第11話 アズリア、家族を紹介される
「お客様、申し訳ありませんが……その格好では」
待ち合わせ時間だった夕刻の鐘の音が鳴ったので、ランドル男爵の屋敷へ戻りそのままランドルとサラマンドラの竈門亭に案内されたのだが。
入口で店員にそう呼び止められてしまったのだ。
無理もない。確かに酒場と食堂が一緒になった店や旅人用の食堂ならばあまり格好は気にもされないが。ここサラマンドラの竈門亭は王都でも人気の高い格式ある店のようだ。そういった店に入るにはアタシの格好は露出度が高すぎたのかもしれない。
「そうだな。アズリア、ちょっと待っていろ」
と、ランドルは店の人間に承諾を取ってアタシをこの場に残して店へと入っていってしまった。
店を紹介してくれたランドルには悪いが、アタシはこういった格式の高い店に求められるような服装は持ち合わせていない。旅人が荷物にそんな服を入れていても嵩張るだけだし邪魔だからだ。
どうやら残念だけどクレイジーブルの石窯焼きは当分食べられそうにはないな……と諦めて店を出ようとしたアタシは腕を掴まれていた。
「んふふ、あなたがランドルの言っていたアズリアちゃんね。大丈夫よ、私に任せて頂戴ね」
「えーと、まずどこの誰なのか、そこから教えてほしいんだけど……」
「あら、ごめんなさい。私はマリアンヌ、あなたが助けてくれたランドルの妻です。まったく……ランドルも食事に誘っておいて服装を準備してないなんて手際が悪い」
波打つような長くツヤのある金髪の女性であるマリアンヌは、質素な水色のドレスがその温厚そうな顔つきに似合っていたが、何よりも首元を飾る装飾品から感じる強い魔力に目がいってしまう。
すると、もう片方の腕も何者かに掴まれていた。
「お母様だけズルいです。私もお父様から話を聞いてアズリア様に会えるのを楽しみにしてたんですから。
あ、私は父ランドルと母マリアンヌの娘でシェーラと申します」
こちらは10歳くらいの活発そうな女の子だった。
どちらかと言えば母親譲りの金髪を後頭部で一つに纏めて結っている、いわゆるポニーテールという髪型にしてあった。
たださすがに「様」付けだけは勘弁してほしい。
で、この母娘はアタシをぐいぐいと入口の横にある部屋へと連行していく。不思議そうな表情を多分浮かべているアタシに店員が説明してくれた。
「こちらの部屋は、格好が相応しくないと判断したお客様のための着替えをしていただく部屋となっております。衣装はお客様側からの用意となってしまいますが……」
「それは問題ないわ。アードグレイ家の、といえば理解してもらえるかしら?」
「はい、問題ありません!それではこちらに」
「ほら行きましょアズリアちゃん」
「は、はあ」
マリアンヌとシェーラがランドルの家族なんだ、とギリギリそこまでは頭が現実の理解に追いついたが、その後のことはあまりよく憶えていない。
小部屋へと案内、というか連行され、マリアンヌの勧めのままに用意された、普段なら着る機会ゼロの女性服をシェーラの手を借りながら何着も着替えさせられた薄らとした記憶だけが残っていた。
「アズリアちゃんには髪の色とお揃いの赤いドレスが似合うと思うのだけど」
「お母様はわかっておりませんわ。健康的なアズリア様にはこちらの身体の輪郭を出したほうが似合うと思います」
やいのやいの。
すっかり着せ替え人形と化したアズリアだった。
さて、母娘の
一方で簡素なモノとはいえ初めてのドレスを着た感想はというと、
「うへぇ、ドレスってのはやたらお腹締め付けられるねぇ。これから美味いもの食べるのにさ」
「まあそう言うな。普通は冒険者や旅人だってある程度の礼服ってのは持ってるもんだ」
腕が立つ傭兵や冒険者はランドルのような貴族や豪商のような権力者と契約しお抱えになったり、名指しで仕事を依頼されることもある。そういった時に鎧を装着し得物をぶら下げたまま会うわけにもいかず礼服を着ていくのが暗黙の了解となっていた。
かくいうアタシは、訪れた街や都市である程度仕事をこなして目立ってきたら権力者に勧誘される前に次の目的地へと旅立っていたから、あまりこの暗黙の了解を気にすることもなく、それ故に礼服も所持していなかったのだが。
「それじゃアズリア様は冒険者のように路銀を稼ぎながら色々な国や都市を見て回ってるのですか?」
「私、この国を出たことがないから他の国の話を聞かせてもらってもいいですか?」
「魔物を倒して、とお聞きしましたが、それもアズリア様お一人で?」
「お姉様とお呼びしても良いですか?」
シェーラはどうやらアタシの旅語りに興味を大層持ってくれたみたいで、さっきから質問攻めに遭っている。何か質問に混じって妙な要望も混じっていたみたいだけど?
「まあ面倒事を嫌って権力者の勧誘にも乗らなかったんだし、ウチに滞在するのはあくまでリザード討伐の御礼だ。面倒事をお前さんに回す気はないから安心してくれ」
「そう言って貰えると安心するよ」
「いや、面倒事頼んだ途端にお前さんならスッと姿を消してどこかへ行ってしまいそうだからな」
まあ確かにね。
「お客様。こちらが当店の一番のメニューとなります。クレイジーブルの塩釜焼きシルファレリア風となります。味はついておりますのでそのままでも、お好みでそちらのソースをかけてお召し上がり下さい」
給仕の男性が運んできたのは、焦げ目のついた白い塊。塩釜とは塩で肉や魚を包んで焼く調理法のことだ。給仕はその白い塊に木槌を振り下ろして塩の塊を叩き割り、中に包まれていたブルの肉を切り分けてそれぞれの皿に目の前で盛りつけていく。
とりあえず会話は一旦中断。テーブルの四人が肉を切り分けていく様子を黙って見守る。
……ゴキュン。
あ、ツバを飲む音が響いちゃった。
「ふふ、お待たせしました。こちらになります」
給仕に苦笑されながら目の前に皿を置かれる。あのタイミングで喉を鳴らした自分に少し恥ずかしくなるが、皿に盛られたピンク色の断面のブルの肉を見たら羞恥よりも食欲が勝ってしまう。
早速、肉を口に運ぶ。
「………………………………美味ひ♡」
もうそれしか言葉が浮かばないくらいの美味だ。
確かに、クレイジーブルの肉は美味い肉と評判なだけあって調理する店はいくつもあれど、今まで食べたブルの肉とは別物だと思うくらい柔らかくて──美味いっ!
それに、脇に添えられたソースは野苺に香辛料を混ぜたものなのだろう。塩味がしっかり乗ったブルの肉にソースの酸味が絶妙に合ってこれまた美味いっ!
いや、これは────う、美味すぎるっっ!
わざわざアタシがこんな格好までさせられた、その甲斐がある程の美味なのは断言出来る。
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