1-13 初めての焼き立てパン

 食堂を出た私は一度自室へ戻る事にした。どうせ町へ食事に出るならスケッチブックを持って行こうと思ったのだ。

食事を終えた後、何処か景色の良い場所を探して風景画を描けば・・・ジュリアン様に絵を買い取って貰えるかもしれない。

何せ前金として金貨を1枚貰っているのだから1枚でも多くのイラストを描いて満足して貰えるように頑張らなくては。


 部屋に到着した私は早速机の棚からスケッチブックを取り出し、引き出しから色鉛筆を取り出すと中身をチェックした。


「・・・・」


すっかり短くなった12色の色鉛筆。これだけの色では・・・大したものは描けない。


「そうだわ、町の画材屋さんで・・ついでに色鉛筆を買いましょう。後は・・洋裁店に行って・・ドレスの服飾品を買って・・・。」


元々私があのドレスのイラストを描いたのは母のお古のドレスを自分で今の流行りのドレス風にリメイクするつもりだったからだ。その為には洋裁店に行って服飾品を買ってくる必要がある。私はメモ帳を引き出しから出すと買い物リストを作った。

何処の店で何を買うか・・細かく決めると、メモ帳をポケットにしまい、布袋にスケッチブックと色鉛筆をしまい、町へと向かった。


 屋敷を出て歩き始めて20分・・・


私は下町へとやって来た。時刻はまだ9時を過ぎたばかりだったが、既に町の中心部にある広場には市場が並び、買い物客でごった返しになっていた。


「さて・・・まずは朝食を食べに行こうかしら・・。」


私は辺りをキョロキョロと見渡し、可愛らしい緑のとんがり屋根の建物が目に入った。店の軒先には看板が出され、そこに食パンやテーブルパンのイラストが描かれている。


「きっとあの店はパン屋ね・・・あそこでパンを買って公園のベンチで食べるのもいいかもしれないわね。」


そのパン屋は人気があるらしく、店の外にまで行列が出来ていた。恐らくパンならばそれ程高い金額ではないだろう。

今日は他にも画材を買ったり、ドレスをリメイクする為の服飾品も買わなくてはならない。少しでも節約できるところは節約をして置かないとならないのだから。

私は早速行列の出来ているパン屋に並び、順番が来るまでおとなしく待っていた。


 15分程並び、ようやく店の中へと入ることが出来た。

店の中に入った途端、小麦の香ばしい匂いが店の中に漂っており、私の食欲が刺激されてしまった。棚に並べられた大小さまざまなパンはどれも美味しそうで、私は散々迷った挙句、チーズが練りこまれたハード生地のパンに、ドライイチジクが練りこまれたテーブルパン、そして甘い蜂蜜がたっぷりしみ込んだフワフワのパンを買う事にした。

紙袋に入れて手渡されたパンの値段は全部合わせても銅貨3枚分。

流石に金貨を見せた時にはお店の人に引かれてしまったけれども、持ち合わせが金貨1枚しかなかったから仕方が無い。

その次に私はパン屋の隣にテント販売しているドリンクスタンドでホットミルクを買い、こぼさないように気を付けながら広場の奥にある小さな公園のベンチに座り、焼きたてのパンを口に入れた。


「何これ・・・!すっごく美味しい・・・っ!」


私は夢中で食べ続け・・・あっという間に買ってきた全てのパンを食べてしまった。


「ふう~美味しかった・・・・。」


ホットミルクの残りを飲みながら、私は思った。

こんな下町にあるパンの美味しさに舌鼓を打つなんて・・・伯爵令嬢という身分にありながら、いかに私は粗末な料理を食べさせられてきたのかと思うと、流石に疑問が沸いて来た。

何故、私1人があのような目に遭わされなければならないのだろう?学校にも行かせて貰えず、ドレスは母のお古ばかり、そして極めつけは明らかに差別された粗末な食事・・・。


「決めたわ・・・。私ももう18歳、今年成人を迎えたのだから・・もうこれ以上あの家にいる必要は無いわ。お金が溜まったら・・・絶対にあの家を出るわ。あの家にいても私は永久に幸せにはなれないもの。」


グッと手を握りしめるとベンチから立ちあがった。

次の目的地は決まっている。画材屋さんへ行って、色鉛筆とスケッチブックを買いに行くのだ。

今までの私はお金を貰える立場では無かったから、必要最低限の品しか買って貰えなかった。けれど私は今、初めて自分の趣味で欲しいものを買える身分に慣れたのだ。


「さて、それじゃ画材屋さんに行こうかしら・。」


そして私は画材屋さんへと足を向けた―。




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