第3話 交錯する想い

 全日制の教室に、ざわめきが広がっていた。


「ねぇ、聞いた? 美玖の星空カフェの話」

「うん。最近よく『特別な友だち』の話をするよね」

「私たちの学校の誰かなんじゃない?」


 噂は次第に大きくなっていく。裕太のクラスメイト、麻生真央は机に突っ伏したまま、その会話を聞いていた。真央は、先日見かけたあの光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。裕太の笑顔と、隣にいる少女の姿。その幸せそうな雰囲気が、自分の胸をえぐるようだった。


 フードを被ったマスク姿の少女と買い物に出かける裕太の姿。あの日、真央は偶然、駅前の雑踏で二人を見かけた。手を繋ぎ、笑顔で歩く二人の姿に、激しい嫉妬を覚えた。


「工藤くん……」


 休み時間、真央は裕太に声をかけた。


「この間、一緒にいた子は誰なの?」


 裕太は一瞬、表情を凍らせた。すぐに取り繕ったが、動揺は隠せない。


「何のこと?」

「隠す必要ないよ。私、見たから。あの女の子と付き合ってるんでしょう?」


 裕太は深いため息をつく。


「付き合ってるわけじゃないよ。でも、大切な友だちと思ってる」

「友だち? 冗談でしょう。私たちは地域で一番の進学校の生徒なの! 定時制の落ちこぼれと何が分かり合えるっていうの?」


 その言葉に、裕太の目が厳しく光った。


「麻生さん、どうして定時制の人たちをそんな風に見るんだ?」

「だって……」


 真央は言葉を詰まらせた。実は裕太と真央は同じ中学の出身で、通っていた学習塾も同じだった。

 どうしても数学がわからないときに、裕太に優しく教えてもらったことがあり、それからずっと裕太のことを想っていた。


「あなたには関係ないわ」


 そう言い捨てて教室を出る真央。

 自分から気持ちを伝えてこなかったから、自分が先に気持ちを伝えていれば……臆病な自分を隠すために、定時制だからという理由で自分に振り向かせたかった。

 だが、その夜から「美玖の星空カフェ」を聴き始めた。自分と美玖との違いを知るために。


「今日は、夢についてのお話です。皆さんは、自分の夢を諦めたことはありますか?」


 美玲の声が深夜の部屋に流れる。


「私の大切な友人は、毎日自分の夢に向かって頑張っています。自分の好きなことを諦めない。同じく夢をみている者として、その姿に、私はいつも勇気をもらっています」


 真央は息を呑む。その言葉は、心から裕太に向けられた言葉だと感じた。



 翌日、定時制の教室で新たな嫌がらせが始まった。教室に貼られていた定時制名簿がマジックで黒く塗りつぶされ、「夜間部」という文字が大きく書かれていた。


「おい、誰かが嫌がらせしてるぞ」

「マジかよ……」


 裕太は黙って名簿を見つめていた。自分と美玲の関係が、こんな形で影響を及ぼすとは。


「こりゃ、大問題になるんじゃないか」


 山田が隣にやってきて、呆れたように言った。


「まあ、気にすんな。こんな嫌がらせなんて何の意味もないさ」


 その言葉に、裕太は少し勇気をもらった。だが、これは始まりに過ぎなかった。

 次の日、裕太の机には「分不相応」という言葉が刻まれていた。その文字を見た時、彼は初めて本当の怒りを感じた。消しゴムで必死に消そうとする手が震えている。


「裕太くん……」


 美玲からの初めてのLINEメッセージが届いた。


「私、あなたとの関係を隠したくない」


 その夜のラジオで、美玲は特別な言葉を贈った。


「誰かのことを特別に想う気持ちに、昼と夜の境目なんてありません。私は、自分の気持ちに正直でいたい。そして、その人の夢を、これからもずっと応援していきたい」


 その放送を聴いていたのは、裕太だけではなかった。真央も、そして他の多くのリスナーも。美玲の言葉は、確実に誰かの心を動かしていた。


 翌朝、新しい定時制の座席表には「ごめんなさい」という文字が書かれた付箋が貼られていた。真央の文字だった。


 新しい朝が始まろうとしていた。太陽は、全日制も定時制も、同じように照らしている。裕太は机に向かい、新しい物語を描き始めた。それは、誰もが自分らしく生きられる世界の物語。美玲と過ごした時間が、確実に彼の中で新しい何かを生み出していた。

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