小さな歯車
雪見なつ
第1話
「あなたはどこへ向かっているのですか?」
一人の少女が長い髪を揺らしながら、僕の後ろをついてくる。少女はルンルンと上機嫌にスキップまでしている。僕はその少女のことを少し邪魔だと感じ始めていた。
初めはただの少女だと思って優しくしてしまったのが間違いだったのだ。
僕は大きな機械都市を離れて、砂が吹き荒れる砂漠の中を歩いて、一時間くらいしたところで一つの村についたのだ。
その村は家々が砂に埋れていたり、ボロ切れが宙を待っていたりと散々な様子だったが、ギラつく太陽から身を隠せる場所だったので、そこで僕は休むことにしたのだった。
村はとにかくボロくて、家は何かわからない機械の廃材を使っている。玄関というものもなくて、全て屋台のように中がわかるようになっている。壁には至る所に隙間が空いていて、その隙間から砂漠の吹き荒れる砂が入ってきて家の中にはこんもりと砂が積もってしまっている。
住人達はただの布切れのようなものをローブのように巻いているだけ。髪はボサボサと長くして手入れをしていないようだ。みんなガリガリと痩せ細って、とても見窄らしい姿をしていた。
そこのは休憩所と書かれた看板の家に行き休ませてもらっていた。その時もこの村は変わっていて、使用料はお金じゃなく食べ物で支払うようだった。食べ物ならなんでもいいらしい。これではあまりにも不平等で悪い客ならしょうもないものを渡しているんじゃないかと思う。僕は、砂漠の休憩所として相応しいくらいのパンとハムを渡してあげた。休憩所の管理人は泣いて喜んでくれた。この村の酷さに僕は心が苦しくなったので、銀貨一枚も渡してあげた。
そして休憩所で休んでいると一人の少女が僕に話しかけた。
その少女も痩せていて髪もボサボサだったが、笑顔が輝いていて他の村人とは少し変わった印象を覚えた。
その少女に仕事を聞かれ、適当に「旅人だ」と答えたのが悪かったのだ。休憩を休憩所をでても、少女は僕の後をつけてきて、今に至るというわけだ。
「嬢ちゃん、僕は旅に戻るからそろそろ家族の元へ帰りな」
少女はブンブンと首を横に振る。
僕は早足になって少女を振り切ろうとした。少女の足では流石に追いつかなかったようで、すぐに少女の後ろ姿はいなくなった。
入り組んだ家と家の間を縫って、出口を探していると何故か目の前にさっきの少女が笑顔で待っている。もう一度逃げるように走るが、また目の前にいる。それを何度も何度も何度も繰り返して、僕は息を切らして少女の前にいる。
「なんで、そんなに、僕に、付き纏うんだ」
息を切らしながらなんとか声を発する。乾いた空気のせいで喉が枯れて痛い。
少女は眉を潜めて首を捻った。うーんと可愛らしい声を上げて考えている素振りを見せている。悩むくらいどうでもいいことなのかと心の中で悪態をついたところで、少女はパンと手を合わせた。「思い出した!」というような表情だ。
「旅の出来事を私に教えて頂戴!」
「いいぞ!」
僕は思わず、少女に乗ってしまった。僕の旅の目的は僕が体験したことをみんなに伝えて自分の凄さをわからせたいから。誰かに自分の旅の話が出来ることはとても嬉しいことだった。今まで本にしたものや、詩にしたもの、たくさん出来事を形にしたものがリュックの中に入っている。
僕はその中で、詩にしたものを少女に聞かせてあげることにした。
休憩所にもう一度と食べ物を渡して、休憩所の中で少女に詩を聞かせてあげた。
小1時間。僕は熱くその詩を歌った。手答えは感じていた。自分の書いた詩だが、思わず泣いてしまうくらいに傑作だ。
「どうだった?」
自分の泣き顔を見られないように少女から顔を逸らして聞いてみる。だが、少女からの返答はない。もう一度聞いてみるがそれでも返事はまい。
顔を向けるとウトウトと船をこいでいる。少女がいた!
「おいぃいいいいいい!」
「うわ! あ、旅人さん……。あ、あの。面白かったです」
これは聞いていない反応だった。
「もう知らない」
僕はそっぽ向いて、休憩所を出た。
「ごめんなさい。ごめんなさい。話が難しくて」
「そうか。子供にはまだわからないのか。うんうん。それはこっちが悪かったかも」
僕は詩を書いた紙の端に『大人向け』とメモをした。
そんな時だった。
「おい、お父さんが大変だぞ!」
大きな声を上げて長身の男が走ってくる。僕は首を傾げたが、すぐに自分のことではないのがわかった。
少女は聞き迫った表情で男が向かってきた方に走った。僕も少しの好奇心に任せてその後ろを追った。
周りの家となんら変わらない一つの家に横になった男がいる。少女はその男の額に上がった汗を自分の服で拭って、「お父さん、大丈夫?」と聞いている。横になっているのは少女の父親だとわかる。
少女の脇から顔を覗かせ、父親の顔を見てみる。
父親は真っ青になって、荒く口で呼吸していた。
「これはひどい」
思わず口に出してしまう。
少女はその言葉を聞いて、僕の胸に飛びついてきた。
「お父さんはどうすれば治るの? 旅人ならわかるんじゃない? 旅をしているんだからわかるでしょ!」
僕はそこで初めて少女の目的を理解した。少女は自分の父親を助けて欲しくて、僕の後をつけていたのだ。でも、少女にも人の心があって、自分の欲望だけを我が儘に言うのは良くないと思っていたに違いない。
僕はその優しさに心を打たれた。
父親の少女を見るに、栄養失調からの風邪などの体調不良に見える。
僕はリュックの中から、栄養剤を五本取り出して少女に渡した。
「これを一日一本飲ませてあげるんだ」
その後に父親の口に解熱剤を入れて水で流し込んであげる。父親は少し楽な表情になった。
「旅人さん、ありがとう!」
少女は勢い抱きついてきた。
僕はその村を出て、旅に戻った。そこで胸の部分に違和感を感じる。胸ポケットに小さな歯車が入っていた。
小さな歯車 雪見なつ @yukimi_summer
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