第13話

「ちなみに取り除くのは悪い効果だけなので、貴様の身体能力は未だに増加中である。ふっふっふ、どうだ凄い栄養剤だろう?」


 あくまでもエリクシールを栄養剤と言い切るカールに、トリスは胡散臭げな顔を隠せない。


 なにせこの男が出すアイテムはどれを取って見ても碌な物が一つもないのだ。


 初対面かつ僅かな邂逅でしかないが、怪しいと判断するには十分過ぎる。


「……聞くのが凄く怖いけど、このエリクシールって名前の栄養剤、副作用は?」

「ただの栄養剤に副作用などあるわけないであろう。やはり馬鹿なのか貴様?」 

「ただの栄養剤は変質した腕を治せません……はあ、まあ副作用がないなら何でもいいですけど」


 トリスはスベスベになった自分の腕を何度も摩りながら、ホッと息を吐く。


 自分の腕が変貌することがこんなに怖い事なんて知らなかった。


 そして、当たり前に存在する腕がこんなに愛おしいモノだなんて、思いもしなかった。


 それはそうだろうと同意してくれる人間がいないのが寂しいが、よくよく考えればこんな目に合う人間自体少ないなと考え直す。


 そもそも、不幸続きの自分の人生の中で、これほど喜びを感じたのはいつ以来だろうか?


 もう遥か記憶の彼方で思い出すことも出来ないが、昔はもっと楽しいことも嬉しい事もあったような気がする。


 それを思い出させてくれただけでも、この男に感謝の一つくらいはしてやってもいいかもしれない。


「いや待て私。そもそもの原因はこの人なんだった」


 そんな思い出補正の付いた感動を気の迷いと断言出来る程度には、トリスは酷い目に合ったのだった。


 そしていくら腕を治してもらったからと言っても、元々の原因がカールにある以上プラスマイナスゼロである。


 いや、気絶させられたりモンスター化させられたことを考えると余裕で天秤はマイナス方面へと傾いた。


 考えれば考えるほどイライラが止まらなくなる。


「ねえ、そう言えば貴方、私に謝ってくれたっけ?」

「何故天才の私がお前のような暴力筋肉娘に謝らなければならないのだブワァカめ」


 ギロリとカールを睨みながらそう言ってみると、返ってきた返事は正に即答。


 しかも指で鼻を押し上げながら馬鹿にした顔で見下すというオマケ付き。これにはトリスの怒りも再熱し始めた。


「あ、謝るくらいしてくれたっていいじゃないですか! それにお礼も! 気絶した貴方を介抱したのだって私なんですよ!」

「そもそも気絶した原因は貴様にあるではないか!」

「一番最初の原因は変な薬を飲ました貴方のせいだから! 大体どんな夢を見ていたのか知りませんが、人がこんなに苦しんでる間にエヘエヘと締まりのない情けなくも幸せそうな顔をして! く、悔しくなんてなかったんですからね! ただその幸せを少しでも奪えないかと思ってちょっと頭を撫でる手が強くなったかもしれませんが、そのせいでそれ以降の苦しそうな顔が私のせいかもヤバって思ったりもしましたがだからと言って――」

「待て……待て待て待て待たんかい!」

「ひゃっ!?」


 一気に近づいてきたカールは少女の肩を勢いよく掴むと、唇と唇が触れ合いそうになるほど顔を寄せる。


 いきなりの事にトリスは驚き、異性の顔をここまで間近で見た事のない彼女は突然の事態に顔を真っ赤に染め上げてしまった。

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