第35話 敵が味方、逆もまた然り ⑥


「怖気付きましたか?」


 チラリとあやめが織斗を一瞥する。遼馬の姿に呆然としていた織斗だが、声をかけられたことで我に返った。

 遼馬の身体の周りには、黒い渦のようなものが蠢いていた。人の身体を成しているが、人間の皮をかぶった単なる化け物。

 遼馬は気味の悪い笑みを浮かべたまま、クイッと首を横に傾けた。

 無数の細い尻尾が正面に向き直り、織斗たち目掛けて飛びかかってくる。


「あなた、まだ術力残ってます?」


 かんざしを掲げるあやめが、一歩後ろに下がって織斗を見た。

 立ち上がろうとする織斗だが、足が縺れて起き上がることが出来なかった。


「何やってるんですか、コントですか? つまらないですよ」

「ちがっ……足に力入らなくて……」

「術力使いすぎたのよ」

「姫未! お前が体力ある分だけスペード使えって……」

「逃げましょう」


 かんざしを地面に当てるあやめ。

 足元から水が噴き出て、織斗とあやめの身体を天に押し上げた。

 尻尾の束が、先ほどまで織斗たちがいた場所に襲いかかる。


「すげーな、あやめ。術の使い方うまいな」

「……あなたはいつから、私のことを気安く呼び捨てに?」

「え? じゃあなんて呼べばいいの? あやめちゃん?」

「キャラ変わってません?」

「どうすりゃいいんだよ!」

「それより、やはり、これ以上は無理です」


 パシャんと水柱が地面に崩れる。

 織斗たちの身体も重力によって地面に落ちようとしていた。


「あの尻尾みたいなの、先っぽが尖ってますね。突き刺さったら痛いんですかね」

「痛いってレベルじゃねーだろ! 死ぬって! あー、くそっ、体力全部なくなる!」


 織斗はケースからダイヤを十枚取り出し、自分たちの周りを囲った。

 ダイヤのカードが、襲いかかってくる尻尾の群れを弾いては消えていった。


「……最初からそれやればよかったんじゃないですか?」

「無理だろ、最初はでかい尻尾が来たじゃねーか。細いやつなら弾き返せるかもだけど、あの三本あるでかいやつは……」


 途中で織斗は言葉を止めた。

 遼馬を囲う大小の尻尾。

 大きい、太い方の先端が織斗たちに向いていた。


「次は大きいの来るねっ!」


 織斗の肩に乗った姫未が愉快そうに声を上げる。

 場違いな笑顔に、若干の殺意が湧いた。

 ザシュッと風を切る音、太い方の尻尾が三本、織斗たち目掛けて襲ってくる。


「トランプ、新しいカード……無理! 手が震えてトランプ出せねぇ! おい、あやめ、何とか時間稼いで……」

「無理ですね。そして、何故あなたは私のことを馴れ馴れしく呼び捨てに?」

「どーでもいいだろ、今そんなこと!」

「織斗、ふざけてないでちゃんと前見て!」

「俺じゃねぇよ! つーか見てる! 見てるけど無理!」


 慌てる織斗の手元が滑り、トランプケースが地面に落ちた。

 バラバラと、カードが地面に散乱する。


「やべっ、逆にチャンス。もう何でもいいから解い……」

「頭使って戦わないとダメだよ、織斗くん」


 耳に届いた鈴の音のような声。

 それと同時、織斗とあやめの身体を白い糸が掴んだ。

 ぐいっと引っ張られ、二人の身体が樹林から離れた公園の隅に打ち付けられる。


「あ、ごめん。痛かった?」


 繋がった糸の先、遼馬と織斗たちのちょうど中間地点に獣の仮面をつけた少女が立っていた。

 華奢な体躯だが、胸元はしっかり膨らみがある。


「さき……」

「咲さん! ……咲さん! 可愛いです、美麗です。婉美えんびで気丈で怜悧れいりな高嶺の大輪、美少女咲さんです!」

「おまえ、どうした急に……」


 ぱぁぁぁっと、あやめの表情が明るくなる。

 あやめの豹変ぶりに若干引いた後、織斗は咲に視線を戻した。


「咲! 広はどうだった?」

「大丈夫、結奈ちゃんがついてる」

「すみません、咲さん。本来なら当主様の側にいてください、というべきなのでしょうが……来てくれて助かりました」

「え? いいよいいよ、広の側にいても出来ることないし。今の私に出来るのは……広が目を覚ます前にコレを片付けること、かな?」


 正面に向き直り、遼馬を見つめる咲。

 遼馬は首を傾け、ニヤニヤと笑を浮かべていた。


「でも、思ったより苦戦しそう」


 チラッと視線を上げる咲。

 月のある方向に、結奈の召喚獣、ブラックの姿があった。

 姫未と同じミニサイズで、注意を向けないと気づかないほど。


「大丈夫だよ、そこで見てて。ブラックがやられたらもしもの時に困るから、安全な場所にいて」


 小さな声が彼に届いたかはわからない。

 病院からこの公園まで案内してもらっている間に作戦は伝えたから大丈夫だろう。

 咲は仮面をかぶり直し、ケタケタと笑う遼馬に視線を戻した。


