魔皇帝令嬢の花婿

小坂広夢

プロローグ 座右の銘・他力本願

他力本願。それが俺の座右の銘、だった。


進学先は親任せ、就職先は教師任せ、基本的に大切なことは全て他人の判断に身を委ねる。それがこの俺、三船公平の生き方、だった。自分で決められないわけではないが、自分で決めたことはロクな結果にならない。彼女いない歴30年、それに終止符を打つべくマッチングアプリに登録し、あの手この手でやっとできた彼女は、いつの間にか俺の親友と付き合っていた。ふざけんなクソが。


何もかもが中途半端、それが俺の人生、だった。


さっきから語尾が過去形なのにはわけがある。どうやら俺は死んだらしい。


昨夜、親友が俺の彼女と付き合っていることを知った俺は、近所の居酒屋でヤケ酒を飲み、酔っぱらった帰り道、飲酒運転のトラックに轢かれて死んだ、らしい。


らしい、と言うのは、さっきから俺の脳内で誰かの声が俺にそう語りかけているからだ。




『…かくして、三船公平はその短く惨めな生涯を閉じたのでした』


流石にヒドくない?なんで知らない人にそこまで言われないといけないの?てかこれ夢でしょ?なんか周りの背景真っ白だし、地面はスモークでモクモクしてるし。


『夢ではありません。これは現実です。証拠の映像がこちらです』


誰かの声がそう言うと、目の前の空間に映像が映し出された。そこに映っていたのは俺、だった《もの》だった。うわー、めっちゃグロテスク。バラバラになっちゃってるよ俺。スプラッタなショッキング映像だよこれ。youtubeに流したら100万再生いけるなきっと。子供には見せられないけどなちょっと。


『あれ?あまりショックを受けないんですね?普通の人間なら発狂しますよ』


「まあね、生きててもロクなことないし。天国に行けるんならそっちの方が興味あるかな」


『肝が座っているのか、情けないのか分かりませんね』


「ねえ、さっきから俺に当たり強くない?て言うか君誰なの?天国の使い的ななにか?」


『これからあなたは生まれ変わります』


「無視ですか」


『一度しか言いませんので良く聞いて下さい。生前のあなたはあまり理解力のある人間ではありませんでしたので』


「そろそろ怒っていいかな?」


『あなたがこれから赴くのは、人間と魔族が血で血を洗う抗争を繰り広げる世界、《ディスバニア》。そのディスバニアであなたは一匹の魔族を倒すための勇者として生まれ変わります。いわゆる異世界転生です。生前あなたの住んでいた国でも流行していたでしょう?』


「え?異世界転生できるの?しかも勇者?ってことは、イケメンに生まれ変わって、いきなりレベルMAXで俺強え〜!プレイできて、女の子にもモテモテになれんの!?」


『いいえ、レベル0のクソザコからスタートです。顔も今まで通りなんの特徴もない平均以下の顔で生まれ変わります』


「俺の感動と興奮を返せ」


『あなたの旅の目的は、レベルを上げ強くなり、真の勇者となって、一匹の魔族を倒すことです。その男の名は《ギルヴァール・ゼン・デスタン》、ディスバニアの頂点に君臨する魔皇帝です』


「なにそれ強そう」


『めちゃくちゃ強いです』


「じゃあ無理でしょ」


『いいえ、あなたには素質があります。なんかこう、運命に選ばれた勇者?的な?』


「ふざけんな」


『つべこべ言ってもあなたに選択権はありません。では、良い旅を』


その瞬間、突然世界が揺れた。真っ白い背景がガラガラと崩れ落ち、地面のもくもくが一気に宙空に巻き上がる。思いっきりもくもくを吸い込んでしまい、俺はむせ返ってしまった。酸素不足で頭がクラクラする。いつの間にかもくもくは空間全てを包み込み、俺の視界は完全に遮断された。




もくもくが消え、ようやく落ち着いた俺の目の前には、広大な大自然が広がっていた。どこまでも広がる青々とした原っぱ、そのずっと先には森と山脈がそびえ立っている。俺のすぐ脇には小川が流れており、見たこともないグロテスクな魚が泳いでいる。空を見上げると太陽(?)のような輝く光体が3つ、燦々とこの世界を照らしていた。こんな光景、現実ではあり得ない。どうやらあの声の人が言っていた通り、本当に俺は異世界転生してしまったらしい。


小川を覗き込み、自分の姿を確認してみる。明らかに若返っている。多分、15、6歳頃の俺だ。今まで通りのなんの特徴もない平均以下の15、6歳の俺の顔だ。せっかく異世界転生できるんだったら顔も変えてくれればいいのに。まったく気が利かない声の人だ。


「…って、ん?なんだこれ?」


オデコと前髪の間ぐらいの所に、黒くて硬い、短い角のようなものが一本生えている。なにこれキモッ!どうなってんのこれ!?


