3-9 会いに来た相手は 

 その日は突然やってきた。ジュリアン侯爵と会って、ちょうど1週間目の事・・・。


この日、私は自室で朝食を食べた後に食後の読書をしていた。すると屋敷内が急に騒がしくなったのだ。ドアの外ではバタバタと走り回る音が聞こえるし、フットマンやメイドの慌てふためく声が聞こえてくる。


「全く、何なの・・・?この屋敷の使用人たちは・・・・。」


こんな騒がしい屋敷ではゆっくり読書も出来ない。町へ出て公園で読書をしよう。

私は本を閉じて立ち上がると外出着に着替えた。そして上着を羽織り、ショルダーバックに今読みかけの本と、あと1冊まだ目を通していない新しい本をバックの中に入れると部屋を出た。


廊下では使用人たちがあわただしく、お茶の準備やら花の準備をしている。


「ふ~ん・・・誰かお客様が来たのかしら?珍しいわね・・・。」


我が家にはほとんど客らしい客は来たことがない。父はあのような性格なので人脈もないし、母は決して社交的とは言い難い気難しい性格である。噂によると女性同士のお茶会でも母が参加すれば、政治の話や学問の話になり、興ざめしてしまうらしい。

全くそのような話しか興味がないのなら初めから結婚などせず、学問や女性実業がの道でも目指せばよかったのに・・・。

私は首を振って、母や父の事を頭から追い出した。

そしてエントランスに続く長い廊下を歩いているとき、たまたま部屋の掃除をしていたメイドたちの会話が耳に飛び込んできた。


「そういえば本日いらした侯爵様・・・一体どちらのお嬢様を選ばれるのかしら?」


「カサンドラ様じゃないの?」


「まさかっ!ライザ様よ。第一あの旦那様がカサンドラ様を手放すと思う?」


「だけど、美しさでは絶対カサンドラ様よ・・・。」


私はその会話をうんざりする気持ちで聞いていた。どうやらここの使用人たちは噂話が好きで仕方がないようだ。・・・くだらない。

おまけにあのメイドたち・・・ずいぶんいい度胸をしている。明らかに全員私がいることを意識して会話をしているのが見え見えだ。何故なら彼女たちは全員、一度私の方を見たからだ。・・彼女たちは確信犯だ。私にわざと聞かせるためにこんな話をしている。だが・・・そんな話になど乗ってやるものか。独立できるだけのお金がたまれば、いずれ近いうちに私はこの屋敷を出るのだから。

そのまま部屋の前を通り過ぎ、エントランスへ向かった時背後から母の呼ぶ声が聞こえた。


「お待ちなさい!ライザッ!」


振り返った私は露骨に嫌そうな目で母を見た。母もその視線に気づいたのか、一瞬ビクリとなったが、とげとげしく言った。


「なんなんですか・・?ライザ。その目は・・・それが実の母に向ける目ですか?」


母?母らしいことなどほとんどしてくれた事などなかったのに?


「何故私がこのような目で・・貴女を見るのか・・聡明なお母様でしたらお分かりになりますよね?」


おもいきり侮蔑の視線で母をみると、自分が何のことについて言われたのか気づいたらしく、一瞬で母の顔が真っ赤に染まる。


「ラ・・ライザッ!お・・お願いよ・・・あの時の事はもう・・忘れて・・・。」


うつむきながら肩を震わせる母を一瞥すると言った。


「それよりご用件は何ですか?私に用事があったので引き留めたのですよね?」


「え、ええっ!そうよ!ライザ、貴女にお客様が来ているのよ。しかも相手の方は以前もいらしたジュリアン侯爵様よ。今客間でお待ちなのよ。早く向かってちょうだい。」


母は早口でまくし立てた。え?ジュリアン侯爵が・・・?一体何の用事があって屋敷いらしたのだろう?とりあえず私は急いで客間へと向かった。

客間へ行くとドアは開かれており、父とジュリアン侯爵が向かい合わせで座っていた。

私は深呼吸すると声を掛けた


「失礼致します。」


「ああ、ライザ。待っていましたよ?」


ジュリアン侯爵は笑みを浮かべて私を見た。一方父の方は正反対でイライラしながら私に叱責した。


「ライザッ!遅いっ!客人を待たすなっ!早く中へ入って、ここへ座りなさいっ!」


父は私を下座の席に座るように指で指示した。


「はい。」


ジュリアン侯爵の手前もあり、私は素直に席に座った。すると直後に、美しいドレスに身を包んだカサンドラが2人のメイドを引き連れて現れたのだ。


「失礼致します。お父様、ジュリアン侯爵様。」


「え・・?なぜ貴女がここに・・?」


ジュリアン侯爵は怪訝そうな顔をした。一方の父はカサンドラを見ると、焦り顔で言った。


「カ、カサンドラ!なぜここへ来たのだね?部屋へ戻りなさい。」


するとカサンドラは言った。


「いいえ、叔父様。ジュリアン侯爵様はこの屋敷に住む令嬢へ会いにいらしたと伺っております。そうなると本来この席に座るのはライザではなく私ですわよね?」

 

そして頬を染めて美しいジュリアン侯爵を見つめた―。

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