第46話 姉弟のスキンシップ

 風呂に入った後、風呂場から出ると姉ちゃんが用意してくれた部屋着があった。

 その中にはご丁寧に洗濯したての綺麗にたたまれたパンツまで置いてある。



「姉ちゃんめ、一体どこで俺の衣服を見つけて来たんだろう?」



 基本的に俺の服は自分の部屋のクローゼットに収納してある。

 他に俺の服を収納している場所はないので、必然的に姉ちゃんは俺の部屋に侵入して衣服を取ってきたことになる。



「いつも自分の部屋に勝手に入ろうとすると怒るくせに、俺の部屋には土足で入るんだな」



 部屋着を取る為仕方がないとはいえ、何かしらの了承はほしい。

 俺が姉ちゃんが見たら驚くようなとんでもないような物を出しっぱなしにしたら、一体どうする気だ。



「まぁ姉ちゃんと違って、隠している物は特にないし大丈夫だけど」



 重要なものは全て自分のPCに入ってるし、パスワードが破られない限り中を見られることはない。

 だから部屋に入られても問題はないんだけど、何故か釈然としない。



「考えていても仕方がないし、とりあえずリビングに行くか」



 今は余計なことを考えるのはやめておこう。

 考えるだけで気が滅入る。

 俺は姉ちゃんが用意してくれた部屋着に着替えてリビングへと向かった。



「お帰り。春樹」


「玲‥‥‥奈‥‥‥」


「うん? どうしたの、春樹? そんなに驚いて?」


「驚くというか‥‥‥うん。確かに色々と驚いているな」


 