「おいコラ!さっきの声だけの人!これいったいどーいうことだ!?説明しろ〜!」


『ようこそディスバニアへ、選ばれし勇者?的な存在よ』


「急にナレーションっぽく喋るな!てか勇者?って疑問形つけんな!てかこの角なんだ!?」


『あなたは中途半端な存在なので、人間と魔族の中間、《セーミス》として転生させました』


「ふざけんな!ちゃんと人間にしろよ!」


『かくして、三船公平改め、《フェア・スリーシップ》の冒険が始まるのであった』


「また無視か!そしてネーミングセンス0か!安直な英語変換すんな!」


『あなたにはこれぐらい安直なネーミングが良く似合います』


「ぶん殴りてぇっす」


『さあ、フェアさん。早速ギルヴァール討伐の旅に向かいましょう』


「…俺行かないよ」


『え?』


「セーミスだかなんだか知らないけど、せっかく異世界転生できたんだし、この世界で平凡に暮らすよ。若返ってるし」


『あなたには使命があるんですよ?天国に行きたくないんですか?ご希望であれば元の世界で生まれ変わることもできますよ?』


「いや、興味ない」


『…ふ〜ん、そういう態度に出るんですね。それならばこちらにも考えがあります』


「どうせなにもできないでしょ、イケメンに転生させられないんだし」


『ここはディスバニアの帝都、ディストリアから南西300km離れた場所にあるジンバーズ地方、魔族が支配する危険地帯です』


「え?」


『現在、あなたの初期装備はなしです。この状態で魔族とエンカウントすればどうなると思いますか?』


「…死にます?」


『試してみましょう』


「試さなくていいから!どっかもっと安全な場所に移動させて!」


『今、あなたの魔族エンカウント率を100%に設定しました。では、良い旅を』


「おいコラ!ちょっと待っ…」


突然、雷鳴が轟いた。あんなに晴れていたのに、暗雲がどこからともなく現れ、空をドス黒く染め上げる。強風が吹き荒れ、グロテスクな魚達が何かに怯えるように泳ぎ去っていった。これ、マジでやばくね?魔族、エンカウントする雰囲気じゃね…?


「グフフフ…こんな所に人間がいるとはなァ」


地面を這うようなドスの効いた低音ボイスが背後から聞こえる。脂汗が頬を伝う。動悸が早まり手が震える。振り返りたくない、振り返りたくないが、このまま相手の顔も見ずに殺されるのは嫌だ。俺はゆっくりと振り返った。


「久しぶりの人肉ゥ…うまそうだなぁ」


見なきゃ良かった。第一の感想はこれだった。そこにいたのは、一つ目の牛のような人型をした化け物だった。目を血張らせ、俺を丸呑みにできそうな巨大な口からダラダラとよだれを垂らしている。藁で編まれた腰巻には、なんの生物か分からない頭蓋骨がいくつもぶら下がっている。


「あ、あ、あ…」


声にならない声を上げ、俺はその場にへたり込んだ。正直、オシッコを漏らさないだけ偉いと思った。


「んん?その角、お前セーミスかァ〜、セーミスの肉は美味いからなァ」


牛の化け物は俺の角を見て、さらにダラダラとよだれを垂らした。あのナレーション、俺が死んだら絶対に祟ってやる、呪ってやるゥ!


「思いっきり痛ぶって殺してやるゥ、苦痛を与えた肉はさらに美味いからなァ」


そう言うと、牛の化け物は右手に携えた刃物を振り上げた。鮮血に染まったノコギリのような巨大な刃物。あれで俺をバラバラに解体するつもりなのだ。あっちの世界でトラックに轢かれてバラバラになり、こっちの世界で牛の化け物にバラバラにされて喰われる。そんなのあんまりだ。


「だ、誰か助けてくれ〜!」


俺は必死に叫んだ。最後の最後まで他力本願。ある意味、俺らしい最期かもしれない。


「《バーニングホイップ》!」


その声と共に、俺の頭上に凄まじい熱を感じた。へたり込んだ俺の頭上を、青白い炎の塊が通り過ぎ、牛の化け物の身体を貫いた。金切音の悲鳴を上げ、その化け物は炎に包まれあっという間に焼失してしまった。


「大丈夫か、少年」


唖然としていた俺はその声の主の方に振り返った。小川の向こう岸に、一人の男が角が生えた馬に跨がり佇んでいた。男は馬に鞭を打つと、小川を軽々と飛び越え、颯爽と馬から降り俺の目の前に立った。男はがっしりと鍛え込まれた肉体の上に青銅の甲冑を纏い、精悍な顔つきでアゴ髭を蓄えていた。


「あ、ありがとうございます…」


やっとの思いでそう言うと、男はニコリと白い歯を見せて笑った。


「私の名は、《パレット・モーリス》。ザボン家に仕える魔法騎兵隊長だ」


パレットと名乗った男はその太い腕で俺を立たせると、親指で馬の鎧を指した。


「こんな所に一人でいては危ない。私と一緒に来たまえ、我々のキャンプに案内しよう」


このパレットという男の存在は、あっちの世界でバラバラになって死に、転生先でもバラバラになって死にかけた俺に見えた、初めての光明だった。



やっぱり人生、他力本願。こっちの世界でも、それが俺の座右の銘だ。

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