第14話

「な、なんですか?」


 そのせいか、それまでの威勢はどうしたものか、少女は急に弱弱しい口調になってしまう。だがそんなことは気にしていられない。


「今貴様、何と言った?」

「えっ?」

「何と言ったかと聞いているのだ!?」


 カールの口調は真剣そのものだ。あまりの剣幕ぶりにトリスもおもわず腰が引けてしまい、言われるがまま自分の言った内容を思い出す。


「……えっと、苦しそうな顔になったのはちょっと強く頭を握ってしまったせい?」

「違う! 違う! ちっがぁぁぁう! そんなことは聞いていないもっと前だ!」

「そ、それじゃあ……えとえとえと……あっ」


 カールに急かされて焦りばかりが募っていく。


 あれでもないこれでもないと必死に頭を回転させ、彼が何を聞きたいのかを考えていると、不意に思いついたのか、ぱあっと顔が明るくなった。


「気絶した貴方を介抱したのは私です! だからお礼! お礼の言葉をください!」

「そんなことはどうでもいいわ!」

「どうでもいいは酷くないですか!?」


 自信満々の解答をばっさり切られたことに不満をぶつける少女。だがカールは心底くだらない事を聞いたかのような瞳で、少女に向かって口を開く。


「どぅぉぉぉぉぉぉぉでも、いい!」

「はい……しくしくしく……」


 もはや期待した馬鹿だったのだと諦め涙で瞳を濡らす少女。


 私が看病したのに、被害者なのに甲斐甲斐しく看病したのに、と何度も呟くが、カールはそんな言葉に興味がないらしく、フンと鼻を鳴らして真剣な表情で少女を睨みつけた。


「夢だ……」

「私が看病したのに……夢?」


 ぽつりと呟いたカールの言葉に、泣きべそをかいている少女が言葉途切らし反応を返す。


「そうだ! この私が! 天才錬金術師であるカール・ユングスが夢を見たと、そう言ったのだな!?」

「天才錬金術師なんて一言も呼んでない……あ、嘘です言ったような気がしますだからそんなに睨まないで」


 今の彼には同意する以外の言葉は全て敵対行為に映るらしく、血走った瞳がギロギロと輝いていた。


 が、それでは話が進まないと思ったのか、カールはいったん冷静になると腕を組んだ。


「ふん……それで、どうなのだ? 私が幸せそうな夢を見ていたと言うのは本当なのか?」

「は、はい……多分。まるで罪深い罪人が天国で幸せになりました、と思ったら実は地獄だったのです嘘だろなんでだよこんな筈じゃなかったのにぱっぱかぱー。みたいな顔をしてましたし」

「え、えらく具体的な表情をしていたのだな私は……」

「うん、それはもう凄いわかりやすい顔でした」


 真顔で言われた夢の内容に額から大粒の汗が流れてしまう。


 だが、知人からは眠ると死んでいるのかと間違えるほど動きがないと言われている自分が、そこまで分かりやすい仕草をしたということは、間違いない。


「ついにやったのか? ついに私は……私は夢を見ることが出来たのか?」


 感無量と言った様子で体を震わせるカールを、少女は訝しげな顔で首を捻る。


「一体夢がなんなんですか? 別に誰だって見るでしょう、夢くらい」


 その言葉にカールはピクっと反応し、夜空に煌めく星を眺め、大きくため息を吐き、視線を地面に向けた。


「……そう、人は誰しも夢を見る。だが私は、生まれてこの方たったの一度も夢を見た事がないのだ」

「夢を……見たことがない? そんなの嘘でしょ」


 何を言っているんだこの変態は、というような雰囲気を隠さない少女に対して、カールは憂いの表情のままトリスと向きあう。


「何を不思議に思う筋肉少女よ」

「筋肉少女じゃないです」


 ぴしゃりと反論するも、カールは無視して言葉を紡ぎ続ける。


「いいか、誰もが当たり前だと思っているそれが、本当に当たり前なのか考えたことはあるか?」


 そう言うカールの表情は、真剣そのものだった。


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