 玲奈が夕食の準備をしていることもそうだけど、何よりもその姿に。



「そんなにこの格好は変?」


「いや、めちゃめちゃ似合ってる!! その姿超最高だから!!」


「本当?」


「あぁ、玲奈のそのエプロン姿、めっちゃ似合ってる」



 普段来ている玲奈の私服の上にエプロン。その姿は最大級にマッチしている。

 まるで新婚の新妻感を思わせるようなその姿に、俺は思わずのけぞってしまう。



「願わくば制服エプロンじゃなかったことが少し残念だけど、これはこれで非常にそそられる」


「あんたの趣味嗜好を玲奈に押し付けているんじゃないわよ」


「ねっ、姉ちゃん!?」


「やっと気づいたの? いいからあんたも早く座りなさいよ」


「『座りなさいよ』って、何で姉ちゃんはそんな余裕綽綽で座ってられるの?」



 客人である玲奈があんなに頑張ってるのに。よく何もしないでテーブルで1人座ってられるな。

 普通は玲奈と逆の立場だろう。本当姉ちゃんの考えていることはわからない。



「キッチンに玲奈しかいなければ、さすがにあたしも手伝ったけど母さんもいるでしょ?」


「確かに」


「うちのキッチンは狭いから、あんまり人数が多くなりすぎても逆に足手まといになるでしょ? だからこうしてしょうがなく夕食が出来るのを待ってるのよ」


「俺には単なる屁理屈にしか聞こえないけど‥‥‥」



 もしくは純粋な戦力外通告。母さんや玲奈よりも料理ができないから、そこで座って待っていなさい。そう言われているような気がしないでもない。



「春樹!! そんなところでぼさっとしているなら、このお皿を持って行って!!」


「わかったよ。母さん」


「ほら、呼ばれてるわよ。きびきびと働きなさい」


「くっ!!」



 戦力外通告をされた人にそんな風に言われるなんて、屈辱的である。

 だが、母さんに呼ばれた手前手伝うしかない。俺は渋々キッチンへと向かった。



「春樹、このお皿を運んでくれる?」


「わかった」



 たまたまお皿を運ぼうとした玲奈から、何枚かの小皿を受け取る。

 受け取って向こうに運ぼうとする前に、俺はあることに気づく。



「玲奈、もしかしてその服、この前ショッピングモールで買った服じゃない?」


「うん。この前春樹が選んでくれたものを着てるんだけど、どうかな?」


「最高に決まってるだろ!! 今の玲奈めちゃくちゃ可愛い!!」


「本当?」


「本当だって。今なら姉ちゃんなんか目じゃないぜ!!」



 内面に外見。今の玲奈はその全てにおいて姉ちゃんを凌駕している。



「春樹、それはちょっと言いすぎじゃない?」


「言いすぎじゃないよ!! 激ダサのいもジャーを着てリビングでふんぞり返っている姉ちゃんより、玲奈の方が数倍可愛いから!!」



 まさに今の玲奈はパーフェクトヒューマン。

 天下無敵の完全無欠。まさにこの言葉は玲奈の為にある。



「春樹にそう言われるとうれしいかな。‥‥‥ありがとう」


「いやいや、俺は真実しか言ってないよ。そもそも姉ちゃんは‥‥‥」



 そこで俺は調子にのっていたのがよくなかった。

 普段なら絶対しないミスをここで犯してしまい、背中に迫る邪悪な気配を感じることが出来なかった。


 

「さっきから言いたいことばかり言って、あんたは一言余計なのよ!!」


「痛っ!? 姉ちゃん!! 何でそこにいるの!?」


「あんたと玲奈の会話が駄々洩れなだけよ。リビングの方にもあんた達が話している声が聞こえて来たわ」


「それって単に姉ちゃんが地獄耳なだけじゃ‥‥‥」


「春樹、何か言った?」


「いえ!! 何も言っておりません!!」



 こわっ!? 相変わらず姉ちゃんは暴力的だ。何かあればすぐ手を上げればいいと思ってる。



「将来姉ちゃんと付き合う人は絶対に苦労するだろうな」


「あんた、今何か言った?」


「いえ!? 何も言っておりません!!」



 危ない危ない。今姉ちゃんの背中から阿修羅の姿が見えた。

 あの状態バーサーカーモード の姉ちゃんはやばい。

 真正面からやりあったら、俺の命がいくらあっても足りない。



「それにしても春樹、玲奈の服がショッピングモールの時に買った服だってよく気づいたね」


「そりゃあ気づくよ。最初に俺が絶賛した服だから忘れるはずがないよ」



 その服に似合うように靴やバッグも選んだし、絶対に忘れることはないだろう。

 エプロンを着ていたとしても、そんなことぐらい簡単にわかる。



「悪いが姉ちゃん、俺はどこかの漫画に出てくるやれやれ系難聴主人公みたいに鈍感じゃないぞ」


「私はそれ以上に鈍感なように思えるけど」


「何故!?」


「それは目をつむって自分の胸に聞いてみなさい」


「自分の胸‥‥‥」



 胸と言うとまず目に入るのが姉ちゃんだ。

 まるで赤道のように凹凸のないまっ平らな胸。

 途中ところどころで島があるけど、そこは特に山など何もなくものすごく平和的だ。



「がっ!?」


「あんた今、私の胸を見て30cm定規とか空軍基地の滑走路とか、そんなこと思ったわね?」


「おもっ!? 思ってないよ」



 気付けば姉ちゃんにアイアンクローをされ、俺の体は宙に浮いてしまう。

 もがけばもがくほどその手の握力が増しており、なってはいけない音がなる。 



「さぁ、白状しなさい。春樹」


「むごごごごごご!?」



 ついには呼吸が出来なくなり、ミシミシと顔の骨が鳴っている。

 このままだと顔面骨折してしまう。早く離してほしいと必死にもがく。



「春樹、大丈夫かな?」


「大丈夫よ、玲奈ちゃん。あれは姉弟のスキンシップだから」


「スキンシップ?」


「そうよ。だから放って置いて、早く夕食の準備を進めましょう」


「わかった」



 おのれ、母さん。実の息子が姉に殺されそうになってるのに、スキンシップの一言で済ませるのか!!

 俺が死んだらどう責任取ってくれるんだよ。どこかの法廷に出て、姉ちゃんと一緒に訴えるぞ。



「さぁ、春樹。全てを白状しなさい。大丈夫よ。お姉ちゃんは怒ってないから」


「がはっ!!」



 結局この姉ちゃんによる弟への制裁スキンシップは夕食の準備が終わるまで続けられる。

 その間俺は姉ちゃんにされるがままの状態になるのだった。



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