはいない。
子どもはいなくとも、結局のところ、夫婦関係は次第に濃密ではなくなってしまった。
というのも、僕自身があえて子どもができないようにしてきたのだ。
体の弱い嫁さんが妊娠出産に耐えられるのだろうか、という心配が拭えなかったからだ。
妊娠しやすい時期というのは、女性にそれぞれ周期がある。排卵日というやつだ。
僕はそういう時期を嫁さんの体調を見ながら密かに計算し、イチャイチャしないよう意図的に避けてきたのだ。
普通の夫はそんなことしないであろうが、僕の場合、なんでもつい計算してしまう性分なのである。
おそらく嫁さんもこのことには、うすうす感づいているだろう。
”大きな決め事は、必ず二人で相談して決める”
というのが結婚するときに夫婦で交わした約束事の第一だ。しかし、この”子ども問題”について、実はお互いうやむやにしてきたままだった。
子どもがいないことで、特に何の刺激もなく二人だけの時間がただ平凡に過ぎ去ってきた。そのせいか、気づけば夫婦というより、ただの共同生活者のような関係になってはいまいか。
嫁さんも35歳。
このままズルズルと時間だけが過ぎてしまえば、本当に子どもが欲しくなった時、年齢という壁が立ちはだかるのは目に見えている。
もっと早くお互いに相談するべきだったのだ。
いや、違う。
焦っているのは僕の方だ。
おそらくは僕自身が子どもを欲しいのだ。
「百合ちゃん……」
僕は意を決して「子どものことなんだけど……」と切り出そうとした。
しかし、その前にテンションの上がった嫁さんが、明るい声で言い放った。
「ね、蓮くん!今日はもうひとつ記念日だよ!一緒にやろうよ!」
「……え、あ……なんだっけ?」
自分と全く異なるテンションで話しかけてくる嫁さんに対し、呆気に取られて何も言えなくなる。
「何言ってんの!『ワイルド・ヘヴン』の大型アップデートの日じゃない!」
「あ……あぁ」
「私たちの記念日とアプデ日が重なるなんてすごい奇跡だと思わない?きっと私たちを祝福してくれてるんだよ。今日は蓮くんと一緒にやりたくて、ずっとずっと待ってたんだから!」
彼女の明るいテンションに押されてツッコむ気になれない。確かに僕も楽しみにしていたが、人生の最大事を考えていただけに完全に忘れていた。
「もう新パッケージも導入してあるから、すぐログインできるんだよっ!一緒にストーリー進めようよ!」
もはや根っからのゲームオタクであるウチの嫁さんは、オンラインRPGを一緒に楽しみたいということが結婚5周年の記念行事らしい。
「しょうがないなぁ……まぁ、明日は休みだから思う存分遊ぶか」
嫁さんとのテンションの違いに、若干の失望を禁じえなかったは事実である。
しかし、明るい声で僕を呼んでくる嫁さんの姿に愛らしさを感じてしまう僕も大概だ。それに僕と一緒に遊べるようになるまで、昼間から我慢して待っていたというのだ。そこは素直に嬉しく思う。
「ほら、蓮くん、こっち来て。ここでデートしよ」
ダイニングキッチンからリビングへと移動した嫁さんが、ソファに座って手招きする。
「はいはい、バーチャル世界で冒険デートと行きますか」
一緒に住んでるのに、やることが遠距離恋愛みたいだな。と思いつつソファの隣に座る
テレビには、バージョンアップされたばかりの『ワイルド・ヘヴン』のタイトル画面が表示されていた。
――さて、ここまで僕たち夫婦のことを長々と紹介して来たのであるが、心苦しいことに、さらにこのゲーム『ワイルド・ヘヴン』と嫁さんのプレイスタイルについても少々説明しておかなければならない。
まだ物語の本題にも入ってもいないのに、さらに”設定”の話までしなければならないことは誠に申し訳ない限りだ。
しかし、これからの展開において『ワイルド・ヘヴン』の設定なくしては説明が難しいのも事実なのだ。また、これによって、嫁さんの性格も垣間見ることができるだろう。
『ワイルド・ヘヴン』
過去に何作も発売されてきたモンスターを狩ることを主軸とするRPGのオンラインゲーム版である。
このゲームが正式リリースされた当初、画期的な試みとして注目を集めたのは、ゲームアカウントを発行するために身分証明が必要ということである。
