第15話 アズリア、大樹の精霊に招かれる

 ────王都の南地区にそびえ立つ、精霊樹。


 先日、ここを意図せずに訪れた時に出会った大樹の精霊ドリアード。

 日を改めてまた精霊樹を訪れた理由は一つ。精霊に会って魔術文字ルーンの手掛かりが聞きたいためだ。

 魔術文字ルーンは今は使い手のいない古代魔術とされ、魔術に関する書籍はおろか文字そのものも喪失し、歴史に埋もれてしまった。だが、人間よりも長い寿命を持つ精霊ならば、あるいは魔術文字ルーンを探索する手掛かりを知っているのではないかと思った。


「そろそろ来る頃じゃないかと思っていたわ」


 あれ?

 あの……大樹の前にちょこんと立っている緑色の髪をした少女は、どう見てもドリアードと名乗った大樹の精霊だよね。

 どうやらアタシのことを待っていたみたいな口そぶりだけど、アタシは会いたい理由はあるが向こうにアタシに会いたい理由が見つからないんだが。


「えっと……その……この前はお肉ありがと。あと、勝手に食べちゃって……ごめんなさい」


 小声になりながらこちらに目線を合わさずにボソリと串焼きを食べたことを謝ってきた。

 もしかして串焼きのお礼と謝罪を言いたかっただけで、律儀にアタシがここに来るのを待ってたの?

 精霊……可愛いな、ちくしょう。


「で、でもっ!アズリアの事が気になっていたのは本当なんだから。その右眼でしょ?」


 精霊がこちらを、というよりアタシの右眼を指差している。やっぱりこの精霊には右眼に刻印されている魔術文字ルーンが「視えて」いる。

 なら話は早い。聞きたいのはまさに魔術文字ルーンの事なのだから。


「アタシはさ、この魔術文字ルーンが生まれながらに刻まれていたせいで普通の魔法が使えないんだ。だから……故郷を出る時決めたんだ。世界を旅してこの魔術文字ルーンを残らず集めてやるって」

「で、私のところに来た、と。正解よアズリア」

「え?」

「私はあなたを気に入った。だから魔術文字ルーンの事を教えてあげる」

「本当に?もう故郷を出て7年、まだ右眼を含めて3文字しか見つけられてないのに……」

「もちろん対価は戴くわ。精霊は時に人間に試練を与え、乗り越えた困難に相応しい報酬を渡す……人間が聞かせ伝える物語にも語られているハズだけど」


 精霊が大樹の幹の根本に近寄っていき、幹に手を触れると現れたのが人一人通れる程の大きさの長方形の入り口のようなものが幹の表面に浮かび上がる。


「こちらに来るのが怖い?」


 その入り口に半分身体を埋めた精霊はアタシに手招きして、入り口の向こう側がどうなっているかわからない境界線を踏み越えろというのだ。魔術文字ルーンの秘密が知りたいならば、と。


「……文字の手掛かりがあるなら、越えてやるよ」


 思い出せば、今所持している「ken(ケン)」と「dagaz(ダガス)」の2文字を見つけ出した時の出来事を頭に浮かべていた。

 廃棄された古代の図書館を発見したり、砂漠の部族に崇められていた火の魔獣を一人で倒したり。いずれも膨大な時間と生命を失う可能性だってあった冒険だった。

 それを思えば未知の領域に踏み込む勇気なんて。


 アタシは精霊が開けてくれたその門を潜った。

 ────そこで待ち受けていたものは。

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