「うん、頑張ろっか……出来れば、起こしたくないんだよね」


 仮面の下で微笑み、咲は自身の武器である糸を取り出した。

 咲が糸を投げるのと、遼馬が細い尻尾を突き出すのが同時だった。

 放たれる十本の尾、鋭い尖端。

 咲は器用に、くるくると指を動かせる。風を切る音とともに、咲の操る糸が宙を舞う。

 咲が指を止めると同じくして、全ての尻尾の動きが止まった。咲が仕掛けたのは蜘蛛の巣。あたり一体に張り巡らせており、白い糸が尻尾の群れを絡め取っていた。

 太い方とは違い表面に光沢があってツルツルしている細い尻尾。


「……トカゲの尻尾かな?」


 クイッと糸を引っ張ると、絡まっていた尻尾がバラバラに千切れた。


『グ、ヴゥ』


 唸り声を上げた遼馬が細い尾を引き戻す。先端は千切れ、切断面からは血が滴っていた。

 ボトリと落ちる尻尾の切れ端。地面に落ちてぐねぐねと動いていたが、しばらくするとピタリと動きを止めて消滅した。


「切れる……でもトカゲの尻尾だとすれば……」


 再び飛んでくる尻尾を、糸で絡めて切断していく咲。

 無数を切り刻んで慣れて余裕が出てきたころ、咲は遼馬本体に目を向けた。


「ダメだ、再生してる……」


 先端が無くなっている尻尾は見当たらない。だけど尾の数が減っているとと思えない。

 切り落とす前と同じ数の尻尾が遼馬を囲い、そのうちの何本かが咲に向かって飛んでくる。

 地面を蹴り、遼馬本体に向かって駆け出す。遼馬は首を真横に傾げ、細い尻尾の尖端を咲に向けた。

 風を切る音、先ほどより多い、二十本以上ありそうな尻尾の群れが四方八方から咲を襲う。

 咲がくるくると指を回すと数十秒後には再び蜘蛛の巣が出来上がり、尻尾の尖端が一斉に地面に落ちた。


『く、ケケケ』


 喉を鳴らして笑う遼馬が、千切られた尻尾を自身の方に引き戻す。

 その動きを目で追っていた咲。

 尻尾は遼馬の身体に収集され、そして新しい尻尾が姿を現した。


「なるほど、無理だこれ……いたちごっこになる」


 細い尻尾を何本も切り落とすが、遼馬本体に変わった様子はない。

 むしろ先ほどよりも楽しそうに、首を揺らしながらケタケタ笑っている。


「うん……頑張ろう」


 咲は仮面を外し、それを足元に置いた。

 月明かりがチラッと瞬く。

 と同時、再び無数の尾が咲に向かって放たれる。

 しかし今度は束になっておらず、四方八方の空に飛び上がった。

 尻尾の何本かが咲の頭上を抜けて織斗たちへと飛んでいった。手を伸ばす咲だが、高い位置にある尻尾には糸が届かず振り返った。


「お手数をおかけしました、咲さん」


 だが、心配は無用だった。

 織斗を庇うように立ったあやめの手にはかんざし、地面からは水柱が噴き出ていた。


「先ほどより動きが遅いし、力も弱いです。複数になると、個々の威力が弱くなるのかもしれません」


 あやめがかんざしを持ち上げ、向かってくる尻尾に水柱を放つ。

 ジュッと焦げるような音がして、尾の尖端が消滅した。


「これなら私でも対処できる。ということで咲さん、こちらは大丈夫です」


 握った拳の親指を立てて『大丈夫』の意を表明するあやめ。

 そのポーズが珍しくて、咲は失笑してしまった。

 遼馬に向き直り、再び糸を放つ。


「……悪いな。いや、マジでごめん」


 地べたに座り込んだ織斗が言う。

 手元には、中身が数枚しか入っていないトランプケース。


「……問題ないです」


 時々やってくる尾を跳ね返しながらあやめが言う。


「それより、術力回復に努めてください」

「あ、あぁ。でも咲すげーし、もしかしたら俺が回復するまでに決着つくかも……」

「ふざけないでください。咲さんだけに前線を任せるつもりですか?」

「……そうだな。俺がしっかりして、咲を守ってやらないと」

「それに彼はまだ、本気を出していませんよ?」

「……本気を出してない?」

「言ったでしょう? 彼の術はおそらく風を操ることだと。あなたここに来て、あれが風の術を使っているところ見ましたか?」

「いや……術を使ってるようには見えなかったけど」

「つまり彼はいま、術力を使用しないで戦っている。私たちで言うと、こうやって術に頼らず、武器ももたず生身の身体だけで戦っているようなものです」

「……ちょっと待て、今の段階ですら俺ら、だいぶ押されてるよな?」

「えぇ、だから早く術力を回復してください、神木の当主様。あなたが無理なら私たちもう、終わりです」


 冗談ではないあやめの言葉。

 織斗はトランプケースを握りしめて、立ち上がった。


「任せとけ! 俺が回復したらすぐに……俺、この中で一番弱くね?」


 嘲笑する織斗を、あやめが振り返って睨んだ。

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