第49話 ファーストキスは鉄の味
ブフッ、ブフォッと不快な鼻息の様な音が聞こえる。
その音は奥に進めば進む程、段々と大きくなっていった。
「何か豚っぽい音だと思ったら、本当に豚だった訳ね」
遺跡の最奥。
その手前の広い空間に出た所で、不快な音の正体が判明する。
それはレーネの口にした通り、豚だった。
但し、豚は豚でも山の様な巨体をした豚型の魔獣だ。
豚の背後に巨大な扉が見える。
この先がゴールで間違いないだろう。
「寝てるのかしら?」
巨豚は床にだらしなく寝転んでいたが、耳はぴくぴくと動いていた。
恐らくこちらの様子を伺っているのだろう。
試しに
さらに一歩前に足を進めると、ブヒッと一鳴きしてからゆっくりと起き上がった。
どうやら、素直に通してくれる気は無い様だ。
まあ魔獣相手にそんな物、最初から期待してはいないが。
「にしても、大きいわねぇ」
豚の体高は軽く5メートル近くあり、その巨大さから強い圧迫感を感じる。
今まで見た事のあるどの魔獣よりも大きい。
「体重も軽く数トンはありそうだ……豚だけに……」
「動きは鈍そうだけど、パワーはありそうね。こいつに暴れられると遺跡が崩壊しかねないわ、一気に仕留めましょう」
渾身の
緊張をほぐす意味を込めたて放ったのだが、こんな事なら言うんじゃなかったと後悔する。
「ぐぼあああぁぁぁぁぁぁ!!」
唐突に豚が雄叫びを上げる。
威嚇だ。
突っ込んでこられると厄介だと判断した俺は、相手が動き出す前に機先を制すべく
――レーネの言った通り、こいつに暴れられるのは宜しくない。
遺跡は頑丈にできていそうなので、そう簡単に崩壊するとは思えないが……なにせこの巨体だ。
派手に暴れ続けられると、冗談抜きで崩壊しかねない
短期決戦で仕留めるのが正解だろう。
魔獣は突っ込んできた俺を踏みつぶそうと、その前足を頭上から叩きつけてくる。
頭上から降って来る足。
その蹄は普通の豚と同様桜の花びら型をしていた。
魔獣でも家畜の豚と同じなんだなと思いながらそれを避け、そして――
「うお!?」
よろけた。
叩きつけられた前足が地面を砕き、足元が大きく揺れてしまったためだ。
俺はそれに一瞬足を取られ、動きが止まってしまう。
しかも、動きを止めてしまった所に砕けた地面の破片が飛んできた。
「やっば!?」
破片といっても軽く拳大はある、直撃すれば大ダメージだ。
喰らったらシャレにならない。
俺は横っ飛びして、それらを辛うじて躱す。
「よっと」
そのまま横転して起き上がる。
するとそこに、地面の破片や土砂が降り注いで来た。
考えるよりも早く、咄嗟に動いて躱す。
見ると豚が地面を此方に向かって蹴りつけ、土砂を飛ばしてきていた。
動き自体は予想通りそれ程早くは無いが、広範囲に渡って飛ばされるこの攻撃は厄介極まりない。
まさかこんな戦い方をして来るとは――豚恐るべしだ。
「何やってんの!速攻って言ったでしょ!?」
魔獣の攻撃に中々間合いを詰められないでいると、レーネの怒声が響く。
そして声と同時に豚が燃え上がった。
炎の魔法で援護してくれた様だ。
「わりぃ!」
だが魔獣を包んだ炎は一瞬で消える。
まあそれは仕方ないだろう。
こんな地下遺跡で、本格的な炎の魔法なんて使ったら窒息する危険性が有るからな。
レーネの放った炎の魔法はあくまでも豚への攪乱目的だ。
だが間合いを詰めるには十分。
俺は一気に奴の目と鼻の先に迫る。
魔獣は目の前のまで迫った俺を踏み潰すべく、再びその太い柱の様な足を頭上から叩きつけてきた。
俺はそれを躱しながら、足が地面に叩きつけられるよりも早く、レーネから受け取っている魔法剣で一気に切り裂いた。
「ぶぎゃああああああああああ!!」
耳を塞ぎたくなる様な魔獣の雄叫びが、大音量で響き渡る。
足首から先を切り落とされ。
しかも勢いがついていた為、切断部分を地面に叩付けてしまったのだ。
そりゃさぞ痛い事だろう。
