第2話  対面  ヴィヴィアンSide

「どうかなさいましたか奥方様」

「い、いえ何も……」


 そう大丈夫、です多分……。

 私は背後で控えてくれているウィルクス夫人へ軽く会釈をしました。

 本当にこのお屋敷に仕える者達は皆優しい人ばかりなのです。

 私の様なまだまだ公爵夫人として至らないばかりだと言うのにもです。

 彼らはそんな私へとても礼儀正しく、そして優しく接してくれる事に感謝しかありません。


「あの~それで何時まで私は放っておかれるのかしら」

「あ、まあこれは申し訳御座いませんわ」


 そうですよ、お客様を放置する等あってはならないのです。

 ええ、ですがしかしこのご令嬢は一体何処のどなた様なのでしょう。


「あのう大変申し訳御座いませんがご令嬢は一体どの様な御方なのでしょうか?」


 失礼を承知の上で私は尋ねたのです。

 一応これでも貴族名鑑へ名を連ねられておられる御方の名とお顔は全て覚えている心算つもりだったのですが、もしかすると40歳を過ぎれば老いは向こうより手を振りながらにこやかにやって来ると申しま――――。


 こ、これは所謂――――的なものなのでしょうかっ⁉


 だ、だとすればそれはそれで少々物悲しさも感じずにはいられないと申しましょうかそれとも……。


「ふん、まあいいか。アタシはっ、い、いえわ、私は先日つうか昨年、んーいやいや半年くらい前? うんきっと多分そんくらい前にブラドル男爵家の養女に納まったベリンダ・リーンって言うのよ。ああ面倒だからベラでいいよ正妻さん。それで物は相談なんだけどさ、お宅の旦那と二ヶ月前くらいかな。あーそうだねぇ、きっとその辺りで親父さんに無理やり連れて行かれたパーティーでさ、そこでアタシ……いやいや私達は出逢ってしまったのですわよっ。もうアレがうん、そう真実の運命の出逢い――――ってもんだったと今でもアタシは思うんだぁ。まあお宅の旦那って言うかアタシの情夫、こ、恋人ね。もうめっちゃ二人して意気投合しちゃってぇ、出逢った晩にもうそりゃあもう激しく、本当に色々と燃え上がっちゃってねぇ。朝まで何回も愛されちゃったもんだからさ、お蔭さんで翌朝なんて腰とあそこがもうガクガクヒリヒリしちゃって大変だったんだあはははは」


 声を大にして、それはもう清々しい程にご自分の想いに素直で語られるのです。

 この様な出会いでなければとても好感の持つ事の出来るご令嬢でしたのに……。



 ブラドル男爵……令嬢。

 確かにそのお名前は聞いた事はありますわ。

 元は大きな商会の会頭だった御方だとか。

 帝国へ多大な益をもたらしたとして数年前に叙爵されたと。


 あ、そ、その余談ですが叙爵後直ぐに私へ、当時はまだ旦那様の求婚を何度もお断りしていた折りにそう言えばブラドル男爵自らお父様へ釣書を持参し侯爵邸へ結婚の打診に来られたのだと、侍女のアンナより話を聞いた記憶があります。

 ですがあの頃のお父様はとても御不快なご様子だったので、詳しくお尋ねする事さえもはばかられましたので私もついコロっと忘れておりましたわ。


 そう確かにブラドル男爵。


 ではこのご令嬢はその男爵の義娘さんと言う訳なのですね。

 私の目の前で屈託なく笑いながらお茶とお菓子を召し上がれておられるブラドル令嬢と言う女性は、シンディーと同じ……確かに燃える様な赤い髪をしておられますが私の可愛いシンディーとは違う艶めかしい女性らしさ、そうですね同じ髪の色でも全く違う印象を感じ取ってしまいます。

 

 また輝くばかりの黒曜石の瞳は、彼女の髪の色と相まって美しさをとてもよく引き立たせておりますわ。

 そしてとてもご自身の持つ魅力に自信がおありなご様子で、身に纏うドレスはとても大胆且つ見事で鮮やかな真紅の、令嬢の髪の色と同じ華やかな赤を身に纏っていらっしゃるのです。


 女の盛りを過ぎてしまった私なんかよりもとても若くまた自信溢れる――――あ、駄目ですっ。


 なんてっ、私はっ、何と恥ずかしくも浅ましい考えを持つ様になってしまったのでしょうか⁉

 何故心の何処かで令嬢に対し卑しい考えをっ、どうしてっ、今までこの様な想い等一度も感じた事さえなかったと言うのにっ、一体私の心の中で何が起こっているのでしょうか。

 胸がとても苦しくドキドキするだけでなく、心の中が粘り気のある黒くドロドロとした様なものでねっとりと覆われてしまいそうで、なのに何処か心地良さを感じてしまう?

 

 違っ、いえリーヴィーと、旦那様と令嬢が寝台の上で、素肌のまま睦み合う様子を想像――――っ⁉


「うっ!!」

「「「お、ヴィヴィアン様っ、如何なさいましたかっ⁉」」」


 お二人の様子をほんの一瞬想像しただけでどうしようもなく胸が痛むと共に、何故かムッとした気持ち悪さが込み上げてしまいました。

 

 でもその気持ち悪さは一瞬だけ。

 

「だ、大丈夫です。少し気分が優れないだけで……」


 本当に吐き出さなくて良かった。

 これ以上の醜態は令嬢の前では見せたくはありませんもの。

 そう私はまだ旦那様の、妻なのですから……。


 ええ、私はまだ……。



 とろり。


 私の知らない所で漆黒の闇がまた一滴――――静かに心の奥深くへと密やかに染み込んで……いく。

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