感情をみんなで分かち合って、表に出さないようにしましょう!

ちびまるフォイ

感情の使いみち

夢だった小学校の先生になったものの理想と現実は大きく違っていた。

古今東西さまざまな職業はあれどこれほどストレスがかかるものはない。


「はぁ……疲れた……」


家につくといつも同じため息がつく。


保護者からの理不尽な言葉にイラつかされ、

教頭先生からはもっとうまくやれと板挟み。


「ちくしょう! 俺は頑張ってるんだよ!!」


今日も夜な夜な酒を煽って荒れていた。

どんなに荒れ散らかしていても明日には爽やかな顔で生徒を迎えなくちゃいけない。


布団に入ってもイライラするばかりで眠れない。

目をつむれば教頭や保護者をめった刺しするイメージばかり。


「ああ、ダメだ。こんなんじゃ眠れない。どうしよう」


眠気が出るまでとスマホの電源を入れた。

画面には感情分かち合いSNSを見つけた。


SNSを開くと、さまざまな感情が羅列されている。



親に勘違いで叱られて納得行かないときのイライラ(¥3000)



「感情に値段がついている。買えるのか?」


ひとつ選んでみると、急に体にムカムカとやり場のない怒りが湧いてきた。

口座には3000円が振り込まれている。


「これ買うんじゃなくて、感情の引取相手を探していたのか!

 これは……めっちゃ割のいい収入じゃないか!」


なにか必要な資格があるわけでもなく。

仕事の内容に成功や失敗もない。


単に感情を引き取るだけでお金が入る。

教師のやっすい給料よりもずっと効率的だ。


「ようし、どんどん引き取ってやる!!」


酔った勢いも手伝ってたくさんの感情を引き取った。

怒り、悲しみ、憎しみ……。楽しい感情はひとつもなかった。


誰もが仏のように感情を押し殺すことを社会的に求められ、

行き場の失った負の感情がこの中にたまり続けている。


これもひとつの人助けなのだろう。

そのうえお金がもらえるのだから最高だ。


「どんなに感情を引き取ったところで、いい暮らしができるなら帳消しだ!!」


結局、眠らないままずっと感情を引き取り続けた。

すでに口座には自分の給料よりもたくさんのお金が振り込まれていた。


翌日に学校へ行くと消化しきれていない感情が胃もたれのようにのしかかっていた。


「あ゛ーー……イライラする。それに悲しいし、なにもかも嫌になる……」


ムカムカしながら職員室に入ると、不機嫌さを察してか他の先生たちは話しかけてこない。

ただひとりをのぞいて。


「ごほん、佐藤先生?」


「教頭。どうかしたんですか?」


「ちょっとお話があります。あなたの態度についてです」


「はぁ……」


「生徒から連絡がありましてね、あなたがゴミ箱を蹴っていたのを見たと。

 生徒の見本たる教職員がそのような態度を取るのはよろしくないです。

 それにあなたは普段からねちねちねちねちねちねちねちねちねち……」


普段なら頭を下げて嵐がさるのを待つだけだったが、

今日に限ってはタイミング悪くさまざまな負の感情を腹に抱えたままだった。


「ああ! もううるさいな!! 注意するならそれだけでいいだろう!!

 なにをごちゃごちゃ言ってるんだ!! はっきり言えばいいだろ!

 なにが生徒の見本だ! お前こそ、生徒の見本として胸張れるのかこのうすらはげーー!!」


「んなっ……! わ、わたしはズラではない!!」


感情も手伝ってトゲのある言葉で返してしまった。

このことが原因でしばらくの停職処分となってしまう。


けれど、自分ではそこまで悲観的にはとらえていなかった。


「俺にはこっちの副業があるもんね」


停職処分は感情引き取りに専念できる環境としてはよかった。

家の中にいればどんなに当たり散らしたところで問題はない。


狂ったようにSNSでみんなの怒りを引き取ってはお金に変えていた。


「最高だ! もうこっちを本業にしようかな!!」


どんな負の感情も見境なく引き受けるため、SNSでは"仏"として多くの人がリピーターとなった。

感情を引き取られる側にしても、得体のしれないやつに自分の感情を分かち合うよりは実績があって信頼できる人物に分かち合いたいという心理が働くらしい。


感情引き取り手として最大手となった俺には湯水の如く感情の引取指名がやってくる。

まるで金が自動で運ばれてくるようだ。


調子よく感情を引き取っていたものの、次に目覚めたのは病院だった。


「気づかれましたか? あなた、家で倒れていたんですよ」


「倒れた? なんで!? どうして!?」


「診察したところ、あなた自律神経がめちゃくちゃです。

 最近なにか無性に怒ったり、悲しんだりするようなことありました?」


「あーー……と、もしかしてそれが原因なんですか?」


「ですね。人間が処理できる感情の起伏には限界があるんですよ。

 必要以上に感情が振り切れると、感情を失うか、体調に異変が出たりします」


「そんな……」


やっと割の良い仕事が見つかったのに。

これからは感情を引き取り続けていい暮らしができると思ったのに。


一度いい暮らしを体験した人間は生活をグレードダウンさせたくない。

昨日まで毎日豪華な食事だったのに、今日からもやし生活だと感情を引き取るどころか自分で負の感情を生み出しかねない。


「どうしよう……」


停職期間が明けるまで悩みに悩んだ結果、ある答えがひらめいた。

職場に復帰すると面談とかこつけて生徒をひとり呼び出した。


「ボランティアで感情を引き取る手伝いをしてくれないか?」


生徒には自分がお金をもらっていることは秘密にして、

自分がやっている感情ボランティアに協力してほしいと伝えまわった。


スマホを禁止されている生徒たちにSNSの存在など知るはずもなく、たいていが手伝ってくれた。


「それじゃ、先生が感情を渡すね」

「はい」


生徒には自分が引き取った感情をそのまま横流しした。

これが自分の体調を崩さずして変わらぬ収入を得る答えだった。


「これならどんどんお金を稼げるぞ!!」


感情を生徒に再分配することがバレないように、

最初は横流しする量をセーブしていたがしだいに生徒側からせがまれるようになった。


「先生、今日は引き取る負の感情はないんですか?」


「え? あ、ああ。あるにはあるけど……」


「じゃあください!」


お金ももらえないのになんでそこまで前のめりでできるのか。

ボランティアという社会に貢献している感がいいのだろうか。


感情を多くの生徒に分かち合わせれば分かち合うほど、

生徒はどんどん次なる負の感情を求めて訪れてくる。


聞けば感情SNSの存在がバレそうで不安だったが、ついに我慢できず生徒を引き止めて聞いてしまった。


「お、おい! どうしてそんなに負の感情がほしいんだ?」


「え?」


「負の感情を引き取ったらイラつくし、悲しいし……嫌だろう。

 なのにどうして? 何も見返りなく負の感情を引き取りたいんだ!?」


生徒はピュアな顔で答えた。


「怒りや悲しみがあるほうが、負けないぞって夢に向けて頑張れるんです」


俺は一生遊んで暮らせるだけの金額が表示されたままのスマホを落とした。

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