オンラインゲームでは必ず問題となるRMT(リアル・マネー・トレード)対策として、まず個人の特定を前提にゲームができる仕組みが考えられたのだ。ゲーム内で違反行為を行ったものはアカウント停止後、二度とアカウントを発効できなくなる。事実上の永久追放になるというわけだ。
その対策は功を奏し、RMTだけでなく、ボット(自動操作プログラム)を使用して資金集めだけを行う、いわゆる”業者”の類もほとんど現れることはなかった。
一時期、アカウントのリアル売買が行われた時期もあるが、すぐに運営の方で対処され、アカウント発行後も定期的な身分証明をしないとログインできなくなる仕組みが導入された。
以上のように徹底したアカウント管理によって、不正プレイや自動プレイができなくなり、非常にフェアなバーチャル世界ができあがったのだ。
ここまで個人情報を使わせるとは何事か、という批判もあったが、それ以上にゲーム自体が人気タイトルということもあり、プレイしやすい環境が整うということで、善良なプレイヤーからは概ね歓迎されている。
さて、このような仕組みであり、かつ、月毎の定額課金制ゲームなので課金武器も存在しない。
ということになってくると、このゲーム内で他人よりも先んじて進むためには、ともかくも効率的なプレイで長時間やり込む以外に方法が無い。
そこで、リリース開始当初は常に僕と一緒に冒険をしていた嫁さんであるが、僕のイン率が低下するに当たって、次第にプレイスタイルが変わっていった。
冒険者ギルドに加入して仲間をたくさん作り、リアル女子の強みを生かして周囲の男どもから助けてもらう、いわゆる”姫プレイ”を行うようになっていった。
ゲーム内で男どもからチヤホヤされている嫁さんのキャラを見た時、夫の立場としては微妙な気持ちを抱いたものだが、ゲームなら別に浮気ということにもならないし、この”姫”の旦那が自分なのかと思うと、意外と悪い気はしなかった。
そうして男性プレイヤー達から貴重な品々をもらいうけ、ガチな戦闘コンテンツを何度もこなしていくうちにゲーム初心者だった嫁さんは、いつの間にか第一線の廃人プレイヤーの仲間入りを果たしていた。
何でもそつなくこなすタイプの嫁さんであるが、あまり物事を複雑に考えるタイプではないので、基本的にはキャラクターのパラメーターを重視し、キャラの強さでゴリ押ししていく”脳筋”プレイヤーである。
やがて激しい戦闘に付いて来れなくなった男どもにサヨナラを告げて”姫プレイ”を卒業し、廃人級のコンテンツに手を出した嫁さんが次に取った行動は、僕のキャラを勝手に使用した”2アカプレイ”であった。
原則として1人1アカウントというルールから逃れることができないこのゲームでは、他のオンラインゲームで廃人プレイヤーがよくやる”複数アカウント”が不可能である。
しかし、ウチの嫁さんは僕の仕事が忙しいのをいいことに、僕の免許証のコピーを利用して”2アカプレイ”を開始したのだ。
僕のキャラが稼いだものは強制的に嫁さんのキャラに貢がされる事となる。
単純計算で全ての効率が2倍。
家事をこなしながらも、この2倍効率の”2アカプレイ”で、彼女は一級のネトゲ廃人プレイヤーとして、『ワイルド・ヘヴン』の世界に君臨していたのだ。
5年以上運営され、パッケージ導入による大型アップデートもこれで4回目。
レベル上限は150まで拡張され、初期バージョンのラスボス魔王など、今の嫁さんではワンパンで倒してしまうであろう。
一方、僕のキャラは自分でログインする機会が限りなくゼロに近くなり、稼いだ全てを嫁さんに徴収されて、絞りカスのような状態で存在していた。
傍目から見たら、女主人に仕える奴隷だ。
ただし、嫁さんのキャラに付いて来れるよう最低限の装備はしっかり整えられている。
そんなこんなで、ほぼ引退状態の僕なのだが、それでもゲームのストーリーはどのように進展したのか、それだけは気になるので、たまにインするとアップデートされた新ストーリーだけを嫁さんと一緒に、というか強すぎる嫁さんに手伝ってもらいながらプレイしているのである。
そして、それを嫁さんも殊の外、楽しみにしてくれているのだ――
