束の間の逃避行

 夏休みに入ってすぐプレハブ小屋に向かった。ガスと電気がなくても食べられるものを持って。先に待っていた奈美ちゃんは僕の到着を嬉しそうに出迎えた。



「少女と言えば逃避行だなんて、森山くんってばベタだよねえ」



 ケラケラと笑う奈美ちゃんはこの前家で泣いていた彼女とは別人のようだ。



「ベタなの、嫌いじゃないでしょ」


「あ、これ美味しそう!」



 僕が言葉を返した頃には、彼女の興味は僕の持ってきた食料にうつっていた。僕はあえて、なにもアリバイを作ってこなかった。逃避行とは言っても、きっと三日ほどで見つかるだろう。もしかしたら、今夜にでも両親は僕たちを見つけるかもしれない。そうしたらきっと、奈美ちゃんの母さんも来るに違いない。



「それ、食べる?」


「うん!」



 桃の缶詰を抱えて嬉しそうにする奈美ちゃんは、年齢よりも少し幼く見えた。


 僕たちが見つかったのは二日後だった。


 両親が奈美ちゃんに聞いて、彼女の母さんと連絡を取る。父さんは奈美ちゃんに興味津々で、プレハブの中を珍しそうに見ていた。少年の表情、というやつだったと思う。


 母さんが電話口で何かもめていたみたいだけれど、彼女の母さんもしばらくして現れた。虫が出そうだとか汚いだとか文句を言って、ハイヒールで歩きづらそうにしている。


 母さんは泣いていて、すごく心配をかけたのがわかった。父さんは少し呆れたような顔で、男の子だなあと僕の肩に手を置く。これは多分、家に帰って落ち着いた母さんから烈火のごとく怒られるのだろう。無事だったんだからと僕をかばう父さんはきっと巻き添えになる。



「ごめんなさい」



 奈美ちゃんの、いつもより少し大人びた声が聞こえた。



「マセガキが……」



 呟きと同時に乾いた音が響く。驚いて奈美ちゃんの方を見ると、頬が赤くなっていた。



「デートだったのに、邪魔しやがって」



 そう吐き捨てた奈美ちゃんの母さんと、全部諦めたみたいな奈美ちゃんの表情が脳裏にこびりついて、その後何度も夢に見た。



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