第29話

「あっ……」


「シルヴァ、大丈夫か!?」


戻ってきた。今、これを考えているのは誰だ?か、僕か、はたまたそのどちらでもない誰かか?


……待て、俺は俺だ。

僕については、まだ、頭が追いつかない。


「なんか少しの間呆然としてたけど怪我とか、ないか?」


「怪我?」


「ああ、俺が押したら、力の加減を間違えちまったのか、前に倒れたんだよ。ごめんな」


「だ、大丈夫」


体に異変はない。

それよりも、さっきまでのことが頭からへばりついて離れない。


俺には姉がいて、姉への恐怖によって自分が女性に近づけない体になってしまっていた?

それを俺は今まで、女性の方が避けていると勘違いしていた?

本当は、俺が避けていたのに?


そんな馬鹿な、とは思ったけれど、否定はできなかった。

でも、否定したい気持ちでいっぱいだった。


そうだ。ここで、俺が薬屋の妹に、女性に近づければ、そうすれば、否定になるのでは……?


「つっ!」


近づけない。でも、ダメだ。このままでは。僕は、それを許さない。それに、それではまた周りに嫌な思いをさせる、また、姉みたいに酷いことをされる。


動かなければ。動け。動け!


「う、うぅ……」


動け。動かなければダメなんだ。


「う、ぐぅ……はっ」


動け動け動け動け。


「落ち着け!」


薬屋が後ろから俺の手を引き、抱きとめた。

暖かい。いや、俺が冷たくなっていたのだろうか。引き締められた硬い体は、しかし優しく感じた。


「どうしたんだ?いきなり。無理してまでティカに近づかなくてもいいんだぞ?」


「だめ、近づけないと、また……」


「また?」


また、あの時のように酷い目にあって、また、死にかけるかもしれない。

それは、嫌だ。もうあんな風にはなりたくない。

考えるだけで吐き気がしてくるほどに。


「……言わなくていいよ。今日はもう帰れ。一人で、帰れるか?」


「うん。……ごめん」


「気にすんな!じゃ、玄関まで送るよ」


「ん」


空はもうすっかり暗かった。

星ばっかり見えるそれを仰いでも、気持ちは全然晴れない。


やっぱりダメだった。薬屋の妹に近づけなかった。

暗澹とした気持ちが胸を支配する。


帰りながら、初めて自分が女性を避けていることを理解した。

自分の事ながら笑えてきてしまう。

確かに、俺が避けている。そりゃあ周りの女性も変な目で見るわけだ。


「お嬢ちゃん!今日のごはんは」


「今日は、いい」


「お、おお。そうか」


申し訳ないが、ご飯を美味しく食べるような気にはなれなかった。

寝よう。何かをする気にはとてもじゃないがなれない。

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