第59話 3重加速

――遠くで轟音が響いた。


俺はその音を耳にし、それが|レーネの魔法である事に一瞬で気づく。

あいつには危険な戦場に出て欲しくなかった。

だから砦も無理して落としたのだが、これでは本末転倒も良い所だ。


だがまあ、助かった。

後で頭をなでなでしてやるとしよう。


「どうやら、助けが来たみたいだな」


それまで休む事無く降り注いでいた魔法がぴたりと止まる。

敵は状況に混乱している様だ。

可能ならこの隙に包囲網を突破したいところだが、そうもいかない。


アーリンは傷口を縛っただけで、真面に歩ける状態じゃない。

レイダーも出血がなかなか止まらず顔色が悪い。

もう暫くここで堪える必要がある様だ。


「もう一踏ん張りだ」


「テオード…… 」


「すまん」


しおらしい二人を横目に、俺は大きく深呼吸を一つする。

そして直ぐに再開した魔法の弾幕を、再び切り落としまくった。


正直体が重い。

そう長く持ちそうにないな……完全に時間との勝負だ。


雨霰あめあられと降り注ぐ弾幕を対処し続ける。

だが疲労から手元が狂い、振るった剣が空を切ってしまう。


「くっ!」


その魔法は真っすぐアーリン目掛けて飛んでいく。

足を怪我している彼女では躱せない。


俺は無理な体勢から無理やり剣を振るう――だが届かない。


「アーリン!」


魔法が彼女に直撃する。


そう思った時……風が吹いた……


一陣の風は稲妻となって魔法を切り裂き、アーリンを救う。


――そしてそこには奴の姿が。


「ネッド!?」


「ネッド……か」


「遅いぞ、ネッド」


「大混雑だったんで、時間が掛かっちまったよ。大人気だなお前ら!」


ネッドが何かを俺達に投げて寄越す。

そのまま俺の前に立つと、両手に持った2刀の魔法剣で弾幕を処理し始めた。

どうやら変わってくれる様だ。


「疲れてるだろ?ちょっとの間俺が壁してるから、皆はそれを飲んでくれ」


「これってまさか神酒ソーマ!?」


アーリンが手にした瓶のラベルを見て、驚きの声を上げる。

その反応も無理ない。


――神酒ソーマ


神の血で出来ていると言われている、奇跡の霊薬。

別名エリクサーと呼ばれるものだ。

飲んだ者の英気を養い、体へのダメージも回復してくれると言われている。


当然その価格はとんでもない物だ。

傭兵如きがおいそれと……いや、王族ですら早々簡単に手に入るものではなかった。


何故そんな物をネッドが?


「なんであんたがこんなもん持ってるのよ!?しかも3つも!!」


「レーネからの差し入れだよ。経路は後で聞いてくれ」


今は戦闘中だ。

疑問はあるが、その瓶の蓋を砕いて口にする。


「成程。これは凄いな」


体からすっと疲労が抜けていく。

体中に追った火傷も、一瞬で快癒していた。


アーリンやレイダーはダメージが大きかったため流石に全快と迄は行かない様だが、それでも最低限動ける程度には回復してた様だ。


「テオード!変わってくれ!」


言われてガードを変わる。

何故かネッドの息はこの短時間で上がり、疲労困憊状態になっていた。

ネッドはポケットから神酒ソーマを取り出して口にする。


「お前は来たばっかりだろう?」


「さっき3重加速トリプルアクセルを使ったから死にそうなんだよ!」


3重加速トリプルアクセル……か。


ネッドが姿を現した時、俺には奴の姿が全く見えなかった。

おそらくグヴェルの使う時間停止に限りなく近い状態なのだろう。

とんでもない力だ。


――ネッドは本当に強くなった。


今度こそ本当に俺よりも。

あの装具やグヴェルからの加護の影響もあるだろう。

だがそういった運も含めて、強さだ。


そして強く思い知らされる。

どう頑張っても、偽物・・では本物に勝てないと。

所詮紛い物は紛い物に過ぎないのだ。


「テオード!俺が突っ込むから、二人をガードしながら付いて来てくれ」


「分かった」


返事と同時にネッドが駆けだす。

まるで光の矢の様な速さだ。

瞬く間に敵陣深く飛び込んだネッドは、周囲の魔族達をどんどんと切り伏せていく。


突っ込んできたネッドに敵の陣はかき乱され、そこに弾幕の隙が出来る。

迫りくる魔法を叩き落としながら、俺達は奴がこじ開けてくれた穴へと真っ直ぐ向かい、敵陣を突破していく。


――そして囲いを完全に抜けた俺達は、レーネ達と合流する。


俺達が合流した時点で、敵の半数以上がレーネの魔法で消し飛んでいた様だった。

我が妹ながら、流石としか言いようがない。

その後団長の判断で戦闘を続行し、俺達は2000の敵を撃退する事に成功する。


2000対8。

その圧倒的な戦力差を覆し勝利を治めた神の雷ラムウ名は、十数年の時を経て、再び戦場へと名を轟かせる事となる。

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