しかしあれだけ太くて強靭な魔獣の足を、大根を切るかの様に容易く切り落として見せたこの剣……
――この威力、本気でヤバいぞ。
レーネの魔法剣に改めて感心しつつも、奴の側面に周り、痛みに暴れる奴の後ろ足を斬り捨てた。
片手片足を失った魔獣はその体が支えられなくなり、地響きと共に巨体が地面へと横たわる。
俺は倒れた奴の首筋に取り付き、その根元に魔法剣を深々と突き立てた。
「ぷがぁ……」
いくら切れ味が良いとはいえ、相手はとんでもないサイズなので、流石に一撃では無理があった。
何度か剣を突き入れた所で、やっと豚が絶命する。
「よっと」
「へーい!」
地面に飛び降りると、レーネが駆け寄ってきて片手を上げる。
おれはその手に自分の手を軽くタッチさせた。
「どう?私役に立ったでしょ?」
「ああ、助かったよ」
今の豚の魔獣。
レーネの援護と魔法剣があったからあっさりと決着がついたが、もし単独でこの遺跡に乗り込んでいたら、相当きつかった筈だ。
彼女が来てくれて本当に助かった。
「それじゃあ、お宝拝見と行きましょうか」
「ああ、そう――」
俺は言葉をとぎらせ
そしてレーネを抱きかかえて通路へと全力で駆けた。
「ちょ!?ネッド何を!?」
豚の体が赤く染まり、膨らんでいくのに気付いたからだ。
それが何を示すのか分からなかったが、俺は咄嗟に離れるべきだと判断し、通路にレーネを連れて退避する。
通路に飛び出した瞬間凄まじい爆発音が響き、俺は背後からの爆風で豪快に吹っ飛ばされてしまう。
咄嗟にレーネの体を強く抱きかかえ、クッションになるのが精いっぱいだ。
受け身も取れずに地面叩きつけられ、通路を勢いよく転がり滑っていく。
「つぅぅぅぅ……」
「ネッド!?大丈夫!?」
レーネが心配そうに俺を覗き込む。
見た所、彼女に怪我の心配はなさそうだ。
「ああ、大した事ないよ」
俺はゆっくりと起き上がる。
ぶつけたり磨ったりしたせいであちこちが痛むが、骨に異常は無さそうだ。
頭も傷まないし、吐き気も無い。
まあきっと俺の方も大丈夫だろう。
「しかし、自爆しやがるとは」
豚だけにトンでもない奴だった。
……うん、我ながらいい出来だ。
だが口にするのは止めておこう。
「ネッド……ありがとう……」
レーネが俺の体に寄り添って、下から俺の顔を見つめる。
2年前まで身長は負けていたのだが、俺はこの2年で大分背が伸びたので、頭一つ分彼女より背が高くなっていた。
成長期万歳だ。
「ネッド……」
レーネの顔がゆっくりと近づいてくる。
何て言うかこれ……ひょっとして……あれか?
え?
いや、まじで?
戸惑っていると、レーネの顔がどんどんと近づいて来る。
こんなにゆっくり感じるのは
しかし、どうした物か……
正直レーネをそういう対象としてみた事はない。
今までは、剣とグヴェルの事で頭がいっぱいだったから。
けど……まあレーネなら……悪くないかも……
そんな事を考えているうちに俺とレーネの唇が……触れ――
ない!
ファーストキスは鉄の味!
何故なら、剣の刀身が俺とレーネの顔の間に差し込まれてたからだ。
視線を横にずらすと、そこには鬼の形相をしたテオードが立っていた。
顔と顔の僅かな隙間に剣を素早く差し込むとは、流石テオード。
良い腕してるぜ。
「ななななななななななな!!!何でお兄ちゃんがここにいるのよ!!!!」
「団長に無理を言って、俺も休日を貰ってきた」
どうやらテオードは心配過ぎて、俺達の後を追って来ていた様だ。
だがこの状況を考えると、彼の嫌な予感は的中していたと言えなくもない。
「さて、死ぬ準備は出来ているだろうな?」
目が笑っていない。
テオードは本気だ。
「いや、待て。落ち着け、テオード」
この後頭に血の昇ったテオードに、俺は1時間ほど追いかけ回される事となる。
最終的にはレーネが魔法でテオードを吹き飛ばしてくれた事で、何とか場は収まった。
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