「あれ、雨が降ってる。やっぱり今日は出掛けなくて正解だったね」
嫁さんは窓に吹き付けられている雨つぶに気づいたらしい。
季節は初秋。日中は夏の暑さが微妙に残っている時期で、嫁さんはTシャツにショートパンツという夏のスタイルのまま家の中で過ごしている。さすがに夜になって肌寒さを感じてきたのか、近くにあった夏用の肌掛け布団を掛けた。
夏はエアコンを掛けながら、冷え性対策で肌掛け布団を掛けるのが好きなんだよな、この子は。
すると嫁さんは僕にぴったり寄り添ってくっつき、肌掛け布団を僕にも被せて一緒に温まるようにしてきた。
おや?いつもより密着して来るぞ。
「レベル上限解放されたから、昼間のうちに最大の150にしておいたんだ。私がいればどんな敵も大丈夫だよ」
「いやいやいや、初日にレベルカンストとか、どんだけだよ」
「蓮くんのために上げておいたんだよっ」
久しぶりに胸の鼓動が高鳴るのを感じながらも、嫁さんは通常営業である。
いつの間にか、外では雨音が強くなっていた。
予報では今夜は晴れだった気もするが、かなり激しく振ってきたようだ。
ログインしたお互いのキャラで合流する。
まずは新しいストーリーの舞台となる街へ移動だ。
「なんかちょっとドキドキするね」
「そんなに楽しみだった?」
「ううん、この状況が」
そう言いながら、こちらを見つめてくる嫁さん。
顔が近い。
お互いの二の腕はぴったりとくっつき、二人の吐息が混ざり合う。
疲れて帰る僕のために最近はベッドも別々にしているから、こういうのは本当に久しぶりだ。
僕の胸の高鳴りに呼応するかのように家の外では雷の音が聞こえてきた。気づけば季節はずれの雷雨になっているようだ。
テレビの方では、新ストーリーのオープニングが流れ始めた。
嫁さんもあれほど楽しみにしていたのに、なぜか二人ともお互いから目を逸らさずにじっとしている。
だが、ここで一つ問題が起こった。
眠いのだ。
一週間、仕事をしてきて明日は休み。
今週は本当に忙しかった。
正直、クタクタなのだ。
さらに先程、久しぶりに酒も飲んだ。
よく見ると嫁さんも、まどろんだ表情をしている。きっと朝早く僕を送り出してから家事をいっきに済ませてしまい、昼間からハイテンションで遊んでいたに違いない。
二人寄り添った温もりに肌掛け布団の気持ち良さも加わり、瞼が重くなってくる。
このままでは寝落ちコース確定だろう。
「ねぇ、蓮くん、私ね……」
「なに……?」
ウトウトしはじめながらボンヤリと受け応える。
すると彼女は言った。
「子ども欲しいな」
一瞬、何を言われたのか理解できず、その声を頭の中で反芻した。
そして、いっきに目が覚めた。
「え!?」
こんな不意打ちがあるだろうか。
まさか、その話をこのタイミングで言ってくるとは。
彼女も僕と同じことを考えて、悩んでいたということか。
もしかして、準備をしていたのだろうか。
ここまでの流れは全て嫁さんの策略だったのだろうか。
「蓮くんとの子ども……欲しい……」
やばい。何を言っていいのか分からない。
このことについて、いろいろ話したいことがあったはずなのに、どうでもよくなってくる。
外から聞こえる雷鳴が強くなった。
僕は無言で嫁さんの顔に自分の顔を近づける。
ふと、嫁さんの排卵日が近かったことを思い出したが、僕は初めて計算することをやめ、本能に身を任せることにした。
――だが、この時の僕は周囲の異変に気づいていなかった。
オープニング映像が流れているはずのテレビには、バグったような映像が映り、光る魔方陣がいくつも出現していたのだ。
部屋全体が不思議な淡い色に染まっているのだが、甘い雰囲気に包まれた僕と嫁さんはそのことに気づいていない。
時計の3つの針が全て頂上で重なろうとしている。
その刹那――
ドッゴォォォンンッ!!!
震えるような轟音とともに窓から強烈な稲光が差し込んできた。
唇と唇が重なり合ったのか否か。
かすかに温もりを感じたような気がするが、記憶が曖昧だ。
この瞬間、僕の意識は既に光の中に溶け込んでいたのだ――
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