第29話 ミノタウロス・バーサーカー

「ふぅー」


私は大きく深呼吸して会場へと向かう。

暗い通路を抜けると、鋭い日差しが私の視界を焼く。

その眩しさに、私は手を翳して目を細めた。


目の前には大きな円形の闘技場が広がっていた。

私の入場に周りからは割れんばかりの大歓声が上がり、その余りの五月蠅さには、思わず顔を顰める程だ。


「……」


正直緊張で吐いてしまいそうだった。

だがそれをグッと堪え、歓声をかき分けて私は舞台へと進む。


召喚バトルは、半径20メートル程の闘技場リングで行われる。

召喚主プレイヤー闘技場リング外にある待機ポイントから中に魔獣を召喚し、殺し合いをさせその勝敗を決めるルールだ。

その際魔獣同士の戦いに召喚主プレイヤーは手出しできない決まりになっており、これを破ると試合放棄とみなされ即失格になってしまう。


勝負の内容は呼び出された魔獣による1戦1戦の戦い。

勝敗はどちらかの魔獣が死ぬ、もしくは白旗を上げて交代(降参)で決まり。

交代を行なった場合、同じ魔獣の再召喚は当然禁じられている。


待機ポイントに到着した私は、対戦相手の方へと視線を向けた。

相手は私より少し遅れてポイントに姿を現す。


紫の肌に紅い髪。

腕は6本生えており、顔には目が八つ。

その体躯は筋骨隆々で、腕からは細かい繊毛の様な物が生えていた。

恐らく蜘蛛系の魔獣との混血種だろう。


わざわざ混血種であるこの男が大会に出て来たという事は、その魔力に相当自信があるという表れだ。

実際蜘蛛系の魔獣は魔力が強い事で有名なので、たとえ混血と言えども油断はできない。


「ラミアル、ゲオルグ両名、用意はいいかい?」


貴賓室に佇む長身の魔族。

父の次の領主を決める間の代理である男、レウラスが私達に声をかける。


彼のいる場所からここまでは相当な距離がある上に、観客達の声援も大きい。

だが彼の声ははっきりと私の耳に届く。

声量が大きいわけではない、魔法の力だ。


「では、試合開始!」


私と対戦相手――ゲオルグが彼の言葉に頷くと、試合開始の宣言がなされる。

先程までの声は私達のみに届けられていたが、今度は違う。

開始宣言は鼓膜が破れそうな程の大音量となって、会場を揺らす。


「ふんっ!」


ゲオルグが手を翳し、魔獣を召喚する。

出てきたのはグランド・スパイダー。

山の様な体躯を持つ魔獣で、毒や糸を使わない代わりにとんでもないパワーとスピードを誇る魔獣だ。

魔獣の中では、かなり上位に分類される。


ゲオルグの顔を見ると疲労の色が濃い。

恐らくその魔力の大半をこの一匹にかけたのだろう。

彼の作戦は、圧倒的強さを誇る魔獣一体で勝ち抜くというものに違いない。


――ならば私はそれを上回る魔獣を呼び出し、力でねじ伏せるまでだ


手を翳し、グゥベェから教えてもらった召喚魔法を発動させる。

この召喚は未熟な私にでも、自由自在に魔獣を呼び出す事ができる優れた魔法だ。

欠点があるとすれば、通常の召喚より遥かに大量の魔力を消費する事だった。


だが私には魔王少女としての能力、命砕きライフクラッシュがある。

これは生命力を魔力へと変えるスキル。

使うと少々寿命が縮んでしまうが、純血種トゥルーの寿命は人間や他の魔族よりはるかに長いのだ。

多少程度なら全く問題無い。


私の前方に魔法陣が現れ、その光の中から魔獣が姿を現した。

と同時に、私の体から魂を抜かれる様なおぞまましい感覚が走り、体から力が抜けていく。


命砕きライフクラッシュの影響。

此方も一体で仕留めるべく強力な魔獣を呼んだため、ごっそりと生命力を持って行かれた弊害の脱力感だ。

だがこれぐらいなら、どうって事はない。


「ぐもおぉっぉぉぉ!!」


私の魔獣が雄叫びを上げた。

牛の頭部と、人間の様な四肢を持つ巨人。

その手には巨大な斧が握られ、全身からは赤いオーラが立ち昇る。


私が呼び出したのは強種族である魔獣、ミノタウロス。

それも上位亜種である、ミノタウロス・バーサーカーだ。

一対一の戦いでこれを倒せる魔獣はそうそういない。


私の命令を待たず、バーサーカーは雄叫びを上げながら蜘蛛へと突っ込んで行く。

これはミノタウロス・バーサーカーの大きな欠点だった。

敵を前にして興奮状態になると、此方の命令などお構いなしに暴れ回ってしまう。


その為戦場でこいつを呼び出す愚か者はいない。

ある意味、闘技専用の魔獣と言えるだろう。


バーサーカーの斧による一撃を躱そうと、スパイダーが素早く動く。

その巨体からは信じられないようなスピードだが、横に避けた蜘蛛を、ミノタウロスは無理やりパワーで斧の軌道を変えてそのまま足を切り飛ばした。


「ギュアアアアアア!!」


足を切られた蜘蛛は痛みで悲鳴を上げる。

その力の差は明白。

一瞬でそれを悟ったゲオルグは、早々に白旗を上げた。

きっと自分の呼び出した魔獣眷属を死なせたくなかったのだろう。


闘技場内にレウラスによる私の勝利宣言がなされ、大きな歓声が響き渡る。

私は急いでバーサーカーに戦闘中止を命じた。


「終了よ!」


――だが止まらない。


バーサーカーは逃げ惑うグランドスパイダーをその凶刃で八つ裂きにし、会場を揺らす程の雄叫びを上げる。

その声量に私は思わず目を瞑り、耳を塞いだ。


雄叫びが収まり瞼を上げると、バーサーカーと視線が鉢合う。

明かにその眼は、正気の物ではなかった。


バーサーカーがゆっくりと此方へ近づいてくる。


だが私は恐怖で動けない。

そんな私の目の前で、魔獣はその手にした巨大な戦斧を振り上げた。


逃げなくてはと思うが、体が動いてくれない。

私は激しく後悔する。

こんな事なら、もっと別の魔獣にすればよかったと。


自分の呼び出した魔獣によって殺されるなんて、こんなバカな話はない。


まだ何もできていないのに、私は死ぬのか?

そう思うと、両目から涙が零れた。

そして戦斧は無情にも私の頭上へと振り下ろされた。


私は恐怖から、目をきつく閉ざす。


……

…………

……だが痛みはやって来ない。


衝撃も。


一瞬だから、そういったものを感じる間もなかったのだろうか?


「大丈夫、目を開けてごらん」


優しい声。

私はその声を信じ、恐怖できつく閉じていた目をおそるおそる開ける。

するとそこには――私に向かって跪くミノタウロス・バーサーカーの姿があった。


そしてその頭上には、笑顔のグゥベェが……


きっと彼が私を守ってくれたのだろう。


「何でも呼び出せるからとはいえ、呼び出す魔獣はもう少し考えなきゃ駄目だよ。ラミアル」


「グゥ……ベェ……ありが……とう……」


安心したら涙が滝の様に溢れ出し、えづいて言葉が上手く出て来ない。

グゥベェが守ってくれていなかったら、今頃どうなっていた事か。

彼は私の命の恩人だ。


父の事で辛い思いもしたけど、私はグゥベェと出会えて本当に良かったと思う。


ありがとう。


グゥベェ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る